【5月号誌面からWEB掲載】実務に活かす理論・事例
49 回 コロナ禍は、働き方に何をもたらすのか

山梨大学教授 西久保浩二

人事実務

人事実務 2020年5月号

新型ウイルスの世界的な蔓延に伴うさまざまな現象や問題についての報道が続いている。これほど世界を揺るがす脅威になろうとは……。筆者も含めて当初は予期できなかった方も多いのではなかろうか。
しかし、やがて時がたち、「ああ、大変だったなぁ、あのときは」ということになるのであろう(期待)。その楽観的前提の下で、今回はこの問題が日本人の働き方や企業の人的資源管理のあり方などにどのような影響をもたらすことになるのかを考えてみたい。

「密」で生産性を上げてきた

やはり「3密問題」であろう。「密閉」「密集」「密接」、すなわち、換気の悪い密閉された空間、人が密集している場所、密接した近距離での会話などの回避が求められるなかで、これまでの働き方が大きく制約され、否定されていると考えられる。

なぜなら、これまでの長い産業労働の歴史のなかで、より効率的、生産的に働くということは、「密」によって成立してきたといえる。私の講義では企業形態論として事業の形の発達経過について、歴史的な推移を解説しているが、そもそものスタートラインの働き方は、「家内制手工業(cottage industry)」という事業形態の下で始まった。これは、文字どおり、労働者の自宅で、大した動力(蒸気機関や電力)も使わず手業(てわざ)によって、こつこつと生産活動に励むスタイルである。現在でも民芸品や竹製の釣り竿などの製品では、こうした形態で生産活動が行われている事業は残存しているが、もはや産業遺産的なものと位置づけられている。この家内制手工業の時代は、およそ「3密問題」とは無縁であった。埼京線や東海道線などでの朝の殺人的な満員電車という恐ろしいまでの3密空間での通勤もなく、寝間から起きて、茶の間で朝食を摂り、材料を置いた土間に面した仕事場に入って生産に従事する。家族以外の他者と接することはほとんどなく、大人数での会議もなく、顧客に密着しようとする営業活動もない。いわば「密」ならぬ「孤」の世界で仕事が完結できた。

しかし、その後、時代は「問屋制家内工業」「工場制手工業」といった段階を経過し、産業革命によって機械を手に入れたことで現在主流の工場制機械工業(factory-based industry)へと進化する。

この形態進化の本質は、人材、資本、空間、時間の「集約」であり、「集中」である。その結果として事業の大規模化がなされると同時に、そこでは「分業・協業」が積極的に構築される過程でもあった。この事業形態の進化の過程で生産性が飛躍的に伸長することになった。かつて、国富論を記したアダム・スミスは、裁縫用の待ち針を作る製造業の例をあげ、工場で熟練技術者が効果的な分業を行えば、非熟練者の個人作業に比べて4,800倍の生産性を得ることができると述べた。それでも彼は、今日のカンバン方式のような極限的に効率的な生産方式にまで至るとは想像できなかったであろう。おそらく現在までに、家内制手工業の時代の数万倍の生産性向上が実現されてきたのである。事業形態の変化とは、生産性の向上をめざすための構造変化であり、成果として競争優位を企業にもたらすこととなる。

ともあれ「集約」「集中」そして「分業・協業」とは、表現を変えれば労働者を核としてさまざまな生産要素の「3密」を高めることにほかならないわけである。それらの相乗効果、相互作用を含めてトータルとして低コスト化を図り、付加価値生産性の向上を実現させた事業形態である。現在の働き方とはこうした形態に依拠する形で成立しているといってよい。

価値創造のあり方が変わる

しかしいま、「3密」の回避が強く求められるなかで、それが契機となって大きな転換点を迎えることになるかもしれない。

工場の生産ラインでも1人でも感染者が出れば、ライン停止となり、さらに感染が増えるようなら休業に追い込まれる。ホワイトカラーでもテレワーク、在宅勤務がいやおうなく一気に拡大し、互いに離れた距離からしかコミュニケーションを取らないようになり、会議や出張などもすべてリモートで、といった流れである。テレワーク・インフラ支援企業には引合いが殺到しているとも聞く。

販売現場でも営業マンによる訪問型営業は、拒絶されるか、よくても来訪者、訪問頻度を最小限にと、顧客から求められている。もちろん、夜の接待などは許されない。来店型ビジネスはさらに深刻で、繁盛店ほど忌避されるという深刻な事態も起こっているようだ。顧客接点を重視してきた第三次産業を中心に危機的な状態に陥っている。

空間と時間そして、そこに人材や顧客を「集約・集中」することで生み出そうとしていた価値創造のあり方がある意味で、根底から揺さぶられているのが今回の騒動である。

「分散」での人材活用が問われる

単純に考えれば、逆転の発想で空間、時間、人材、資本などを「分散」させた状態でいかに価値を生み出していくか、という話になる。これは企業形態論では既に「ネットワーク型分業・協業事業」と名付けられた形態である。今後は、急速にこのネット型の事業形態が広がり、それに適合した働き方が広がる可能性が高まるだろう。

これまでもテレワークに代表される時空間レベルでの自由度の高い働き方は推進されてきた。とくに、近年は働き方改革の動きにも後押しされて多くの企業で導入されつつあった。たしかに通勤地獄の回避や育児・介護との両立などにとっても「家内制手工業(=在宅勤務)」は好都合であったわけである。しかしその動きは一部の企業を除いては、あくまで、週1回程度の補完的な働き方であって、多くの企業にとって最も重要な価値創造過程は依然として、物理的には「集中・集約」の世界に残されているのではないだろうか。

仮に、この禍が予想外に長期化することとなれば、一時避難的なテレワーク型業務ではなく、事業継続でき、さらに成長を図ることが可能な新たな基幹的な仕組みとして分散型、ネットワーク型の生産システム、価値創造システムの構築に迫られる。そして、その前提のなかでの新たな人材活用のあり方を考えなければならなくなるのだろう。これがいま、わが国でも注目され始めたビジネス世界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速することにもつながると考えられる。

<執筆者プロフィール>
西久保 浩二 (にしくぼ・こうじ)
山梨大学生命環境学部地域社会システム学科教授。ワーク・ライフ・バランス、福利厚生制度の経営的効果等を研究テーマとする。『戦略的福利厚生の新展開』(日本生産性本部)、『介護クライシス 日本企業は人材喪失リスクにいかに備えるか』(旬報社)など著書多数。



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