事例 No.210 全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会 特集 「ソト」で学ぶ
(企業と人材 2020年1月号)

新入社員教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

自社の取り組みや思いを伝え、
競い合う「旅館甲子園」で社員の意欲やスキル向上と、
業界内外のつながり拡大を図る

ポイント

(1)ビジョンや経営方針、スタッフ教育や地域貢献などの取り組みを、スタッフが中心となって紹介し、日本一の宿泊施設を決定する「旅館甲子園」をスタート。相互に学び合い、業界全体のモチベーションやスキル向上、他の業界への魅力発信を図る。

(2)旅館甲子園では書類審査をもとに選ばれた施設が、ステージ上で各々工夫を凝らし、演出を考えたプレゼンテーションを行い、競い合う。

(3)ステージで発表した施設には他施設から研修の依頼が来るようになり、イベントの様子をまとめたDVDを活用した研修も各地で行われるなど、旅館甲子園を通じたつながりが広がっている。

働く人にスポットをあてたイベントで業界を活性化

全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(以下、全旅連)は、1958年に都道府県ごとの組合の中央連合体として設立された、宿泊業の業界団体である。1969年には、未来の宿泊業界を支える人材の育成を目的に、青年部員によって構成される青年部が設立された。
2019・2020年度は、青年部員から青年部部長や副部長、首都圏などの各ブロック長といった役員45人が任命され、7つの委員会が、宿泊業会の発展をめざす活動に取り組んでいる。このうち、宿泊業界の魅力の伝承や、業界の地位向上を目的とする事業、イベントを担当しているのが、「宿の次代創造委員会(以下、次代創造委)」である。本稿では、次代創造委が取り組んでいる「旅館甲子園」について詳しくみていくことにする。
旅館甲子園は、経営者のビジョンや経営方針、スタッフ教育や目標共有、地域貢献など、ふだんあまり表に出ることのない各宿泊施設の取り組みを、スタッフが中心となってプレゼンテーションし、厳正な審査によって日本一の宿泊施設を決定するコンテストである。宿泊施設や外食、中食産業を対象に毎年開催されている展示会、「国際ホテル・レストラン・ショー」の併設イベントして、2013年2月に東京ビッグサイトで初開催されて以降、同会場で2年に1度のペースで開催されてきた。2019年2月に開催された第4回大会には、105施設がエントリーし、審査で選ばれた3施設がファイナルステージに臨んだ。
2019・2020年度全旅連青年部長の鈴木治彦さんは、旅館甲子園がスタートした経緯について、こう振り返る。
「旅館甲子園を企画し、その実現に尽力されたのは、2011・2012年度青年部長であった横山公大さんです。横山前部長は、『居酒屋甲子園』にインスピレーションを得て、宿泊業界の活性化イベントの構想を長年にわたり温め続けていました。青年部長就任をきっかけに、ついに実現させたのです」
「居酒屋甲子園」は、外食産業の活性化を目的に毎年開催されているイベントだ。外食産業で働く人が誇りをもち、学びを共有できる場を提供することを中心テーマとしている。
横山さんの思いについて、鈴木さんは次のように説明する。
「宿泊業界には家族経営の宿泊施設が多いため、経営層がスタッフよりも格段に強い立場にあるという意識が、少なからずありました。そうすると、スタッフの側でも一従業員としての意識しかもてず、その力を十二分に発揮せずに、小さくまとまってしまいがちでした。
しかし、現場でお客さまに接して働いているのはスタッフであり、現場の課題とその解決策を知るのもスタッフです。そうであるなら、彼らが夢をもって働いてこそ、この業界の発展はあるのではないか─横山前部長はそう考え、スタッフが、自分たちが取り組んでいる活動や抱いている思いを、大勢の観衆の前で発表する機会を創出しようと考えました。こうしたイベントを通じて、真剣に働くスタッフのなかからスターを生み出すことが、業界の魅力を発信することにつながると期待したのです」

スタッフの創意工夫を発表・発信する旅館甲子園

旅館甲子園は、「宿泊産業の地位向上から日本を元気に」を大会理念に掲げている。全旅連青年部が、旅館甲子園を通じて実現をめざしているものについて、旅館甲子園の企画運営を担当する宿の次代創造委員会委員長の石坂亮介さんは、次のように説明する。
「開催目的の1つは宿泊業界の活性化です。全国にはさまざまな宿泊施設があり、それぞれが魅力をもっていますが、そんな施設の魅力を支えているのは、経営者の思いと、その思いを具現化して自分たちのおもてなしをつくりあげようとするスタッフの創意工夫です。そうした取り組みや手法をステージで全国の仲間に向けて発表すれば、相互に学び合い、スキルを高め合う風土が広がり、やがて業界全体のモチベーション向上やスキル向上につながっていくのではないかと考えています。
また、大会を通じて宿泊業界の魅力を業界外にしっかりと発信していくことも重要な目的です。現場で働いているスタッフが、ステージで自分たちの思いのたけを語ることは、発表を聞いている人たちに感銘を与えます。宿泊業界に魅力を感じ、働いてみたいと思う人も出てくるかもしれません。宿泊業界のイメージを刷新し、多くの施設が抱えている人材不足を解決するきっかけになってほしいと考えています。さらに、宿泊業界が起点となって日本を元気にしていくのだという思いをイベントを通じて発信し、業界の存在感を示したいとも考えています」
旅館甲子園全体の流れは、次のとおりだ。エントリー受付が始まるのは、旅館甲子園のファイナルステージ開催の約1年前である。まず、エントリーを希望する施設に事前登録をしてもらう。その後、登録した施設に順次、エントリーシートを送付して、書き込んだものを返送してもらう。設問は「会社の理念を教えてください」、「おもてなしに向けた取り組み事例を教えてください」などで、それぞれ字数制限はない(図表)。

図表 第4回旅館甲子園の審査項目(審査用紙から抜粋)

第4回旅館甲子園の審査項目(審査用紙から抜粋)

この書類をもとに、必要事項がきちんと書かれているか、審査に十分な内容が書かれているかなどを確認する一次審査が行われる。
そして、続く二次審査から、大会審査員による書類審査となる。旅館甲子園では、審査委員長を全旅連会長が務めるのをはじめ、宿泊や飲食サービス業で活躍する経営者、マスコミ関係者など、幅広くサービス業にかかわるプロフェッショナルを毎回招聘し、二次審査とファイナルステージの審査を依頼している。審査員は、施設のエントリーシートを詳細に検証し、項目ごとに1~5点の点数をつける。その合計点数が上位だった施設が二次審査を通過し、ファイナリストとなる。
ファイナリストに選出された施設は、ステージ上で自施設の魅力を発信するプレゼンテーションに臨む。プレゼンテーションの持ち時間は1施設あたり約20分。マイクパフォーマンスの時間を8分以上設けることとする以外、プレゼンテーションの方法に制約はない。映像や資料を使ったり、パフォーマンスを行うなど、どのような演出をするかは各施設の自由だ。施設ごとに独創的な演出を施したプレゼンテーションを披露するのが恒例となっている。
ファイナルステージでの審査方法にも触れておきたい。採点は100点満点で、そのうち20%が2次審査までの書類審査の獲得点数、30%が会場票、50%が審査員によるプレゼンテーションの評価点という構成になっている。
会場を訪れ、観客席からファイナルステージを見守る来場者は、一般客と出場施設の応援団を合わせて毎年800~1,000人ほど。その一人ひとりに参加証を兼ねたコインが渡され、そのコインで最も感銘を受けた施設に投票する。
審査員は、「地域貢献」、「インバウンド」、「ESに向けた取り組み」など5テーマに注目してプレゼンテーションを評価し、採点する。審査員の印象がグランプリの行方を左右するのはいうまでもないが、30%が配分されている来場者に与える印象も、勝敗に大きくかかわることになる。
第4回大会では、新潟県十日町市の「酒の宿玉城屋」、群馬県渋川市の「ホテル松本楼」、群馬県吾妻郡中之条町の「四万温泉柏屋旅館」がファイナルステージに立ち、熱いプレゼンテーションを披露しあった。
見事グランプリに輝いたのは、玉城屋である。同施設は、代表者のスピーチでプレゼンテーションを進行。随所にスタッフのスピーチが挿入され、それぞれに個性的なバックグラウンドと高いスキルをもつ若いスタッフが、同施設での仕事に感じているやりがいや期待感を語り、地域活性化の担い手になるという同施設が掲げるビジョンを徐々に浮き彫りにした。
ほかの2施設は、スタッフを中心にプレゼンテーションを展開した。スタッフ一人ひとりが、担当業務に臨む日々の思いを語りながら、成長を実感できる職場であることをアピールしたほか、自施設ならではの人事制度や独自の研修プログラムについての話題をスピーチの随所に盛り込むなど、工夫を凝らしていた。
「どのファイナリストも豊かな発想で印象的なプレゼンテーションをつくり上げ、本番に臨んできます。なかでも、やはりマイクパフォーマンスは生の声で聴衆者に訴えかけるので、効果は絶大です。そこにポイントを置くファイナリストは多いですね。映像や資料を使わずにマイクパフォーマンスに徹し、会場を魅了する施設もあります」(石坂さん)

施設間での交流拡大、研修の機会へと発展

旅館甲子園に対する関心は、年々高まっている。毎回エントリー数が増加しているほか、大会開催時に次代創造委に寄せられる声も毎回増えているという。
「回を重ねるごとに、宿泊業界に大きな刺激を与えるイベントになっていると実感します。休館して、マイクロバスにスタッフ全員を乗せてファイナルステージを見にくる施設もあるほどです。そうした施設の経営者から、『休館にして行くだけの価値がある』と言っていただいたこともあり、とても励みになりました」(石坂さん)

左:玉城屋のプレゼンテーション 右:松本楼のプレゼンテーション

▲ 左:玉城屋のプレゼンテーション 右:松本楼のプレゼンテーション

そんなにも旅館甲子園が感銘を与えるのはなぜだろうか。そう疑問を投げかけると、次のような答えが返ってきた。
「いわば“一スタッフ”が、大勢の来場者を前に立派なプレゼンテーションをしている姿が、輝いて見えるのではないでしょうか。とくに、同じようにスタッフとして、現場で仕事に打ち込んでいる人には、とても大きな刺激になるのだと思います」(石坂さん)
旅館甲子園が業界に及ぼしている影響は、モチベーション面にとどまらない。たとえば、「ファイナルステージで発表される各施設の取り組みは、独創的で有用なものばかり。同業者がみても感心する」(鈴木さん)といい、その取り組みを自社にも導入しようと、ファイナルステージ出場施設には、多数の施設から「スタッフを受け入れて研修してほしい」といった依頼があるという。
スタッフ一人ひとりも、「自分も同じような仕事をしているけど、あんな工夫は思いつかなかった」、「どうして、あんなにイキイキしているのだろう」というように、見学をきっかけに自分の仕事と向き合うようになるそうだ。当日の様子を納めたDVDは、多数の宿泊施設で社員教育に活用されているという。
総務広報担当副部長の田辺大輔さんも、旅館甲子園の見学を自身が経営する旅館の研修に取り入れている。
「私たちの仕事は、お客さまをもてなすという、ある意味では日々、同じことを繰り返すものですが、一方でお客さま一人ひとりで、正解となるおもてなしが異なるという、難しい課題との戦いです。
スタッフ全員で常に試行錯誤をしていますが、他の宿泊施設のスタッフが、仕事にどう取り組んでいるかを見る機会はほとんどありません。ですから旅館甲子園は、『このようなやり方でお客さまをもてなしている宿泊施設がある』ということをスタッフが知るとともに、自分の仕事を振り返る貴重な機会になると考えています。
当館の場合は、スタッフ2人に旅館甲子園を見学してもらい、後日、それぞれどんなことを考えたかを話し合ってもらっています。ファイナルステージに出場した先輩経営者の施設に、スタッフを預けて研修してもらったこともあります。そのきっかけも、フロントや仲居といった担当業務の枠を設けず、さまざまな仕事にスタッフ皆で取り組んでいるという業務のあり方を旅館甲子園で知り、共感したことが始まりです」

左:柏屋旅館のプレゼンテーション 右:当日の様子を収めたDVDと冊子

▲ 左:柏屋旅館のプレゼンテーション 右:当日の様子を収めたDVDと冊子

これまでも、全旅連で知り合った経営者どうしが意気投合し、お互いの施設にスタッフを派遣して研修させるケースはあったが、旅館甲子園をきっかけに、そうした他社での研修を導入する動きが加速しているそうだ。
「旅館甲子園を通じて、旅館同士の研修交流の輪が大きく広がっているように感じます」(田辺さん)

地方開催や異業種、学生見学など人材確保にもつなげる

第5回の準備もスタートした旅館甲子園だが、「課題はまだまだあります」と鈴木さんは述べる。
重要課題としてあげるのは、外部への情報発信だ。もともと、中心テーマの1つだったが、現時点ではどちらかといえば業界内部の反響が大きく、外部への発信はまだまだ不十分と分析している。
「本気でグランプリをねらう施設には、プレゼンテーションのレベルを向上するために、コンサルタントを入れて練習しているところもあります。真剣に取り組んでもらえるのは素晴らしいことなのですが、そうしたアピールの対象は、主に審査員や来場している同業者向けになりがちです。私たちの業界の魅力を外部に発信していこうという目的に対しては、ズレてきている面があります。そこで、内々のイベントにとどまることなく、幅広い人に注目してもらえるイベントへと成長していくためにも、初心に返って本来の目的をもう一度よく考えてみる必要があると思っています」(鈴木さん)
外部への情報発信を重視する理由の1つは、人手不足の進むなかでの人材確保だ。

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「旅館甲子園は、人材の確保という点でも大きな成果につながると思っています。異業種や学生にもこのイベントを見てもらい『、こんな業界、施設なら就職したい』と思ってもらえる場にもなってほしいと思っています」(鈴木さん)
また、地方開催も検討したいという。これまで東京で開催していたが、地方の施設は、どうしても参加、見学が難しい面がある。
「たとえばエリアでみると、北海道は旅館の軒数が多いエリアですが、地理的な面もあり、旅館甲子園へのエントリーはいまのところありません。魅力的な取り組みをしているところも多いだけに、ぜひ参加してもらいたいと思いますし、そのためには地方でイベントを開催することも有効だと考えています」(鈴木さん)
お互いを知り、つながり、切磋琢磨する。そして、業界の外の人たちに、自分たちの仕事の魅力を知ってもらう。旅館甲子園は、学びの場であると同時に、つながる場である。全旅連青年部は宿泊業界の今後の発展に目を向け、課題と真摯に向き合っている。日本のおもてなし文化を継承し、未来につなげていく人を育む旅館甲子園は、今後、ますます大きな役割を担っていくことだろう。

(取材・文/外崎 航)


 

▼ 会社概要

社名 全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部
本社 東京都千代田区
設立 1969年11月
組合員数 約16,000軒
事業内容 委員会活動(基本政策、人材育成、広報など)、情報提供活動など
URL http://ajra.jp/

(左から)
総務広報担当 副部長 田辺大輔さん
青年部長 鈴木治彦さん
宿の次代創造委員会委員長 石坂亮介さん


 

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