事例 No.215 キヤノン 事例レポート(人材開発部門) (企業と人材 2020年2月号)

人材開発部門

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

「社員が教える」ことが当たり前の風土をつくる
社内講師養成の仕組み

ポイント

(1)人事主管の研修の8割を内製し、社内講師で実施。その利点は、(1)講師が業務のなかで得た知見を交え、実践的な研修ができる、(2)研修の実施回数を柔軟に設定できる、(3)研修実施後も講師と受講生との関係性を築ける。

(2)年1回、全社に講師募集を告知し、エントリーした人が講師養成プログラムを受講。「伝え方」研修と「コンテンツ」研修を切り分け、両方で一定水準に達したとマスター講師が認定すると講師デビューできる仕組み。

(3)部門内で講師を表彰してもらう「感謝状」、研修所壁面への講師写真貼り出し、ウェブ図書館の利用、講師スキルの研鑽会など、講師の支援策も用意し、研修レベルの維持・向上をめざす。

組織に根づく創業以来の「三自の精神」

キヤノン株式会社は、高級35ミリカメラといえば、ドイツ製のライカやコンタックスだった1930年代に、それらと肩を並べる国産カメラの開発を志して設立された。そのベンチャースピリットは、その後も一眼レフカメラ、複写機、インクジェットプリンターなどの分野で、同社の製品群に実を結んできた。
現在、同社は、複合機などのオフィス事業、デジタルカメラなどのイメージングシステム事業に加えて、MRI装置などを扱うメディカルシステム事業、有機ELディスプレイ製造装置などの産業機器その他事業の4分野で事業を展開する。
また、売上げの約8割を海外が占めるグローバル企業でもある。
同社は、企業理念に「共生」を掲げており、そのための行動指針として、「三自の精神」がある。・自発(何事にも自ら進んで積極的に行う)・自治(自分自身を管理する)・自覚(自分が置かれている立場・役割・状況をよく認識する)これらは創業当初から受け継がれてきた言葉であり、企業DNAと呼べるものだ。その精神は、同社の人材開発の取り組みにもよく表れている。
同社人事本部人材・組織開発センター主席の小笹剛さんは、次のようにいう。
「キヤノンでは、昔から研修といえば、社内講師が教えるものという文化が根づいています。現在も、人事本部が主管する研修の大半を内製しており、デリバリーも社内講師が担当しています」
人事部門の社員だけではなく、事業部門の社員が自ら社内講師募集に手をあげ、本業の傍ら、登壇する。それが当たり前のこととして、全社的に共有されているのだという。ここでは、そうした社内体制を長期にわたって維持・発展させてきた同社の取り組みを紹介したい。

内製化で社員の学ぶ機会を増やす

最初に、同社の人材開発の歴史について触れておきたい。自社独自に研修を開発・実施する文化がどのように醸成されてきたのか、その一端を知ることができる。
前述のとおり、そもそも同社は、国産初のカメラ開発をめざして誕生した会社であった。未知なる領域への挑戦からスタートしただけに、創業当初の1930〜40年代はOJT教育が中心だったという。1950年代以降、独自の技術に関する検定と研修の整備が進み、教育訓練を体系化。1970年代にはキヤノン研修センターが設立され、自社オリジナル研修の開発が進められていく。
1980年代になると、事業の多角化、グローバル化に伴い、研修コースの専門化・多様化が進んだ。そして、1990年代は、教育研修制度が整備されるとともに、組織・風土開発にも力を入れるようになっていく。さらに、2002年の人事制度革新を機に、ラインマネジャーへのコーチング研修や経営幹部育成プログラムの導入など、教育研修も見直しが行われていった。
「現在は、毎年、『人材開発・組織開発の手引き』を作成し、内容を随時更新しながら、さまざまな施策を進めています。とくに近年は、組織軸での取り組みも強化しているところです」
人材・組織開発センターのミッションとしても、「実力終身雇用を基盤に、個人の持続的“変身”と組織課題解決“変革”を支援、永久革新を推進するとともに会社と従業員のWin-Winの関係を構築する」と掲げられ、個人と組織の両輪で取り組んでいくことをめざしている。
2010年以降は、学びと職場コミュニケーションを重視した働き方改革を推進してきた。人材育成面では、そこからさらに一歩進んで、「学び方改革」に取り組んでいるという。一例として小笹さんがあげたのは、人事部門の社員が講師となって、終業後に自己啓発プログラムを提供する取り組みだ。
たとえば、通常は1日研修・7.5時間で提供しているプログラムを、終業後に毎週約2時間ずつ4回に分割して、社内勉強会として提供する。選抜型研修のような内容のプログラムであっても、原則、受講要件を満たせば、だれでも受講できるようにしているという。同社は7〜9月にワーク・ライフ・バランス推進期間を実施しており、終業時間が16時15分(事業所により時間は異なる)となる。そこから勉強会に参加しても19時前には終わるため、その時期に開催することも多いそうだ。
ほかにも、通常4時間のプログラムを2時間の短縮バージョンで開催するなど、希望者が参加しやすいような形で、学びの機会を増やしている。このような取り組みも、研修内製と社内講師の基盤があってこそ、できることだろう。同社の研修体系は、大きく「個人支援」と「組織支援」という2つの軸で整備されている(図表1)。これらは人事本部が主管するもので、このほかに各部門が独自に行う研修もある。

図表1 キヤノンの研修体系の全体概要

キヤノンの研修体系の全体概要

個人支援のそれぞれのカテゴリーを見ると、階層別研修は各階層に必要とされる役割を学ぶもので、対象者は全員必修となる。この一般社員向け研修については、ほぼすべて内製しているという。
次は、近年拡充しているビジネススキルの研修群だ。狭義のビジネススキルだけでなく、ヒューマンスキルやコンセプチュアルスキルの研修にも力を入れている。語学やコンプライアンスの研修もこのカテゴリーに含まれる。これらについても、ほとんどを内製化しているという。
3つ目は、技術・技能の研修である。社員の8割が技術者ということもあり、機械系、電機系、光学系、ソフトウェア系など、分野別・習熟度別に研修を提供するほか、生産技術の研修や「自分たちで工具を開発する」といった生産革新に関する研修も行っている。技術・技能の研修については、一部、社外の専門家に研修講師を依頼しているそうだ。
一方、組織支援のほうでは、CKI(CanonKnowledge-intensivesstaffInnovation)活動がよく知られている。社内コンサルタントが各部門・部署に入り込み、1年間かけて、その組織の課題解決を支援するというもの。専門の部署が設置され、多くは管理職経験者のコンサルタントが在籍しているという。
このほか、管理職に対する支援やチームワーク、企業DNAの継承に関する取り組みも行われている。本稿のテーマである社内講師養成プログラムも、この組織支援のなかに位置づけられている。
「外部に頼んでいるのは全体の2割程度で、ソフトウェアなどトレンドの移り変わりが早い分野の知識を学ぶ研修のほか、管理職研修や新規でイチから研修を企画する場合に、専門の教育会社の力を借りることもあります」
研修を内製化し、社内講師で実施する利点として、小笹さんは次の3つをあげる。
第1には、社内事例を共有できること。一般的な知識やスキルだけではなく、実際の業務のなかで経験し、蓄積してきた社内の知見を直接教えてもらえることは大きいという。
第2に、研修の実施回数を柔軟に設定できること。外部の研修会社に依頼すれば、コストやスケジュールの関係で年数回しかできないものでも、社内講師であれば、研修の回数を増やすことができる。対象者を広げることもできるし、前述したような社内勉強会を別途、開催することも可能だ。
そして第3に、研修実施後も、講師と受講生との関係性を築けることだ。受講生にとって社内講師は、その後もアドバイスを求めることができるメンターともなり、継続的に受講生をフォローアップできる。

マスター講師が講師養成の責任者

では、同社の社内講師育成の仕組みについて、詳しくみていこう。社内講師になるのは、人事部門の社員だけではない。社内で広く候補者を募り、必要な研修を受けて、基準を満たした人が講師として認定される仕組みだ。
講師となる社員は、現在のところ、部門の偏りもなく全社から集まっている。そのため所属部門や職種はさまざまで、ふだんは各部署に散らばっている。階層的には、課長代理、課長、部長クラス、年齢的には35〜55歳が中心だ。講師養成のキーマンとなるのは、すべての研修に1人ずつ置かれる「マスター講師」である。マスター講師は、研修の内容や品質に責任をもつと同時に、社内講師育成の責任者ともなっている。また、マスター講師をサポートする役割として、「事務局」も、研修ごとに置かれている。どちらも、担当するのは人事部門の社員だ。マスター講師は、1人が複数の研修のマスター講師を兼務することもある。また、ある研修のマスター講師が、別の研修の事務局を務めることもある。
さて、人事部門で年間の研修スケジュールが決まると、各事業部門長に講師協力の要請がなされる。そこで選ばれた人が、社内講師養成の研修を受講するという流れになる。
「研修によって、経験やポジションを問われるものと問われないものとがあります。たとえば階層別研修では、対象層よりも上の階層であるほうが、経験を伝えるにはよいでしょうが、あまりに離れすぎると受講生が実感をもてない。対象者よりも少し上くらいのポジションの社員に務めてもらうのが望ましいといえます。
それに対して、プレゼンテーションやファシリテーションの研修では、若くてもスキルの高い社員がいますし、受講生の納得感を得られれば、講師の年齢や役職は関係ありません。最終的にはマスター講師の判断に委ねています」

デリバリー研修で講師の基礎づくり

社内講師にエントリーした人は、講師養成プログラムを受ける。その概要は図表2のとおりだ。まずは、eラーニングで基礎ID(インストラクショナルデザイン)編を学ぶ(研修(1))。
講師を務めるにあたって、自分の研修で何を学ばせるのか、どうゴールを設定して、そのためにどのようなプログラムをデザインするのかなど、前提知識として研修企画の基本を身につけるものだ。

図表2 社内講師養成の仕組みの全体像

社内講師養成の仕組みの全体像

そのうえで、基礎デリバリー研修と専門研修(研修(2))を受講する。同社では、講師養成の考え方として、「効果的に教えるためのスキル(伝え方)と、「教える内容に関する知識(コンテンツ)」とを切り分けて、2つの研修にして教えている。(図表3)。基礎デリバリー研修は伝え方を専門研修はコンテンツを教えるものだ。

図表3 講師に必要な2つのスキル

講師に必要な2つのスキル

図表4 基礎デリバリー研修のプログラム(通常期)

基礎デリバリー研修のプログラム(通常期)

基礎デリバリー研修の具体的な内容は、図表4にあるとおりだ。人事部門の担当者が講師を務める。レクチャーの後、4、5人ずつのグループに分かれて模擬インストラクションを行い、そのインストラクションのビデオを見ながら、講師にフィードバックをもらい、振り返りを行う。これを繰り返しながら、立ち位置、目線の送り方、声かけの仕方など、講師としての立ち居振る舞いを学ぶ。
一方、専門研修は各研修のマスター講師が担当するが、必ず事務局がオブザーブして、受講者の理解度や適性をみるという。そして、2つの研修を受講したあとにテストが行われ、マスター講師が、事務局とも協議しながら合否を判定する。
「ビジネススキル分野の研修については、一般的な社外の基準も参考にしながら、分野ごとにここまでできれば合格という明確な基準を設けています。必要であれば、もう少し伝え方の練習をしてもらったり、専門研修をもう一度受けてもらうなどしたうえで、マスター講師が『講師として登壇できる』と認めれば、講師デビューできる形になっています」
晴れて講師として認定された社員には、人事部門から合格証、もしくは認定証が授与される。通常は合格証がわたされるが、経験値の高さが影響する階層別研修や、スキルを磨くというよりは知識を伝えるような一部の研修に関しては、認定証を授与しているそうだ。
講師デビュー後も、デリバリーの実践チェックを行う研修やIDについて理解を深める研修が用意されており(研修(3)以降)、講師としてのスキルを磨いていくことができる仕組みになっている。
また、講師陣が定期的に集まって、研修内容をレビューする機会も設けられている。どの研修も、少なくとも年に1回はレビューを行うという。内容を大きく変更した研修については、半年に1回くらいの頻度でレビューを行い、内容を検証している。そうやってPDCAを回していくことで、内容のブラッシュアップを図っているのである。

社内講師が目標になる 長期に続ける工夫

同社では、社内講師を支援する取り組みにも力を入れている。「感謝状」もその1つだ。本人に直接渡すのではなく、職場の上司に送付して、部門の全体会などの場で表彰してもらうよう依頼している。皆の前で表彰することによって、本人の意識をさらに喚起することをねらっている。
現在、同社には約400人ほどの社内講師がおり、「だいたい、どの職場にも数人は社内講師がいる」状態だという。感謝状は、若手社員や異動してきたばかりの社員にとって、だれが社内講師をしているのかを知る機会にもなる。それは、将来の社内講師を増やすための取り組みにもなっている。
また、研修所の壁には、社内講師全員の顔写真と名前を掲示しているそうだ。研修を受けに来ると、だれがどんな分野の講師として活躍しているのか、一目でわかるようになっている。こうした取り組みが、社内講師という役割を身近な存在にしている。
講師本人へのサポートとしては、人材開発に関するまとめサイトを閲覧できたり、人材開発に関する1,000冊以上の蔵書を利用できるようになる。比較的新しい本も含めて、自由に借りることができるので、スキルアップを図りたい人は積極的に利用しているようだ。なかには、自ら勉強して守備範囲を広げ、複数の分野を掛け持ちしている人も多いという。
現在の課題としては、研修の質をいかに維持向上させていくかだ。個々のモチベーションが高くても、外部の教育会社とは異なり、社内講師の本業は研修ではない。人材育成に関して、常に新しい知識や情報を取り入れていくのにも限界がある。社内講師の登録更新も、現状ではとくに行っておらず、研修を大きく見直したときに講師養成プログラムを受け直してもらうケースがある程度だ。業務の忙しさも人によって異なるため、いかにレベルを保っていくのかが重要になる。
そのため、社内講師に対するスキルアップ研修も開催している。少なくとも年に1回は、外部の専門家に依頼して、講師としての研鑽を図る場を提供している。直接参加のほか、WEB会議システムも活用し、60〜80人が参加するという。
もちろん、日々の業務をこなしながら社内講師をしていくことは決して楽ではないだろう。
「社内講師になったからといって、直接的に人事評価に反映されるわけではありません。それでも、忙しい業務の合間をぬって社内講師をめざす人が途切れることはないですね。どうしても社内講師をやってみたいと、2年近くかけてデビューした社員もいました。やはり、社員が社員に教える/教わるというのは、大きなことだと思います。現場で起こっていることを語ってもらえる。何かあればすぐに相談に行ける。こういう人になりたいという目標が身近にできるので、それが学ぶ風土にもつながっていると思います」
社内講師になることが自分自身のスキルアップにつながるという意識は、多くの社員に共有されているという。たとえば、コーチングやファシリテーションなどのスキルはマネジャーとしても求められるものだけに、管理職に上がったタイミングで、自らの勉強も兼ねて社内講師をめざす人が少なくない。
また、職場の上司を含め、事業部門として講師養成に積極的であるのも、自組織に研修講師がいることのメリットをよくわかっているからこそだろう。人事部門が提供する全社向け研修では、時期や人数が限られてしまうが、部門内に講師がいれば、部門内の研修として柔軟に実施することができる。「部内の若手全員にコーチング研修を受けさせたい」といったことも実現しやすい。
実際、同社の講師養成プログラムでは、人事部門が募集をかけて実施するものとは別に、ある事業部門から「今期は、部内でこのテーマで研修を実施したいので、この3名を講師に養成してほしい」といった要請を受けて実施することもあるそうだ。
そして、長年、事業部門で仕事をしながら社内講師をしてきた社員が、マスター講師の代替わりのタイミングで人事部門に移り、新たにマスター講師として活動するといった連携も行われているという。
このように、さまざまな補完システムを機能させながら、全社的に人を育てる仕組みを維持・継続させている同社。今後、学び合う風土がどのように発展していくのか、注目したい。

(取材・文/瀬戸友子)


 

▼ 会社概要

社名 キヤノン株式会社
本社 東京都大田区
設立 1937年8月
資本金 1,747億6,200万円
売上高 1兆8,227億8,200万円(2018年12月期)
従業員数 2万5,891人(2018年12月31日現在)
平均年齢 43.8歳
平均勤続年数 19.2年
事業内容 オフィス向け複合機等のオフィス事業、デジタルカメラ等のイメージングシステム事業、メディカルシステム、産業機器その他の製造・販売
URL https://global.canon/

人事本部 人材・組織開発センター
主席 小笹 剛さん


 

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