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1000号記念インタビュー【PART 1】人材開発部門は経営と現場をつなぐ「良き翻訳家」であれ

市場や社会の環境変化は、幅、スピードともに一企業の予測をはるかに超える時代になっている。
「従来のやりかた」が通用しない状況下で、人材開発部門には何が求められるのだろうか。
今後の人材開発部門の役割と、人材開発担当者の学びについて、東京大学の中原淳准教授に話を伺った。

マネジャー育成にはトランジショナルな生まれ変わり」の仕組みが求められる

—— 最近、人材開発担当者から寄せられる相談はどのようなことが多いのですか。

中原 海外、グローバル化に関することでは、3つあります。1つは、海外での売上げ比率が国内より大きくなりつつある逆転現象のなか、海外で活躍できる若い人やマネジャーをどう育てるのか、日本から派遣する人の問題です。2つめは、現地法人(採用)スタッフの育成問題です。自社の理念・価値観などを理解、浸透させ、それらのマインドを持っていかにサービス展開するか。3つめは、外国人や留学生を国内で雇用したときに、それらの人材をどのように組織に適応させ、本人のキャリアをどのように保障していくかという問題です。
 特に現地法人スタッフの育成は、いままで経験したことがなく、手本になるモデルがあまり存在しないなか、各社試行錯誤されているようですが、現地を回って、現場に合う施策を打ち出している企業もあります。

—— 国内についてはどうでしょうか。

中原 大きく2つあります。
 1つは、厳選して採用した少数の人たちを離脱させずにどう育てていくかという若手の人材育成の問題です。入社してからの育成という視点から、最近はもっと前倒しになっていて、採用をどう科学するか、具体的には大学時代にどういう経験、学習をした人材を採用すればいいのかという問題です。
 企業に余裕がなくなり、人材育成にコストをかけられないなかで、他社と差別化するためには、そもそもどんな人材を採用するかということが重要になっています。スウィフト・オーガナイゼーション・ソシアライゼーション(Swift Organization Socialization)という考え方なのですが、いかに速く組織に適応させ、戦力化するかを採用場面から考え始める。ある意味、育成と採用の領域が重なってきている感覚があります。もう1つは、新たな事業を創造し、多様な人で構成さている職場を率いていかなければならないマネジャーの育成問題です。終身雇用を前提とした日本人男性社員だけをマネジメントしていればよい時代ではなく、外国人社員や非正規社員、年上の部下など、さまざまな人をどうやってマネジメントしていくのかが大きな課題になっています。

—— マネジャーの育成のどこに難しさがあるのでしょうか。

中原 私はマネジャーが、「プレーヤーからマネジャーに移行すること(トランジション)」が必要だと思っています。いまのマネジャーは、プレイングマネジャーであると同時にマネージングプレイヤーでもあります。本来マネジャーになるまでの過程では、プレイヤーとマネジャーの2つの役割を両立させながら、徐々にその役割のウエイトが変わっていき、最後はマネジャーに専念するのが理想だと考えられます。
 マネジャーが若い頃、当時のマネジャーが率いていた職場は、いまほど多様化していませんでした。私の感覚では、ロールモデルがないからなのか、自分自身がマネジャーとプレイヤーの役割バランスをとるのに失敗したり、うまく部下に仕事を任せられないなど、つまずいているマネジャーが2割位いるのではないでしょうか。
 また、マネジャー育成を阻害している要因の1つとして、組織のフラット化の影響も大きいと思います。フラットな組織では、プレイヤーかマネジャーの2つの役割しかありません。そうなると円滑な移行ができなくなるのです。

—— では、マネジャー育成に企業は手を打っていないのでしょうか。

中原 いいえ、そうではありません。いままでは、マネジャーになった人に、法律でやってはいけないこと、コンプライアンスや人事考課はどう行うのかといった最低限の教育しかやってきませんでした。最近はもう少しきめ細かく、メンタルヘルスや、多様な職場をどう率いていくかなど、担当者からマネジャーになるまでの期間にもう少し手厚く研修をしていこうという動きはあります。

—— マネジャー移行期のつまずきを避けることはできるのでしょうか。

中原 われわれの調査では、初期キャリアといわれる入社3年までに、(1)全社規模の仕事に関わる、(2)管理職の手伝いをする、(3)職場を調整する仕事をする、この3つにどの程度関与してきたかによって、マネジャーになった後の仕事に大きな影響があるという結果が出ています。つまり、マネジャーに必要なスキルの一部をなるべく早い段階で経験、体験することが、マネジャーになった後の仕事ぶりを決めるくらいに影響を及ぼしているのです。マネジャーとして成果を出すには、時間、段階が必要です。初期キャリア、もしくは担当者時代(3年目から9年目)に(1)〜(3)の経験ができ、段階的にマネジャーに移行していく仕組みが必要なのです。

人材育成担当者のプロフェッショナル化が進む

—— 人材育成担当者の仕事や学びに対する意識の変化を感じることはありますか。

中原 よい意味でなのですが、昔より理屈っぽくて、意識レベルは高くなっていると感じます。人材育成を場当たりではなく、理論やデータを踏まえて考えていこうという流れができつつあると思います。
 その1つの要因としては、人材育成に関する情報や資料の入手、学びの環境が整ってきているのだと思います。例えば10年前は人材育成に関する学術書や理論書はいまより格段に少なかったですし、大学院で研究しながら仕事をする担当者もあまりいらっしゃらなかったのではないでしょうか。
 海外の人事部長クラスであれば修士、博士号を持っていることが当たり前ですから、日本企業の人材育成担当者もだんだんプロフェッショナル化しているといえます。

—— 理論を重視しすぎて現場との距離感は広がりませんか。

中原 旧来の日本の人事部のスタンスは、現場を監視する警察官的な立ち位置で、ルールづくりやジャッジをする部署で、現場からはもともと遠い存在だったと思います。海外の動向からみても、人事のあり方は、人と組織に関することだったら何でも支援するという立ち位置に少しずつ変化してきており、今後そういう方向に向かうと思われますが、日本企業ではまだまだ少ないようです。
 人事の役割範囲は大きく3つに分かれます。(1)人材開発や人材活用といった側面に関する範囲だけの役割、(2)経営戦略にもっと関与し、環境変化に応じて人材戦略全体を考える、経営パートナーとしての役割、(3)企業理念・組織文化づくりやその浸透まで担う役割。日本企業は(1)のレベルが多いですが、(2)、(3)まで担っていくのが世界的な潮流です。

—— 人事が経営の戦略パートナーとしての役割を担えていないという声を聞きますが、なぜでしょう。

中原 その企業の将来に大きな影響を及ぼす変化が訪れるかどうかで人事の戦略関与のレベルが決まります。例えばこれから5年間で、日本企業の海外売上げ比率は相当変わっていくでしょう。それに備えて、採用や職場、管理者の育成など、いままでとは異なる環境整備をしていかなければいけない状況が目に見えていれば、当然、戦略的な動きをするように変わらざるを得ないのです。

前例のない課題に踏み込むために、培ってきた暗黙知を形式知にする

—— 欧米から輸入し、それをカスタマイズしてきた日本の人材育成の風潮をどう思われますか。

中原 企業内教育では、海外から輸入された理論が尊重されがちです。そもそもの企業内教育の成り立ち自体がGHQによる「官製米国輸入型」ですから。
 アメリカの軍隊で使用されていたトレーニングプログラムの導入を出発点として、60年代にはOJTが注目され、80年代にはOJTからのゆり戻しでMBA教育が流行った。90年代になると反MBAの風潮が起こり再びOJTが見直されたのです。人材育成はもともと輸入系の圧力が起動しやすい領域なのですが、いま起こっている問題の解は、海外に手本となる範はありませんので、自分たちで考えていくしかありません。

—— 成功モデルがないなか、これからは自社独自の育成モデル作りのチャンスと捉えることはできますか。

中原 そもそも、業種、業態、規模、風土・文化が異なる企業が、同じような教育プログラムを社内展開するということ自体が変だと思いませんか。
 もともと企業の人材開発は競争優位をつくるためのものです。差別化ポイントを作り出すのが重要にもかかわらず、どこの企業も同じ研修を導入してきて、いまもその風潮が残っていることに違和感を覚えます。
 さらにいえば「研修内製化」という言葉、考え方自体が「課題」であると認識されているのは、ナンセンスなのではないでしょうか。企業内研修は、そもそも自社の競争優位点、ノウハウを社内講師が研修を通じて伝えることで、ごく当たり前のことです。
 「内製化」は英語に訳せない言葉で、無理やり言うなら「セルフマニュファクチュアリング」とか「ローカライゼーション」かもしれませんが、海外の人に、そのまま話しても通じません。
 一方で海外進出をしている企業のなかには、輸入モデルに頼らない動きも生まれつつあります。海外にコーポレートユニバーシティを作る前に、何を自分たちの形式知として伝えればいいのか、いままでモヤモヤと曖昧にしてきたノウハウ、ナレッジを言葉にし、制度化したうえで、海外展開していこうという取り組みがその一例です。
 形式知化、明文化するのは大変な作業ですが、土台をしっかり固めてから海外展開するほうが、結果として成果が得られるのではないでしょうか。

人材開発担当者の学習機会は仕事のなかにある

—— 人材開発担当者の望ましい学び方は。

中原 やはり仕事に絡めての学びが最も効果的、効率的だと思います。例えば、国内、海外問わず現場で実施する研修の社内講師用インストラクションマニュアルを作るとします。それを作る過程で改めて、自社の人事として大切なことは何なのかをみんなで話し合って形式知化したり、本を読んで理論面を補強することを考えてみる。その際に、人材開発関連の専門用語をそのまま使うのではなく、自分の言葉に置き換えてみる。こういった一連の作業を通じてナレッジを高めていくことが、人材開発担当者の一番の学習機会なのではないでしょうか。
 最近驚いたのですが、社内講師用のインストラクションマニュアルなどが、あまり作られていないように見受けられます。マニュアルが整っていないということは、つまり研修の品質管理をしていない、準備も不十分ということです。研修内製化によるコスト削減には目を向けても、競争優位の源泉である形式知づくりをあまりにもないがしろにしているように見えるのですが......。

—— 研修内製化の流れが加速していますが。

中原 いいことだと思いますが、一方で提供する研修品質のバラツキを人材開発部門がリスクとして認識しているのか、少し不安になります。またすべての経営課題を十把一絡げに内製化可能であると考えるのは、無理があると思います。外部ベンダーの効果的な利用が必要になるでしょう。
 企業研修は、競争優位を作り、他社と差別化を図ること、または組織内に絶対維持しなければいけないものを維持するために存在します。したがって、社内の人材が教育を担うのが当たり前なのですが、社内人材は本質的には事業を担うために雇用された人で、教えるための人ではありません。社会人に教えた経験を持たなかったり、ノウハウを持っていたとしても我流、属人化しやすいので要注意ですね。

経営と現場をつなぐ「良き翻訳家」として人材開発部門の役割は大きくなる

—— 人材開発担当部門が、今後強化すべき点はどのようなことでしょうか。

中原 経営環境、職場環境は、ますます多様化され、激しい変化の時代を迎えます。変化が生まれるときには、必ず人間の学習が進みます。したがって、人材開発部門の役割はますます大きくなると思います。
 それらの変化にどう対応していくかが課題になりますが、経営・現場の状況、問題を吸い上げる仕組みを持つことがいままで以上に重要になってきます。経営陣とのディスカッション、直接現場に出向く、キーになる階層の人たちと定期的にミーティングの場を持つ、人材開発委員会を組織するなど、実施形態はいろいろあると思います。

—— 人材開発部門が経営と現場をつなぐコミュニケーションの核になるのですか。

中原 経営は戦略的な視点と短期的な収益、現場は目の前に起きている問題解決、人事は長期的にコアコンピタンスをどう維持していくか、それぞれ担っている役割、置かれている状況によって、取り組むべき課題の重要度、優先順位は異なります。
 経営からのメッセージを現場に、現場からのメッセージを経営にそのまま伝えても、コミュニケーションギャップが生じるのは、当然なのです。要は、お互いの立場、意見を主張しても本質的にコンフリクト(衝突)が起きるものなのです。
 よって、コンフリクトは避けられないものだと割り切り、現場と経営のコミュニケーションのギャップをどう調整するか、お互いの意見をどう翻訳し、それぞれに伝え、いかに双方の納得感を作るのかが、実は人事の腕の見せ所なのです。
 「良き翻訳家」は、外国語をそのまま他の言語に翻訳する人ではありません。お互いの文脈・状況を理解、解釈して、時には意訳し、時には言い換える。そして、誰にでもわかる言葉で要点を相互に伝えうる人のことをいいます。これからの人事・人材開発部門には、経営と現場の「良き翻訳家」になることがより強く求められるでしょう。

—— ありがとうございました。

●プロフィール
なかはら じゅん
東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等をへて、2006年より現職。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は経営学習論(Management Learning)。

2012年12月18日 東京大学にて収録 聞き手・文責:編集部


1000号記念インタビュー【PART 2】武者修行の場に出て行くことが、新たな学びを呼び起こす

能力開発の主体・責任は、「企業」なのか「個人」なのか。企業と個人は、どのような関係が望ましいのだろうか。
「おいしく、たのしく、すこやかに」を企業ビジョンに掲げ、価値と感動のある新たな食文化の創造に挑戦している森永製菓。同社は2006年から「自律した強い個人」をサポートするさまざまなキャリア開発支援の取り組みを進めている。また、他社の人材開発部門とのネットワークを活用し、いままでにない、企業の枠を超えた学びの場づくりを進めている。
同社の取り組みについて、人事総務部技監曲尾実さんに伺った。

「自律できる強い個人」を育てる要は、キャリア開発支援の充実

—— 人材開発部門の使命は何であると思われますか。

曲尾 当然のことながら人材育成は経営戦略と連動しており、ビジョン・ミッションを実現するために必要な人材と現状とのギャップを埋めていくことが、人材開発の使命になります。当社の場合は、その人材像はコンピテンシーで表現していますが、それに加えて中期経営計画のなかでその都度さまざまな課題が示され、人材育成もそれらを反映しています。

—— 人材育成の基本方針を教えてください。

曲尾 当社の人事制度の基本方針は、会社と従業員とが「緊張感のある対等な関係」にあり、会社は従業員にとって「働きがいのある会社」、従業員は「自律できる強い個人」を目指し、お互い成長するという考え方を打ち出しています。
 しかし、「自律できる強い個人」を目指してほしいといっても、それまで会社としてキャリアを考えてもらう機会を提供してこなかったので、どうしたらそうなれるかをすべて個人任せにするのは、無理があります。そこで当社では、キャリア開発支援を人材育成の基盤に位置付けています(下図)。
 例えば、コンピテンシーとも関係するのですが、入社してから3年目までを自律する準備期間として、それまでは会社、人材開発部門がしっかり面倒を見る、フォローする制度を用意しています。

人材育成の概念図

—— 具体的にはどのような制度でしょうか。

曲尾 階層別研修としての新入社員研修、フォロー研修と自己啓発としての通信教育講座など、学ぶ癖をつけるものと、現場でのOJTトレーナー制度があります。
 新入社員研修は5月中旬までで、その後、各部署に配属されます。現場では、5年位上の先輩をトレーナーに指名して、新入社員を1対1で指導しています。
 これは2006年からスタートしていますが、それまでの新入社員指導は職場ごとに異なり、ある職場では当番制で面倒をみたり、ある職場ではみんなで教えようと特に指導担当を決めないなど、バラバラでした。みんなで教えようといっても、誰も教えていないという職場があったり......(笑)。

—— トレーナーにはどんなサポートをされているのでしょうか。

曲尾 指名されたトレーナーのなかには、日々の仕事で忙しいのになんで私がやらなければいけないのかと思ってしまう人もいると思います。何もフォローがなければモチベーションがあがりませんので、教えることが自分のためになる、どういうふうに教えたらいいか、教える相手のタイプ別にどう対応したらいいのかなど、教えることの意味から基本的なスキル、応用編まで、全3回OJTトレーナー研修を実施しています。

—— 他にはどのようキャリア開発支援をされているのですか。

曲尾 2006年からスタートしているキャリア開発研修が代表的な取り組みです。毎年4月1日時点で28歳、35歳、42歳、50歳に到達している社員全員を対象にした必修研修です。「自律した強い個人」とは、自分で自分のキャリアをしっかり考えて行動できるようになることなのですが、まず「will」、「must」、「can」を知る、分かることが重要だと考えています。
 will(自分は何をやりたいのか、どういう価値観を持っていて、どういうことにやりがいがあるのか=興味・関心・価値観)を考え、must(やるべきこと、期待されていること=周囲からの期待・求められる役割)を分かったうえで、最後にcan(できること、やれること=自分の能力)が分かる。つまり、能力面で自分には何が必要とされていて、何をなすべきか、そのために何が足りないのかを自分自身で理解して初めて、研修や自己啓発がやらされ感覚ではなく、自発的に学ぶ、主体的に学べるようになるわけです。

—— キャリア開発研修の内容は。

曲尾 2日間の研修は社内講師が担当し、1グループ3〜4人で、最大6グループ、24人の参加者で開催しています。自分自身の現状を理解したうえで、具体的な将来像を描き、今後のキャリア開発を考えるという内容で、レクチャーと個人ワーク、参加者同士の発表・フィードバックで構成しています。
 また、1日目の夕方と2日目の朝の時間を利用して、参加者全員にミニ・キャリア面談を行っています。キャリアカウンセラー有資格者の人材開発担当者が手分けして担当し、1人10分程度の時間で、キャリアに関する悩み、例えば、異動になった職場が合わないとか、同期と比べて任用スピードが遅いとか、キャリアプランが立てられないといった相談を受けます。
 守秘義務、安心感といった面から上司や人事総務部には伝えず、面談の場だけの情報として扱いますが、希望者には、上司や人事総務部へ橋渡しをしたり、その結果を本人にフィードバックしたりしています。

個を主体とした「人材開発」と管理者を中心とした「組織開発」

—— キャリア開発研修の今後の展開と、人材開発部門の役割をどのように考えていますか。

曲尾 スタートして、2012年で7年目になり、社員全員がキャリア開発研修を受講したことになります。あくまでも計画段階ですが、次年度からは、入社して1度もこの研修を受けていない28歳社員を中心に展開していくことを考えています。
 一方で、経営からは、経営戦略の実現に向けて知識、スキルを基本にした個人の意識改革、行動改革といった「人材開発」の側面だけに留まらず、「組織開発」に注力してほしいという要請が出ています。
 例えば、研修を実施してよかったというのはある意味「点」の捉え方です。継続性などを考慮した「線」にするために、フォロー研修に力を入れるようになりました。しかし、それでは組織能力のアップに単純に?はつながらないので、それらを「面」にする、それが組織開発としての取り組みなのです。個人を変え、組織としての場や仕組みの運用を変えることにより、風土を変える。これらの仕掛けをしていくことが、これからの当社の人材開発部門に求められる役割と取り組みだと認識しています。

—— 組織開発は、どのような取り組みなのでしょうか。

曲尾 職場ごとに、職場の問題点を明らかにし、その解決策を現場の一人ひとりが自分たちで考え、実践していこうという取り組みです。イメージとしては、GEで実践されているワークアウトからヒントを得た独自の仕組みです。今年度から準備を始めて、来年度から地域性や職場特性を考えながら段階的に進め、全国に展開していく予定です。
 この取り組みは、管理者と事務局(人材開発、経営戦略、広報など)とが一体となって進めていく体制を考えています。組織開発の要になるのはミドル層、管理者になります。それは、(1)持ち場の成果をあげる、(2)人材育成、(3)風土の変革の3つが管理者の役割だからです。管理者に対しては、引き続き組織運営に影響を与え、風土改革につながる研修に力を入れていこうと考えています。

—— 話は変わりますが、社内講師、内製化に関するお考えは。

曲尾 キャリア開発研修の社内講師養成については、外部団体が主催する認定講座の受講とキャリアカウンセラーの資格取得を義務づけています。それは、キャリア研修の講師だけでなく、キャリア面談も担当するからです。
 それ以外としては、人材開発部門に異動してきて、社内講師として初めて人前で話す人には、その訓練として、外部機関が開催しているインストラクター養成講座に派遣しています。
 内製化については、研修プログラムがしっかりしていて、何回か実施し、社内にその研修運営の知見が蓄積されたと判断できれば、社内講師による運営に切り替える場合もあります。

ネットワークづくりこそが価値ある情報の宝庫

—— 仕事に役立つ情報や外部研修機関の情報収集は、どのように行っているのでしょうか。

曲尾 外部団体が主催するセミナーには、人材開発のメンバーが各々積極的に参加するようにしています。新しい知識や手法などの情報収集はもちろんですが、そこに参加している他社の人材開発担当者とのネットワークづくりが重要だと考えているからです。
 異動で初めて人材開発の仕事に携わるときに、判断に迷うことが多々あります。例えば前任者、前々任者が活用していた外部教育研修機関が違ったり、いままで関わりがない外部機関、講師や研修プログラムの情報、営業担当者への対応のしかた、費用面など、相談できる人が限られ、悩むことがあります。
 そんなときに、セミナーやフォーラムで知り合った他社の人材開発メンバーに、「こういう研修会社があるけど、どう?」、「あの講師の研修の進め方とか受講生の評判はどう?」、「○○研修の見積もりが△△なんだけど、妥当なの?」など、いろいろ相談すると、忌憚のない意見やアドバイスがもらえるものです。
 外部研修機関の方とは時間が許すかぎり直接お会いして情報交換しています。そんななかで、ある研修に興味はあるのですが、はたしてその研修プログラム、講師が自社に合うのか、効果が見込めるのかどうか判断できない場合があります。
 効果が想定しづらい研修をとりあえず実施するのはリスクが高いので、お試し、トライアル研修として、例えば夕方18:00〜20:00の時間またはその時間帯で複数回実施するなど、その研修を実際に受講してみて、自社に合うのか、内容を知るといったこともしています。

—— ネットワークはどのように作っているのでしょうか。

曲尾 単発のセミナーで他社の人材開発の方と名刺交換はするのですが、それ以上の関係を築くのはなかなか難しいですね。例えば月1回の開催で6カ月から1年間開催する、人材開発担当者向けのフォーラムといった、ある程度顔を合わせる機会、頻度が多い会では、比較的参加者同士の横の連携、ネットワークが作りやすいのではないでしょうか。

—— ネットワークを活用して、新たな取り組みをされているようですが、具体的にはどんな内容ですか。

曲尾 例えば、人材開発担当者が集まるフォーラムで知り合った6社と中央大学高等学校(文京区)とコラボレーションして、同校の高校生諸君に自分の将来キャリアを考えてもらう「高校生キャリア講座私の生き方を考える」という全4回の講座をボランティアでスタートさせました。
 もともとは、最近の新入社員はコミュニケーション力が足りない、主体性がないなどといった若者の問題をディスカッションしていたのですが、不満ばかり言っていても仕方がないので、われわれ企業からも何か大学に働きかけなければいけない。もしかしたら大学からキャリアを考えるのでは遅く、高校からやらないといけないのではという話に展開していって、意気投合した有志6社の人材開発担当者が母体になって、この取り組みを始めました。
 各社が若手の人材開発担当者をファシリテーターとして参加させます。高校生相手に自分の会社は何をやっていて、自分自身の生きがい、働きがいは何なんだという話をしたり、ディスカッションすることが、若手リーダーシップ教育の一環にもつながるのではないかと期待しています。
 この取り組みは、決して自社だけではできませんでした。横の連携、志を同じくした人が集まったからできたのです。自社の研修だけ考えるのではなく、外に出て行って、外部に何らかの影響を与えるとともに、内部の人間も影響を受ける、そういう社会に開かれた人材開発部門の動きが今後求められるようになるのではないでしょうか。

—— 他社との合同研修会、研究会も実施されているそうですね。

曲尾 人材開発のメンバーにマーケティング部門出身者がいるのですが、他社のマーケティング部門とのネットワークを持っています。それを活かして、食品メーカー数社の合同による「マーケティング実践講座」や女性マーケターを対象にした「女性のための食市場研究会」などを開催しています。

—— そのような社外活動から見えてきた「学び」の形とは。

曲尾 社員も人材開発部門も、これからの学びには、武者修行が必要なのではないでしょうか。自社のなかに閉じこもっていたのでは、自分たちがやっていることの位置づけが分からなくなってしまったり、マンネリ感や物足りなさを感じてしまいます。他社や外部の人から刺激を受け、自分ももっと勉強しなければいけない、このままではいけないという問題意識が生まれてくることが大事だと思います。

—— これからの人材開発スタッフには何が必要でしょうか。

曲尾 当社の人材開発スタッフは、管理職として部下指導など現場のマネジメントを経験している比較的年齢が高いメンバーで構成しています。さまざまな経験をしているので、社内講師として人前で話すのも苦にならないようです。
 そういう意味では、これからの人材開発スタッフは、いままで蓄積してきた経験や外部ネットワーク、人脈などの資産を活かした取り組みを企画することで、今までにない、新たな学びの場を創出することが求められるのではないでしょうか。

—— ありがとうございました。

●会社プロフィール
森永製菓株式会社
本社 : 東京都港区
創業 : 1899年(明治32年)
設立 : 1910年(明治43年)
売上高 : 1,320億円
従業員数 : 1,614人
事業内容 : 菓子(キャラメル・ビスケット・チョコレート等)、食品(ココア・ケーキミックス等)、 冷菓(アイスクリーム等)、健康(ゼリー飲料等)の製造、仕入れおよび販売

2012年12月21日 森永製菓本社にて収録 聞き手・文責:編集部