事例 No.173 商船三井 特集 世界で活躍する経営人材の育成
(企業と人材 2019年1月号)

経営幹部育成

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

グループ共通の価値観MOL CHARTを基盤に
「グローバル経営塾」などで国内外の多様な人材を育成

ポイント

(1)2015年にグループ共通の価値観として「MOL CHART」を制定。国内外を問わず、社員一人ひとりの判断の拠り所として、同社のめざす自律自責型人材の育成にも活用。

(2)次代を担う経営幹部育成のため、国内外の人材を集めて社内スクール「One MOLグローバル経営塾」を開催。役員をメンターに、グローバルリーダーとしての目線を学びながら、10年先を見越したテーマを提言としてまとめていく。

(3)経営塾の参加候補になる前の階層に対しても、語学講座や海外に赴任しての研修、経営リテラシーを学ぶ「経営スクール」などを通じて、グローバル人材としての育成を図っている。

行動指針 MOL CHARTで「自律自責」型人材を育成

1884年に大阪商船として誕生以来、130年余の歴史を有する株式会社商船三井。現在、同社グループは、同社および連結対象会社449社からなるが、海運業を中心にグローバルな事業展開を図り、多彩な分野で展開する世界最大級の総合海運企業として知られる。
同社グループは3つの企業理念とともに、長期ビジョンとして「世界の海運をリードする強くしなやかな商船三井グループをめざす」を掲げている。そして、これらを実現するための、海外現地法人の外国人社員も含めた、グループの全役員・社員の日々の業務遂行や判断に際しての行動指針が、“MOL CHART”だ。グループ共通の価値観であり、これに沿った行動・判断が、同社の企業理念、長期ビジョンの達成につながると位置づけられている(図表1)。

図表1 共有すべき価値観「MOL CHART」

共有すべき価値観「MOL CHART」

なお、「CHART」の言葉は、5つのキーワードの頭文字を取ってつなげたものであると同時に、社員が向かうべき方向性を定めた海図(=CHART)であるとの意味合いも込められている。同社人事部One MOL人事マネジメントチーム・チームサブリーダーの黒田賢太さんはこう説明する。
「われわれ日本人社員は、無意識のうちに当社の色に染まっていきますが、海外の外国人スタッフの場合、1つの企業でずっと働くというよりも海運業界で働くという意識のほうが強く、商船三井とはどのような会社で自分たちはどこに向かっていけばいいのかということが、きちんと落とし込めていませんでした。以前は、それを漠然とした形でしか伝えることができていなかったのですが、MOL CHARTで明文化したことにより、明確なビジョンを伝えられるようになりました」
現在、同社はこのCHARTの価値観を踏まえて、グローバルマーケットで活躍できる新しい価値を創造する「自律自責型の人材」を育てていくことを、グループ全体の人材育成の基本方針としている。そしてこの自律自責型人材が持ち合わせるべき4つの素養として、「リーダーシップ」(主体性、実行力、働きかけ力)、「コミュニケーション力」(察知力、異文化理解力、オープンマインド)、「ファイティングスピリット」(挑戦心、向上心、責任感)、「タフネス」(活動力、粘り強さ、安定感)をあげている。
同社人事部One MOL人事マネジメントチーム・チームエキスパートの小山裕也さんは、次のように語る。
「CHARTは、当社グループ全社員に共通の価値観であり、人材育成の方針でもあります。また、当社の日本人社員の場合、海外赴任をしたときなどは、管理職として現地の人にお願いをする立場になることもあります。そのため、『Accountability=自律自責』という部分がとくに大切で、相手を理解するということが必要になってきます。そこで、日本の社員については、異文化や語学に関する教育にも力を入れています」

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「One MOL グローバル経営塾」で次世代人材を育成

同社グループでは、グローバルな経営人材を育成する取り組み(社内スクール)として、「One MOLグローバル経営塾=One MOL Global Management College(MGMC)」を2014年度にスタートさせている。これは、異文化環境におけるマネジメント力を向上させ、同社グループのビジョンを描ける次世代の「グローバル経営幹部」を育成すること、および同社グループ経営者候補として、自身の属する事業部を越えてグループ全体を俯瞰し、ビジョンを示せるリーダーをめざすスキル、マインドセットを学ぶことを目的としたものだ。
もともと2000年代前半ころから、前身となる30代半ばの年代層を対象にした、1週間のショートプログラムを開催していた。ただ、近年は同社グループの事業も複雑化して海外展開がさらに加速し、次のグローバル経営幹部が不足しているという課題があった。そこでプログラムを発展・拡大させて誕生したのが、MGMCである。
プログラムの目的や対象者、構成要素は図表2のとおりで、対象は同社および海外現地法人で次世代を担う人材だ。

図表2 MGMCのプログラム概要・目的

MGMCのプログラム概要・目的

「人選は、各部門からの推薦がベースになっています。最近では、グローバルでグループ全体のグレーディングを行っているので、そのあたりも参考にしながら、業種や地域なども含めてバックグラウンドに多様性をもたせられるように、人事で調整をして決めています」(黒田さん)
期間は大きく3回に分けて、約1カ月半おきに5日程度ずつ日本(同社本社および研修所)で開催する。プログラムは、既存の価値にとらわれないイノベーティブな思考法、組織運営、リーダーシップなどを学ぶフレームワークを経て、前述のMOL CHARTをもとに小グループでアクションラーニング(ALP)を行う。ALPで設定、討論したテーマから会社への提言を作成する構成となっており、最終日には経営陣に対し提言をプレゼンテーションする。
提言につながる大きなテーマは一貫しており、「10年後の商船三井を創造する」。これに沿って受講者がオーナーシップをもてるテーマを設定する。ただし、自社戦略に沿い、かつ同様の先行事例がないものになるよう、本社内部講師による事業戦略・方針の講義や、メンターとして参加する役員・部長クラスとの議論を通じて確認しながら、テーマを確定する。
また、講義のなかではグローバルリーダーとしての目線を保つための仕掛けとして、リーダーシップアセスメントの結果と、そのフィードバックを通じた自己理解の場を設け、受講生が一段上のリーダーとして成長する必要性を認識させ、またその意欲をもたせるようにしている。さらに、単一の未来予測ではなく、不確実性を前提にした、「起こる可能性のある複数の未来」を考える技術として、シナリオプランニング、PEST、3C、SWOT、デザイン思考等の思考法を再度インプットする。
「こうしたフレームワークを使いながら分析していくというのは一般的だと思いますが、われわれが受講生に求めるのは、個人のビジョンやリーダーとしての経験がにじみ出るフレームワークの活用です。単なるMBA的なワークではなく、血の通った一人ひとりがもっと透けて見えるものにしたいと考えています」(黒田さん)
外国籍社員の受講生に対しては、海外現地法人をガバナンスするうえでの、本社側の苦悩を共有することや、海外現地法人主導で本社を動かすために必要なマインドセット、あるいはテクニック等をインプットするというところを意識しているという。

経営陣も各Termに出席直接対話する機会も設定

MGMCの具体的なスケジュール例は、図表3のとおりである。前述のとおり3回に分かれたTermはすべて英語で行われる。

図表3 MGMCのスケジュール(2018年度)

MGMCのスケジュール(2018年度)

講師は外部講師のほか、部長クラスがメンターとして研修に参加する。また、トップを含めた経営陣が、各Termのどこかで必ず出席する機会を設けていることも特徴の1つだ。2018年度の場合、Term2のHotDialogueに社長と3人の役員が参加し、2時間にわたり20人の受講生と対話をしたあと、懇親会にも出席した。
「たとえば現地法人スタッフから、もっと役割を与えてほしいという要望を社長に直接伝えるなど、非常に密度の濃い話が出るようになっています。社長も頻繁に海外の現地法人に出向いていますが、どうしても距離が遠いのが実情です。その意味でも、貴重な場になっていると考えています」(黒田さん)
MGMCは5回実施してきたが、これまで参加した受講者からは、とても好評だ。「リーダーとしての自覚や自信が強化され、より自分のアサインメントに対し責任を感じるようになった」、「本社や全社的な事業戦略が、自分が所属する組織に何を期待しているのかをクリアに理解できた」、「拠点を越えた人的な交流ができた」などの声があがっている。
本社人事部としても、将来の経営リーダー候補としての期待を、本社から直接伝えることによる、受講者のモチベーション向上をはじめ、相互理解の欠如から来る本社への不信や不満の解消、人事データだけではとらえきれない人材の見極め、信頼で結ばれる人材プールの構築といった、数々の効果を実感しているという。
「たとえば、海外現地法人からの権限移譲の要望については、ガバナンスやコンプライアンス上、会社側も決断には勇気がいる案件です。そうした本社が感じている苦悩をみせて共有することも大切だと感じました。それによりお互いの理解が進み、コミュニケーションも深まるわけです。また、人材配置面での効果として、海外現地法人に勤務していたMGMCの卒業生のなかから、日本の本社で働く事例が生まれてきていますし、海外の現地法人間で異動のチャンスを与えるケースも出ています」(黒田さん)
「これまでグループ会社間の横の異動はほとんどなかったのですが、最近は、ロンドンで働いている人を、数カ月間アメリカのヒューストンに派遣するといったことも、徐々に始めています。かつては、現地法人=代理店的な意識が少なからずあったように思います。しかし、いまは同じグループとして東京とつながっているんだという意識が確実に強まってきています。MGMCのようなものがあると、何かあれば東京に呼んでもらえ、経営陣とお酒を飲むこともできるということで、現地法人社員の帰属意識向上にも寄与していると感じています」(小山さん)
MGMCの提言は、本社の日本人社員とはまた異なる視点で練られているものが多い。そのため、「研修で終わらせずに実現に向けた取り組みを進めたい」と、関係部門からも興味をもたれている。
また、今後のMGMCでは、フォロー研修の実施なども検討している。現在でも、卒業生同士では、個人間での情報交換ネットワークなどが生まれているが、社内SNSなどで公式なつながりをつくるといった構想もあるという。
そのほか、MGMCに関する今後の改善点や、やっていきたいこととしてあげられるのは、1つには部長層をもっと巻き込むことだという。前述のようにMGMCでは、部長および役員もメンターとなって参加している。
「部長がメンターとして参加したことで、MGMCの内容自体も充実したと思いますし、参加した部長たちも、グループ内にこんな人材がいる、ということを知る機会になったと思っています。
ただ、今年はわれわれがお願いする形で6~7人程度に参加してもらっただけなので、これをきちんとした仕組みにしていきたいと考えています。
仕組みにするとなると、いろいろな意見があると思いますが、そういう意見も刺激になると思っています」(黒田さん)

国内では語学や異文化対応などの研修を実施

ここまではグループ全体、国内外の経営幹部を対象にした研修であるMGMCを紹介してきたが、下の階層における、国内の同社グループおよび商船三井本社の社員を対象にした、グローバル人材育成プログラムも紹介しよう。
前述のようにMGMCの前身は、30代半ばの年代層を対象にした研修だったが、これは若手向けの「経営スクール」として生まれ変わっている。35歳前後の国内グループの管理職層が主な対象で、次世代経営者の育成をねらいとし、経営リテラシーや手法を身につけると同時に、それを実践して所属部門の戦略課題に関する提言を行う。
「研修に対して、経営層が積極的に関与することはとても重要です。MGMCではすでに実践していますが、この経営スクールでも、各部門の役員ないし部長が必ずメンターとしてつき、意見やアドバイスを送っています。
また、ここでは同時に若手をサポーターとしてつけているのも特徴です。本人が孤独にならないように、上と下との両方から支援し、一緒に学んでいくというのが研修のあるべき姿ではないかというところから、こうした方式を採用しました」(小山さん)
ちなみに、同社のOne MOL人事マネジメントチームのOneは、それまで陸上(事務系)と海上(船員)とに分かれていた人事マネジメント担当を統一し、国内外のグループ全体に関与するという意味が込められている。現在では、たとえば、グループ全体の入社3年目社員から希望者を集めて、フェリーに乗船して横のつながりを深めるなど、本社が企画してグループ会社を巻き込む研修や、逆にグループ会社が研修主体となって本社が参加するといった交流も頻繁に行われている。
また、本社社員を対象にしたプログラム(図表4)もある。

図表4 同社のグローバル人材育成関連プログラム(2018年度)

同社のグローバル人材育成関連プログラム(2018年度)

入社1年目に英語を集中的に学ぶ「MOL BEST」はその一例だ。ちなみに同社の社員は何らかの形で海外勤務を経験する機会があり、TOEICスコア800点以上が求められる。
異文化対応を目的とした「海外赴任者マネジメントスキルアップ研修」も用意している。
「海外赴任があり得る状況になったときに受ける研修です。相手の立場に立って話をする、自分の価値観だけで物事を言わない、まず話を聞く等々、あたり前のことではありますが、異文化を受け入れるとはどういうことかを、英語で講義します」(小山さん)
このほかにも長期・短期での各種の海外研修を人事部が主催しており、それ以外にも各部門主体の実務研修なども行われている。

今後の目標であり課題は タレントマネジメント

今後のグローバル経営人材育成に関して、1つの目標であり課題といえるのが、グローバルでのタレントマネジメントである。
「社員の情報をデータ化し、定性的な情報を人事としてもっておきたい。また、何か困ったことがあったときに、人と人をつなげられるようなプラットフォームを構築したいと思っています。さらにいえば、権限移譲できると言い切れるような、信頼ができる人材プールをできるだけたくさんつくりたいと思っています。MGMCでもタレントマネジメントの構築を含めたプラットフォームの話が出ているので、受講者も加えて構築に向けた動きができることを期待しています」(黒田さん)
また、グローバル人材育成全般としては、とくに海外の比較的若い層の社員をどう定着させて育成していくかが課題だという。
「商船三井というのは、海運業界ではある程度ブランドネームがあるので、海外スタッフからすると、ある種、自動車学校的な存在になってしまっている面があります。つまり、ここで海運の基礎を学んで、別の会社に移っていくというケースが少なくないのです。商船三井が好きだからと残ってくれる人もいますが、優秀な人材だったのに、引き抜かれてしまうケースも多々あります。一生働いてほしいとまではいいませんが、じっくり働いてもらえる環境をつくりたいと思っています。そのためにMGMCの若手版をつくることも構想しています」(黒田さん)
この点では、冒頭で紹介したMOL CHARTのいっそうの浸透も課題といえる。現在もCHARTに関連するエピソードを集めて画像や動画などを公開する活動を行っている。
「ポイントになるのが、自分たちは何者であるかというアイデンティティですね。お金で比べたら他社の方が多いかもしれないけども、なぜ商船三井グループで働くかとなったときに、こういうものに共感してもらえれば、一緒に働いてもらえるようになると思っています」(小山さん)
タレントマネジメントなど、育った人材にいかに能力を発揮してもらうかに、課題はシフトしているといえるだろう。今後も同社では、グループ全体で、多様なグローバル人材を着実に育成していくことだろう。

(取材・文/中田 正則)


 

▼ 会社概要

社名 株式会社商船三井
本社 東京都港区
設立 1942年12月
資本金 654億0,035万円
売上高 24億3,700万円(2017年12月期)
従業員数 975人(連結1万0,832人、2018年3月31日現在)
事業内容 総合海運業
URL https://www.mol.co.jp/

人事部One MOL 人事マネジメントチーム サブチームリーダー 黒田賢太さん(左)
人事部One MOL 人事マネジメントチーム チームエキスパート 小山裕也さん(右)


 

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