事例 No.229 三菱ケミカル 特集 コロナ禍での新入社員教育
(企業と人材 2020年9月号)

新入社員教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

自社グループの技術とITを組み合わせたサービスを
提案するオンライン研修で、デジタル時代に必要な
発想力を身につける

ポイント

(1)ペーパーレス化のため、もともとタブレット端末を使った研修を予定していたが、新型コロナウイルスの影響で、新入社員研修プログラム自体をオンラインに移行。すべて、ZoomやSkypeなどを使って実施した。

(2)4月に予定していたデジタル基礎研修は、延期して7月に実施。同社グループの技術とITを組み合わせて、世の中の役に立つサービスを企画し、発表する。

(3)今後は、インプット系のマネジメント研修やスキル研修などについても、オンラインに移行していく予定。一方、新入社員同士が対面する機会がないため、同期のつながりをどのように醸成していくか、フォロー策を考えていく。

「KAITEKI実現」を掲げ社会や地球の心地よさを追求

三菱ケミカル株式会社は、国内最大の総合化学メーカーであり、さまざまな産業を支える素材やテレビやスマホのディスプレイ、自動車の部材、電池などの機能部材を中心に製造、販売している。
三菱ケミカルホールディングスの事業会社として、グループ全体の売り上げ3兆5,800億円のうち2兆3,400億円を占める中核企業である。
設立は2017年。三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨンの3社が統合して発足した。これにより、それまで各社で行っていた採用や教育も一本化している。

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グループビジョンは、「KAITEKI実現」。「KAITEKI」とは人、社会、そして地球の心地よさがずっと続いていくこと。その実現にグループの力を注いでいく。たとえば、土壌で自然に分解されるプラスチックの開発などがそれだ。
「KAITEKI実現」の対象には、社員も含まれる。健康支援と働き方改革を両輪に、従業員の活躍を最大化する「KAITEKI健康経営」を推進中だ。
2019年6月には、「三菱ケミカルは決めました」というスローガンのもと30の宣言を行った(図表1)。

図表1 「三菱ケミカルは決めました」概念図

図表1 「三菱ケミカルは決めました」概念図

宣言は「ハラスメントゼロ職場を実現します」、「サービス残業を許しません」、「男性の育児休暇または時短取得率100%をめざします」などである。
宣言したことは必ず実現するというグループの強い意志を示している。

コロナの影響で、急遽入社式をウェブ配信

さて、同社は新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け、2020年の新入社員教育の内容を大幅に変更した。どのような対応をしたのか、詳しくみていこう(図表2)。

図表2 2020年度の新入社員教育プログラム

図表2 2020年度の新入社員教育プログラム

当初の予定では、新入社員は4月1日に本社での入社式に臨み、その後、約10日間の集合研修が予定されていた(コンプライアンス、安全、社内規則、ビジネススキル等)。そして、配属場所や現場実習を経て全国の配属先に散っていくという予定になっていた。
「三交替実習」というものも予定されていた。これは技術系・事務系問わず、すべての新入社員が、製造業の根幹にあたる製造現場で三交替勤務を経験するというもので、1カ月間にわたって実施することになっていた。
さらに技術系の社員については、安全にかかわる体験学習や専門性の高い研修も集合形式で予定されていた。
こういった予定が、コロナの影響ですべて変更になってしまった。
まず、毎年4月1日に東京の本社ビルで行う入社式は、オンラインで実施することとなった。まだ緊急事態宣言が出る前であったが、大勢の社員の集合は感染リスクが高まると判断し、実施直前で集合研修中止の決断をした。
そして、引越しや帰省、卒業旅行中など一人ひとりの所在を確認しながら、同社手配のタブレット端末や体温計、必要書類などを送り、4月1日の社長祝辞メッセージの生配信など、オンライン入社式の開催にこぎつけた。
「かなりの力技でした」と振り返るのは、同社人事部キャリアデザイン・組織開発室人材育成チーム、チームリーダーの三橋素子さん。3月30日に出社して、タブレット端末と必要書類を配送手配し、オンライン配信の準備も済ませたのだという。新入社員は200人以上いるため、かなり大変な作業だったのは想像に難くない。
じつはタブレット端末については、研修のペーパーレス化のため、昨年の段階で導入を決めていたことから、数は揃っていた。しかし、あくまで集合研修での使用を考えてのことで、今回のようにオンラインでの使用は想定外だ。配信のためのシステムを準備するのはもちろん、タブレット端末の細かな設定を変更するなど、大変な作業だったという。
「新入社員の宿泊用に確保したホテルのご厚意で宴会場をお借りしていたので、そこで約200台のタブレット端末を箱詰めし、新入社員ら一人ひとりに発送しました。集荷時間の締め切りまであまり余裕がなく、本当にギリギリでしたね」

社内講義やビジネスマナー研修もオンラインで実施

入社式後の集合研修も、すべてオンラインで実施した。
まず、社内講義では、人事担当者による人事制度や就業規則の説明、経営戦略担当者による健康経営やコンプライアンスについての説明などを実施。
次に、ビジネスマナー研修を実施した。新入社員を約40人ずつ5クラスに分けて、テレビ会議アプリのZoomを使い、お辞儀の角度などを確認しながら行ったという。
また、新入社員一人ひとりのタブレット端末に課題を配信するeラーニングも急遽手配し、ビジネスマナー習得のための教材として活用した。
「研修プログラムを短期間で組み替えるのは、とても大変でしたが、研修会社の担当者の方にも柔軟に対応していただき、大変ありがたかったです。システム対応などはセキュリティの問題もあり想定外に苦労しました。ただし、新入社員はさすがにデジタルに慣れていて、eラーニングが早く終わってしまったがどうしたらいいか、続きを配信してほしい、など前向きに取り組んでくれる人が多かったです」
全体オンライン研修後は、配属場所ごとにさまざまな研修が行われる。こちらも全国の緊急事態宣言後はeラーニングが中心となり、配属先の上司や先輩社員とSkypeでコミュニケーションを取りながら進めるなど、手探りの状態だった。配属場所によっては1日だけ出社するといったこともあったが、基本的にリモートで研修は進んだ。
新人以外の社員も、非常事態宣言後は、一部の製造現場以外は原則テレワーク勤務となった。モバイルツールが広まっていない部署もあったが、これを期に一気に配布が進み、テレワーク化されたという。

デジタル時代に必要な発想力を身につける

本来であれば、4月に実施予定であったデジタル基礎研修は、7月以降に延期した(図表3)。

図表3 デジタル基礎研修の実際のスケジュール(予定)

図表3 デジタル基礎研修の実際のスケジュール(予定)

この研修は、デジタル(IT)を使った問題解決方法を学び、ITを活用して業務上の問題を解決に導ける人材を計画的に育成していこうというものだ。今後、若手社員を対象とした研修のメインコンテンツの1つにしていく予定という。
「委託先のパートナー会社は、もともとは中学生・高校生向けに、自分が録画した映像の編集やアプリの作成を学べるプログラムを提供している会社ですが、その会社の協力を得てプログラムをアレンジし、当社グループの技術とITを組み合わせて世の中に貢献できるサービスの企画立案をするという研修内容にしたのです。
あらゆる部署がデジタル技術を取り入れて課題解決を図る時代になってきました。そうしたなか、必要となる発想力を身につけてほしいと考えています」
では、プログラムの全体的な流れをみていこう。
まず、7月下旬に全員必須参加のキックオフ研修を実施し、オンラインで新入社員同士がつながった。
その後、1カ月ほどグループワークを実施。6人程度の各グループメンバーで、課題に対する討議や作業分担についての話し合いを、Skypeによる会議、もしくはメールで行う。
そして、9月上旬には、中間フィードバックを行う予定だ。Zoomによるオンライン会議で、企画の方向性、プレゼンの仕方など、さまざまなフィードバックを受けるという。
その内容をもとに、グループ内で課題や改善点を相談したうえで、本番でのプレゼンに向けて企画を仕上げていく。
本番は10月に予定しており、参加が必須である。Zoomを使ってグループごとにプレゼンを行い、その内容や取り組みのプロセスを競い合う。高い評価を受けると、関連部署にアイデアとして採用されるかもしれない、などモチベーションアップと実益の両方をねらっている。

これからの研修のあり方をプラスにとらえていく

デジタル基礎研修のほかにも、秋以降に延期した集合研修を実施する予定だ。しかし、再び感染が拡大している。そのため、全員が集まるのは難しいと判断して、多くの研修をオンライン化し、新たな企画も検討中とのことだ。
三交替実習についても、これまでと同様に実施できるかどうか、現状で判断するのは難しく、今後、新しい形での実習企画が求められているという。
このように、変更を余儀なくされた、あるいは現在進行形で変更を余儀なくされている同社の新入社員教育だが、新型コロナウィルスの感染拡大が、見方によってはプラスに働いている点もあるという。
本来であれば、新入社員研修は10日程度、三交替実習を挟んで新入社員は全国の配属先へ散っていく。そのため、集合研修で課題について考える内容のものは、どうしても駆け足にならざるを得なかった。
しかし、いつでも、どこでも学べるオンライン研修だと、1つの課題についてじっくりと向き合うことができる。その分、一人ひとりにあった方法、ペースで学ぶことで、身につけるものに厚みが出てくるのではないかと三橋さんは期待する。
「じつは、課題について深く考える研修以外の、いわばインプット系のマネジメント研修やスキル研修についても、オンラインに切り替えていこうという話が昨年から出ていました。コロナの影響で大変な思いをする一方で、否応なく進めることになりそうです」
たとえば、集合研修の場合、交替勤務で昼間の研修に出られない、育児短時間勤務で終業時間までの研修には出られないといったことが実際に起きている。それがオンラインだといつでも学べるし、プログラムを短時間に刻んで提供すれば、ワークライフバランスをくずさずに学ぶことも可能だ。
同社では、マネジメント系やスキル系だけではなく、階層別研修についてもオンライン化を進めたいと考えていた。その矢先に、新型コロナウィルスの感染拡大だった。そのため、予定を前倒して進めることができているのだという。
「これをチャンスと前向きにとらえて、取り組みを進めています。研修オンライン化に関して、大きく一歩踏み出すきっかけとなったことはたしかです」
とはいえ、急遽対応しなくてはならないことが多く、苦労が多いこともたしかだ。その際、役に立っているのが、日ごろから交流を重ねてきた他社の人事担当者の存在だったという。
「数社の人事担当者と情報交換をしています。社内研修ではどんな工夫をしているのか、効果的な施策などはないか、いろいろと話しています。今年の研修では、急遽対応しなくてはならないことが多かったのですが、お付き合いのあった研修会社から異業種情報交換会にお声掛けいただいたりして、タイムリーな情報収拾ができたので、大変助かりました」
他社の人事担当者との交流はさまざまな方法で行っているという。業界の人事交流会といったものから個人的な勉強会などだ。その他、セミナー会場などで知り合った人との情報交換も心掛けている。他社の人事担当者を紹介してもらったり、紹介したりすることもあるという。

同期とのつながりをどのように醸成するか

前述のように、今年の新入社員研修は入社式も含め、すべてオンラインで行ってきた。延期した研修についても、オンラインで行う予定だ。また、昨年10月の内定式もオンラインで行っており、このままだと一同に会する機会がないまま、入社1年目という大切な時期が終わりそうだ。同期とのつながりの醸成など、これまでとは異なるフォローが必要になるが、この点について三橋さんは次のように話す。
「当社では、入社3年目くらいまでは、節目で集まる機会を設けています。同期との交わりのなかで、“あの人はもうこんなことを任されている、自分ももっとがんばろう”など、同期から学ぶことは多いのです。
しかし、コロナの影響でオンライン研修となり、そうしたなかでどんなフォローが必要になるのか模索しています。すでに人間関係が構築できている社員同士のリモートワークとは異なり、今年の新入社員は、お互いに一度も顔を合わせたことがないなかでのリモートのコミュニケーションになります。
私たちも経験のない状況ですが、今後、フォロー策を考える必要があると感じています」

自身のキャリアを主体的に考える人材育成へ

しかし、新型コロナウィルスの感染拡大がなかったとしても、企業における人材育成は大きな変革期にきていると三橋さん。
「新入社員に限らず、キャリア形成を会社任せにする時代ではなくなってきました。どういう働き方をしたいか、人生のなかで仕事をどう位置づけるかなど、自分のキャリアに対してキャリアオーナーシップというものをそれぞれがもつ必要があると思います。
今後は、会社から方向性を提示するのではなく、自分自身で課題をみつけ、解決していけるような人材育成、研修体系というものを心がけていきたいと思います。会社はあくまでサポート。キャリアは自分で築くものです」
同社では中途採用が急激に増えていて、たとえば入社3年目にはこの作業ができるようになっていなくてはならない、とステレオタイプに決めつけることができなくなってきているという。それにつれて、階層別研修のもつ意味合いも、かつてとはずいぶん変化してきていると感じているそうだ。
新型コロナウィルスの感染拡大がいつ終息するのかわからない。専門家のなかには、数年かかるという人もいる。これを機会に単なるオンライン化ではなく、人材育成そのもののあり方が変わるかもしれない。

(取材・文/小林信一)


 

三橋素子さんへの3つの質問

Q1 人材開発の仕事で、日ごろ大事にしていることは?
社員一人ひとりのポテンシャルを最大化するための仕組みづくりを意識しながら、仕事に携わっています。

Q2 仕事で凹んだときは、どうしていますか?
自宅では、PCや携帯などを見えないところに置くなどして仕事からは一切離れ、体と心をゆっくり休めるなどして、オン・オフの切り替えをしています。

Q3 いま関心があることは何ですか?
仕事やプライベートなど、どんな場面でも人間力は必要です。その人間力に必要なリベラルアーツや教養などは、どんなふうに磨かれるのかに関心があり、いま、いくつか講座を受けています。

▼ 会社概要

社名 三菱ケミカル株式会社
本社 東京都千代田区
設立 2017年4月
資本金 532億2,900万円
売上高 2兆3,380億円(連結:2020年3月期)
従業員数 40,776人(連結:2020年3月末現在)
事業内容 機能商品、素材などの製造、販売
URL https://www.m-chemical.co.jp/index.html



 

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