事例 No.123 YKK AP 特集 現場主体の若手技能者育成
(企業と人材 2018年1月号)

技術技能教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

協力会社とともに若手育成のため「施工技能修練伝承塾」を展開
少数精鋭で6年かけて育成

ポイント

(1)若手育成のため、協力会社とともに「施工技能修練伝承塾」を設立。高度な技能・技術をもった匠をめざして、一般的に実務10年で一人前といわれる能力を6年かけて育てる。

(2)伝承塾は2年おきに3段階のコースを設定。研修で学んだことを現場で活かして、実践し、再び研修に臨むことで成長することをねらう。

(3)研修では3日間徹底して実技と座学を行う。全国各地から集まることで、技能や情報の全体共有、交流の活発化も。

会社と協力業者双方の危機感から「塾」を立ち上げ

YKK AP株式会社は、窓やサッシ、ファサードなどの住宅用・ビル用建材を中心に、さまざまな建築用プロダクツの設計、製造、施工、販売を国内・海外で手がける企業だ。社名からもわかるようにYKKの子会社で、1957年に吉田工業(現YKK)の製造したスライドファスナーの輸出および伸銅品の営業部門(旧社名・吉田商事)としてスタート。その後、事業の拡大・転換を経て現在に至っている。

《こちらもおすすめ》年間42の企業事例を掲載。企業研修に特化した唯一の雑誌「企業と人材」 《こちらもおすすめ》年間42の企業事例を掲載。企業研修に特化した唯一の雑誌「企業と人材」

YKKグループでは、YKKの創業者・吉田忠雄氏が“善の巡環”と称した「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない(事業活動のなかで発明や創意工夫をこらし、常に新しい価値を創造することによって、事業の発展を図り、それがお得意さま、お取引先の繁栄につながり社会貢献できる)」という考え方を、YKK精神と位置づけて、ものづくりの原点・事業活動の基本としている。
また、YKK APの経営理念としては「更なるCORPORATE VALUEを求めて」を掲げている。こちらは事業を繁栄させるための基本的な考え方で、経営の使命・方向・主張を表現しており、コーポレートバリュー(企業価値)として「公正」を中心とする7つの分野に新たなクオリティ(質)を追求するというものだ。
さらに、社員一人ひとりが大切にし、実践する価値観として「コアバリュー」がある。具体的には、「失敗しても成功せよ╱信じて任せる」(人づくり)、「品質にこだわり続ける」(モノづくり)、「一点の曇りなき信用」(関係づくり)の3つで、これらは、社員の日々の行動の基準となっている。
同社の主力製品の一つであるサッシなどのビル建材は、日本の商習慣では、その製品の構造躯体への取り付けまでを含めて、サッシ工事として請け負うケースが多い。その際に、取り付け工事の部分は専門業者に委託している。
ビル用のサッシやカーテンウォール製品を正確に建物に取り付けるためには、高度な技術力が求められる。こうした高い技術・技能をもつ全国の施工業者と協力・信頼関係を確立し、品質確保や安全意識を高めるために、同社では「YKK APグループ施工協力会(以下、施工協力会)」を組織している。ちなみに、同社とこの施工協力会との関係は、発注先と下請けという構図ではなく、パートナーとして対等な位置づけ(YKK APは事務局)となっているのが大きな特徴だ。施工協力会の会員数は、2017年4月時点で全国に492社(2,917名)である。
同社と施工協力会では、2013年から施工技能者の若手育成を目的とした「YKK AP施工技能修練伝承塾」(以下伝承塾)を開催している。この伝承塾をスタートした背景を、専門役員ビル本部設計施工技術部施工技術部長の伊藤卓さんは、こう語る。
「まず建築業界全体の課題として、以前から技術者の人手が足りない状況がありました。さらに2015年に起きた杭工事のデータ改ざん問題を機に、建設業法に関するコンプライアンスが非常に厳しくなり、建設に関連する各業者がそれに対応すべく人を抱えるようになったため、人手不足がさらに深刻になっています。同時に、近年は施工業者の職人さんたちも高齢化が進み、若い人には3K職場というイメージが強くて新規入職者が少ないため、どんどん人が減っているというのが実情です。それを少しでも食い止めたいというのが、伝承塾の1つの目的です」
ビル本部設計施工技術部施工技術部業務・安全グループ長の横山剛久さんは、伝承塾誕生の具体的な経緯を、こう説明する。
「当社と施工協力会、双方の危機感が発端になったといえますね。当社も施工協力会の会員の社長さんたちも、若手の職人がいなくて何とかしなければいけないと思っていました。そこで、このままではいけない、育成を考えようと議論が盛り上がったのが2012年のことです。そこからすぐ準備を始めて、翌2013年に正式に伝承塾が発足という運びになりました」

最短6年で施工技能者を養成技術とその背景を学ぶ

図表1 施工技能修練伝承塾の育成イメージ

図表1 施工技能修練伝承塾の育成イメージ

伝承塾は、「10年でようやく一人前」といわれるサッシ・カーテンウォール施工技能者を、研修とその後の実務経験を含めて、最短6年で育成することをめざすものだ(図表1)。目的は、大きくは以下の5点である。
・若年層へ正しい施工技能の習得をさせる
・施工技能習得のスピードUPを図り、施工の生産性を充実させる
・定期的なステップアップ教育を行うことにより、モチベーションの向上につなげる
・技能者育成により、協力会にとって就労の維持継続しやすい環境をつくり出す
・施工協力会・YKK APの将来に向けた事業の発展をめざす
また、基本方針として、「明日からの施工の実践で手腕を発揮してもらうための技能を教え、その裏付けとなる技術を教えます」と掲げて周知している。ただし、すでに現場で活躍している職人に参加してもらうという伝承塾の性格上、技能や技術そのものというより、「匠の世界に近づくための考え方・道筋」を身につけていくことを主眼としている。
「まずYKK APの製品を取り付けるための基本はすべて教え、あとは、それこそ『匠』と呼ばれるような技術・技能の基本となる考え方を教えます。ここで学んだことと、実践での経験を重ねていくことで、非常に高いレベルの技術・技能を自身で身につけていただくイメージです」(伊藤さん)
伝承塾は、YKK APと施工協力会とが協力して運営している。講師は総勢で8名おり、主として技術および安全に関する部分はYKK APの社員が、技能に関する部分は施工協力会が、それぞれ受け持っている。
「講師の皆さんは、自分の仕事を抱えながら参加していただいているので大変です。とくに当初から講師を務めていただいている施工協力会の会長や副会長などは、伝承塾の研修期間中、一月のうち3週間くらい拘束される状態が何カ月も続きます。素晴らしい技術の持ち主ですから現場では引っ張りだこですし、仕事をしているほうが実は何倍もの売上が確保できるわけです。それにもかかわらず、自分たちの技能を、次の世代に伝承していきたいという、強い情熱や使命感で取り組んでくださっています。この伝承塾は、そういう人たちに支えられているといえますね」(伊藤さん)

2年おきに3日間の合宿研修実技・座学で段階を踏んで3コース

伝承塾の具体的な内容を紹介していこう。参加対象は、施工実務経験最低1~2年程度以上の施工協力会会員会社の社員(もしくはその下請け会社の社員)だ。実際の受講者は、手上げ式で自ら希望して参加するケースと、YKK APの支社(施工管理の責任者等)から推薦するケースとがある。
現在はスタンダードコース(1)、スタンダードコース(2)、スペシャリストコースの大きく3コース(ステップ)があり、スタンダードコース(1)から始めて2年おきに段階を踏んで3つのコースをすべて受講してもらうのが基本となる。
「2年おきというのも、1つの工夫です。技術・技能の考え方を身につけるというのが研修の主眼ですから、一度研修を受けてから、2年間実践して経験を積んでいくうちにいろいろ考えてもらうんです。するといろいろ疑問も出てきますから、それを次の研修で講師にぶつけてもらいながら学んでもらいます。そしてまた実践をしながら考えてもらう、というふうに研修と実践を繰り返していくなかで、受講者に成長してもらえればと考えています」(横山さん)
各コースでは研修終了後の達成レベルを設定しており、たとえば「一般マンションの施工リーダーを勤めることができる」、「公的な技能検定の○○に合格できるレベル」などの目標が明確になっている。受講後は、実際に資格取得にトライする人が多い。
各コース、定員は8名という少数精鋭で、それぞれのコースは同内容で年間2回開催。年間で最大48名が受講することになる。
研修場所としては、富山県にある同社の滑川製造所内の研修スペースを使用しており、プログラムは全コース火曜日から木曜日までの3日間(前後の移動日を含めると4泊5日)の合宿形式である(図表2)。

図表2 研修の日程(全コース共通)

図表2 研修の日程(全コース共通)

研修は実技と座学の両方で、たとえば「サッシ学」、「施工学」、「揚重学」、「レーザー点検手法」といったサッシ・カーテンウォールに関するさまざまな技術・技能から安全面の知識まで、みっちりとカリキュラムを組んでいる。
「受講者はふだん体を動かすのを主としている人たちなので、1日中デスクの前に座って講義というのが苦手な人もいます。そこで実技と座学を組み合わせて、少しでも学んだ内容が頭に入りやすいように工夫しています(」横山さん)
「せっかく遠方からも来てもらっているのに、短時間の研修ではもったいないとの思いもあり、少し厳しいかもしれませんが、1日目と2日目はホテルに帰って夕食をとったあとも、座学で勉強をしてもらいます」(伊藤さん)
最後の3日目の夜は、「送り出し会」と呼ぶ懇親会・座談会を開催。研修翌日の朝には、滑川製造所の見学をして帰路に着くというスケジュールである。
ちなみに、この研修のための交通費、宿泊費、食費をすべて含めて研修費として徴収するが、全国どこから来ても研修費は定額だ。たとえば北海道や沖縄からの場合、交通費などで、規定の研修費をオーバーすることもあるが、あくまで研修費のみを徴収し、費用は伝承塾で負担している。逆に、近隣から参加した場合は、実費を上回るが、参加者の公平性を重視している。なお、希望者がいたことから、受講後にフォローアップ研修を実施するなど、要望にはきめ細やかに対応している。

全コース修了生も誕生技能だけでなくつながりも広がる

これまでの約5年間で、延べ185名がこの研修を受講し、2017年6月には初めて全3コースの修了生が16名誕生した。
「あとで聞いた話ですが、途中で本当にやめようと思っていたけど、2年後にまた次のコースがあるからがんばろうという気になったと話してくれた人がいました。修了生はほとんどが20代。なかには40代もいましたが、この業界では40代といってもまだ中堅です。そういうこれからの世代の人たちにやりがいがあるといってもらえる教育ができたということは、非常に意義のあることだと感じています」(横山さん)
受講者たちは、前述のとおり受講後に資格を取得するなど、確実に技能をレベルアップさせている。それは受講者を送り出した事業主の反応からも明らかだという。
「研修後の事業主へのアンケートでは、ほとんどが伝承塾から帰って来たあとに、受講者の態度が変わったとあります。たとえば図面をよく見るようになったとか、細かいところまでよく質問をするようになったなど、確実に変化を実感してくれているようです」(横山さん)

▲座学の講義。密度の濃い研修が、3日間集中して行われる。

▲座学の講義。密度の濃い研修が、3日間集中して行われる。

「施工協力会の企業は、社員5人程度というところが大半ですから、事業主としては社員が5日間もいない、仕事がその間できなくなるということは、とても大きな負担なわけです。しかも、研修費用も負担しますから、最初は社員を出したがらないところも珍しくありません。しかし、われわれは一度この研修を受講してもらえれば、確実に成果があること、受講者自身も、100%とはいかなくても95%くらいは次のステップのコースを受講したいと思うようになる価値がある研修という自信をもっています」(伊藤さん)
他方、この伝承塾はYKK APグループ全体の技術・技能の向上や情報の共有にも役立っている。
たとえば最初のころは、途中のコースから受講する人も珍しくなく、かなりのベテランも多数参加していた。ベテランとなると、やはり講師の教えとは異なる、自分流の施工方法を修めている人も少なくない。そうした際、講師が、そちらのほうが優れていると判断すれば、あらためてそれをYKK APのスタンダードに切り替えることも厭わなかったという。
そうして、よいものをどんどん取り入れ、全体の技術向上や情報共有が進む結果につながったのだ。
さらに、この伝承塾がきっかけとなった新たな動きも生まれている。受講者が、研修後も頻繁に連絡を取り合うなど、活発な交流が行われるようになったのだ。伝承塾が全国各地の同業者と知り合う機会になったわけだ。
そして、個々人としての交流だけでなく、2015年7月には施工協力会のなかで、若い人たちが中心になった“青年部会”が立ち上がった。いまでは、伝承塾と青年部会の活動を組み合わせた新たな活動として、伝承塾ではできなかったことを学ぶようなセミナー・勉強会もスタートしている。これは当初の予測を超えた大きな副次的効果といえるだろう。
「今年度から各エリアで青年部会を開いているので、伝承塾の講師が出向いてもう一度卒業生と会い、テーマを決めて勉強会を開くということを始めています。
それ以外にも、会員の声を聞きながら、より一層若手の技術・技能の育成につながるような取り組みも徐々にやっていければと思っています」(横山さん)

課題は受け入れ人数の限界と事業主の理解を増やすこと

一方で今後の課題としては、1回の研修で受け入れられる人数が限られていることが挙げられる。
「人数を増やしたい思いはあるのですが、実技指導も含まれる研修の性格上、大人数で一斉にというわけにはいかず、どうしても今の人数が精一杯なのが正直なところです。たとえば、開催場所や回数を増やすことを考えても、なかなかいまと同じレベルの講師を確保するのが難しくて、実現できていません」(横山さん)
講師に関しては、将来的には、いまの講師の後継者をどう育成するかという問題もある。

▲実技の研修風景。テクニックを集中的に学ぶ。

▲実技の研修風景。テクニックを集中的に学ぶ。

「講師のうち4人は固定でお願いしていますが、高齢の方もいらっしゃるので、次のことも考えていかねばなりません。たとえばこの塾の卒業生が講師になるといった循環が生まれてくれば理想的だと思っています」(伊藤さん)
もう1つ、大きな課題ととらえているのが、送り出す側の事業主の理解だ。
「事業主からすれば送り出すだけの価値があるものなのか、なかなかわかってもらえないわけです。こちらも、受講してもらえばわかると、自信はもっているものの、まず受講してもらうところまでこぎつけるのが容易ではありません」(伊藤さん)
そのため、事業主の理解を広げていくための広報活動には力を入れている。宣伝広報用のパンフレットやビデオを制作し、施工協力会の会合で実際にビデオを流したりしながら塾の紹介をするなど、さまざまなアプローチを今も粘り強く続けている。
今後の伝承塾の方向性については、現行の塾をしっかりと継続して定着させていく一方で、3コースを終えたあとのさらに一段上のレベルでの研修なども、検討課題として視野に入れている。
「講師からも話が出ていますし、実績を見ながら、そろそろ次のステップも考える時期に来たと思っています」(伊藤さん)
この伝承塾で学んだ施工技能者たちが、さらに高い技能・技術を身につけて日本国内はもとより、海外でも匠として活躍する。そんな日をめざして、これからも伝承塾の取り組みは続く。

(取材・文/中田正則)


 

▼ 会社概要

社名 YKK AP株式会社
本社 東京都千代田区
設立 1957年7月
資本金 100億円
APグループ売上高 3,586億円(2016年4月~2017年3月、海外を含め4,135億円)
APグループ従業員数 12,600人(2017年4月末、海外を含 め16,700人)
事業案内 住宅用・ビル用の窓、サッシ、カーテンウォールなどの設計、製造、施工および販売
URL http://www.ykkap.co.jp/

(左)
ビル本部
設計施工技術部
施工技術部
業務・安全グループ長
横山 剛久さん
(右)
専門役員
ビル本部
設計施工技術部
施工技術部長
伊藤 卓さん


 

企業研修に特化した唯一の雑誌! こんな方に
  • 企業・団体等の
    経営層
  • 企業・団体等の
    教育研修担当者
  • 労働組合
  • 教育研修
    サービス提供者
  1. 豊富な先進企業事例を掲載
  2. 1テーマに複数事例を取り上げ、先進企業の取組の考え方具体的な実施方法を理解できます
企業と人材 詳細を見る

ページトップへ