「データドリブンな企業文化」をめざして
新入社員研修にデータサイエンスの集中講座を組み込む
ポイント
(1)配属時の人材要件を定め、これに基づいて新卒社員研修のプログラムを策定。グループ会社の新人がお互いのオフィスを訪ねる「ソニーフィナンシャルグループオフィスツアー」や、社内の先輩社員にアポを取って話を聞く「部署インタビュー」などを実施。
(2)データドリブンな企業文化をめざし、少人数、短期集中型の「データサイエンスブートキャンプ」を開始。2019年度の新入社員とそのメンター役を兼ねた既存社員が参加。
(3)データサイエンスブートキャンプでは、3日間の座学に続き、人事データを分析し離職防止策を提言する2日間のワークを実施。研修後も、人事担当者へのプレゼンやフォロー勉強会で学び続ける。
配属時の人材要件を定めて新卒研修を対応させる
インターネットを活用した個人のための資産運用銀行として、2001年に誕生したソニー銀行株式会社。「フェアである」ことを企業理念に掲げ、従来の常識にとらわれない新しい商品やサービスの開発に取り組んできた。
同社では、年次やポジションにかかわりなく人材が活躍できる自由豁達な環境を整備し、自己研鑽の機会の提供や研修の充実を通じて、社員一人ひとりの成長を支援しているという。
新入社員教育に関しては、まず図表1にあるとおり、配属時の人材要件を4つ定めている。同社の新入社員教育は、この4要件の達成に向けて、プログラムが構成されている。人事総務部人事課マネージャーの松永志保さんは、次のように説明する。
図表1 ソニー銀行の新入社員教育における「配属時の人材要件」
「新卒社員の研修は、この4つの要件に対応する4カテゴリーに分かれています。2019年度は、6月半ばの配属まで約2カ月半ほどかけて、さまざまな研修を行いました。たとえば、1つ目の『社会人として主体的な行動と適切なふるまい、コミュニケーションの基本を理解している』は、配属前研修のカテゴリーの『1.ビジネスマナー/コミュニケーション』に対応しているのですが、このなかでは、ソニーフィナンシャルグループ(SFG)合同のビジネスマナー研修やダイバーシティ研修を実施しています」
図表2 2019 新卒研修プログラムの全体概要
4カテゴリーに分かれた新卒社員研修の全体像は、図表2のとおりだ。
いくつか、ユニークなプログラムについて紹介しよう。まず、「3.ソニー銀行・ソニーグループ・SFGの理解」のなかでは、「SFGオフィスツアー」がある。もともとソニーグループ全体で合同入社式が行われたり、前述のとおり合同でビジネスマネー研修を行っているため、各社の新入社員同士は顔見知りになっている。そのうえで、お互いのオフィスに出かけていき、それぞれのビジネスモデルや組織風土の違いを学ぶことで、自社についても理解を深める。
オフィスツアーといっても施設見学だけでなく、各社の経営トップの講話が組み込まれている。今年度は、最先端のフィンテックなどについて、社員がレクチャーする時間も設けたという。
もう1つ、実践的なプログラムとして、「部署インタビュー」がある。これは、新入社員一人ひとりが、自ら各部署の先輩社員にアポイントメントをとり、会議室も自分で予約して、インタビューを行うというものだ。インタビューの内容は、1部署につき1スライドにまとめて発表会で発表し、イントラネットにも公開される。新入社員にとっては、各部署の業務内容を詳しく知ることができるほか、先輩社員とコミュニケーションをとる機会にもなる。また、会議室の予約システムなど、社内設備の使い方を学ぶ機会にもなっている。
さらに、「2.銀行知識/財務知識等」では、今年度からの取り組みとして、「データサイエンスブートキャンプ」が実施されている。
データドリブン組織をめざし短期集中講座を企画
データサイエンスブートキャンプ(以下、単に「ブートキャンプ」という)が始まった背景には、トップの強い思いがあったという。
今回、ブートキャンプを企画し、人事総務部を始めとして関連部署やキーマンに働きかけて、実現させたのは、執行役員(マーケティングサイエンス部、コンテンツ企画部担当)のルゾンカ典子さんだった。ルゾンカさんは、ブートキャンプ実施の背景について、こう話す。
「私たちのようなネット銀行には、たくさんのデータがあり、データを通じてお客さまの一挙一動がよくわかります。われわれからの働きかけも、すべてデータとして見えてきます。
これらのデータは、そのほとんどが個人情報であるために、これまでとても大切に扱われてきました。社内での管理の仕方も、当然ながらデータを守ることに重点が置かれ、データを使うということに課題がありました。
しかし、これまで経験則や感覚的に決めてきたものも、データを見直してみることによって、新たな発見があったりするものです。データドリブンな企業文化をめざすという経営トップの考えから、今回、効果的にデータを利活用できるデータサイエンティストとコミュニケーションしながらビジネスの意思決定に寄与する『リエゾン』のような人材の育成に力を入れることになりました」
ルゾンカさんの率いるマーケティングサイエンス部は、同社におけるデータサイエンスの専門家集団ともいえる部署だ。しかし「データドリブンな企業文化」を醸成していくには、一部の専門家だけでなく、全社員がデータサイエンティストの仕事を理解し、かつビジネスの意思決定ができることが重要になる。理想をいえば、全社員を対象に研修を実施したいが、予算や労力が限られているなか、最も高い優先順位をつけたのが、新入社員だった。業界のルールや銀行の常識にとらわれていない分吸収が早く、また、各部署に配属後には、データドリブン意識の発信源になっていってほしいという期待からだ。
そこで、新入社員研修の一環としてブートキャンプを企画したが、既存の社員からも研修参加者を募集し、新入社員のメンター役にもなってもらうことにした。結果的に、今年度は新入社員17人、先輩社員7人の計24人が参加。先輩社員は入社3、4年目の若手から10年を超える中堅までと幅広く、所属する部署も商品企画、リスク管理、マーケティング、事務統括など多様なメンバーが集まった。
理論、ハンズオン+レビューで知識定着を図る
ブートキャンプの内容は、ソニーグループ内のデータサイエンスラボ(DSL)と共同で企画した。DSLは、ソニー、ソニーコンピュータサイエンス研究所、ソニーグローバルソリューションズが共同で設立したデータのアナリティクス人材の育成機関で、グループ内の社員に向けてデータサイエンス教育を企画・提供している。
DSLで講師を務めるソニーグローバルソリューションズ株式会社のデータサイエンスラボ課・統括課長の石川貴雄さんは、最初に相談を受けたときのことをこう振り返る。
「最初に話をもらったときは、社会人経験を積んでいないうえに、必ずしも全員がデータ分析を担当するとはかぎらない新入社員向けの教育は、ビジネスインパクトがあまり大きくないのではないか、というのが率直な感想でした。
しかし、ルゾンカさんと話をしていくなかで、これはソニー銀行のデータドリブンカルチャーを築いていく取り組みであり、企業のDNAを変えるキードライバーなのだということがわかってきました。トップマネジメントが強い熱意をもって取り組んでいることが伝わり、われわれとしてもぜひ貢献していきたいという気持ちになりました」
全体のプログラムは、まずは5日間のブートキャンプを実施し、その後、年度末までに計9回、フォローアップの社内勉強会を開催する予定となっている。
5日間のブートキャンプは、24人を2つのグループに分け、12人ずつの少人数制で行った。前半の3日間は座学で理論を学び、後半の2日間はグループワーク形式で、実際にダミーデータを用いたデータ分析を行う(図表3)。
図表3 データサイエンスブートキャンプのスケジュール
前半の座学では、データ分析の意義、基礎統計から始めて、重回帰分析、決定木、ロジスティック回帰といった解釈性の高い手法を学んでいく。3日間でロジスティック回帰のカラクリや解釈のイロハまでを理解することは、本質的にハードルが高いという。しかも、今回参加した新入社員は全員が文系出身で、数学に苦手意識をもつ人のほうが多い状況だった。講師の石川さんは、どのような点に配慮して進めたのだろうか。
「私たちが提供する教育に共通していえることですが、受講生に深く理解してもらうために、インタラクティブにすることを心掛けています。研修では、『わからないことがあったら、私が次の説明を始めていても遮ってかまわないので、すぐに止めてください』とお願いしています。そのために、最大12人と、全員の名前と顔が覚えられる人数に制限しているのです。数学が苦手な人は、数式を見るだけでいやになりますから、日ごろからなじみのあるExcelのシートを例にして、Σ(シグマ)の出てくる数式の意味を説明するなど、どうやったらわかりやすく伝わるかを常に考えています」
また、スキル習得の手順として、最初に理論を教えて、その次に、実際にパソコン上でソフトを使って、データ分析を行ってみる。最後に、レビューセッションを行うというステップを踏むようにしているという(図表4)。
図表4 データサイエンスのスキル習得の考え方
レビューセッションでは、2人一組になって、いま学んだことを説明させる。たとえば重回帰分析について、1人が重回帰分析のコンセプト、アルゴリズム、強み・弱みや留意点などについて話し、その後、もう1人から質問を受けて答えていくという流れだ。このセッションを終えたあとに受講者から質問を受けつけると、質問がどんどん出るようになるのだという。自分で説明しようとすると、細かな不明点や疑問点が明らかになるからだ。
人事データを分析し課題の解決策を練る実習
後半の2日間は、4人1組のチームで課題に取り組む、データ分析プロジェクトの実習だ。今回の課題は、「離職率の高さに悩む人事部に対して、離職の要因と人事部が取るべきアクションを提言する」というもの。
実習では、架空の会社の社員約1,400人の性別、年齢、社会人経験、転職回数、満足度などのデータが与えられ、チームで協力しながら、データ分析を行っていく。その間、講師が巡回しながら質問を受け付けるほか、議論が進まない様子であれば、「ホワイトボードに疑問をすべて書き出してみては?」などと、コーチングを行っていく。
「業務経験がなく、自分のやり方が固まっていない分、新入社員は非常に素直ですね。中堅社員のなかには、最後まで自分のスタイルを変えられない人もいるのですが、こんな方法を取ってみてはどうかとアドバイスすると、新入社員はまずやってみる人が多い。社会人経験のなさがデメリットに働くことは少なく、むしろ、まずやってみるというスタンスも手伝ってか、新入社員が議論をリードしているケースも見受けられました」(石川さん)
最終日には、チームごとに15分ほどのプレゼンテーションを行い、他のチームからの質疑応答と講師の講評を受けて、ひとまずブートキャンプ終了となる。
しかし、今回は「人事部門に提言する」という課題だったこともあり、そこからさらに2週間かけて、社内共有するための資料を作成。実際に同社の人事担当者に向けたプレゼンテーションも実施した。人事総務部人事課マネージャーの三重野早苗さんは次のようにいう。
「人事担当役員と人事課のメンバー6、7人が集まり、ブートキャンプの成果を発表してもらいました。業務との兼ね合いで、新入社員だけでの発表となりましたが、純粋に人事の立場として提言を聞き、質疑応答を行いました」
ブートキャンプの目的は、社員全員をデータサイエンティストにすることではない。最大の目標は、データサイエンティストと会話をしながらビジネスに結果をもたらすことの人材、いわばデータとビジネスをつなぐ人材の育成である。その意味で、こうした発表の場は大切な教育機会だという。
新入社員として研修に参加した、マーケティングサイエンス部マーケティング課の加藤浩史さんは、「大変だったが、とにかく勉強になった」と感想を述べる。
「後半の実習では、4人のなかでも着目点がそれぞれ違いました。そのすり合わせから始まって、チームとしての方向性を固め、データを分析して提言をまとめ、それをどのように相手に説明するかまでが一連のワークでした。
とくに人事課の方々へのプレゼンテーションでは、『このデータにはどういう意味があるのか』と質問されて、はっとすることもありました。前提を共有していない相手に説明することの難しさを感じました」
石川さんは「データ活用を学ぶということのなかには、データ分析の方法だけでなく、ロジカルシンキングやファシリテーション、プレゼンテーションなども含まれている」という。データ活用の研修が、社会人としての基礎力全般を鍛える場にもなるということだ。
フォロー勉強会では周囲を巻き込み、実践を後押し
前述のとおり、ブートキャンプ後は、年間を通じて社内勉強会を開催していく。参加者がそれぞれの職場でデータ活用を実践していくことを後押しするとともに、参加者同士をつなげ、データドリブンな企業文化の醸成を図っていく。
ブートキャンプ参加者については、職場での実践と発信を人事評価の年間目標のなかに入れることにしたという。また、参加者の上長にも働きかけ、業務を調整して勉強会に参加できるよう、環境整備に努めているところだ。
勉強会の初回会合時に、全員に集まりやすい日程を確認し、全9回のスケジュールを先に固めてしまった。今後は随時、メンバーの希望を聞き、内容に反映していくという。次回の事前課題は、「ソニー銀行のお客さまを理解する」。新入社員もすでに各部署に配属され、カスタマーセンター、運用、マーケティング、商品企画、営業など、業務は多岐にわたっている。そこで与えられたデータを見て、自分の仕事に役立つ方法をそれぞれ考えてくるというものだ。
「参加者の自主性を大切にしています。そのために、事前課題についてもあまり詳細な条件を設定せず、必要なものを自分で考えてもらうようにしています」(ルゾンカさん)
4人1組のチーム制やレビューシステムなど、ブートキャンプで効果のあった手法も、積極的に取り入れていく方針だ。
学びを実践に活かすためのポイントは、「参加者の意欲を削がないこと」だと、ルゾンカさんは指摘する。そのためには、会社全体を巻き込んでいくことが重要だという。トップの強い決意、人事のきめ細かなサポート、上司の理解に加え、SME(社内専門家)の力も欠かせないという。
この勉強会でも、マーケティングサイエンス部のメンバーが課題となるデータをつくって提供したり、メンバーからの質問に答えるなどしている。新入社員研修の枠を超え、周囲を巻き込んで、取り組みの輪を広げている状況だ。
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「これからの時代、人事でも、コールセンターでも、どんな部門でも、データの利活用が必須となるでしょう。データ分析力を高めることによって、自分たちの業務にメリットがあることを理解してもらい、会社全体でサポートできるプログラムにしていきたい。多くの人を巻き込みながら、取り組みを続けていくことが、データドリブンな企業文化の実現につながっていくと考えています」(ルゾンカさん)
(取材・文/瀬戸友子)
▼ 会社概要
社名 | ソニー銀行株式会社 |
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本社 | 東京都千代田区 |
設立 | 2001年4月 |
資本金 | 310億 |
経常収益 | 460億円(連結、2018年3月期) |
従業員数 | 524人(2019年6月30日現在) |
事業内容 | 銀行業 |
URL | https://sonybank.net/ |
人事総務部 人事課 マネージャー 松永志保さん
人事総務部 人事課 マネージャー 三重野早苗さん
マーケティング サイエンス部 マーケティング課 加藤浩史さん
ソニーグローバルソリューションズ Digital Transformation Capability部門 Data Competency部 Data Science Lab課 統括課長 石川貴雄さん
執行役員 マーケティング サイエンス部 コンテンツ企画部 担当 ルゾンカ典子さん