事例 No.065
ヤマハ発動機
特集 混ざり交わる技術者教育

(企業と人材 2016年7月号)

海外拠点の教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

海外拠点の開発・設計力強化に向けて
現地スタッフを2年間、日本で育てる「PC70」を実施

ポイント

(1)現地開発・現地生産体制を推進するため、海外拠点のスタッフから、5年間で70人のプロジェクトチーフ(PC)候補を育てる「PC70」プログラムを開始。

(2)各拠点で選抜された開発・設計技術者を日本本社に転勤させ、日本語教育をしたうえで、2年間、本社のプロジェクト業務に参加させる。

(3)開発業務の全体理解が進み、本社技術者との人脈も幅広く形成。帰国後は本社との連携もスムーズに。

海外拠点のものづくりを強化するために

「感動創造企業」を理念に掲げ、世界的なブランドとして確固たる地位を築いている二輪車事業を主軸に、船艇・エンジン、電動アシスト自転車、電動車いす、産業用機械、プール等、幅広く事業展開するヤマハ発動機株式会社。最近では、ヤマハ株式会社とのコラボによって製作された電動アシスト車いすのコンセプトモデル「&Y01」が話題を集めた。後部に帆のような形のスピーカー、本体両側に薄型のパーカッションを搭載する「音を奏でる車椅子」だ。
今回取り上げるのは、同社の二輪車(MC)事業の技術者教育についてである。いま、同社は海外拠点に勤務する現地スタッフの教育に力を入れている。二輪車事業の主な生産拠点は磐田本社工場を含め世界17カ国に広がる。そのなかで開発・設計に携わる現地スタッフの能力強化をねらいとするプログラムが「PC70」だ。
これまでも同社では、海外拠点の技術者に対する教育が行われてきた。現地に日本人駐在員や日本からのスタッフを派遣して技術講座を開催したり、短期的に現地スタッフを日本に呼んで特定のテーマについて研修を受講してもらったりしてきたという。
日本に来て技術習得する場合は1カ月から3カ月の出張扱いで、振動強度の測定、騒音レベルの測定など、現地では学ぶ機会の少ないテーマについて、本社の開発・設計担当者から教えてもらう。こうした取り組みは今後も継続していくが、それとは別に、より包括的に開発業務を学んでもらうことを目的として2013年にスタートしたのが「PC70」プログラムだ。
同社の二輪車事業部門における開発体制は、車両ごとにプロジェクトリーダー(PL)が1人、その下に、プロジェクトチーフ(PC)数人がいるという形で行われている。PC70は、このPCを担える現地スタッフを、2013年からの5年間で70人育てようというものである。
海外に生産拠点があるという場合、日本で開発・設計を行い、その設計どおりの製品を世界中で生産・販売しているイメージを抱く人も多いのではないだろうか。しかし実際は、国によって法律が違ったり道路事情や気候が違ったり、生活習慣が違ったりする。色やデザインの好みも違うため、現地のニーズに合わせて基本となる製品設計に部分的な変更を加えるのが一般的だ。
たとえば、同社がインドで販売しているバイクには、民族衣装であるサリーが巻き込まれないように配慮されたカバーがつけられているそうだ。日本の本社が各国の市場を調査して、現地の事情に合わせた製品を開発・設計することも可能だが、それでは手間も時間もかかってしまう。
すでに同社の売上げの約9割は海外である。各拠点で研究・開発をしたほうが、市場のニーズにきめ細かく、スピーディーに対応できる。そうしたことから、現在では、プラットフォームと呼ばれる基本形となる車体の開発・設計は日本で行い、必要なモデファイ(一部修正)は現地で行う形が一般的だという。ただし、まだまだ人材不足で、日本から細かい指示を出さなければならないケースが多い。そこで、研究・開発の要となるPC、PLの候補となる人材を現地スタッフから育てようというわけである。
「拠点によって設立された年代が違うために、いわばレベルの違いといったものもあります。最近できたインドネシアなどは、まだまだこれからです。一方、古くからある台湾やイタリアでは、設計を見直していかにコストダウンをするかといったことまで自分たちで行っています。台湾やイタリアのような拠点を増やす必要があるということですね」
そう説明するのは、PF車両ユニット技術統括部の企画推進部開発基盤グループ主査の中村公昭さん。
今後、研究・開発に携わる人材の育成が進めば、海外拠点が自国向けに作ったモデルを他の国に輸出するといったことも増えていくだろうという。すでに、タイで開発しタイで生産したバイクを日本に輸入する例も出てきている。

日本本社に転勤して実地で技術を学ぶ

では、PC70の具体的内容について説明しよう。図表1は、現地スタッフがPC70に応募する際の申請要項である。
前述の短期出張型プログラムとは異なり、参加者は原則2年間の転勤者として来日する。そして、実際の開発プロジェクトに加わり、日本人の開発・設計担当者と一緒に仕事をするなかで、PCの業務を覚えてもらう。
ちなみに、受け入れにあたっては、インドネシアなどイスラム圏の社員のためにお祈りのための部屋を整備したほか、社員食堂では豚肉が入っているメニューに印をつけるなど、きめ細かな対応も行っている。

図表1 PC70 の申請要項

図表1 PC70 の申請要項

参加者は、本社が呼びかけ、各拠点で募集する。どのような人材を何人参加させるかは、各拠点に任せているという。選抜方法も拠点によって異なり、PCに昇格する頃合いの人に打診して参加を促すところもあれば、希望者の申し出を待ち、審査のうえ決定するところもある。
MC事業本部企画推進統括部の事業企画部事業戦略グループ主務の大東まやこさんは次にように話す。
「大々的に面接を実施して、参加者を選んでいるところもあります。社員数が多いところは公募、少ないところは指名ということが多いようです。本社からは中期計画の実現に対応してほしいとアナウンスしているだけで、細かい指示は出していません」
当然のことながら、本社と各拠点は中期経営計画を共有している。その実現のために、それぞれの拠点では、何年後にどういう人材が何人必要となるか。それに合わせて各拠点で人材を選抜し、日本に送り出してほしいということだ。
参加申請にあたっては、日本語能力が1つの要件となっている。来日前に日本語能力試験(JLPT)を受けて、N5(基本的な日本語をある程度理解することができるレベル)の資格を取得することが必須となる。
参加申請から来日、部門配属までの大まかなスケジュールは、図表2にあるとおりだ。

図表2 PC70 の来日から部門配属までのスケジュール

図表2 PC70 の来日から部門配属までのスケジュール

「N5資格の取得に加えて、来日前には拠点において日本語教育を実施します。来日後にも社内で日本語研修を行い、初期研修を経て4月に部門配属となります。」(中村さん)
来日後の日本語研修は、N4のレベルに達することを目標に、1日8時間、7週間に渡って行われる。配属されてからも金曜日の夜に2時間、日本語研修の時間が設けられている。事前に勉強していることもあって、来日後しばらくすると、ほとんどの人が不自由なく会話できるレベルになるそうだ。
なお、来日間もない時期には、自転車の乗り方教室も開催するという。本社のある磐田市では自転車が日常生活に欠かせないが、自国とは交通ルールが違うという人もいる。きめ細かな配慮といえるだろう。
配属直前には、全員共通の初期研修も行われる(図表3)。二輪車の開発プロセスの全体像や品質に関する講座を受けたり、工場・テストコースなどを見学するほか、グループごとに実際のエンジン・車両を分解し再び組み立てる実習を行っている。初期研修12日間のうちの5日間が分解組立の実習にあてられている。
ここまで時間をかけるのは、一つひとつの部品が何のためにあるのかを理解することが、設計者にとっても実験者にとっても非常に重要であるためだという。自分の手で部品を外し、また付けてみることで、何に注意して設計するのか、実験するのかが理解できるのだという。
初期研修は、最後に電話応対の仕方と電子メールのマナー等について学んで終了となる。その後は各部門に配属され、実際に開発プロジェクト業務に従事することになる。

図表3 PC70 の初期研修プログラム

図表3 PC70 の初期研修プログラム

▲初期研修の講義風景

▲初期研修の講義風景

▲エンジン分解組立実習の様子

▲エンジン分解組立実習の様子

海外拠点の開発力が確実にアップしてきた

部門配属後の教育は、基本的にはOJTで行われる。ただし、そのベースとなるのは、来日前に配属先の上司が作成した「育成計画書」である。これには、研修の目的、内容、目標水準などが記載され、現地の拠点長が承認後、配属先の部門長とOJTリーダーの支援の下、これに沿って業務に取り組むことになる。
プロジェクトには、PCの下の「メンバー」として参加する。このポジションで仕事を学び、自国に帰ったあとは自らがPCとしてプロジェクトにかかわることになるわけだ。業務が進むなかで、CADなどの特定の技術がさらに必要ということになれば、別途、社内向け技術講座などを受けてもらうことになる。
多くの場合、すでにスタートしているプロジェクトに途中から参加する形になるが、いまでは日本人技術者たちもすっかり慣れ、スムーズな受け入れができているという。
「そもそも、やってくるのは現地で評価されている人材です。経験もあります。まったくの素人が入るということではありません。それに日本人スタッフも、最終的には自分たちのメリットになることがわかっていますから、教える側としても力が入ります」(大東さん)
メリットとはつまり、プロジェクト参加者が母国に戻ったあとには、現地と日本とで連携する場面が数多くあるのだ。海外拠点に業務の一部を振り分けるといった場合にも、同じプロジェクトで仕事をした「仲間」であれば、お互いにコミュニケーションの壁は格段に低くなるだろう。
「参加者にも、日本にいる間に、なるべくたくさんの知り合いを作っておくように話しています。そうすれば戻ってからも、どの問題をだれに聞けばいいかがわかる。海外拠点は、日本のように資料が全部あって、パーツごとの設計がわかる人がそろっているわけではありませんから」(中村さん)
参加者はそれぞれ海外拠点で経験を積んできているわけだが、PC70に参加してはじめて、自分の専門の前工程と後工程がよくわかるようになったというスタッフも多いという。先にも触れたように、これまで各拠点では現地のニーズに合わせたモデファイが中心だった。そのため技術者も限られた部分だけにかかわることが多かった。たとえば車体設計を行っていたら、エンジンについて知る機会は少ないだろう。
「ここだけをやっていればいいといわれて仕事をしていると、周囲のパーツとの関連性があまりわからない。しかし実際には、あるパーツに修正を加えると、別のパーツがうまくいかないということがあります。設計・開発プロセスの全体がわかるようになると、問題が出にくくなるのです」(中村さん)
制度開始から4年目に入った。効果は確実に上がってきている。
じつはPC70以前にも、来日して技術を学ぶ現地スタッフはいた。PC70以前の2006年から2012年には台湾、インドネシア、タイの3カ国から合計34人が来日。それらはすべて海外拠点長からの依頼に基づいて個別に対応していたものだった。それがPC70により制度化され、4年間で31人、出身国も7カ国に広がりをみせている。
中村さんはこう評価する。
「現地の開発力が上がってきたことは実感しています。以前に比べると、海外拠点に出すプロジェクトが増えています。2018年までには、海外での二輪開発の比率を現在の25パーセントから35パーセントに引き上げる予定です」
ちなみに、PC70は同社の製造部門の取り組みを参考にして始まったものである。製造ラインの設計などの製造技術担当者を対象とした教育プログラムがそれだ。PC70と同様に、海外拠点の技術者を日本に呼び、OJTで学んでもらおうというものだ。ほかにも調達部門の担当者を対象にした同様のプログラムもある。

今後の課題は、参加者を増やすこと

PC70の参加者にとって、2年間母国を離れ、日本で学んだことは、大きな自信と誇りになっているようだ。帰国後のアンケート結果によると、
・現在の業務に研修経験を活かせているか
・日本のスタッフと交流しているか・PC70を後輩にすすめるか
という質問に対して、全員が「イエス」と答えたそうである。実際にも、PC70で学んだ現地スタッフには、帰国後に重要なポジションにつく人も少なくない。
PC70の今後の課題は、「もっと参加人数を増やすこと」。目標は5年間で70人のPCを育てることだが、現在のペースでは間に合わない。そこで、今期からは家族帯同を認めることにした。
これまでは短期駐在規定に則って家族帯同は認めていなかったが、PC70の対象層は20代後半から30代前半で、ちょうど家庭をもとうという年代だ。単身で長期間母国を離れなければならないため、躊躇したり参加を辞退したりする人もいたようだ。来日中の住まいについても、基本的には社員寮となるが、家族帯同の場合には最初の3カ月は寮に住み、その後はアパートなどに移ってもらうことにしている。
以上、ヤマハ発動機のPC70について紹介した。
グローバル展開する企業にとって、事業拠点のローカライズに伴って現地スタッフの育成をどう高度化するかは、重要な課題であろう。とりわけ技術・開発業務の現地化を進める企業においてはそうなのではないか。PC70は、その先駆的な取り組みとして示唆に富んだ例といえるだろう。

(取材・文/小林信一)


 

▼ 会社概要

社名 ヤマハ発動機株式会社
本社 静岡県磐田市
設立 1955年7月
資本金 857億8,200万円(2015年12月末現在)
売上高 1兆6,154億円(2015年度 連結)
従業員数 単体10,440人、連結53,306人(2015年12月末現在)
平均年齢 42.8歳(2015年12月末現在)
平均勤続年数 18.1年(2015年12月末現在)
事業案内 モーターサイクル、電動アシスト自転車、ボート、プール、各種エンジン等の製造・販売など
URL http://global.yamaha-motor.com/jp/
(左)
PF車両ユニット 技術統括部
企画推進部 開発基盤グループ
主査
中村公昭さん
(右)
MC事業本部 企画推進統括部
事業企画部 事業戦略グループ
主務
大東まやこさん


 

企業研修に特化した唯一の雑誌! こんな方に
  • 企業・団体等の
    経営層
  • 企業・団体等の
    教育研修担当者
  • 労働組合
  • 教育研修
    サービス提供者
  1. 豊富な先進企業事例を掲載
  2. 1テーマに複数事例を取り上げ、先進企業の取組の考え方具体的な実施方法を理解できます
企業と人材 詳細を見る

ページトップへ