事例 No.079 ベーリンガーインゲルハイム ジャパン 事例レポート(管理職教育)
(企業と人材 2016年12月号)

管理職教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

個人・組織へのコーチング研修を軸に
人中心の有機的なイノベーションを推進

ポイント

(1)グローバル全体で「人財教育の重視」を掲げる。社員を企業の貴重な「人財」と考え、日本法人では人と組織の開発を行っていくことで、継続的にイノベーションが生まれる土壌をつくる。日本法人の人財開発チームはこのアプローチを「オーガニック・イノベーション」と独自に呼んでいる。

(2)「対話」による関係性の構築を進めていくため、コーチングを活用。主に、個人コーチングと組織開発コーチングという2つの支援で、組織風土として根づかせている。

(3)個人コーチングでは、マネージャー一歩手前の層に対して必須研修を実施。研修では、職場の後輩や部下に対して実際にコーチングを実践してもらい、レポートや電話クリニックなどで事務局が支援する。

「人を主軸にした経営」をグローバルで推進

ベーリンガーインゲルハイムは、1885年創業のドイツに本拠を置く製薬会社である。日本には1961年に進出し、現在は、持株会社であるベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社の下、医療用医薬品の日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社、一般用医薬品のエスエス製薬株式会社など4つの法人で、多岐にわたる製品を展開している。
グローバル・日本ともに、持続的な成長を続けているが、その背景にあるのは、同社が創業以来守り続けている「人財教育の重視」という経営哲学である。この考えを軸に、短期的な業績のみを追い求めるのではなく、長期的な視点での社員の成長と組織づくりをとおして、数々のイノベーションを生み出してきた。

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その考え方は人財開発のアプローチにも表れており、一般社員からトップまで、グローバルの全社員を対象にタレントマネジメントを適用し、上司と部下の間の対話をベースにしたイノベーションの土壌がつくられている。
人事本部タレントマネジメント部シニアHRアドバイザーの大野宏さんは、その土壌について、次のように話す。
「当社には『Value through Innovation(=革新を通じた価値の創造)』というビジョンがあります。イノベションというと、大胆な技術革新やパラダイムシフト、積極的なM&Aなど『ことがら』を想像しがちですが、そういう『ことがら』はすべて人が生み出すということを忘れてはいけません。人のもつ能力を開花させ、多様な個を引き出しながら組織のシナジーを生み出すことで、イノベーションが持続的に生まれる土壌をつくるのが、当社の特徴です。人を起点にした有機的な変革、そういったアプローチを私たち日本の人財開発チームは『オーガニック・イノベーション』という言葉で呼んでいます」
人事本部タレントマネジメント部人財開発グループマネージャーの森尾公仁子さんも、人を起点とした同社の考え方について、次のように話す。
「現代のような正解のない時代にイノベーションを起こしていくためには、人に立ち返ることが重要です。オーガニックというとやさしいというイメージがありますが、たとえば、よい野菜をつくるには天候の良いときも厳しいときもある。生命が力強く生き続けるために有用な要素(有機)を組織のなかに持ち続けましょうということなんです。
当社は、人を大事にする価値観や人財育成の重視、本人の思いを尊重した人財活用といった『人を主軸にした経営』を当然のこととして行ってきました。これに名前をつけてあらためて意味づけし、整理をしてみました」

対話を重視し、コーチングを活用

有機的な土壌づくりは、バリューの浸透から日々のマネジメントまで多岐にわたる。なかでもとくに重視しているのが、組織内の「対話」である。
イノベーションを起こすためにはリーダーの役割も大切だが、より大事になるのが社員間のつながりであり、そのためには対話が欠かせない。ここでいう対話とは、互いの考えを相手に伝え、共有したうえで議論していくこと。価値観や考え方の違う人が集まって知恵を出し合い、触発し合うことでイノベーションを生み出していく過程であり、ダイバーシティの基本でもある。
同社では、「OneonOne」と呼ばれる上司と部下のコミュニケーションや、プロジェクトメンバー同士の議論といったもののほか、経営層と社員が話し合う機会を設けるなど、日常的に対話が取り入れられている。

図表1 ベーリンガーインゲルハイムジャパンの教育体系

図表1 ベーリンガーインゲルハイムジャパンの教育体系

そして、対話によって関係性を築いていくうえで活用しているのが、コーチングである。同社の教育体系(図表1)においても、コーチングは上司・部下間の育成・成長において重要な役割を任っている。タレントマネジメント部では、コーチングを自社の文化として根づかせるため、大きくは以下の2つの支援を行っている。
[1]個人コーチングを行うスキルを身につけてもらうため、マネージャー手前の層に対して必須参加の「BIJLead&Learnコーチングプログラム」(以下、Lead&Learn)を実施(2007年〜)
[2]希望する部署にチーム全体に働きかける「組織開発コーチング」を体験してもらい、興味をもったマネージャーに選択型の研修を提供(2010年〜)
コーチングを用いて個人と組織の両方に働きかけている理由について、大野さんは次のように説明する(図表2)。
「組織を個人と集団、内面と外面の4象限に分けて考えると、組織変革を起こそうとする場合、多くの企業は目標・成果やスキルといった個人の外面に着目し、トレーニングを実施します。しかし、それだけでは機能しないため、思考パターンやモチベーションといった個人の内面にアプローチしていく必要が出てきます。この部分にかかわるのが、個人コーチングです。
組織に対しては、戦略やビジョン、組織目標を示して変革を試みるという外面へのアプローチが多い一方、組織の一体感や関係性といった集団の内面はなおざりにされがちです。じつは、この部分が組織変容を起こすうえでは重要なのです。ここに働きかけることで、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授のいう組織の成功循環モデルにおける『関係の質』につながります。これを行うのが、組織開発コーチングです」(大野さん)

図表2 組織変革の4象限

図表2 組織変革の4象限

コーチングでは、コーチがコーチー(コーチングを受ける人)に対してさまざまな質問を投げかけ、コーチーが自分の内面に気づく手助けをしていく。そのためコーチングでは、自分の気持ちを感じ取って適切に表現する力「EQ(感情的知性)」と、相手の気持ちを感じ取り働きかける力「S(I対人的知性)」が必要となる。
EQとSIを身につけたうえでの上級編といえるのが、「RSITM(関係性システムの知性)」である。RSITMとは、なんとなく気まずい、盛り上がっていないなど、組織やチームの気持ちや雰囲気を感じ取り、そこに働きかけを行うことである。
じつは私たちは、そうした働きかけを無意識のうちに行っているという。たとえば、元気がない同僚や部下がいたときに「ちょっと飲みに行くか」と誘ったり、会議で一部の人の意見しか出ないときに、全員にアイデアを書かせて貼り出したりするのがRSITMにあたる。これらを体系的に行うのが、組織開発コーチングであり、その手法を「システムコーチング」という。

マネージャー候補層に対して研修を実施

ではまず、[1]個人コーチング「Lead&Learn」についてみていこう。このプログラムは、マネージャー一歩手前のエキスパート層への昇格時研修で行っている。受講者は、多い年で約70人。人数が多いため、2グループに分けて実施しているそうだ。
「当社はタレントマネジメントを、一部の選抜された人財のみにではなく、全社員に行っています。各人の強みや課題をサクセッションプランのような形で議論し、それを踏まえて上司と本人が能力開発プランを策定します。異動・昇進によって新たな役割も付与し、目標に取り組ませながら日々のマネジメントをしていくのです。
このサイクルを回していくうえで、マネージャーには1対1のコーチングのスキルが求められます。エキスパートの多くは1〜3年でマネージャーに昇格する人たちですが、マネージャーへのマインドセット教育として、エキスパートに上がった時点で教育することにしました。このプログラムを修了しないと、マネージャーには任用しません」(森尾さん)
プログラムでは、目標の達成と精神面の成長を扱い、1プレーヤーの視点から組織のマネージャーの視点へと考え方をシフトしていく。ここでは、相手の力をいかに引き出すか、隠れた力をどう覚醒させるかを、実践をとおして学んでいく。単にコーチングのやり方を理解するだけでなく、学ぶ過程のなかで自分の思考の癖や越えなければならない壁に気づくとともに、自分の力に目覚めて自分が変化していく経験を通じて、人に期待することの大切さを感じてもらうという。
Lead&Learnの内容は図表3のとおりである。事前学習のeラーニングと、集合研修(2日間)、レポト、職場での実践で構成されており、トータルで約3〜4カ月に及ぶ。
同社のコーチングでは、業績目標を達成するにあたって、本人が何をしたいのかという思いを覚醒させることを重視している。研修では、この点をよく理解してもらうことからはじめる。
集合研修では、事前にeラーニングで学習した基礎知識を踏まえ、人の力を「引き出す」ための質問スキルや、職場で実践する際の基本ステップなど、コーチングのプロセスを理解してもらう。
プログラムの中心となるのは、集合研修の間に行う自職場でのコーチング実践である。受講者がコーチ役となり、部署の後輩や部下をコーチーとして、実際にコーチングを行っていくのだ。そのため研修では、コーチングのシミュレーションも行い、職場での実践につなげている。

図表3 Lead&Learnコーチングプログラムの概要

図表3 Lead&Learnコーチングプログラムの概要

「実践では、コーチーの希望を引き出し、そのうえで自分の業務をとおして何をしていくかを話し合ってもらいます。成果はもちろん求めますが、大事なのは、結果に至るプロセスのなかで本人の思考や精神面の発見をサポートしていくことです。単にパフォーマンスギャップを埋めるだけのコーチングではなく、人の力を目覚めさせることが目的なのです」(森尾さん)
最初のコーチングでは、まずこれまでコーチーが実践してきたことを一緒に振り返りながら、次に取り組むテーマを決める。続いて、テーマに取り組むうえでの課題について、解決策のアイデアを出してもらう。そのなかからコーチーが自分で解決策を選び、それを行動に落とし込み、実践していくのが、ひととおりの流れだ。
コーチは、「なぜそのテーマを扱いたいのか」、「ほかにどんな方法があるか」、「〇〇の立場だったら、どう考えるだろう」といった質問を繰り返し、コーチーが思考を深めるサポートをする。通常、ハイパフォーマーであるほど自身の成功パターンに依存しがちとなるが、それではいつか頭打ち感が生じてしまう。そこで質問を繰り返すことで、コーチーにさまざまな視点を与えて、思考の転換を図るのだ。
大切なのは振り返りのプロセスで、決めたテーマについてどれだけできたかを、コーチー自身に点数をつけてもらうこと。できなかった点に意識を向けるのではなく、まずできたことをあげて認めることで、自分の強みに気づいていくことを重視する。そうすることで本人が自信をもつようになり、その過程にかかわることで、コーチへの信頼感も高まっていく。
各部署でのコーチング実践中は、3週間に1回、1人計3回の事務局の電話クリニックによるサポートを受ける。電話クリニックは、大野さん、森尾さんと外部コーチ複数名が担当しており、時間は、1人1回1時間程度だという。
受講者には毎回、コーチングの会話を書き起こしてもらっており、電話クリニックではそれらを基に、「どうしてここでアドバイスをしたのか」、「ここで、『どうして?』と尋ねたのはなぜ?」などと、一人ひとりに質問をしていく。つまり、受講者に対して大野さんたちがコーチングを行うのだ。
そして受講者に自身のコーチングの自己評価をしてもらい、次回、コーチーに対してどう取り組んでいくかを考えてもらう。ここでのポイントは、表面上の業務目標を達成させることではなく、コーチの成長テーマにコーチがどう気づくかだという。また、自分のコーチングを書き起こすこと自体が、コーチの振り返りや学びにもなっているそうだ。
研修の最後には試験を実施しており、認定されて修了となる。不十分な場合は補講も行う。
「人と正面からかかわることで感じるインパクトのもち帰りを期待しているので、コーチングのやり方を理解しただけでは合格にはなりません」と森尾さんはいう。

組織開発コーチングを希望組織に実施

次に、[2]組織開発コーチングについてである。これは、個人へのコーチングではなく、チーム全体をコーチングしていくもので、チーム内の関係性を良くしていくアプローチである。個人コーチングで各人が自分のやりたいことや課題を見定め、モチベーションが高まったとしても、チームに非協力的な空気やあきらめ感が漂っていたら、イノベーションは生まれにくい。そこで、組織開発コーチングを行うことで、チームの一体感やポジティブな雰囲気を醸成していくのである。
そのために行なっている支援は2つ。希望する部署に組織開発コーチングを行うことと、組織開発コーチングを体験して関心をもったマネージャーに対して選択型の研修を提供することである。
「1対1のコーチングだけでは組織を変えていくのに時間がかかりますし、チームの関係性の質を高めるには不十分です。そこで、複数にかかわる組織開発コーチングが有効になるのですが、修得するには相当な時間が必要です。ですから、まずは希望する部署に私たちが出向いて実践し、体験して関心をもったマネージャーに基本的な考え方を教えていくという方法で進めています」(大野さん)
組織開発コーチングは多くの場合、各事業部門の人事担当からタレントマネジメント部に依頼がくるそうだ。何かコンフリクトが起きていたり、沈滞ムドが漂っているときなど、組織内だけでは手に負えない状況が生じたときに呼ばれることが多いという。
組織開発コーチングでは、議論の場に大野さんたちが同席し、「ポジティブな雰囲気ではないようですが、いったい何が起きているのですか?」、「賛成する人はこういう考え、褒める人はこういう思いをもっているようです。そして、このチムはこういう構図になっていますね」、「この言葉が出ると皆さん、発言を避けますね」など、当人たちが指摘されたくないことや、無意識なことをあえて伝えていく。だれかが発言したことについては、「これはチームの声ですね」というように、特定の人のせいにならないよう配慮しながら、安心して言い合える場をつくっていくそうだ。
「組織開発コーチングで私たちがとくに重視しているのは、現状の『見立て』をすることです。そして、いまチームのなかで何が起きているのか、どんな状態なのかを、組織の人たちにも把握してもらいます。そのときには、ポジティブでない、方向性がみえないといった、いまの組織の状態を感じ取るRSITMが必要となります。見立てをしっかりして、それを当事者である組織の人たちに認識してもらい、自分たちなりの処方箋を考えてもらうのです」(大野さん)
組織開発コーチングは難易度が高いため、いまは組織開発コーチングを体験した部署のマネージャーのうち、興味をもった人に対して追加で研修を実施しているが、そこでは、システムコーチングの詳細を理解してもらうよりは、基本的な考え方を1日で学べるプログラムにとどめているという。

継続した取り組みで組織風土にしていく

個人コーチング研修は、事前準備や集合研修、職場での実践、終了後のレポートなど、受講者のやることは多いが、彼らを指導・サポートする大野さんや森尾さんたちの負担も大きい。とくに、年間約70人の受講者全員に対して3〜4カ月電話クリニックを行うのは、簡単なことではないだろう。
「受講者も事務局も大変ですが、3カ月という期間は人の変化には必要だと感じます。また私たちにとっては、一人ひとりの成長にしっかりかかわれることは大きなやりがいです。『研修後も現場でコーチングを使っている』という話もよく聞きます。3,000人規模の会社で、すでに700人がコーチング研修を修了しており、過去にコーチーを経験した人が研修受講者としてコーチ役になるケース
も増えてきました。コーチングが当社の風土になっていく循環ができてきています」(大野さん)
受講者にとっては、電話クリニックなどで個別相談ができるため、コーチングを行うのがはじめてでも安心して取り組むことができると好評だという。
同社では、今後も活動を継続し、コーチングを自社の組織風土として根づかせていく方針である。
「変化のなかで早く結果を出すことが求められている昨今ですが、それに伴って、外に答えを求めにいく傾向が増えていると感じます。こんな時代であるからこそ、あらためて自分自身がもっている力を大事にし、それを活かしていく気持ちに立ち返ることが大切です。思い切って自分の思考の枠組みを超え、皆と力を合わせて、組織としてイノベーションを起こしていく段階に来ています。これは大変なことですが、ワクワクすることでもあります。
忙しいビジネス部門のリーダーたちが人財育成やコーチングを24時間意識し続けられるかというと、そうではないでしょう。しかし、リーダーが自らの思いや志を取り戻し、彼らの抱えているジレンマを克服するサポートをしていくことが、私たちのチャレンジです。人が大事であることを信じ、これからも取り組んでいこうと思います」(森尾さん)
コーチングを軸に、個人・組織に働きかけていくことで、経営理念を実現している同社。大野さんは、「私たちの活動は、『外科的療法』ではなく『漢方療法』のようなものです。継続することで力強く、大きな変化になっていくはずです。土を耕し種をまき続ける、それが木になり森になるという信念の下に、これからもやっていきたい」と話す。
経営の「人を基軸にする」というゆるぎない考えと、事務局の努力、そして、人にかかわり、ポジティブな思考を共有していくことを喜びと感じる組織風土があって成し遂げられている「オーガニック・イノベーション」。組織改革と教育のつながりを感じる事例である。

(取材・文/崎原誠)


 

▼ 会社概要

社名 ベーリンガーインゲルハイム ジャパン株式会社
本社 東京都品川区
設立 2010年10月
資本金 1億円
売上高 医療用医薬品 2,560億円
一般用医薬品 375億円
動物薬 64億円(2015年度)
従業員数 2,700人(日本グループ全体 2015年12月31日現在)
事業案内 医薬品、動物用医薬品等の製造、販売および輸入などの事業を営む企業グループの経営管理・統括
URL https://www.boehringer-ingelheim.jp/

(左)
人事本部
タレントマネジメント部
人財開発グループ
マネージャー
森尾公仁子さん
 
(右)
人事本部
タレントマネジメント部
シニアHRアドバイザー
タレントマネジメント
大野宏さん


 

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