事例 No.160 三井住友海上火災保険 (企業と人材 2018年9月号)

組織開発

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

人財育成のために働き方改革をスタート
創出した時間で自己成長に取り組む

ポイント

(1)社員一人ひとりが自己成長するためには、そのための時間が必要であるとして、働き方改革をスタート。自己成長の時間作りやつくった時間を自己成長に使えるようにするための環境整備に取り組む。

(2)生産性向上のため、毎日「遅くとも原則19時前退社ルール」などを開始。その実現のために全社員へのシンクライアントパソコン支給やペーパーレス化など就業環境を整備。

(3)自己成長に向けて社員の意識改革も展開。一人ひとりの「なりたい自分」をサポートするため、人財育成情報を集めたポータルサイト「成長MyNavi」を開始。

働き方改革×人財戦略 自己成長の環境整備

働き方改革というと、経営企画部などの経営のかじ取りをする部署が中心となり、生産性向上や経費削減を主な目的にした取り組みを行うケースが多い。しかし、三井住友海上火災保険株式会社では、働き方改革を人財戦略の一環としてとらえ、人事部が中心になって改革を進めている。
人事部企画チーム兼働き方改革推進チーム課長の荒木裕也さんは、次のように語る。
「働き方改革といっても、とらえ方や目的は企業によって違うと思います。従業員のワークライフバランス向上を目的にあげるところもあれば、残業時間削減を第一の目的にあげるところもあるでしょう。当社では、人財育成を主要な目的の1つにして働き方改革に取り組んでいます。
人財育成には会社が行うものと、社員一人ひとりが行うものがあります。社員一人ひとりが行うもの、つまり自己成長を図ろうとしたとき、目先の仕事に追われていると、必要な時間がとれません。そこで、自己成長のための時間をつくるため、働き方改革に本気で取り組みはじめたのです」
社員が時間を有効活用して自己成長に取り組むことで、組織としての生産性が向上する。それにより、個人の時間がつくりやすくなり、さらに自己成長に取り組みやすくなるという好循環が期待できる。もちろん、社員の健康増進やワークライフバランスの向上にもつながっていく──。
図表1は、そうした同社の働き方改革に対する考え方を示したものだ。働き方改革によって、個人の力と組織の力の両方を高める。言うは易しだが、これを実現していくためには、会社が本気で取り組まなくてはならない。そこで同社では、実現のために「時間をつくるための環境整備」と、「つくった時間を自己成長に使えるようにするための環境整備」の2つの面の環境整備に取り組んでいる。本稿では、同社が人財育成のために、どのように働き方改革を進めてきたか、その取り組みを紹介したい。

図表1 働き方改革に関する同社の考え方 「競争力強化のために」

働き方改革に関する同社の考え方 「競争力強化のために」

生産性向上のため毎日19時前退社

同社では、以前から「休暇取得月間」や「ノー残業デー」を設けるなど、生産性の高い働き方に変えるための取り組みを行ってきたが、今回につながる働き方改革の取り組みが始まったのは、2016年10月からだ。議論のなかで、「会社として強くなるためには、やはり人財の強化が最も重要」という意見が出たのだという。
その結果、どのような人財戦略が必要か検討され、研修を用意するだけではなく、自己成長のための時間を創出する環境整備が必要という結論に至った。
そして、本格的に働き方改革への取り組みが始まった。
「人事部が中心となり、経営企画部、総務部、IT推進部などの本社部門の課長クラスに集まってもらいました。所属部署と兼務する形で働き方改革推進チームに参加してもらい、施策の開発、風土改革などに取り組むことにしたのです」(荒木さん)
同チームを中心に進められたさまざまな取り組みの結果、現在、同社は残業時間を10%削減することに成功している。なかでもとくに大きかったのは2017年4月から始めた、「遅くとも原則19時前退社ルール」だ。特定の日ではなく、「毎日」19時前退社である。
同社では、勤務状況をパソコンの電源のオンオフの状況で管理しているが、現在、電源がオフにされる時間の平均データは18時代半ば。つまり、ほとんどの社員が、そのころには仕事を切り上げているということになる。
とはいえ、どうしても必要な残業もある。その場合には「上司に申請をして承認をもらう」というルールを、原則19時前退社ルール導入と同時に設定した。
「勤務時間管理については口を酸っぱくして言っています。残業申請なしに19時以降パソコンを使っていた人はすぐにわかるようになっていて、翌日、上司が自分のパソコンを立ち上げると、誰が何時までパソコンを使っていたというメッセージが、最初に目に飛び込んでくる仕組みになっています。
もちろん、突発的な残業が必要なときもあると思いますが、その場合にも、事後でもいいから必ず申請するという形で、ルールを徹底しています」(荒木さん)
ここまでルールを厳格化するのは、それによって従業員に、時間は無限ではなく有限だという意識改革を促すのが、大きな目的だ。
もちろん、ルールを決めただけではそうした意識は浸透しないし、いくら意識して仕事に取り組んでいても、職場の環境が壁になってくることもある。そこで、ルールを守れるように、職場の環境整備にも取り組んだ。
数多くの取り組みがなされたが、とくに効果的だったのが、全社員約15,000人にノート型のパソコンを配布したことである。これにより、ペーパーレスでの業務が実現でき、会議なども紙の資料は使わないルールに改めた。
「それまで会議や打ち合わせの際は、必ず紙の資料を配っていましたので、資料を打ち出したり、コピーしたりする時間が必要でした。1回の会議の準備でいえば10分や15分のことですが、年間で累計すればかなりの時間になります」(荒木さん)
だが、拠点によってはネット回線が無線化されていないところもあり、パソコンやタブレットを使っての会議が難しい拠点もあった。そのため、2017年4月以降は、全拠点に無線LANを導入し、さらなる徹底を図っている。
また、導入したパソコンがシンクライアント型であるところも重要なポイントだ。シンクライアントとは、ほとんどの処理をサーバ側で行い、パソコン側は必要最小限の処理をするシステムで、このタイプの機器を導入したのには、保険業特有の事情も絡んでいる。
保険業は情報の取扱いにいっそうの注意が必要な業種だ。たとえば、もし顧客情報が入ったパソコンを出先で紛失したら、当局に届け出なくてはならないことになっており、当然、お客さまからの信頼を損なうなど、会社にとって大きなダメージとなる。このようなリスクのため、顧客情報や個人情報が入っているものは持ち歩かないようにしていた。そのため、営業社員はかぎられた資料だけをもって顧客を訪ねなくてはならず、要件の都度、資料を取りに何度も行き来していた。
しかし、シンクライアントパソコンは、パソコン側にデータが残らないため、情報漏洩などのリスクを軽減することができる。資料が必要なときも、出先から自社のシステムにアクセスして資料を用意することができるようになったため、時間の使い方が大きく変わったのだという。
ネットワーク環境の整備や社外での時間の使い方の変化に伴い、コミュニケーションツールも整備した。
「在宅勤務についても、働きやすい環境づくりを進めていますが、利用が進むにつれて、コミュニケーションのために、電話やメールだけではなくチャット形式のツールが欲しいという要望が出てきました。そこで、2018年度からLINEのビジネス用アカウントを導入しました」(荒木さん)
LINEには、多くの人が使っている無料で利用できるサービスとは別に、企業がIDを購入し、それを社員一人ひとりに付与して使用するサービスもある。同社はこれを利用し、個人ではなく社員としてのアカウントを用意することで、プライベートとビジネスをしっかり分け、情報漏洩などのリスクも回避しながら、コミュニケーションの機会を増やしたのである。

意識と環境 両面からサポート

ここまで紹介してきたのは、「自己成長の時間をつくるための環境整備」の代表的な取り組みだ。ここからは、「つくった時間を自己成長に使えるようにするための環境整備」について紹介していこう。
同社では、働き方改革を推進するために、「個人に何ができるか」、「組織に何ができるか」という2つの面から、意識改革の取り組みを行っている。
たとえば、毎週木曜日に発信している「働き方改革ニュース」も、そうした取り組みの一つだ。自己成長に取り組んだことで、仕事でどのような成果が出たか、写真をふんだんに使い、読んだ人が自分のこととして受け止めることができるように工夫された記事になっている。個人だけではなく職場単位での紹介記事も多い。
職場単位で働き方改革に取り組むことで、チームワークが向上し、より大きな働き甲斐を感じられた例、あるいは職場単位でスポーツに取り組んだことで健康増進につながった例などが掲載されている。よい取組事例を集めたベストプラクティス集も小冊子にして配布している。
同ニュースや、後述する「成長MyNavi」を担当する人事部能力開発チーム主任の石元和子さんはニュースのねらいをこう説明する。
「たとえば職場でスポーツに取り組んでいる例では、取り上げているのは健康増進というテーマだけではありません。仕事につながる体験についても触れて紹介することで、いろいろな物事が仕事につながることや、働き方改革を進めていることを身近に感じてもらうのがねらいです」
これら、自己成長のための取り組みで最も効果を上げているのが、2017年の4月に開始した「成長MyNavi」だ。一口にいうと、人財育成に関する情報を統合したポータルサイトである。
サイトにアクセスすると、社員一人ひとりの個人ページが表示されるが、この画面では、現在の仕事に必要なスキルを磨くことができる研修講座や、過去の受講履歴をもとにした講座など、その人向けにカスタマイズされたお薦め講座が表示されるようになっている(図表2)。

図表2 成長MyNaviのログイン画面

成長MyNaviのログイン画面

「19時前退社ルールなどで時間ができても、何を学んだらいいかわからないという声が非常に多くありました。そこで成長MyNaviをつくり、一人ひとりをサポートすることにしたのです」(石元さん)
講座を薦めるだけでなく、どんな講座があるのかを検索する機能も、きめ細かな設計がされている。
現在の役割やステージ、所属部門などを組み合わせて、最適な講座を検索することができる(図表3)

図表3 講座の検索画面

講座の検索画面

「所属部門などで検索すると、必要なスキルが表示され、そのスキルを身につけるための講座が表示されます。将来的に営業にいきたいということであれば、検索ワードを変えれば、同じように求められる能力やスキルが表示され、そのための講座が出るようになっています」(石元さん)
また、ただ検索するだけでなく、そもそも将来のキャリアを見据えたときに、どんなスキルを身につけたらいいのかといった情報についても、ポータルサイト内でまとめられており、随時確認できる。
同社は今年度、新たな行動基準を定めた。それぞれの役割・ステージではどのような行動が求められるかを明確にしたものだ。これに従い人事部では、求められることに対して、どのようなスキルが必要か、それを身につけるためには何を学べばいいかを「なりたい自分」イメージとしてまとめた。検索時に表示される講座なども、それらの情報を元に構成されている(図表4、5)。

図表4 部門別「なりたい自分」イメージ

部門別「なりたい自分」イメージ

図表5 各部門ごとの必要なスキルや行動基準ガイド

各部門ごとの必要なスキルや行動基準ガイド

一方、自ら検索したり、薦められて参加する講座とは別に、同社では階層別研修など、会社が指定するさまざまな必須研修も、もちろん用意されている(図表6)。それらの管理や受講の手続きも、すべて成長MyNaviを通して行っている。

図表6 同社の能力開発施策全体図

同社の能力開発施策全体図

ここまでは「便利なデータベース」という印象であるかもしれないが、成長MyNaviは、職場でのコミュニケーションにも活用されている。同社では年3回、上司と部下で面談を実施しており、その場では将来のキャリア形成についても話し合われる。この面談の際は、成長MyNaviの受講履歴をみながら話を進めていく。
成長MyNavi上で表示・管理されるデータは、本人だけでなく、上司も閲覧することができる。部下がどのような講座を受けたのか、現在受講している講座があれば進捗状況、さらにはどんなお薦め講座が表示されているかを随時確認できるので、たとえば、「このスキルを身につけるといいから、この講座を受けたほうがいい」、「この講座の受講状況、止まっているけど、何か理由があるの?」と、具体的な形でアドバイスができる。
また、同社では新入社員や別部門から異動してきた社員を育成するためのブラザーシスター制度を導入している。ブラザーシスターになった人も、上司と同様に育成を担当する社員のデータをみることができ、必要なスキルや講座などについて、当人と考えることができるようになっている。

テーマ毎に複数企業の事例を紹介。企業研修のプランニングに役立つ情報を掲載『企業と人材』

人財育成のすべてが集まる場所へ

「成長MyNaviにアクセスすれば人財育成に関することはすべてわかるようにしたいと思っています。本社各部と連携して情報の質や量を高めつつ、機能面でも使い勝手の良さなどをさらに改良していきます」と石元さんが語るように、今後も成長MyNaviには、さまざまな機能をつけ加えていく予定だ。
今後予定されているのが、人気グルメサイトの「食べログ」のように、講座を受講した社員が、その講座についての満足度やコメントを書き込めるようにする機能だ。お薦めの講座を紹介する機能についても、ゆくゆくはAIも利用して、より一人ひとりの特性やキャリアプランにパーソナライズした情報提供を行えるようにしていきたいと考えている。
そのほかにも動画の研修コンテンツを作成し、「成長MyNavi」のなかで配信することも予定している。これまでの集合研修では、研修会場に来てもらう必要があったが、動画を活用すれば、より効率的な時間の使い方ができる。
「2016年にスタートし、さまざまな取り組みを進めてきた当社の働き方改革ですが、2018年4月からは、『働き方改革Step-Up2018』を開始しました。ダイバーシティ&インクルージョンの観点から、多様な社員全員が成長し、活躍する会社の実現をめざしています(図表7)。

図表7 2018年にスタートした「多様な社員全員の成長と活躍の実現」

2018年にスタートした「多様な社員全員の成長と活躍の実現」

社員一人ひとりがかぎられた時間のなかで、生産性をさらに高め、競争力を強化していくため、成長MyNaviなどの環境の整備や、社員の意識改革をもっと加速していきたいと思っています」(石元さん)
冒頭でも触れたが、働き方改革と人財育成とを大きく結びつけた取り組みは、現在あまり見受けられない。だが、これまで紹介してきたように、人財育成に取り組むためにすべきことを本気で考え、その答えとして、働き方改革を本気で進めてきた同社の取り組みは、さまざまな示唆に富んでいる。今後の同社の取り組みにも注目していきたい。

(取材・文/小林 信一)


 

▼ 会社概要

社名 三井住友海上火災保険株式会社
本社 東京都千代田区
設立 1918年10月
資本金 1395億9,552万円
正味収入保険料 1兆5,003億円(2018年3月現在)
従業員数 14,572人(2018年3月現在)
事業内容 損害保険業など
URL https://www.ms-ins.com

人事部企画チーム 兼 働き方改革推進チーム 課長 荒木裕也さん(左)
人事部能力開発チーム 主任 石元和子さん(右)


 

企業研修に特化した唯一の雑誌! こんな方に
  • 企業・団体等の
    経営層
  • 企業・団体等の
    教育研修担当者
  • 労働組合
  • 教育研修
    サービス提供者
  1. 豊富な先進企業事例を掲載
  2. 1テーマに複数事例を取り上げ、先進企業の取組の考え方具体的な実施方法を理解できます
企業と人材 詳細を見る

ページトップへ