事例 No.180 トラスコ中山 特集 変える・変えない 管理職研修
(企業と人材 2019年3月号)

管理職教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

立候補による管理職選定や独自の360度評価制度、
社員が教官となる研修などを通じて自律型人材を育成

ポイント

(1)自律型人材の育成に注力しており、管理職(ボス)も立候補制。応募条件を満たした社員が立候補し、研修に参加することでボス候補になり、人事考課の結果から換算する「ボス評価点数」をもとに、人事会議を経て昇格する。

(2)ボスに昇格後は「新任ボス・コース」研修や2年に一度の「ボスマネジメント・コース」研修を通じてマネジメントを学ぶ。とくに後者では現在の経営課題についても議論する場として機能している。

(3)研修は内製化し、ボス候補の研修はボスが、ボスの研修は部長が教官になるなど、双方が学び、成長する機会としている。

自律型人材の育成に注力管理職も立候補制

トラスコ中山株式会社は、工具や作業用品、機械類など、モノづくりに必要なプロツールの専門商社である。全国に98カ所の拠点をもち、そのうち17カ所は物流センター、5カ所はストックセンターである。
EC(電子商取引)の隆盛とともに、在庫を極力もたないようにすることが流通の常識のようになっているなか、あえてストックをもつことで顧客の多様なニーズにスピーディに応えられるようにしているのが同社の特徴であり、強みだ。取扱アイテム数約186万アイテム、常時ストックしている商品は約38万アイテムにのぼる。
人材開発課課長(現:情報システム部部長)の木村隆之さんは同社の考え方についてこう語る。
「企業のミッションとして掲げているのが、“問屋を極める、究める”です。日本全国、ほぼ同じスピード、同じ時間軸で、必要なツールをお客さまにお届けすることができます。モノづくりに携わる企業や人に対して、われわれがバックヤードとなります」
そんな同社では支店長、物流センター長、本社の課長など、現場で部下をもち、直接指示を出している管理職を「ボス」と呼んでいる。現在、ボスは140人強いるが、興味深いのは、ボスは会社から任命するのではなく、立候補してなるという点だ。
「自らが成長意欲をもち、自らキャリアを築いていく“自律型人材の育成”に力を入れています。そのために重視しているのが自覚をもつということです。管理職も、自覚をもって階段を上ってきた人材を登用する形にしています」
管理職になろうという意欲のある人が、自らの意思によって立候補する。つまり、立候補制自体が自律型人材の育成に一役買う仕組みになっているのである。
とはいえ、もちろん立候補すればだれでもすぐにボスになれるというわけではない。ボスに立候補できるのは、入社9年目以上かつ立候補条件を満たした社員だ。そして、立候補すると「ボスチャレンジ・コース」という研修を受けたあと、ボス候補として登録されることになる。つまり、管理職候補としての人材プールに入り、そのなかから昇格する人材が選ばれる。
このとき重要となるのが、公正で客観性の高い評価を行うことを目的とした、同社独自の評価制度、オープンジャッジシステムだ。
「当社では上司による評価に加えて、周囲の社員からの360度評価を行っています。ボス候補に関しては、その結果から計算される「ボス評価点数」をもとにした順位を本人とボスにオープンにし、上位者から人事会議での検討を経て、ボスへの昇格が決まります」
このオープンジャッジシステムは、ボスだけでなく、上席にあたる部長や取締役、監査役、執行役員はもちろん、パートタイマーなどにも適用されており、半期ごとの人事考課や昇格など、あらゆる評価制度に連動している(図表1)。代表取締役社長も株主総会での株主の投票である社長オープンジャッジシステムの結果を基準としている。

図表1 オープンジャッジシステム(OJS)の概要

オープンジャッジシステム(OJS)の概要

フレキシブルな昇格・降格で組織の活性化を図る

興味深いのは、現職のボスもランキングがあり、1年半のスパンで下位の評価を取り続けたワースト5人は、自動的に現在の職を外される点だ。その空いたポストの任命時には、ボス候補も参加することになる。
このような新陳代謝を行うのは、組織の固定化を防ぐとともに、社員に公平なチャンスを与えるのがねらいだ。一度外された人も、チャンスがなくなるわけではない。自己研鑽を積んだうえで再び立候補して、再度ボスチャレンジ・コースを受ければボス候補になることが可能だ。
これは役員・部長でも同様で、2年連続で評価が低く、基準に達しない場合には降格候補となる。「部長職に就いても、安定した席ではなく、入れ替えがあり得ます。既得権益やマンネリを防いで、常に組織を活力あるものに保つためです。また、自律型人材が活躍できるフィールドを確保するためでもあります。やる気があるけれどチャンスがない、やる気がないのに同じ立場に居続ける、ということが起きないようにしています」

管理職に必要な素養を事前から身につける

管理職の入り口となるボスチャレンジ・コースについて紹介しよう。大きな特徴は、カリキュラムの多くがケーススタディによるディスカッションで構成されている点だ。
「他の研修も含めて当社の研修の特徴といえますが、参加者が自分で考え、自分で気づくということを重視しています。そのため、いわゆる人間力に関するテーマについて、議論してもらうという形が多くなっています」
同社では研修を、理念の浸透およびその理念をベースとした考え方を鍛錬する場と位置づけている。そのため社内で過去にあった事例を取り上げ、ディスカッションを行うことで、参加者自身が考え、気づきを得るという形をとっているのだという。
たとえば、同社では「取捨善択」を「経営の心」の1つとして掲げている。これは物事の判断基準を損得で考えるのではなく、善悪で考え、行動するということである(図表2)。こういった事例を取り上げて、自分ならどうするかという観点から、議論をしてもらうのだ。

図表2 トラスコ中山の「経営の心」

トラスコ中山の「経営の心」

「仮に優秀な社員が他部署に異動になり、かわって未熟な新人が自分の部署に入ってきたとします。自分の利益、部署の利益だけを考えるボスなら、効率が悪くなると不満を訴えるでしょう。しかし、会社は人を育てる場であるという考えで俯瞰的な視点に立つならば、若手の育成にかかわり、社全体の底上げにつながるわけですから、未熟な新人が来るのはよいことではないでしょうか。
とくにボス以上のマネジメント層に求められるのは、だれがみても正しいというケースでの判断ではなく、49 対51 というような、どちらにも転ぶようなケースでの判断です。判断に迷うとき、善悪の判断がきちんとできるように議論を重ねるのです」
たしかに、どちらの選択肢を選んでもよいときには、より利益が大きいほうや、よりリスクの少ないほうを選びがちだ。だからこそ、利益やリスクではなく、善悪で判断するという基準をもつことが大事なのだという。
「人間、損得勘定をするのはどういうときかというと、自分に被害が及ぶときです。そういうときに、自分の損得を考えずに善悪で判断できるのかを考えてもらうのです。ここでいう善か悪かとは、法律などに照らしての良いか悪いかではなく、人として良いか悪いかに注視しています。
極端な例でいえば、儲かるなら何をしてもいい、法に触れてもいい、結果がすべてだという判断があったとしたら、これは一般的にも明らかな悪で、非難されるものでしょう。では法律には触れない、法律では悪ではないなら、その判断はありなのか。あるいは自分が楽をしたいからとか、リスクが少ないからとか、そんな理由で判断をしてよいのか。こうした判断は、当社ではいっさいノーです。
当社では、お客さまが喜んでくれるのか、お客さまのお役に立てるビジネスになっているのかを重視します。そういう判断ができるように、研修では議論してもらうのです」
ちなみにボスチャレンジ・コースに合格、不合格というジャッジはない。ボス候補者として立候補した以上、ボスになる意志があるとみなされる一方で、ボスとしてふさわしいかは、オープンジャッジシステムで日ごろの仕事から評価されるからだ。
また実際にボスになる前に、上位者から選抜して行われるのが、「ボストレーニング・コース」という研修だ。
オープンジャッジシステムによる評価は半年に1回行われるため、上位をキープし続けるのは難しい。長く続けてランキング上位にいる社員は、すでにボスの資質があるとして、そうした社員がボスになるために不足している力や課題を発見するために行う。内容は、ボスの仕事を疑似体験するというものだ。
「たとえば支店長を1 週間やります。疑似体験といっても、決裁権をもたせて、本来の支店長は口を出さないようにしますから、本当に支店長の業務をこなし、自分で決断をしなくてはいけません」
朝礼では支店長としてコメントし、稟議の決裁もすれば、支店長として商談にも臨む。必要があれば、社員を集めて会議も開く。支店のメンバー側も、期間中は研修受講者に支店長として接する。もし受講者や支店メンバーが、本来の支店長に相談をもちかけても、「支店長は君だから」、「支店長は彼╱彼女(研修受講者)だから」と、一切口を出さない。
これらの仕組みは全社的に浸透しているため、1週間だけのお客さまが来た、といった空気はない。また、後述するが人事異動も活発な同社では、いつ研修受講者が同僚や上司になってもおかしくない。そのため、むしろお互い緊張感をもって臨むのだそうだ。

上席が教官となる研修でボスになっても学び続ける

ここからはボスに任命されてからの教育について紹介しよう。同社の階層別研修は図表3のようになっており、晴れてボスに任命された社員には、「新任ボス・コース」が用意されている。これは文字どおり、新任ボスのために心得などを教えるというものだ。以降は、2年に1回、ボス全員が受講する「ボスマネジメント・コース」という研修が行われる。

図表3 階層別研修の概要

階層別研修の概要

ボスは、社員の指導・育成に責任を負う。指導にあたっては、理念についての誤解、あるいは温度差がないように、取り組んでもらうことが重要になる。そのため、ボスマネジメント・コースでは、理念の再確認を主とした内容になっている。
また、ボスマネジメント・コースは、会社の課題を共有する場としても機能している。会社の方向性や経営方針は、変わることもあり得る。新たに始める取り組みも出てくるだろう。そこで、現在の経営課題について、この場を通じて議論するのである。
なお、同社の研修は内製化を基本としており、研修の多くで、社員が教官を務める。たとえば、ボスマネジメント・コースでは部長が、ボスチャレンジ・コースでは、支店長などのボスが教官を務める。
カリキュラム自体は人材開発課で作成するが、とくにボスクラス以上の研修では、ディスカッションが中心で、正解がない、あるいは正解が1つとはかぎらない内容がほとんどだ。教官は、議論をリードするファシリテーターの役割を担うことになる。
そのため、教官となる社員は、事前にディスカッションのテーマについて、十分に勉強して考えておく必要がある。じつは研修をとおして一番成長するのは、教官役の社員なのだという。
そして、部長職を対象とした研修がディレクター・コースだ。この研修については、時期や内容が明確に定まっていない。
「ディレクター・コースについては、あえてカリキュラムを決めていません。たとえば、現在、社内でコミュニケーションがうまくいっていないという課題があるとします。その場合にはディレクター・コースでコミュニケーション能力についての研修を行うのです。そして、ここで得たことをブラッシュアップして、ボスマネジメント・コースや、ボスチャレンジ・コースに落とし込んでいきます。課題が出てきたらまず上流から解決し、それが全体まで波及する仕組みになっています。そのためディレクター・コースは、その都度、必要があったら実施するという形をとっているのです」

聖域なき人事異動で人間力をつける

こうした教育の仕組みや考え方は、13 年前くらいから始まった。多様性(ダイバーシティ)の重要性がいわれ始め、では多様な人材をどのように育てるかという課題に直面して、同社は自律型人材をキーワードに育成に取り組むようになったのだという。
多様な人材は、上からの命令を聞いてばかりでは育たない。枠にはまった1つの人材のパターンになってしまう。社員自身が考え、行動するなかで、さまざまな気づきを得て、それを個性にしていくように促すことが求められる。
すでに「取捨善択」については紹介したが、同社には「自考自得」、「自覚に勝る教育なし」という言葉もある。人材教育の基本的な考えを表した言葉で、いずれも自ら考え、自ら気づきを得ることにより、自律型人材を育てようという方針から、生まれた言葉だ。
また、そういった多様な人材が活躍するためには、公正公平な評価・処遇制度も必要だ。こうした考えや取り組みが進んでいくなかで、立候補制やオープンジャッジシステムが生まれたのだという。
そして、聖域を設けない部門を超えた人事異動・ジョブローテーションも特徴的だ。
「私も人材開発課から情報システム部への異動が決まっていますが、当社では普通のことです。営業部長が経理部長に、経理部長が経営企画部長になるなど、まったく違う分野への異動が、社歴に関係なくあたり前に行われます」
ダイナミックな異動の理由は、同じ部署に長くいると、知らず知らずのうちに自分の部署の利益を考えるようになり、先ほどの「取捨善択」の考えに反するようになる危険性があるからだという。

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また、組織の活性化の面でも悪い影響が出てくることや、公平性という面でもよくないという考えの影響もある。つまり、同じポジションに長く同じ人が就いているのは、そのポジションに就きたいと思う人のチャンスを奪っていることになるという考え方だ。
しかし、まったく違う分野への異動を繰り返していると、スペシャリストが育たないのではないかという懸念はないだろうか。
「われわれは、技術者の集団ではありません。流通商社であり、基本は営業職です。コミュニケーション能力は当然欠かせませんが、何より人間性が重要です。そのため、いろいろな経験を積むことこそが、最も有効だと思っています。そもそも、ゼネラリストをつくる、つくらないという観点ではなく、自分の領域を超えるためのカンフル剤として、さまざまな分野を経験してもらうというのが基本的な考え方です」
この人事異動については、ダイバーシティやシニア人材に関する答えとしての側面もある。同社は、これまで段階的に定年を引き上げてきており、2015年より65歳定年とした。その後は契約社員として70歳まで、さらにパートタイマーとして75歳まで働くことができるように、制度を整えている。生涯、長く働くことになる社員に、いろいろな引出しをつくってもらうというねらいもあるのだ。
「75歳まで、同じ部署・職種で働ければ、それに越したことはないでしょう。しかし、何十年もの間には技術革新やトレンドの変化などがあり、それまでのやり方が通用しなくなるかもしれない。場合によっては、部署や職種がなくなることもあるでしょう。
また、ボスとしてマネジメントするときのことを考えても、さまざまな部門への異動は役に立ちます。部門を越えた視野をもち、より広い社内人脈も形成することができます。将来、何らかの課題にぶつかったときに、そこで得た広い視野と広い人脈が役に立ちます」
以上、管理職教育を中心に、トラスコ中山の人材育成について紹介してきた。ドラスティックな制度も目立つ同社だが、全社的に理解と浸透が進んでおり、ごく自然なことと受け止められている。これは多様性や自律型人材育成を真剣に考え、長年試行錯誤を続けてきた成果だろう。また、研修で社員が教官になるなど、細部まで工夫が為されている。
管理職のみならず、自ら考え決断できることが、ますます重要な資質になっていくなかで、同社の取り組みは参考になる事例となるだろう。

(取材・文/小林信一)


 

▼ 会社概要

社名 トラスコ中山株式会社
本社 東京都港区
設立 1964年3月
資本金 50億2,237万円
売上高 2,142億円(2018年12月期)
従業員数 2,719人
平均年齢 38.2歳
平均勤続年数 13.4年
事業内容 機械工具、物流機器、環境安全用品などプロツール(工場用副資材)の卸売業
URL http://www.trusco.co.jp/

経営企画部 人材開発課 課長
(現・情報システム部 部長)
木村隆之さん


 

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