事例 No.144 富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ 特集 五感を活かした研修の試み
(企業と人材 2018年6月号)

組織開発

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

五感を働かせる森林体験研修で自己理解を深め、
さまざまな気づきを得ることで、参加者が成長する

ポイント

(1)ミドルマネジメント育成のためのプログラムとして、「コーチングアワセルブス(CoachingOurselves)」を導入し、このなかに、森林体験の研修を組み込んでいる。

(2)部長・課長を対象に、自己理解を深めてもらうため森林体験の研修を実施。ワークを行いながら歩き、五感を働かせることで、さまざまな気づきを得る。また、自身の可能性や置かれている環境を森に置き換え理解することができる。

(3)森林体験後に参加者が感じたさまざまな感覚について、言葉ではなく絵で表現。参加者全員で、自己と他者の感覚についてシェアする。

人材育成の方針は自ら学び続ける人材を育てる

株式会社富士通ソーシアルサイエンスラボラトリは、富士通グループのなかでシステムインテグレーション事業とソリューション事業の2つを手掛けている企業だ。
社員のうち8割は技術者で、残りの2割がスタッフ職と営業職である。男女比は現在、男性が8割、女性が2割で、将来的には女性の比率を4割程度まで高めるため、女性の採用に積極的に取り組んでいる。
昨年は「プラチナくるみん」認定を取得した。これは「子育てサポート企業」として厚生労働大臣の認定を受けた企業のうち、より高い水準の取り組みを行っている企業が認定されるもの。さらに今年は、経済産業省と日本健康会議が共同で選出する「健康経営優良法人ホワイト500」に認定されたほか、日本生産性本部の「第10回ワークライフバランス大賞」優秀賞を受賞している。
そんな同社の人材育成に関する基本方針は、「自ら学び続けられる人材を育てる」である。たとえば、新入社員研修でも「教えない」をキーワードに掲げている。もちろん、ビジネスマナーなど社会人として最低限必要なものは教えるのだが、その他のものについては、どう学ぶかは新入社員の判断に任せている。研修における個人目標も一人ひとりが考え、全体の目標は新入社員みんなで話し合って決める。
ビジネスマネジメント本部人材開発部部長の白濱三佐子さんは、次のように話す。
「そうしたやり方で話し合いの場が進まなかったとしても、それはそれで成果であり、われわれは主導しないということを、最初に話しています」
新入社員研修の期間は3カ月。最終的にクリアすべき課題と、そのためにどのような知識を身につける必要があるかは、最初に伝え、そのあとは自由に学ばせる。たとえば、本にしても各自が自分のレベルに合ったものを探す。外部の研修も、スタッフに相談はできるが、基本的には自分で探し受講する。
ビジネスマネジメント本部人材開発部担当課長の串田誠さんは、こう説明する。
「この業界は、技術の進歩や環境の変化が速い。とくに技術者は、これから先ずっと学び続ける必要があります。その学び方を新人のうちに身につけてほしいということが“教えない新人教育”を実施している理由です」
ただし、まったく放っておくわけではない。自ら学び続ける人材を育成するために大切なのは、積極的に経験をさせることと、振り返りをして気づきを与えることだという。新入社員教育では、毎週、振り返りを行っている。
自分にとって、この数日はどのようなもので、どのような学びや気づきがあったのかを確認し、次の週に入るというサイクルづくりを意識している。これを3カ月も続けると、自然と習慣化されるようになるのだという。

お互いの体験を共有しマネジメント能力を伸ばす

このような手法や考え方は、その後の教育プログラムのなかにもある。同社では、ミドルマネジメント育成のためのプログラムとして、「コーチングアワセルブス(CoachingOurselves)」を導入している(図表1)。

図表1 同社の教育体系とコーチング アワセルブスの位置づけ

図表1 同社の教育体系とコーチング アワセルブスの位置づけ

これは、カナダのマギル大学経営大学院のヘンリー・ミンツバーグ教授が提唱したもので、参加メンバーがお互いの経験や知識を共有し、内省することによって、各自の気づきと成長を促すというもの。教授は、2004年に『ManagersnotMBAs』(邦題『MBAが会社を滅ぼすマネジャーの正しい育て方』)を出版し、世界中で話題になった。コーチングアワセルブズは、この著作から生まれたものだ。
同書では、未経験者が理論だけを学んでも、成功にはなかなかつながらない。それどころか、会社を危うくすることすらある。マネージャーが集まって経験を共有し合うことが効果的な教育方法であると、説いている。
「ただし、ただ集まって話をするだけでは、上司の悪口や愚痴で終わってしまうかもしれません。そこで、ミンツバーグ教授は経営学の理論に則って自身の経験を考えるプログラムを提唱しました。理論は知らなかったけれど、じつは理論に則った行動をしていた、ということがわかれば自信になりますし、正しかったことを確認することにもなります。
あるいは、理論に照らし合わせると、こういう行動をとったほうがよかったと気づくこともあるかもしれません。マネージャークラスにはそういう場が必要だとして、提唱されたのが、コーチングアワセルブスです。わが社は、10年前に日本で初めて導入しました」(白濱さん)
フルバージョンは部長職以上が対象だが、2年目課長、女性リーダーを対象にした研修でも、その一部を抜粋して活用している。
また、研修とは別に、社内のコミュニティづくりにも力を入れている。自分の技術を発信する場、グローバル経験を共有する場など、社員が自分の知識やスキルを伝える場がいくつも設けられている。これも経験を共有することで、各自の気づきを促すのがねらいだ。
「いまは、私たち人材開発部が音頭取りをして場をつくっていますが、いずれは、各自が自発的に情報を共有し合うような場をつくるようになってもらえたらと思います」(白濱さん)

自己理解を深めるために森林体験の研修を実施

同社では2017年に、一般社団法人森と未来の協力を得て、森林体験の研修(TIMEFORESTProgram)を実施した。これも、コーチングアワセルブスに組み込まれている。そこで、このコーチングアワセルブスについてもう少し説明しよう。
具体的な内容は、図表2のとおりだ。マネージャーに必要なマインドセットごとに5つのモジュールに分割。各モジュールは、それぞれ6つのセッションで構成されており、1セッションにつき所要時間は75分としている。

図表2 同社におけるコーチング アワセルブスのプログラム構成

図表2 同社におけるコーチング アワセルブスのプログラム構成

モジュール1のREFLECTIONは「自分自身を知る」、モジュール2のANALYSISは「組織を知る」、モジュール3のWORLDLINESSは「世界を知る」、モジュール4のCOLLABORATIONは「他者を知る」、モジュール5のACTIONは「行動に移す」を意味している。
このうち、モジュール3にある「TIMEFORESTProgram」が、森林体験の研修にあたる。
じつは、それまではここに座禅が入っていた。モジュール3の「WORLDLINESS」の本来の意味は、世俗、世の中だ。つまり、このモジュールは海外の事情に詳しくなるということではなく、視野を広め、視座を高くして、いままでとは違った考え方ができるようになり、それにより世の中を知るという意味だ。そこで、自分自身と向き合い、自己理解を深めるために座禅を取り入れていたのである。
「森と未来さんの行っている森林体験を知り、自己理解を深めるために役立つと思い、取り入れました。実際に行ってみたところ、子どものころを思い出した、懐かしい感じがした、という人が多かった。これは、いわば自分のルーツともいうべきものを思い出したということで、自分を見つめる良い機会になったのではないかと思います」(白濱さん)
白濱さんは、森林体験によって五感が研ぎ澄まされ、それによって新しい自分が発見できるともいう。森林体験は、森のなかを歩くことが基本になっている。忙しい仕事に追われている日常では、なかなか体験できないことだ。それによって、何らかの発見があるのは想像に難くない。
では、同社における森林体験の研修がどのように行われたのか、詳細をみていこう。

ワークを行いながら森を歩き、五感を働かせる

実施したのは、2017年9月14日。部長だけでなく、課長クラスも交えた計25名が参加し、1泊2日の合宿形式でコーチングアワセルブスのセッションのいくつかが行われたのだが、その最初の1日が森林体験の研修(図表3)にあてられた。

図表3 森林体験の研修スケジュール

図表3 森林体験の研修スケジュール

ただし、森林といっても山に行くわけではなく、いわゆる森林公園(このときは、鎌倉の広町緑地)であり、体力的に厳しいということはまずない。
しかも、普通に歩けば40分ほどのコースを、途中さまざまなワークを行いながら2時間ほどかけて歩く。日ごろ、運動する機会がないという人でも大丈夫だ。
当日は、3チームに分かれ、森と未来のコーディネーターとともに行動した。
「途中、立ち止まって、小川の流れる音や鳥の声を聞き、風の感触を感じたりします。ふだんは聞いたり、感じたりすることができないものが、ここではたくさん感じられるのです」(串田さん)
鳥の声や川の流れる音といったものは、都会のなかにもある。しかし、忙しい日常のなかにいると、気にとめることはほとんどない。つまり、聞こえなくなっている音だ。しかし、森のなかに入ると、そんな音が自然と聞こえてくる。
参加者のなかには、そのことから自分は部下の声を聞いているのだろうか、じつは聞こうとしていなかったのではないか、と感じた人もいるという。
違った環境に身を置くことにより、ふだんは考えもしないことに気づく──それが、「森林体験」の特徴であり、最大のねらいだ。
ただし、森を歩けばだれでも気づきが得られるというものではないようだ。串田さんは、コーディネーターの存在が大きいという。
「森に入ると、ついつい童心にかえって楽しさが先に立ち、周囲がみえにくくなる人もいます。
そうしたなか、コーディネーターが、『ここで立ち止まってみましょう』とか、『木に触れてみましょう』などと、うまくリードしつつ、ワークを行ってくれます。森に関する知識も豊富で、多くのことを教えてくれる。だからこそ、さまざまなものが見えたり、聞こえたりするのだと思います」
このような、鳥の声を聞いたり木に触ったりするワークのほかに、森のなかを1人で歩くセルフウォークというワークも行われた。コーディネーターが待つ場所まで歩くのだが、自分のペースで自由に歩いてよい。
これも、日常生活ではあまり経験することのない行動だ。普通は、何時までに特定の場所に到着するかを考える。つまり、歩くことは手段であり、目的は到着することだ。ところが、森のなかを1人で自由に歩くと、歩くこと自体が目的になる。それにより、プロセスの重要性に気づいた参加者もいたようだ。

▲森林体験の研修では、途中で立ち止まりワークを行う

▲森林体験の研修では、途中で立ち止まりワークを行う

己の可能性や置かれた環境を森に置き換え理解する

ほかには、周囲に見えるものから自分に似たものを探してきて、似ている理由などを話すワークも好評だったという。
たとえば、木の枝を見て、家族をイメージした参加者がいた。枝の一つひとつが自分や妻、子どものように感じたのだそうだ。
「枝が家族に見えたという話には、共感する参加者が多かったですね。ただし、同じ枝でも、人によって見え方が違います。
この研修では部長と課長が参加していたのですが、部長は幹部職経験が長いからか、枝が絡まっている木を見て、自分もさまざまな人をつなぐ役割をしていると話していました。それに対して、経験の浅い課長職の人は、太い枝の横に生えている細い枝が自分に似ている、これから太い枝になっていきたいと話していました。
このように、参加者はあらためて自分の立ち位置を意識したようです」(串田さん)
また、最初はどちらかというと足早だった参加者たちが、終盤になるとゆっくりと歩くようになり、前しか見ていなかった人が周りを見るようになる。わずか2時間の間に大きく変わったという。
「葉も一つひとつ触り心地が違います。匂いも違えば、色も違う。森といえば、だれでも緑色というでしょうが、緑といっても木の種類、光線の具合などで何百色にもなります。当たり前のように見ていたものも、よく見ると言葉にできないくらい、いろいろな違いがある。そんなところに気づくと、毎日の仕事も違ったものに見えてきます」(白濱さん)

森林体験で感じたことを絵で表現し、共有する

森林を歩いた後は、IPC生産性国際交流センター(現在は「レクトーレ葉山湘南国際村」)へ行き、そこで振り返りを行った。参加者が感じたことを、言葉ではなく絵にしてもらうという内容だ。
森林のなかを歩いて、さまざまな感覚を味わってきたはずだが、言葉にすると、無理やりだれでもわかる表現を心がけてしまい、陳腐なものになってしまう。そこで、絵にしてもらうのだという。
見たものをそのまま描く人もいれば、抽象的な絵を描く人もいる。たとえば、オレンジ色のなかに小さな黒い点を書いた人がいた。オレンジは森のなかで感じた暖かさを表し、黒い点は自分の核になるものを見つけたことを表現したのだとか。こうした絵を1人ずつ発表し、参加者同士で共有し、自己と他者の感覚についてシェアする。
終了後、参加者からは、主に「現実を離れて、ふだん考えないことを考えられた」、「ふだんはしていない、感じるということを、自然を通じて認識できた」、「ふだんの業務でも、もっと耳を澄ませて、メンバーの声やプロジェクトの状況把握を実施したいと感じた」などといった声が聞かれたという。
「この体験により、何らかの気づきが得られたという人がほとんどでした。数値化できるものではないので何ともいえませんが、マネジメントの質は上がっていると思います」(白濱さん)

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森林体験の研修は、コーチングアワセルブスの全30セッションのうち、中間あたりでの実施となる。セッションすべてが終わった後、自分が何を学んだか、どのように成長したかなどを発表する場があるのだが、森林体験について話す人が多いという。それだけ印象に残っているということだろう。
どのような形になるかは未定だか、今後も、座禅とともにセッションの1つとして入れていくという。
以上、同社における森林体験の研修について紹介してきた。日常とは違った環境のなかに身を置くことで、視野が広がったり、いままで気にもしていなかったことについて考えたりするようになったりし、参加者に良い影響をもたらしたのは確かなようだ。
当然、それは組織全体にも良い影響や効力をもたらすことになる。同社では、今後、よりいっそう組織が活性化されていくことだろう。

(取材・文/小林信一)


 

▼ 会社概要

社名 株式会社 富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ
本社 神奈川県川崎市
設立 1972年7月
資本金 4億5千万円(2018年4月1日現在)
売上高 291億円(2017年度、連結)
従業員数 1,156名(2018年3月末現在、連結)
事業案内 コンピュータソフトの調査、研究、開発ならびにこれらに関するシステムインテグレーション・サービスの提供など
URL http://www.fujitsu.com/jp/group/ssl/

(左)
ビジネスマネジメント本部
人材開発部
部長
白濱三佐子さん

(右)
ビジネスマネジメント本部
人材開発部
担当課長
串田 誠さん


 

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