事例 No.077
凸版印刷
特集 アジア地域の育成課題を知る

(企業と人材 2016年11月号)

海外拠点の教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

現地HRマネジャーを集め、APAC HRMeetingを開催
インドネシアでは現地法人の理念策定プロジェクトを実施

ポイント

(1)赴任前研修では、駐在経験者による社内研修と外国人講師による社外異文化対応研修を組み合わせて実施。語学研修は帯同家族にも受講資格を付与。

(2)海外現地法人のガバナンスの徹底を目的として、各国のHRマネジャーを日本に集め、「APAC HRMeeting」を開催。理念確認、情報交流、工場視察などに加え、現地企業のベストプラクティスを事例発表してもらい、水平展開をめざす。

(3)インドネシアの現地法人において、現地リーダー約20人を対象に、自社の企業理念を自分たちでつくるプロジェクトを実施。本社トップメッセージに始まり、チームビルディング、5年後ビジョンの策定など、現場への理念浸透プログラム構築に取り組む。

高品質印刷への需要が増加するアジア地域で、積極的に事業展開

凸版印刷株式会社(以下、トッパン)は、日本を代表する総合印刷企業である。明治期に最先端の印刷技術といわれた「エルヘート凸版法」による商業印刷を事業とする企業として、1900年に創業された。同社は現在、出版印刷、商業印刷、金融証券、ICカードの印刷などの「情報ネットワーク系」を中心に、日用品や飲食料品に使用されるパッケージ、建装材をはじめとする「生活産業系」、液晶テレビのカラーフィルターなどの「エレクトロニクス系」という3領域で事業を展開している。
海外事業にも積極的で、現在、13カ国1地域に約70社を展開。とくに、高品質の印刷物の需要が増加している中国や東南アジア各国での事業が活発で、海外売上げの4分の3を占める。海外現地法人の従業員数は約14,000人。アジア地域を中心に、日本からは随時170人ほどが駐在員として赴任している。駐在員の任期は約3年間で、毎年30人前後が入れ替わっているという。
同社は、創立100周年を迎えた2000年に、「社会や地球環境と調和しながら成長を続けるための基本的な考えや活動の方向性」を示した“TOPPANVISION21”を制定した。そして、必要とされる人財を、「高い志」、「コミュニケーション能力」、「豊かで美しい感性」という3つのキーワードで表現している。

語学や異文化対応を中心に赴任前研修を実施

ここではまず、同社の海外赴任前研修についてみていこう。
同社が実施する海外赴任者向け研修は、1.語学研修、2.社内講師による研修、3.外部講師による研修、4.eラーニングの4つである。

図表1 凸版印刷の海外赴任前研修(社内・社外研修)

図表1 凸版印刷の海外赴任前研修(社内・社外研修)

まず1.語学研修は、同社が提携する語学研修会社で、英語または中国語のトレーニングを赴任前と赴任後に40時間ずつ受講する。業務の関係で、たとえば赴任前に30時間しか受講できなかったという場合は、赴任後に不足分の10時間を上乗せして受講できるように規定されている。なお、赴任者本人だけでなく、帯同する配偶者も必要に応じて同じ条件で研修を受けられる。
次に、2.社内講師による研修は、初めて海外赴任する社員を対象とするもので、海外赴任経験のある社員が講師となって駐在員の心構えについて講義するほか、現地でのマネジメントに必要な知識やメンタルヘルスケアについて理解するプログラムもある(図表1)。
3.外部講師による研修は、外部の公開講座に派遣し受講するもの。日本語を話せる中国人講師が状況に応じた異文化対応のポイントを解説してくれるほか、ロールプレイなどで赴任後の状況をイメージできるため、好評だという。赴任前研修を担当する人事労政本部人財開発センター部長の岡本吉平さんは、次のように話す。
「初めて海外赴任する社員は、現地の人びとにどう接すればいいかわからず、不安を抱いています。また、駐在員に対するローカルスタッフの評価は最初の1〜3カ月で定まるといわれていますから、赴任してすぐに役立つ異文化コミュニケーションの研修は、赴任者にとって非常に重要な意味をもっています」
最後に4.eラーニングについては、赴任前にグローバルマインドセットの醸成や異文化対応などをテーマとする、8時間のeラーニング講座を受講するものである。
なお、赴任中の支援策としては、上記語学研修に加えて、今期からメンタルヘルスの相談窓口を設置している。さらに今後は、国内のeラーニング形式の自己啓発プログラムを、海外赴任中の社員も利用できるようにしていきたいということだ。

トレーニー制度とJICAの制度活用で、駐在員候補を幅広く育てる

次に、同社が取り組む、グローバル人材の育成施策をみていくことにしよう。
「グローバルリーダー研修アドバンス」は、今後、海外事業で重要な役目を果たすことが期待される、リーダー候補の育成を目的とするもので、若手管理職をスイスのローザンヌにあるビジネススクール「IMD」の短期公開講座に派遣する。参加者たちは、経営、リーダーシップ、マーケティング、イノベーション、ファイナンスなど、ビジネスリーダーに必要な素養を約1カ月にわたり学ぶ。
「トレーニー制度」は、入社3〜10年目の社員を対象に、1年間海外に派遣する制度。海外現地法人・代理店に約1年間派遣し、海外事業を実地に体験するほか、外国語でのコミュニケーション力や異文化適応能力を身につける。
トレーニーは各事業部からの推薦で選ばれるが、基本的には、何らかの形で海外事業に携わっている社員が対象だという。制度が始まった2011年度から2015年度までに69人が海外に派遣された。すでに帰国した社員は45人ほどで、うち10人が駐在員として再び海外に赴任しており、岡本さんは「将来の駐在員候補の育成という側面もあります」と語る。
そのほか、各事業部から推薦で選ばれた社員を対象とする語学研修「グローバル選抜研修」がある。
この研修では、参加者の語学力によって提供されるプログラムが異なる。英語の基礎能力がある参加者は外部のスクールに通い、英語でビジネススキルを学ぶ。それ以外の参加者は、eラーニングとオンライン英会話の二本立てで、英語の基礎力をつけることになる。1回の研修期間は約半年間で、1年に2回ずつのペースで開催されている。
これらに加え、JICA(国際協力機構)が民間企業のグローバル人材育成に貢献するプログラムとして提供している「民間連携ボランティア制度」を活用した海外派遣も実施している。JICAのボランティア事業(海外青年協力隊)は通常、派遣期間は2年間で、派遣先国や職種についてはJICA側で決定する。しかし、民間連携ボランティア制度では、派遣期間は1年間で、社員を派遣する企業が派遣先国や職種について要望を出すことができる。
同社はこの制度を2013年度から活用している。2015年度はマレーシアに1人、ベトナムに2人を派遣。参加者は、派遣先国で環境教育に従事したり、現地の文化・スポーツ・観光局や博物館に所属して日本人観光客向けのPR活動に取り組んだりしたということだ。
派遣する社員は社内公募で選ぶ。先述のように、トレーニー制度では海外事業に携わっている社員が選抜されることが多い。そこで民間連携ボランティア制度では、対象を全社員として、海外での活躍が期待できる未知の人材を発掘したい考えだ。また、ソーシャルイノベーション人材を発掘したいという思いもある。
民間連携ボランティア制度を活用する意義について、岡本さんは次のように語る。
「これまで、この制度を活用して当社が進出していない国々に社員を送り出してきました。現地法人のサポートがない国でも、社員が現地での経験を積めるという点が、制度活用の最も大きな理由です。将来、そうした国とのビジネスが立ち上がったり、新たな事業所が設置されたりすれば、当地に詳しくなった参加者が活躍するのではないかと考えています」

現地人事の支援に向け、APAC HRMeetingを開催。ベストプラクティスを共有

続いて、トッパンが取り組む海外現地法人への人事支援施策に注目したい。
現地法人の人事機能の現状について、人事労政本部人事部グローバル人事チーム部長の橳嶋俊司さんは、次のように語る。
「一口に海外現地法人といっても、『M&Aによってグループの一員になった企業』、『一から自社で立ち上げた企業』、『アライアンスを組んでいる企業』と大きく3つの形態があり、ガバナンスやコンプライアンス、人材マネジメントは企業ごとに異なります。また、人事施策にも差があるのが実態です。
このような状態をそのままにしておくことは、海外事業を展開するうえでのリスク要因になりますし、なんといっても人事ポリシーがバラバラだと、採用、配置、育成など、基本的なことが機能しなくなるおそれがあります。そこで、ノウハウや人材、資金などが不足している現地法人に対しては、日本から支援していきたいと考えています」
そこで同社は、海外現地法人のガバナンスの徹底を目的として、さまざまな人事支援施策を打ち出している。
「APAC HRMeeting」もその1つだ。2016年5月に初めての試みとして開催されたこのイベントでは、アジア・パシフィック地域の現地法人の人事マネジャー12人が日本に集い、情報交換や、ショールーム見学、工場見学など、3日にわたるさまざまなプログラムを通じて交流を深め、同社の基本的な人事ポリシーを学んだ。
「各地域の人事マネジャーたちが、あらためてトッパン本社の人事ポリシーを理解したイベントになったと思います。群馬にある当社のマザー工場で最新技術の製造ラインを見学した彼らは、安全に対する当社の考え方を肌で感じることができたといっていました。

▲APAC HR Meeting での各社事例紹介

▲APAC HR Meeting での各社事例紹介

▲「安全道場」での安全衛生教育

▲「安全道場」での安全衛生教育

また、研修センターに設置した『安全道場』で、輪転機の危険性を体感できる装置を使って学んだことで、安全意識が上がったようでした」(橳嶋さん)
また、このイベントでは、HRのベストプラクティスを共有する取り組みも行われた。事例発表したのは、アライアンス提携しているタイの企業のマネジャーだ。アジア地域では、各国の一流大学でHRを専攻してきた人材が人事マネジメントの責任者となっているケースも少なくない。今回登壇した企業もそうした企業の1つで、組織づくりのうまさには際立つものがあるという。
「自分たちで1からつくっていくだけでなく、今回の発表企業のような秀でた企業の仕組みは、積極的に水平展開していきたいと考えています」と橳嶋さんは話す。

現地リーダーらが自国語で自社理念を策定・浸透させるプロジェクト

現在、同社が力を入れている現地法人支援策が、理念浸透の教育施策である。橳嶋さんは、現地の理念教育に取り組む理由について、こう述べる。
「これまでも、海外現地法人に対し、さまざまな形でTOPPANVISION21の情報を発信してきたのですが、一方通行になってしまっていると感じました。そこで現地のスタッフに対し、当社の経営理念を自分たちのこととしてとらえてもらうように働きかける必要があると考えました」
現在、インドネシアの現地法人において、約20人の現地リーダー(管理職クラス)がTOPPANVISION21をもとに、自分たちの言葉で現地法人の企業理念を作成するというプロジェクトが進められている(図表2)。

図表2 インドネシアでの理念浸透プロジェクトの全体像

図表2 インドネシアでの理念浸透プロジェクトの全体像

同プロジェクトのワークショップは、同社の金子眞吾社長からのビデオメッセージでキックオフした。同社は例年、社長の年頭の挨拶をビデオ撮影し、全世界のグループ企業に配信しているが、このとき橳嶋さんは「特別にインドネシア向けのメッセージを撮影してほしい」と広報に依頼したそうだ。それに続くメッセージにはインドネシア語のテロップをつけ、参加者に直接訴える形にした。
「やはり、このプロジェクトは入り口が重要だと考え、参加者の印象に残るビデオメッセージを用意したいと思いました(」橳嶋さん)
参加者はまず、チームビルディングに取り組んだ。グループに分かれて議論をしてみると、部門間の連携がうまくいっていない現状や、駐在員とローカルスタッフとの壁がみえてきたことから、こうした障壁をどう乗り越えるかを話し合ったという。
チームビルディングが進んだところで、現地のファシリテーターの指導を受けながら、自社の“5年後ビジョン”を全員で考えるセッションに入っていった。すると、参加者からは、「東南アジアでナンバーワンになりたい」というビジョンが示された。そこで、このビジョンから自分たちのミッションとバリューをブレイクダウンしていった。
このとき、“5年後ビジョン”を具体的に示そうと、「自社が経済誌『フォーブス』で特集された」という未来像を想像し、その表紙のイメージを大きな模造紙に描き表すというワークに取り組んだ。
これに続いて、ビジョン、ミッション、バリューを社員に浸透させるためのトレーニングコースの設計とマニュアル作成が進められた。さらに、理念教育を主導するトレーナー育成にも取り組んだという。
そうして現在は、参加者のなかから選ばれたトレーナーが、自分たちで設計したトレーニングコースとマニュアルを用いて、企業理念の浸透に取り組んでいるところだ。現在も進行中のこのプロジェクトに、橳嶋さんは大きな手ごたえを感じている。
「現地法人が市場で勝ち残るためには、現地の人が経営の指揮を執る体制が欠かせません。そのためには、まずは現地スタッフが主体的に経営に携わる“自律自走”の仕組みが必要だと考えています。これを実現するためにも、今回のプロジェクトは一過性の研修ではなく、永続的に実施していく取り組みとなるよう考えて進めました。
現地スタッフへの理念教育がしっかりできれば、自分たちで最適な形に落とし込んで、理解し行動するようになるので、われわれが数年に1度出向いて現地指導するよりも、数倍効果があると考えています。今回立ち上げた仕組みがうまくまわり始めたなら、これもほかの現地法人に水平展開したいと思っています」
このほか、同社ではタイの現地法人から日本への研修生受け入れも実施している。
受け入れが始まったのは約8年前。現地での品質問題がきっかけとなり、「日本の品質管理体制や技術をOJTで学んでもらうとともに、さまざまな部門部署の機能を実地で知ってもらおう」と受け入れが決まった。
毎年3人の研修生が来日し、製造ラインについて、日本の品質管理体制や技術を習得している。
「日本に来るのは選ばれた人材です。そのためモチベーションも高く、帰国後も退職することなく、日本で学んだことを現地法人で展開するなどして活躍しています。
また、滞在中に日本語を覚えて帰国するので、日本と現地とのコミュニケーションが円滑になるなど、われわれもメリットを実感しています」(橳嶋さん)
ここまで、トッパンの海外赴任前研修とグローバル人材育成、さらに海外現地法人への人事支援施策をみてきた。グローバル人材育成の今後の課題について、岡本さんは次のように語る。
「トレーニー制度や民間連携ボランティア制度を継続実施してきたことで、グローバル人材候補をある程度プールできてきました。今後は、どのように彼らを活かしていくかが課題です。彼らが海外で学んできたものをうまく活用して、成果につなげていきたいと考えています」
橳嶋さんは、海外現地法人への人事支援の今後をこうみる。
「日本のグローバル人材の育成を推進する一方で、現地法人のローカル化も必須の課題です。たとえば、現地法人のある役職に『駐在員を入れるのか、現地スタッフを入れるのか』といった人材配置の見極めが、今後は重要な課題になってくるでしょう。
また、いずれ現地法人でも、経営層の世代交代が始まります。そうなると、後継リーダーの育成施策も必要になると思います」
事業環境の変化に応じた多様な人事施策を次々と打ち出す積極姿勢で、同社はグローバル事業拡大を加速していくことだろう。

(取材・文/外﨑航)


 

▼ 会社概要

社名 凸版印刷株式会社
本社 東京都千代田区
創業 1900年
資本金 1,049億円(2016年3月末現在)
売上高 1兆4,746億8,200万円(連結、2016年3月末現在)
従業員数 単体8,993人、連結46,705人(2016年3月末現在)
平均年齢 41.5歳
平均勤続年数 14.5年
事業案内 ICカード関連などの情報コミュニケーション事業、パッケージングなどの生活・産業事業など
URL http://www.toppan.co.jp/
(左)
人事労政本部
人財開発センター 部長
岡本 吉平 さん
(右)
人事労政本部
人事部 グローバル人事チーム
部長
橳嶋(ぬでじま)俊司 さん


 

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