事例 No.098 KDDI 特集 着実に進める次世代育成
(企業と人材 2017年6月号)

経営幹部育成

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

半年間業務から離して英語研修に専念させる「GIP」と
1年間役員につく「役員補佐制度」で次世代幹部を育成

ポイント

(1)2015年に、幹部候補向け英語研修「GIP(GlobalIntensiveProgram)」を導入。部長クラスを中心とする受講生を半年間業務から引き離し、英語漬けにして鍛え上げる。

(2)2011年からは、1年間役員について業務を間近で見ながら経営手法や経営の視野・視点を学ぶ「役員補佐制度」を実施。女性活躍推進の意味も含む。

(3)部長クラスを対象に、経営知識などを学ばせる新プログラムを開始。さまざまなルートで経営幹部候補を育て、経営を担える人材のプール化を進める。

KDDIフィロソフィを軸に人材育成を推進

2000年の発足以来、成長を続けるKDDI株式会社。「auスマートバリュー」、「auスマートパス」といったau会員向けサービスを拡充しているほか、「auWALLET」による決済事業も開始。さらには、物販、電気、保険、住宅ローンなどサービス領域を多角化し、“au経済圏”の拡大を図っている。
台頭する格安スマホ対策としては、子会社が展開する「UQmobile」が好調だ。そのほか、プロバイダー大手のビッグローブを完全子会社化するなど、さらなる成長に向けて、次つぎと手を打っている。
同社の人材育成について、総務・人事本部人財開発部副部長の千葉華久子さんは、「当社が人材育成に本気で力を入れはじめたのは、2016年度からです」と話す。2000年にDDI、KDD、IDOが合併して誕生した同社は、その後も多くの会社と合併を重ね、計16社が集まって1つの会社になった。そのため、それぞれの会社で独自の文化・風土があり、本社主導で統一的な人材育成を行いにくい面があったという。
しかし、経営戦略を実行していくのは人であり、そのための人材を長期的な視点で育成していく必要が高まっていた。そこで、2017年4月に人事部の一部の機能と社員力強化センターを統合して人財開発部とし、採用、育成、配置などを融合して、全社的な視点で次代を担う人材を育成していく体制を整えた。
同社の人材育成のベースとなるのは、2013年に改定した「KDDIフィロソフィ」である。これは、経営陣や本部長・部長クラスが侃々諤々の議論を重ねて、自社のアイデンティティを5章38項目にまとめたものだ。このフィロソフィと育成策をリンクさせ、人材の発掘・育成・登用を行っていく方針だ。
「以前から、採用ではこういう人材を求める、管理職にはこういう人材を登用するといった基準はありましたが、それぞれ微妙に違っていました。そこで、リーダーとして会社を率いていくときに重要な要素に重きを置いた、7項目のリーダーシップコンピテンシーも定めました。
コンピテンシーは、たとえば『お客様第一主義』、『リーダーシップ』など平易なものですが、フィロソフィと紐づけてつくっています。今後は、これをベースに人材育成を行っていきます」

半年間業務から離し英語力を鍛える「GIP」

こうして、2017年度から人材育成の第2ステージに入った同社。これまでも、階層別研修などを含めさまざまな育成策を実施してきた。次世代を担う経営幹部候補の育成策としては、特徴的な施策が2つある。
1つは、2015年に導入した幹部候補者向け英語研修「GIP(GlobalIntensiveProgram)」である(図表)。これは、各部門をけん引する部長クラスを、半年間、業務から引き離し、英語研修に専念させるという大胆なものだ。

図表 GIPの全体スケジュール

図表 GIPの全体スケジュール

「当社は、グローバル化が進んでいると思われがちですが、実際はまだドメスティックな会社です。今後の成長には、日系企業の海外進出のサポートに加え、現地のコンシューマーサービスを行っていく必要があり、その一環として、2014年にミャンマーの通信事業に参入しました。
通信事業は当社の要となる事業ですので、エキスパートは社内に大勢います。しかし、エキスパートで英語ができる人材はほとんどいませんでした。当初は通訳をつけて急場をしのいでいましたが、経営層から『業務内容だけでなく、英語ができる人材の育成が不可欠だ』との声が出てきたのです」
とくに、留学経験があり英語が堪能な田中孝司社長は、グローバルに打って出るうえで、社内のこのような状況に危機感をもっていたという。その考えを受けて、人事部では当初、従来からある若手・中堅層向けの「海外トレーニー制度」、「海外留学制度」の対象者を倍増する計画を立てた。しかし田中社長からは、「いま育てなければならないのは若手ではない。上からやらないとダメだ」という指示があり、できたのがGIPである。
「数年前に、管理職への登用にTOEIC要件を加えました。しかし、管理職昇格は30代半ば~40代半ばが多いので、いま各事業を引っ張っている本部長や部長は、それ以前に昇格してTOEICを受験していない人もいます。GIPは、そうした人材――優秀だがグローバルとは無縁だった社員に、英語という武器を短期間で身につけてもらうためのもので、『鬼に金棒プログラム』という人もいます。単なる語学研修ではなく、幹部育成プログラムの1つと位置づけています」
GIP対象者の人選は、各事業部門の管掌役員が行う。役職や年齢、成績などの要件は出しておらず、「次期本部長と思う人を選出してください」と伝えているそうだ。実態としては、部長クラス(副本部長~副部長)が中心で、年齢は40~50代前半である。
導入初年度の2015年は、各管掌役員が自部門から1人ずつ、計5人を選出した。翌年は倍の10人としたが、続けていくうちに人選が難しくなることが予想された。そこで、3年目の今年は無理に選出しなくてもよいとしており、結果的には5~6人となる予定である。
研修は、毎年10月に開始する。前半3カ月間は、フィリピンのマニラにある語学学校へ派遣し、マン・ツー・マンの個人レッスンを受講してもらう。

▲フィリピン・マニラでの英語研修

▲フィリピン・マニラでの英語研修

▲マニラで英語研修に臨むGIPの選抜者たち

▲マニラで英語研修に臨むGIPの選抜者たち

「他社と情報交換するなかで、フィリピンはコストも安くて質がよいと聞き、マニラにある日系の語学学校に決めました。受講者はキッチン付きの長期滞在者向けホテルに宿泊し、月~金曜日は終日、土曜日は半日、語学学校に通います。宿題も多いため、かなりハードな内容です。英語研修だけなら日本でもできなくはないのですが、海外で生活することでその地域の文化を知ることができ、そのような異文化体験も研修の1つととらえています」
事前にヒアリングした他社では、滞在期間を1~2カ月間とするところが多かった。同社は制度設計にあたって、どの程度の期間現地に送り込む必要があるか、生活をするうえで現地の様子はどうかといったことを確認するため、まずは当時の人事部長が1週間ほどマニラに行き、語学学校に通ってみたそうだ。その結果、本気で英語を学ぶには、数週間程度では全然足りないことがわかり、思い切って3カ月間滞在させることにしたという。
また人事部長からは、「仕事をしながらでは難しい」という意見も出たため、期間中は仕事用のパソコンを回収し、携帯電話への業務メールの転送も行わないこととした。つまり、それまでの業務から完全に引き離すということだ。
「仕事をやりながらだと、どうしても気になって集中できません。人事部長の体験などを聞いたうえで、徹底的にやったほうがよいと判断しました。GIPのIは“Intensive”で『徹底的な、集中的な』という意味です。受講者には、『この期間は、英語を学ぶことだけに集中してください』と伝えています」
しかし、事業部の主要メンバーがいきなり抜けると、業務に支障が出る。そこで、前年度中に選抜者を決定し、4月には本人に知らせて、10月のプログラムスタートまでに業務の引き継ぎを済ませてもらうようにしている。
3カ月間のフィリピン・マニラでの研修を終えたあとも、日本で研修は続く。日本に帰ってからも会社には出社せず、3カ月間国内の語学学校に通い、終日、英語のレッスンを受けるのだ。
フィリピンではマン・ツー・マンの授業だったが、日本では、数人単位のグループレッスンが中心となる。ここでは、プレゼンテーションやディスカッションの練習を繰り返し、ビジネスの現場で使える実践的な英語スキルを体得していく。
そして3月末に役員や上長の前で英語でプレゼンテーションを行い、全プログラムが終了となる。

研修を活かすためGIP、受講者の異動を促進

GIPの受講者は業務から完全に離れて参加しているため、仕事が忙しくなって途中で脱落するといったことはない。
初年度は「TOEIC800点」を合格ラインに設定しており、開始時に300~400点台だった受講者が、全員、目標をクリアしたという。しかし、TOEICは通常、リスニングとリーディングを測る試験。GIPで本当に身につけてほしいのは交渉などビジネスの現場で使えて活かせる英語力のため、2年目からはTOEICの基準を外した。
現在は、外国語コミュニケーション能力の国際規格「CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)」で、海外派遣者に求められる「B2」レベルを目標に設定している。達成しなくても不合格とはならないが、成長度を人事考課に反映している。
ちなみに、GIPに選抜された社員は、社内に公表しているそうだ。「それまで活躍していた人がいきなり各部門の本部付になり、6カ月間業務から離れて連絡も取れなくなるため、場合によっては現場が混乱したり、変に勘ぐられたりすることもあるかもしれません。そうならないよう、初年度はイントラネットの人事情報ページで、プログラムの趣旨の説明とともに選抜者を公表しました」
なお、同社は管理職層に対して、担っている役割の大きさに応じて格付ける「ミッショングレード制」を導入している。GIPの受講者は研修期間中はラインを外れて本部付になるが、その間もグレードは維持するといった配慮もしているという。
受講者は研修終了後、なるべく英語力を活かせるポジションに就ける方針だ。実際に、1期生の1人はKDDIアメリカのCFOに、また2期生のうち2人は東南アジアの子会社に赴任している。そのほかの受講生も、国内の英語が活かせる別の部署に異動したり、元の所属部署で部長から副本部長に昇進したりしている。
「GIPで身につけた英語力を直接的に活かすには、海外赴任をしてもらうのがいちばんです。しかし、このクラスの人材の配置については、さまざまな観点で検討する必要があり、全員を海外に派遣することは難しいのが現状です。ただ、学んだことが実務に活かせると本人のモチベーションも高まるので、もう少し配置や異動と連動させたいと考えています。
GIPに選ばれたということは、次世代経営人材として、いわば『背番号を与えられた』ということでもあります。その背番号は縫い付けられたものではなく、ペタッと貼られた程度のものですが、会社から期待されていることは間違いありません。大変な研修で、慣れない海外生活に苦労する人も多くいます。それでも受講者は、『新たな武器を身につけるいい機会になった』と、ポジティブに受け止めてくれています」
ちなみに、フィリピン滞在中の人事部とのやり取りはメールか電話となる。ただし初年度は、生活環境などを確認するため、人事部が陣中見舞いに行ったそうだ。
大変な研修を乗り越えた受講者は、英語力が向上するだけでなく、一回り大きく成長する。
「受講者はふだん、自分で手足を動かすというよりは、司令塔として部下に仕事を回すことが多い人たちです。それがGIPでは、久しぶりにシャカリキにがんばる経験をするので、人としてさらに幅が出ます。
6カ月間、現場からキーパーソンを外して業務が回るのかという不安もありましたが、キーパーソンがいない間に次の人材が育つという副次的効果も出てきています。どこの会社も優秀な人材を囲い込む傾向があると思いますが、人を動かすことで次のチャンスが生まれます」
なお、ここで紹介したGIPのほかにも、部長の下のグループリーダークラスを中心とした「GIPJunior」コースもある。こちらは担当業務からは離さず、就業後や休日に国内の語学学校で学び、海外出張ができるレベルの英語力を修得させるというものだ。

役員と1年間行動を共にする「役員補佐制度」

もう1つの経営幹部育成策としては、2011年に導入した「役員補佐制度」がある。
役員補佐とは、それまでの仕事から離れ、役員の“見習い”のような形で、1年間(初年度は1年半)、役員と行動を共にするというものだ。「役員候補の育成には、役員自身からマン・ツー・マンで学ぶのがいちばん」という田中社長の考えから導入された。海外出張時や来客時は別だが、役員の出席する会議には原則すべて同席し、役員がどう考えて判断したのかを間近で見て、目線を上げることを目的としている。
対象は管理職で、部長クラスの社員が中心となる「上席役員補佐」と、グループリーダーやマネジャークラスの社員が中心となる「役員補佐」の2階層からなる。社長、副社長、専務の5人に上級役員補佐と役員補佐が1人ずつ(社長には上席役員補佐2人)つく。
補佐役は、スケジュール管理などを行う秘書とチームになって業務を行いながら、経営手法や経営層としての視野・視点を養っていく。主な業務は、役員の出席する会議に向けて情報収集したり、会議などで決まったことを本部長、部長に展開したりといった、情報の前さばき・後さばきが中心となる。
育成方法は各役員に任されており、それぞれ役員のカラーが出るそうだ。期間中には、「出げいこ」と呼ばれるインターン制度も行う。これは、自分がついている役員とは別の役員に1週間つき、ほかの視点ややり方を学ぶというものだ。
だれをどの役員の補佐に任命するかは、GIPと同様、役員本人が決める。女性活躍を推進していくためにも、上級役員補佐と役員補佐のどちらかは女性にすることとしているそうだ。女性は1つの事業部門のなかだけでキャリアを積んできた人が多いため、1~2期生については、あえて違う部門から任命していたが、現在は役員の管掌部門から選んでいるという。
千葉さんも初年度に、コーポレート統括副社長の役員補佐を経験した。
「何の知識もなかったので“お荷物”だったと思いますが、『会社はこのように動いているのか』といったことを知る機会となり、勉強になりました。当時、私が担当役員に言われたのは、『人を知りなさい』ということです。本社の部長クラス300人弱のなかで、いつでも相談に行ける人を増やすようにと言われました。
役員と一緒に行動することで本部長・部長クラスの人と接する機会も多くなり、社内のキーパーソンを知ることができました。そのネットワークはいまの財産になっています。役員補佐制度は結果を求められるというより、ここで学んだことを活かして、次で結果を出しなさいというメッセージだと思っています」
上級役員補佐・役員補佐の経験者は、現在、ライン長などとなり各部署で活躍している。卒業生54人のなかで役員に登用された人は6人。女性では、部長が3人、副部長が4人おり、千葉さんもその1人である。桃太郎・金太郎・浦島太郎の「三太郎」が登場するauのCMを手掛ける宣伝部長も、社長付補佐を務めた1期生である。

選抜者の人選・公表と異動との連携が課題

GIPと役員補佐制度は、今後も継続していく予定だ。課題は、人事として対象者の人選にどのようにかかわっていくかだという。
「GIPも役員補佐も、最終的にだれにするか決めるのは管掌役員です。そのなかで人事は、埋もれている原石を発掘し、候補者としてリコメンドできるようにならないといけないと考えています。
そのため、2017年度からはタレントマネジメントシステムを導入する予定です。7項目のリーダーシップコンピテンシーを定めたのもそのためですし、部長クラスに360度評価を導入することも検討しています」
次世代の経営幹部候補人材のパイプライン化を進めるため、今年度から新しい経営幹部育成プログラムも開始する。
対象は部長クラスで、経営を担うためのマインドセットや、マーケティング、ファイナンスといった経営の基本知識を修得させたり、経営経験者の講話やリベラルアーツを学ぶ時間も設けるなど、経営に必要なリーダーシップを鍛えていく予定だ。研修の最後には、現経営陣に対して、自社の経営課題の解決策の提言も行う。初年度は、受講生10人でスタートする予定である。
選抜研修の課題としては、選ばれなかった人のモチベーションの維持がある。選抜者を公表するかどうかは各社各様だが、意図しない形で社内に広まることのないよう、十分な配慮が必要だ。今後も、どこまでオープンにするか、選ばれなかった人をどうフォローしていくかなどを検討していきたいという。

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「いまのボードメンバーは全員年齢が近く、数年後には一気に世代交代がくると予想されます。経営としては、次の世代の経営層をどう育成するかが課題ですが、人事としては次々世代を視野に入れており、ようやく他社と同じようなプログラムを導入したところです。これまではそのときどきの必要性に応じてパッチワークのように教育を行っていましたが、今後は人事制度とも連動させ、体系的に育成していきます。
GIPや役員補佐、新プログラムを経験したからといって、役員への登用が約束されるわけではありません。いずれも、経営人材候補をプールするルートの1つです。これらのプログラムで人材をプールし、そのなかから次の次のボードメンバーをどう選んでいくか。また、研修プログラムに参加させるだけでなく、異動とどう絡めていくかが今後の課題です」
次世代、そして次々世代の育成に本格的に取り組みはじめたKDDI。今後の事業の展開とあわせて、人材の成長も楽しみである。

(取材・文/崎原誠)


 

▼ 会社概要

社名 KDDI株式会社
本社 東京都千代田区
創業 1984年6月
資本金 1,418億5,200万円
売上高 4兆4,661億3,500万円 (連結 2016年3月31日現在)
従業員数 3万1,834人(連結 2016年3月31日現在)
平均年齢 42.0歳(2016年3月31日現在)
平均勤続年数 17.3年(2016年3月31日現在)
事業案内 電気通信事業
URL http://www.kddi.com/

総務・人事本部
人財開発部 副部長
千葉華久子さん


 

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