事例 No.222 全日本空輸 事例レポート(技術技能教育) (企業と人材 2020年5月号)

技術技能教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

最新機器を用いたリアルな訓練や
コミュニケーション活性化を図る研修施設

ポイント

(1)社員を支える人財育成の基盤として、2019年に総合トレーニングセンター「ANA Blue Base」をオープン。
点在していた訓練施設を集約し、全社員が同じ場所で学び刺激し合うことで結束力を高めていく。

(2)パイロットや客室乗務員向けの最新訓練機器を導入し、リアルな環境のなかで訓練・研修を実施することで、学びを深めていく。

(3)イノベーションルームを設けてイノベーション創出につなげるほか、社員同士のコミュニケーションが自然に生まれるラウンジなどをつくり、さまざまなアイデアやヒントを得る場として利用し、各々の成長につなげる。

新トレーニングセンター 社員を支える基盤に

日本航空業界の黎明期である1952年、ヘリコプター輸送事業からスタートした全日本空輸株式会社(ANA)は、2012年にANAホールディングス株式会社の子会社として、新たなスタートを切った。長年、不断の挑戦を続け、いまでは、アジアを代表するエアラインの1つに数えられるまでに成長を遂げてきた。
そんな同社を含むANAグループ全体として、人財育成のキーワードに掲げているのが「グループ」、「グローバル」、「ダイバーシティ&インクルージョン」の3つだ。
飛行機は、当然パイロットだけで飛ばすことはできない。さまざまな職種のプロフェッショナルが力を合わせて、はじめて安全に、正確に運航することができる。そこで重要となるのが、「グループ」で力を発揮できる人財だ。
また、同グループの飛行機は世界中の国に乗り入れている。グローバル市場で成長していくためには、さまざまな文化・習慣・価値観などを理解し、能力を発揮できる「グローバル」な人財が不可欠だ。
そして、グループで力を発揮しグローバルに活躍できる人財とは、年齢・国籍・性別・価値観・障がいの有無などの多様性を尊重し、それを強みに変革を起こせるような人財だ。そこで、「ダイバーシティ&インクルージョン」が重要なキーワードとなる。
そうした人財育成の考え方を具現化したものの1つが、今回紹介する同社の総合トレーニングセンター「ANA Blue Base」といえるだろう。
地上8階建てで、敷地面積は約3万2,800平方メートル、建物面積は約6万500平方メートル。約350の研修室があり、600人ほどのスタッフが常駐している。
京浜急行空港線の穴守稲荷駅より徒歩約6分の立地にあり、羽田空港に近く、本社のある汐留からも電車で30分ほどだ。2019年3月31日に竣工し、同年4月15日から運用を開始した。
建物内部は、空港を思わせるデザインとなっており、各訓練・研修施設をつなぐ渡り廊下は、グレーの床に白や黄色のラインが引かれ、空港の滑走路を模している。また、エスカレーターの案内表示も、空港で使われる記号などがあしらわれており、あたかも搭乗ゲートのようである。

「ANA Blue Base」の外観

▲ 「ANA Blue Base」の外観

この「ANA Blue Base」(以下、ABB)の名称は、ANAグループの社員から公募された1,034件のなかから、社員投票によって決まったそうだ。ANAブランドの出発点、グループ全社員の原点であり、社員を支える基盤になるという思いが込められているという。
このことについて、同社の人事部ANA人財大学マネジャーの柳沢尚希さんは、次のように話す。
「ABBは、経営の基盤である安全をはじめ、運航品質の向上、イノベーション推進、働き方改革、ANAブランドの発信の拠点と位置づけています。ANAグループのパイロットや整備士、客室乗務員、旅客係員、貨物担当者、グランドハンドリング(航空機の牽引や手荷物・貨物の取下ろし業務等)など、空港スタッフの訓練に活用するだけでなく、社外の人との協業や、訓練の様子を公開することで、長期的な人財育成につなげていくことが目的です。
また、羽田空港の周辺に点在していたANAグループの訓練、教育、研修機能をABBに集約することで、部門間の連携が必要な場面の訓練もできるようになりました。何よりも、グループ全社員が同じ場所で学び、刺激し合うことで、グループの結束力を高めていければと考えています」
現在は、既存の訓練センターから機器を移設したり、最新機器を搬入しつつ、使用可能な施設から稼働しており、全面運用となると、ABBは最新鋭の設備を有する日本最大級の訓練センターになる。また、研修・訓練の参加者も、これまでは1日約1,200~1,300人だったが、3,000~4,000人の参加が可能になるそうだ。
このように、全面運用に向けて動きつつ、訓練・研修も実施しているABBだが、参加者の学習効果を上げるために、機能や環境面で、さまざまな工夫をしている。
本稿では、そうした工夫点について詳しくみていきたい。

リアルな環境を再現し、訓練効果を高める

ABBには、世界最新鋭の訓練機器が数多く導入されており、参加者にリアルな体験をしてもらうことで、オペレーション品質の向上を図っている。
・パイロット向け
まず、パイロット向けの代表的な訓練機器の1つとして、「フルフライトシミュレーター(FFS)」がある。実機のコックピットを模擬したもので、パイロットの操作により外の風景や計器、音にいたるまで実機そっくりに再現できる。また、上下前後左右に動くなどして揺れや加速度も感じることができる。このFFSでパイロットは悪天候や機体の不具合、またそれらが同時に発生したときのような、現実にはまず起きない状態を経験し、それらに対し、いかに冷静かつ適切に対処していくかを習得していく。FFSは、飛行機の機種ごとに用意されており(2020年3月現在12基設置)、これまでと別の機種の飛行機に移行する際には、新たに乗る飛行機のFFS訓練が義務づけられている。
なお、パイロットは、一度資格を取得したら一生有効というわけではなく、定期的に訓練と審査を受ける必要がある。そのため、パイロットは、機種移行の有無にかかわらず、何度もABBを訪れることになる(乗務資格を必要とする客室乗務員も同様)。

フルフライトシミュレーターが設置されている施設

▲ フルフライトシミュレーターが設置されている施設

・客室乗務員向け
客室乗務員向けの主な訓練機器としては、日本で初導入した「モーションモックアップ」があげられる。これは、実機に近い環境で、飛行中の揺れなどをリアルに再現する可動式訓練機器だ。実際に飛行機に乗らなくてはわからない揺れや動きを体感し、そのなかでどのようにサービスを提供するか、緊急時にはどのような対応をしたらよいかを学ぶ。
もう1つは、「リアルファイヤーファイティングトレーナー」だ。こちらも日本初導入で、実機に近い環境で、実際の火を使用して火災状況を再現し、消火作業を行う訓練機器である。火の動きや熱さなどを体験しながら、具体的な対応を学べる点が大きな特徴だ。
「これまでの訓練では、消火実習場で消火器を使用して実際の火を消し、客室の環境に合わせた消火の方法は模擬の火で実習していました。新しい機器では、座席などが並んでいたりする状況で、どの角度で消火器を使用したら効果的かなど、実機に近い環境のなかで実際火を消す実習が行えるので、万が一のときにも、いままで以上に素早く対応できるようになります」
そう話すのは、ANA Blue Base 業務推進室 業務推進部 業務推進チームの岡本真紗子さん。機器は、特殊な素材を使って、必要以上に火が広がらないように安全に配慮しており、繰り返し使用することができるとのことだ。
また、航空会社として初めて茶室を模した訓練施設を新設した。茶道の心得がある客室乗務員と教官が組み、新入社員のほか、ビジネスクラス、ファーストクラスのサービス資格を取得する客室乗務員などに、日本のおもてなしを学んでもらう。
「茶道の所作というよりは、主にもてなしの心を学ぶのが目的です。茶道では、相手のことを思ってお茶を淹れるのが基本です。相手の心にいかに寄り添うか、相手をいかに思いやれるかという茶の心を身につけ、もてなす喜びやもてなされる感動を知ってもらいたいのです。そして、業務にあたるなかで、その心を体現してほしいと思っています」(岡本さん)
茶室では2人1組となって、お互いのことを考えて茶器を選び、おもてなしの真髄を学んでいく。

茶室「和協庵」。ここで、茶道を通じたおもてなしの真髄を学ぶ。外国人客室乗務員も受けるため、畳に腰掛ける構造となっている。右は庭

▲ 茶室「和協庵」。ここで、茶道を通じたおもてなしの真髄を学ぶ。外国人客室乗務員も受けるため、畳に腰掛ける構造となっている。右は庭

・整備士、係員等向け
整備士向けとしては、飛行機の主脚やエンジンなどを使い、実際と同じ作業をしながら整備を学ぶ「メンテナンス・トレーニング・モックアップ」、コンピュータをベースにしたコックピットの操作や機体の仕組みなどを学ぶ「バーチャルメンテナンストレーナー」などの施設がある。
ほかにも、旅客係員(グランドスタッフ)を対象に、チェックインカウンターや搭乗ゲートを再現して、機器の操作や接遇を学ぶ訓練施設、貨物取扱係員を対象に、空港の貨物上屋を再現し、コンテナ、貨物の積み込みなどの実技・安全訓練を行う「カーゴ・トレーニング・エリア」など、充実した訓練機器・施設がある。グランドハンドリング部門では、VRやMRなどを使って危険な事象などを体験し、安全について再認識する訓練施設も設置予定だという。
「このように、リアルな環境を再現することで、学んだことを確実に、効果的に身につける訓練を実現しています」(岡本さん)

イノベーションを創出するスペースも

訓練・研修以外を目的としたスペースが充実しているのも、ABBの特徴だ。
たとえば、「ANAイノベーションガレージ」は、社内外とのプロジェクトやイベントの実施、オープンイノベーションマインド醸成に活用する共創スペースである。
社員専用のスペースとしては、「イノベーションルーム」が設けられている。これは4つの部屋に分かれており、それぞれ「インスピレーションルーム」、「アイデアルーム」、「クリエイションルーム」、「プレゼンテーションルーム」と名づけられている。部屋ごとに雰囲気が異なり、目的別に使い分ける。
このうち、インスピレーションルームは、新鮮な考えや着想を得るための部屋だ。そのため、通常の会議室にはないようなユニークな家具(動物を模した椅子など)が置かれている。
何かアイデアを出し合いたいときは、アイデアルームを使う。ここには、作業台になるテーブルやホワイトボードがあり、グループに分かれてアイデアを出し合えるように工夫されている。
クリエイションルームには、大きなテーブルや3Dプリンター、数種類の工具が置いてある。上記の部屋で着想を得てアイデアが出たら、必要に応じて、ここで自分がイメージしたものを実際に作ることができる。たとえば、機体整備のための新しいツールを考案したり、業務改善に必要なアイテムなどをここで作ってみたりする。
プレゼンテーションルームには、階段状の席とスクリーンが設置されており、自分のアイデアについて、他の社員に発表することができる。
「これらの部屋を設けたことで、新しいことへチャレンジする社員がより増えてきました。また、自由な発想で思考することで、組織に大きく貢献するようなアイデアが生まれるなど、イノベーション創出への効果がきわめて高いと感じています」(岡本さん)

「イノベーションルーム」4つの部屋

インスピレーションルーム(左) アイデアルーム(右)

▲ インスピレーションルーム(左) アイデアルーム(右)

クリエイションルーム(左) プレゼンテーションルーム(右)

▲ クリエイションルーム(左) プレゼンテーションルーム(右)

コミュニケーション活性化につなげる

ABBには、ほかに「コミュニケーションラウンジ」というスペースもある。テレワークやサテライトオフィスとしても活用できるため、いつものオフィスとは違った雰囲気のなかで会議や仕事を行うことで、効率が上がったと感じる社員も多いという。
カフェテリアも設けており、食事や休憩だけでなく、数人でランチミーティングを行えるように椅子や机の配置を工夫している。また、大型スクリーンと500席超の座席を備え、定期的にイベントやセミナーなども開催している。

コミュニケーションラウンジは、サテライトオフィスとしても活用(左) カフェテリアでは、食事や休憩だけでなくイベント等も開催する(右)

▲ コミュニケーションラウンジは、サテライトオフィスとしても活用(左) カフェテリアでは、食事や休憩だけでなくイベント等も開催する(右)

「スクリーンを使って、スポーツなどのパブリックビューイングなどを実施することもできます。今後、大きなスポーツの試合で社員アスリートを応援するといったイベントを行い、社員同士の交流を深めていきたいと考えています」(岡本さん)
これらのスペースで、ふだんはなかなか会わない人と会い、会話をすることで、さまざまなアイデアが浮かんだりヒントを得たりして、仕事がよりスムーズに進むようになったという声が多いそうだ。
「ABBは訓練・研修のためだけの施設ではありません。いつもの仕事を、環境を変え、気分を変えて行うために利用できる場所であり、また、社員同士のコミュニケーションが自然に生まれる場所でもあるのです。そうした環境が、訓練・研修での学びをより深め、結果的に社員の成長につながっていると感じています」(柳沢さん)

行動指針を学ぶ教育研修施設も完備

人事系の教育研修施設についても、みていこう。
1つめは、「安全教育センター」である。過去の事故の経緯やヒューマンエラーについて学び、日々の行動に活かすための学習施設で、事故機体の展示や映像などを通じて、グループ全社員の安全への意識を高めている。
もう1つは、「ANA’s Way 研修施設」だ。2012年にANAグループの経営理念やビジョンが策定され、これらを達成するためにもつべき心構え「あんしん、あったか、あかるく元気!」と、取るべき5項目からなるグループ行動指針「ANA’s Way」が生まれた。これらを全グループ社員に浸透させるための取り組みの1つとして、ANA’s Way研修がここで実施される。
創業以来の歴史が学べる展示物が設置されており、そのなかで、同グループの過去、現在を学び、あるべき未来の姿を考えていく。未来を考える部屋は、カフェのようにテーブルがいくつも置いてあり、そこで職種や年齢も違うANAグループ社員が対話をすることで、信頼関係やグループの一体感を醸成しているという。

今後も、さまざまな訓練施設を設ける

前述のように、現在ABBは全面運用に向けて、順次、訓練センターを集約しているところだ。また、「ANA Blue Base Tour」と銘打ち、一般見学エリアを設ける予定だ。

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「これは、航空会社として世界初の試みです。施設内部や訓練の様子を公開することで、子どもから大人まで航空業界に興味をもってもらうことが、社会への貢献になると考えました。最新のデジタル技術を用い、同グループの歴史やDNAを学べるコンテンツを盛り込んだ見学施設をめざしていく予定です」(柳沢さん)
ABBに訓練や研修で、あるいは日常業務でさまざまな人たちが訪れ、知り合い、絆を深めることで、より安全な運航が可能になる─そんなトレーニングセンターといえそうだ。

(取材・文/小林信一)


 

柳沢尚希さんへの3つの質問

Q1 人材開発の仕事で、日ごろ大事にしていることは?
先ほど申し上げた「グループ」、「グローバル」、「ダイバーシティ&インクルージョン」という人財育成の3つのキーワードを、常に念頭に置いています。

Q2 仕事で気分が凹んだときは、どうしていますか?
サッカーのコーチとして子どもたちと接していると、とても楽しい気持ちになります。正直な感情を出すため、大人と違った反応をするのがおもしろいです。

Q3 いま関心があることは何ですか?
リベラルアーツに関心があります。われわれの仕事は専門性が高く、どうしても視野が狭くなりがちです。そうならないように、広く教養を身につける必要があると感じています。


 

▼ 会社概要

社名 全日本空輸株式会社
本社 東京都港区
設立 2012年4月
資本金 250億円
売上高 2兆583億1,200万円(連結)
従業員数 14,242人(2019年 3月31日現在)
事業内容 定期および不定期航空運送事業、航空機使用事業など
URL https://www.ana.co.jp/group/company/ana/

左から
人事部 ANA人財大学 マネジャー 柳沢尚希さん
ANA Blue Base業務推進室 業務推進部 業務推進チーム 岡本真紗子さん


 

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