事例 No.181 串カツ田中ホールディングス 特集 変える・変えない 管理職研修(企業と人材 2019年3月号)

新入社員教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

一緒に成長していく「共育」を掲げ
実店舗を運営しながら学ぶ新人研修などを実施

ポイント

(1)「全従業員の物心両面の幸福を追求」を理念に加え、「教え育てる教育よりも、ともに育つ“共育”を」という方針で、人材育成に取り組む。

(2)新人は「小伝馬町研修センター店」に配属され、実際の店舗運営にかかわりながら、理念やスキルを学ぶ。また、社内講師による「串カツ田中アカデミー」で、50以上の講座を展開、スキルアップにつなげている。

(3)新人だけでなく再研修の場としても研修センター店を活用、新卒の新人チームで店舗を立ち上げるプロジェクトなど、新しい施策も展開していく。

ともに成長していく“共育”で人材を育成

大阪伝統の味「串カツ」をメインとする大衆酒場・居酒屋チェーンを展開する株式会社串カツ田中ホールディングス。食事メニューも充実させ、一般的な居酒屋のメイン顧客であるビジネスパーソンはもちろん、ファミリー層まで広くターゲットにしているのが大きな特徴だ。とくに2018 年6月以降は、ほぼ全店で全席禁煙(一部分煙)にしており、ファミリー層の来店がさらに増えている。
「串カツ田中」の1 号店が、東京・世田谷にオープンしたのは2008 年。その後、順調に成長を続けて、近年は急速に店舗数を増やしている。現在では、関東をはじめ全国に直営・FC合計で216店を展開する(2019 年1 月現在)。
同社の企業理念は、「串カツ田中の串カツで一人でも多くの笑顔を生むことにより社会貢献し、全従業員の物心両面の幸福を追求する」である。
このうち後段の「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という部分は今年新たに加わったもので、事業を通じて社会貢献を果たすと同時に、従業員のために会社は存在すべきという考え方を、いままで以上に明確に打ち出すことにしたのだという。
そうしたこともあり、同社は従業員の教育や人材育成に力を注いでいる。人材育成における基本的な考え方について、取締役営業本部長兼東日本営業部長の織田辰矢さんは、こう説明する。
「当社は、人材育成を非常に重要ととらえており、さまざまな取り組みをしてきました。そして、2019年は、「教え育てる教育よりも、ともに育つ“共育”を」という方針で、育成に取り組んでいます。
当社は設立から10 年ちょっとと、まだ若い会社です。そして、直営店舗だけでも毎年30~40 店舗を出店していますので、新しい店長が年に30~40 人は生まれることになります。そのため店長自身もまだまだ未熟な人が多いのが現状です。
では、こうした状況下で、従業員の教育や指導について、店長だけに責任を負わせる形でいいのか。店長だけでなく、ともに働く社員やアルバイトも、それぞれ自分なりの考えや思いはあるのではないか。
昨年あたりからそういった意見が出てきまして、いまの当社に望ましいのは、上から一方的に仕事を教えたり、指導したりする方法よりも、まず店長が一生懸命やっている姿をみせて、下からの意見などもある程度吸収しながら、一緒に成長していく方法ではないかと考えるようになりました」

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実店舗研修など多彩な教育を実施

同社の人材育成の全体像を紹介しよう。これまでは、新人が入社すると、本社で座学やロールプレイングなどの3日間の新人研修があり、その後、店舗に配属。以降の教育は各店の店長に任せるというスタイルだった。だが、この方法では、さまざまな課題が生じていた。
「たとえば、店舗によって教え方のうまい店長もいれば、そうでない店長もいます。店長の側としても、現場を切り盛りしながら人に教えるのはかなり労力がいることなので、負担が非常に大きくなります。
また、新人が現場の作業を覚えるなかでは、アルバイトに教わる機会も出てきますが、社員として店舗にやってきたのに、アルバイトから仕事を教わるということに違和感を感じてしまうという状況もありました。
結果として、新入社員と店長それぞれがストレスを抱えるようになり、店舗によって、新人の成長スピードに差が出てくるようになっていたのです」
そこで2018 年4月に、東京都内にオープンしたのが、研修施設を兼ねた実店舗「小伝馬町研修センター店」だ。店舗には研修センター長、店長、副店長の3 人のトレーナーが在籍し、入社した新人は彼らの指導のもと、実際に店舗の運営を行いながら、実務のスキルと理念教育をメインとした研修に参加する。
原則として、新入社員は全員が同店舗で1 カ月から1 カ月半ほど研修に参加し、それから全国の各店舗に本配属するという仕組みに改めたのである(詳細は後述)。
また、営業本部内にある人材教育部では、「串カツ田中アカデミー」という名称で、社員を対象にした社内スクール的な講座を提供している。
ビジネスマナーから店舗での業務に必要なさまざまな知識、カウンセリングやティーチング、コーチングといった育成手法、さらにはコンプライアンスなどまで、幅広い内容の50 以上のプログラムを用意している(図表1)。

図表1 串カツ田中アカデミーの講座と対象者

串カツ田中アカデミーの講座と対象者

講座は1講座2時間程度で、受講にあたっては人材教育部がデータを把握して、各社員に必要と考えられる講座を順次受講してもらう指名制を取っている。ただし、今後は自分に足りないスキルを自主的に身につけたいという場合などに、手上げ式でも受講できるようにすることも計画している。
なお、講師は全員が社内講師で、他の業務と兼務しながら研修を行っている。
「大阪、福岡などに出向くこともありますが、基本的には東京の本社に集まって研修を行っています。現場が忙しいなかで店を離れることになるため、大変な面があるのはたしかですが、現場の社員が安心して教育を受けられる体制を整えることに注力しています。
率直なところ、このような社内スクールは、もしかしたら現状の店舗数くらいの規模ならば不要かもしれません。しかし、われわれは1,000店舗という規模をめざしていて、その道のりのなかでは、こうしたスクールが必要だと考えていますし、いつかやってよかったと思えると信じています」
人事評価についても、処遇のための評価というよりも、育成につなげるという部分を最大の目的としており、独特の基準を敷いた評価制度になっている。
飲食サービス業では、評価基準として売上げを重視することが多いが、同社では、売上げを店長の評価項目に入れていない。かわりに重視しているのが、「行動を起こしたかどうか」だ。
たとえば、期初に「ビラ配りを何枚する」、「スタッフと面談をする」などの目標を立てる。そして、目標を実際に行動に移したかどうかが、評価の対象となる。そこから先の、売上げに結びついたかについては、対象にしないのだという。
売上げは、短期的には立地や天候などに左右されることも多く、必ずしも努力や行動の結果とはかぎらない。一方、何か行動を起こすということは、長い目でみると、あとから結果がついてくるものだ。売上げの数字の責任を負わせるよりも、自分で目標を定めて、その行動ができる店長を育成することが大切という考え方なのである。

店舗を切り盛りしながら基本を学ぶ

前述の小伝馬町研修センター店での新入社員研修について、詳しく紹介していこう。
研修センター店は、それまでの課題の解消をめざして設立されたものだが、そのきっかけの1つとなったのが、入社1 年目での離職者が目立ったことだったという。
「離職の状況を詳しくみていくと、2年目以降の離職は少ないのに、1年目での離職が多いことがわかりました。幹部で話し合ううちに、最初に配属された店舗の環境などが、大きな要因になっているのではないかという推測が出てきて、ではスタートのとき、できるかぎり不安を少なくしてから配属すれば、離職も減るだろうと考えたのです。
ちょうどそのころ、新人研修のための店舗を設ける飲食店があるという話を耳にしました。また、ある海鮮居酒屋では、新入社員をいきなり調理の仕事に配属すると、何もできないためにベテランの板前などから邪険にされて離職してしまうケースが多かったそうです。そこで、配属前に魚をさばけるように訓練してから配属したところ、離職が減ったという話も聞きました。それらを串カツ田中なりの形でできないかと思ったのです」
同社では、毎月2回、新人が入社してくるタイミングがある。入社後は、まず本社で研修等を行った後、研修センター店に配属されることになる。研修期間は、最低1カ月間としているが、人によって成長の速度は異なるため、研修中の様子をみながら、センター長と配属予定店舗のエリアマネージャーとで相談をし、配属時期を変更することもある。
店舗の運営は、センター長、店長、副店長を含む7~8人が担当し、上記の役職者以外は全員新人だ。
研修期間中の流れはこうだ。新入社員たちは、出勤すると開店前に毎日1~2時間程度の座学による研修を受ける。内容は、発注や棚卸しの仕方、売上管理や社内連絡の基本、アルバイトのシフトの組み方等々、実際の店舗運営で必要とされる知識・スキル全般だ。
これらをひととおり学ぶほか、接客や電話の取り方などのロールプレイングも行う。そして、トレーナーたちの指導や助言を受けながら、開店前の仕込みを進め、開店後は接客や調理など、実際に店舗の業務に携わることで実務を学ぶ。
1日のスケジュールとしては、新人は毎日午後1 時に出社し、店舗が開店する午後4時までの間に、研修や開店前の仕込みを行うのが基本となる(図表2)。

図表2 研修センターの1日のスケジュールと座学の内容

研修センターの1日のスケジュールと座学の内容

カリキュラムは、「この日は必ず○○をやり、翌日は△△をする」などと、最初から最後までがっちり順番を定めているわけではなく、1カ月という期間のなかで図表2の内容をマスターするというかたちで目標を立てており、受講者の様子をみながら組み立てている。
その際、研修の合間に、頻繁に個人面談も行っており、皆の前では話しにくい仕事の悩みや不安などは、ここで話し合えるようにしている。面談を担当するのは、男性のセンター長と女性の店長だ。センター長と店長の性別を分けたのは意図したもので、同性のほうが相談しやすいケースも多いのではないかとの配慮からである。
研修や仕込みの後は、いったん休憩を取り、開店前に発声練習などをしてから、閉店まで店舗業務につく。
指導役がいるとはいえ、新人だけの店舗というのはかなり大胆だが、ときに失敗しても、それも経験なのでミスをしてもかまわないというのが会社のスタンスだ。
一方、実際に店舗を利用するお客さまに対しては、不慣れな新人が多少迷惑をかけることがあることを、あらかじめ想定した店舗であることを周知し、この店にかぎった破格の価格設定にしている。
ちなみに、実際の店舗の評判はどうかというと、ミスはあってもモチベーションが高く、一生懸命働いていることなどから、研修センター店の顧客満足度はむしろ非常に高いという。
なお、開設当初は、研修期間が1カ月以上と長く、宿泊等の問題も出てくるため、関東地区の新人に限定していた。だが、現在は、全国の新入社員に受け入れ対象を拡大している。
「新人は研修センター店で必ず研修を受けるという仕組みにすることで、入社してくる人たちは、当社のポリシーや仕事のルールなど、すべて統一の基準を教わってから配属されることになりました。したがって新入社員にとっては、本配属後、スムーズに溶け込んで活躍できるようになり、教える側の各店の店長にとっても、負担やストレスが軽減されるようになったのです」

学び直しなどにも活用し、コミュニケーションを深める

現在では、新人以外が研修センター店で研修を受けるケースも出てきている。その一例が、悩みを抱えている社員が、再研修を受けるケースだ。
「いま勤務している店舗にうまく馴染めない、アルバイトとうまくいかないなどの理由で悩んでいるとき、上司の勧めや本人の希望などで、もう一回学び直す場としても活用しています。
周りが皆新人のなか、スキルのある自分が教える側にまわったりすることで、気持ちのリフレッシュができると好評ですね。また、センター長や店長は、自分の直属の上司ではないので、上司にはいえない悩みを気軽に打ち明けたりしやすいという声も聞きます。これからも、いろいろな形で研修センターを活用していきたいと考えています」
こうした成果を鑑み、新人だけではなく、アルバイトの教育に活用することも検討しているという。
社内でも、研修センター店の反応は上々だ。ここで研修を受けた社員からは、横のつながりが深まったという声がよく聞かれるという。これはまさしく同社のねらいどおりで、当初から、新人同士のコミュニケーションを深めることも目的にしていたのだそうだ。
とくに中途採用の社員の場合、バラバラに入社してすぐに各店舗に配属されていたため、社員には同期という感覚があまりなかったのだという。全員が研修センター店での研修を受けることにより、同期としての連帯意識を醸成できるようになったのである。
また、再研修の受講者らにとっても、自店舗以外の社員との交流や、仲間意識が生まれる貴重な機会となっている。
加えて、前述のように研修センター長や店長たちと信頼関係が築けることも、社員にとって大きなメリットになっている。センター長らは直属の上司ではないため、配属先に移ってからも、社員はいろいろな相談をしてアドバイスをもらうなど、交流が続いているのだという。
新人を受け入れる側である各店舗でも、新人配属後の不満やトラブルなどを訴える声は確実に減っており、現場でも研修センターを開設した効果が現れてきている。こうしたことから、現在の離職率は、最悪だった時期に比べて大幅に低下したそうだ。

新卒だけで店舗運営などさまざま施策も計画

これまで紹介してきたとおり、研修センター店の設立は大成功といえる結果になっているが、細かいところでは課題もある。最も大きいのは、運営の人数に関する問題だ。新人をスタッフとして配属するうえでは、毎月入社する新人の数にはどうしてもばらつきがあるため、人数が多すぎると教育が難しくなり、逆に少ないと店舗の運営ができなくなる。そのため、他店から応援を呼んで対応する場合があるという。
また、同社は全国に展開し、新規出店も進めているが、現状、研修センター店は東京都の1店舗だけだ。大阪や福岡など関東以外の地域での研修センター店開設も視野に入れているが、関東以外はまだ毎月の新規出店数がそれほど多くない。そのため、地域ごとに分けてしまうと、新人の数がかぎられてしまい、開設しても前述のような運営人数の問題が出てきてしまうのだという。
結果として、現在は店舗数やエリア網の構築状況をみながら、開設のタイミングを図るというところに落ち着いている。会社の成長の過渡期ゆえの悩みといえよう。
一方、研修センター店とは異なる、新たな取り組みも進めている。今年は、4月に約50 人程度の新卒社員の入社が予定されている。研修センター店1店舗では対応できないこともあり、新たな試みとして、新卒だけで運営する店舗を設ける予定だ。
これは「新卒ルーキー店舗運営部」というプロジェクトをつくり、新卒の新人10~15 人ずつのチームに分かれて、店舗を立ち上げて運営するというものである。
「このプロジェクトは、同じメンバーでずっとプロジェクトを進めるのではなく、さらに細分化していく仕組みを考えています。当社の店舗運営は、立地や規模で変化はあるものの、通常、正社員2人(店長と副店長が各1人)、アルバイトが15~20 人程度を基本的な人員構成にしています。
ですので、数字でみると、1店舗に10 人以上もの社員がいると、当然店舗の収支はマイナスになってしまいます。また、1~2カ月もするとオペレーションにも慣れてきて刺激がなくなり、モチベーションが下がってくる社員もいるでしょう。
そこで、オープンして3カ月くらい経ったら、その店は人員を半分に減らします。残る側の社員は、新たに採用したアルバイトを加えて店の運営をし、もう半分の社員は別の新店オープンにかかわらせるのです。すると新人たちは、同期と一緒に学んできたという立場から、アルバイトに教えるという立場になり、必然的に責任感なども生まれてきます。
そして、しばらく経ってまた慣れてきたら、さらに社員を分けて、次の新店をオープンさせる――そういう仕組みです。これを繰り返していき、1年かけて適正規模の店舗をオープンさせるというのを、ゴールとしてめざしています。初めての試みで、どうなるかわかりませんが、トライするメリットがすごく大きいと考えています」
そして、同社の人材育成全体で課題となっているのが、出店ペースが非常に速いなかでの教育・育成のあり方だ。
「おおむね入社して3カ月から半年ぐらいで店舗の責任者になりますので、どうしても経験の部分が問題になります。業務自体は、十分こなせるようになっているのですが、経験豊富な人と比べると悩みや困難が多くなり、乗り越えなければいけないハードルが高くなっているところがあります。
ただ、経験というのはいきなり増やすことはできませんし、会社としては出店ペースを遅らせるわけにもいきません。そこで、もっと違った形で店長をフォローする形をつくっていきたいと考えています。今年はこれまでになかった部分として、アルバイトの教育にも力を入れることにしました」
社員については、これまで紹介した研修センター店やアカデミーなど、さまざまな教育が実施されている。だが、人数でいえば圧倒的に多いアルバイトについては、これまでは店長任せで、会社としての教育の仕組みがなかった。
そこで現在、構想しているのが、アルバイト同士での教育の仕組みの確立だ。店長がアルバイトを教えるのではなく、先輩のアルバイトが後輩のアルバイトに教える形で教育ができれば、同じ立場なので意見も聞きやすく、お互いに高め合えるのではないかという考えだ。これを会社の仕組みとして、しっかり整えようというわけである。冒頭で触れた、“共育”の考え方に沿った育成方法といえる。
飲食業は、規模拡大と人材とのバランスなど、人材育成において独特の課題がある。同社はそうした課題を早くから認識し、自社の状況と合わせて試行錯誤を重ねてきた。今後も社員からアルバイト、それにFC店までを含め、さまざまな教育の機会を用意し、ともにさらなる成長をめざして歩みを続けていくだろう。

(取材・文/中田正則)


 

▼ 会社概要

社名 株式会社串カツ田中ホールディングス
本社 東京都品川区
設立 2002年3月
資本金 3億100万円(2018年11月末現在)
売上高 76億円(2018年11月期)
従業員数 280人(連結)
平均年齢 28.0歳
平均勤続年数 1.8年
事業内容 飲食店の経営、FC開発
URL https://kushi-tanaka.co.jp/

取締役営業本部長 兼 東日本営業部長
織田辰矢さん


 

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