事例 No.061 タマノイ酢 特集 マネジャー教育 最前線
(企業と人材 2016年6月号)

管理職教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

若手をトレーナー役に据えた「拠点長会議」で
ベテランマネジャーに内省と気づきを促す

ポイント

(1)「社員全員が顔見知り」、「日ごろからコミュニケーションが活発」という規模と組織風土を活かし、若手がトレーナー役となってベテランの声を引き出す「拠点長会議」を実施。

(2)研修の始まりは「ボクササイズ」。全員で声を出し汗をかくことで、心理的な距離感を縮めることから。

(3)ベテラン拠点長にとっては、若手らに実情を語ることが「自分に向き合い内省する」プロセスに。ベテラン同士の悩みの共有も安心感につながる。

チャレンジングな社風を支える「社員全員が顔見知り」な組織

タマノイ酢株式会社は、1907年設立の大阪造酢合名会社をルーツにもつ老舗の食品メーカー。会社の歴史は長いが、組織風土としては進取の気風に富んでおり、新製品の開発や若手の活用に積極的に取り組んでいるのが特徴だ。
チャレンジングな気風は、事業でも大いに発揮されている。1963年には、世界で初めてお酢の粉末化に成功した『すしのこ』を発売。また、1996年には『はちみつ黒酢ダイエット』を発売し、ビネガードリンクという新たなジャンルを確立した。しかもその開発プロジェクトは、当時入社10年未満の若手ばかりを集めた菓子飲料事業部が全面的に担っていた。社長直轄の菓子飲料事業部が新設され、20作目でようやく生まれた大ヒット商品だったという。
とくに現・代表取締役社長の播野勤氏が経営を担うようになってからは、短期間でのジョブローテーションや、5年間限定で社員として若者を育成する「キャリア制社員」などユニークな制度も導入され、多様な社員が活躍できる環境が整ってきている。
同社の企業理念は、図表1に掲げるとおりだ。社長室ドリームクエスト・チームリーダーの篠原美和子さんは、その意義について次のように語る。

図表1 タマノイ酢の企業理念

図表1タマノイ酢の企業理念

「私たちの企業理念の書き出しは『社員』からとなっています。もちろん、地域社会や消費者への貢献があってこそ企業として成り立つわけですが、社員が目を輝かせ、活き活きとしていなければ、売上げや利益ばかりを追求しても意味がありません。だからこそ、社員が生きがいをもって活躍できる環境をつくっていくことが会社の使命だというのが基本的な考え方です」
人材育成においては、社員一人ひとりの自立と成長を重視している。
2、3年ごとに頻繁にジョブローテーションを行うのも、若手のうちから責任のある仕事を任せたり、将来のリーダー育成を見据えて、専門に縛られず幅広い経験を積ませるためだ。
職場では、日ごろからコミュニケーションが活発で、役職や年齢にかかわらず、だれもが自由に発言できる雰囲気があるという。従業員約300人という組織規模であり、管理職も含め社員の異動が多いため、「社員全員が顔見知り」という環境なのだそうだ。
次項で詳しく紹介するが、タマノイ酢では「拠点長会議」と呼ばれる、マネジャークラスが集まる場が設けられている。播野社長がファシリテートする「会議」ではあるが、マネジャーに内省を促す研修的要素も大きい場となっている。こうした取り組みも、同社の組織風土があってこそ可能となるものであろう。
「私たちは、人は人とかかわり合いながら生きている、ということを大切にしています。人とのつながりのなかで自分自身が生かされていることに気づくことで、他者への思いやりや責任感が生まれてくるからです。拠点長会議を含め、社内で企画しているさまざまな研修は、すべてこの考え方に根差して行われています」

若手マネジャーがベテランをリードする「拠点長会議」

では、「拠点長会議」とはどういうものか、詳しくみていこう。
まず、同社における「拠点長」とは、一般でいうマネジャー、つまりマネジメントを担う人の総称である。規模はそれぞれだが、一定のビジネスユニットを束ねている人は、すべて「拠点長」と呼ばれている。役職は、チームリーダー、課長、部長、工場長、所長などさまざまで、年齢的にも下は20代後半から上は60代までと幅広い。
拠点長会議は、その名のとおり拠点長が集まるミーティングを指す。具体的には、営業所の所長を中心とした予算会議や生産現場の課題を話し合う会議など、播野社長の判断で、必要に応じて随時開催されている。毎月のように行われることもあれば、数カ月間開催されない場合もあるという。招集メンバーもテーマによって異なり、参加人数は少ないときで15人程度、多いときには25人くらいにのぼることもある。
拠点長会議ではグループに分かれての議論や作業が中心となるが、あえて若手拠点長がトレーナー役を務め、ベテラン拠点長らをリードしていく形をとっている。
「若手とベテランには、それぞれ強みと課題があります。若手には活力があり、現状打破や新しい挑戦をする力はありますが、経験が少ないぶん、だれかのサポートが必要になります。一方、ベテランには安定感があり、たとえば日常的に細かく目の届かない地方の拠点も安心して任せることができますが、既存のものを打ち崩すエネルギーや新しい発想に欠ける面は否めません。
拠点長会議は、両者の特徴を補い合って、それぞれの拠点長が新たな気づきを得る場となっています」
では、若手がトレーナーを務める理由はどこにあるのだろうか。
たとえば人数も限られた状況で、地方の拠点を一手に任されているベテラン拠点長は、身近に上司や同僚が少なく、常に孤独を感じている。立場上、率直に自分の思いをだれかに語ることもなかなか難しい。
ところが、現場を離れた非日常の場で、仕事上の直接的な接点が少なく、世代的にも離れている相手、しかも同じ拠点長という立場にあるトレーナーであれば、本音をさらけ出すハードルは下がってくるのだという。
「チームリーダーである私も拠点長の1人ですが、拠点長会議に出ると、自分の親世代に近いベテラン拠点長と接することになります。それでも会社の風土として、上の人に対しても素直に自分の考えをぶつけられる雰囲気があるので、思ったことは遠慮せず伝えています」
ベテランの拠点長にとっては、拠点長としての立場を共有しながら、若手ならではの純粋さでぶつけられる素朴な意見や感想が新鮮に映るのだろう。素直に耳を傾け、自らを振り返るきっかけにもなるそうだ。
一方、若手にとっては、ベテラン拠点長の豊富な経験を聞き、マネジャーとしての多様な課題を学ぶ機会となっている。

軽い運動で心身をほぐし、じっくり話を聞く

拠点長会議は、大阪本社にて、1泊2日のスケジュールで行われることが多い(図表2)。全国からメンバーが集まるので、初日はたいてい午後からのスタートになるという。
集合してまず最初に行うのは、なんと「ボクササイズ」。参加者全員が、ジャージなどに着替えて約30分、汗をかく程度に運動するところからスタートする。ボクササイズが終わったあとにも、腹筋や背筋、スクワットなどの筋力トレーニングもよく行われるのだそうだ。

図表2 拠点長会議(「予算戦略会議」)スケジュール

図表2拠点長会議(「予算戦略会議」)スケジュール

じつは同社では、朝一番のラジオ体操ならぬ、朝一番のボクササイズは日常の光景だ。もともとは播野社長が個人的に始めたものだったが、社長室のメンバーを皮切りに徐々に全社に広がり、いまでは多くの拠点で有志メンバーが朝一番のボクササイズを実践している。
拠点長会議でも、最初に全員で声を出したり汗を流したりすることで、お互いの心理的距離がぐっと近づくという。そうして心の壁を取り払ったところで全員がそろって着席し、いよいよ会議の開始となる。
まず全体で課題・テーマを共有してから、参加者は4、5人ずつのグループに分かれる。各グループには1人か2人は若手拠点長が入り、そのグループのトレーナーを務める。ちなみに若手拠点長は30代、ベテラン層は50代から60代が中心だ。
トレーナーは会議の進行役を担う。最初に行うのは現状のヒアリングだ。
「トレーナーはじっくりと一人ひとりの話を聞いていきます。拠点長は何が大切か、自分は何をすべきかを理解はしているのですが、それが実行できていないことになかなか素直に向き合うことができません。それが、ゆっくりと話を聞いてもらうことで、自分自身と向き合う時間をもつことができます。拠点長会議は、自分と向き合う訓練ともいえます」
そのうえで、現状の問題点について取り上げ、再び全員で議論を行う。たとえば、昨年の予算を振り返って、なぜ達成できなかったのか、原因をすべてあげて、何が問題なのかを考えていく。このときは、KJ法を使って課題を整理していくことが多いという。そして具体的な解決策を導き出していくというのが、基本的な流れだ。
このとき大切なのは、「方法論に逃げないこと」だという。営業がうまくいかなかったのは、営業のやり方の問題ではなく、じつは営業担当者のモチベーションが下がっているからかもしれない。議論を重ねることで問題を掘り下げて、最終的に一人ひとりのアクションプランにまで落とし込んでいく。
トレーナー役には相手の話を傾聴したり、本音を引き出していくスキルが求められる。経験豊富なベテラン拠点長に話を聞くとなれば、ファシリテートするのは容易でないと思われるが、特段そのための研修などは行っていないという。
「トレーナー役の若手も、ふだんは拠点長としてメンバーと接していますし、会議でも意識的にスキルを用いてというよりは、いつもどおりに話を聞くことを心がけています。トレーナーが『、えーっ、どうしてそんなことを言ってしまったんですか』とか、『それはおかしいんじゃないですか』などと、思ったことを率直にぶつける場面もよくみられます。
ベテランの方からも『それ、わかるなぁ』などと声があがったり、『俺のところでもこんなことがあってさ』とまた別の拠点長が話し出すこともあります。周囲からさまざまな反応が返ってくることで、あらためて気づくことも多いのです」
1泊2日の研修の場合、1日目は課題の抽出まで行い、夜はたいてい食事会が行われる。場合によっては、お酒が入ることもある。
2日目は、やはりボクササイズで心身をほぐしてから、課題の深掘りやアクションプランの作成にあてる。最後は、個人の目標を紙に書いて貼り出したり、皆の前で発表して終了となる。
また、ときには「拠点長合宿」を行うこともある。拠点長合宿は、社外の研修施設を借りて、2泊3日のスケジュールで行われることが多い。拠点長会議は、時間が足りずに最後の目標まで決めきれないで終わることもあるが、拠点長合宿では時間をかけて、議論を深めることができる。
基本的なプログラムは拠点長会議と変わらないが、拠点長合宿の場合、外に出て筋トレや声出しをするなど、肉体的なトレーニングも増えてくる。寝食をともにしながら長い時間を一緒に過ごすので、拠点長同士の関係もより深まるという。

▲まず最初にボクササイズ

▲まず最初にボクササイズ

▲ベテラン拠点長の話に聞き入る若手リーダーたち

▲ベテラン拠点長の話に聞き入る若手リーダーたち

マネジメント研修は行わず、業務のかかわりのなかで自分を磨く

拠点長会議の最大のメリットは「自分に向き合う機会をもてる」というものだが、本社に集まることによって、会社の文化をあらためて体感し、連帯感が強まるという効果もある。また、拠点長同士がアイデアや意見を出し合うことによって、「自分1人が悩んでいるわけではない」と安心できることも大きい。
とくに地方の拠点長は、身近に同僚も少なく、孤独な日常をおくっているため、一堂に集まる機会を喜んでいる人が多いようだ。会議での対話はもちろん、会食を楽しみにやってくる人も少なくないという。
じつは同社では、現在は、部課長を対象とした階層別のマネジメント研修は行っていないそうだ。マネジメントに必要なスキルは、日常業務のなかで徐々に学んでいく。
「私自身も初任配属された部署では、上司から『私と同じ目線で考えなさい』とよく言われました。自分のすべきことだけをみるのではなく、俯瞰して物事をみるようにしなさいということです。タマノイ酢という会社全体が1つのチームだと考えると、自分の頑張りもチームに貢献する方向に発揮されなければ意味がありません。
日ごろからそう言われ続けていると、だんだん『この上司ならこうするだろう』と、先回りしてできるようになってくる。そして、それぞれの人が果たす役割も俯瞰してみえるようになってくるのです」

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そもそも同社は社員数も多くなく、限られた人数で仕事を回していることや、ジョブローテーションが頻繁に行われることもあって、自分の仕事だけをこなしていればすむという環境ではない。そのため、自ずと若いうちからチームのなかでの役割を考えて仕事に取り組むようになるという。
「拠点長は、事業の目標達成の責任を負うと同時に、メンターとしての役割も担っています。メンバーからの期待も高いので、それだけ拠点長に負担がかかるのはたしかです。メンターとしての高い素養をいかに養っていくかは、今後の課題といえます」
同社のユニークな人材育成のあり方は、播野社長の経営哲学から導き出されているところが大きいのだろう。しかし、それだけではない。拠点長会議にみられるように、世代を超えたコミュニケーションを活発にすることによって、若手もベテランもお互いに気づきを得られる組織風土が、一人ひとりの成長を後押ししているといえるだろう。

(取材・文/瀬戸友子)

いわゆる階層別の管理職研修を行わない理由について、取材後に播野社長にうかがったところ、文書でご回答をお寄せいただいた。以下に全文を紹介する。

階層別研修に重点を置かない理由

タマノイ酢は資格制度を採用しています。そこには「何級何号」という、賃金と連動した資格要件が書かれています。「級」は資格要件、「号」は習熟度を表し、それにより処遇が決まります。
たとえば、資格要件は「職務遂行における専門的知識を備え……」というような表現になります。このような言葉は、その主旨がわからないわけではありませんが、それがある人とない人と、どこにその境界があるのかがハッキリわかりません。さらに、それを備えていることが売上げや利益、引いては会社に貢献するかというと、直接的に関係はありません。しかし結果として、その処遇にはハッキリと差が出ます。そして、その境目によって、両者は区別されてしまいます。つきつめると、その資格や選考基準は「納得合理性」なのでしょう。仕方がないからそうしようと決めたわけです。
クラブ活動にはキャプテンがいます。学校には生徒会長がいます。彼らは客観的基準や資格があって、その役を受けているのではありません。相対的に頭角を現してきた、選ばれた人たちです。それは階層を鍛えても、なかなか育成できません。当社は基準に合う人よりも役に立つ人を求めています。会社は業種や時代、経営の考え方やそのときその場面によってさまざまです。そのなかで選ばれる人というのは、その環境において「最も期待に応えられる人」だと思うのです。
会社にはいろいろな年齢や経験、さまざまな背景をもった人がいて、性別も違うわけです。そこにおいて、業績や組織の活性化で大切なことは階層教育ではなく、それぞれの立場でかまわないから「自分がいま、何をしなければならないか」がわかっていることです。それを理解し、行動できる資質を備える人間を必要としています。
当社で「選ばれる人」というのは、異動を繰り返すなかで自然に周囲から求められていきます。では、そんな選ばれる人をどうしたら増やせるのでしょうか。
じつは当社もさまざまな研修を経験してきました。そこで気づいたことは、「人間は何をすればよいかを、本当は知っている。わからなければ調べるし、聞くし、勉強する。それを無理に教えても“振り”を繰り返す人を育ててしまいかねない。大切なことはしっかりと素直に自分と向き合い、決断ができること」なのです。人は「自分に素直にさえなれば……」、その環境づくりが当社の研修にあります。
若い人の一生懸命や目標に向かってだれかのためにがんばっている姿からは、本当に勇気や元気をもらえます。「自分に素直に」、そんな気づきの研修が当社では新人研修から続いており、文化として根づいています。
当社には、入社3年目で国立大学の医学部3年次に入学した社員が4名います。そんなやる気のある「熱い、輝く社員が育つ環境の提供」こそが、当社の研修の原点です。


 

▼ 会社概要

社名 タマノイ酢株式会社
本社 大阪府堺市
設立 1907年(明治40年)6月
資本金 2億円
売上高 非公開
従業員数 300人
事業案内 醸造酢、粉末酢、各種調味料、菓子・健康飲料などの製造・販売
URL http://www.tamanoi.co.jp/

社長室
ドリームクエスト
チームリーダー
篠原美和子さん


 

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