事例 No.168 凸版印刷 特集 東北復興と企業人の学び
(企業と人材 2018年12月号)

中堅社員教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

福島・南相馬でのフィールドワークをとおして
社会課題の解決と自社利益とを両立できる人財を育成

ポイント

(1)「社会から愛され、必要とされる会社になる」ために、社会課題解決と自社利益を両立させる事業を企画する研修「ソーシャルイノベーションプログラム」を開始。現地で考えること
を重視し、福島の団体に研修の共同開発を提案。

(2)1泊2日で福島・南相馬をフィールドワークし、自社の強みを活かして現地の課題に取り組む内容で、階層別に研修を整備。受講者は累計で1,000人を突破。

(3)研修のキーワードは“自分事化”。受講後は、各人がそれぞれの立場で企画・発表した内容に取り組み、それを人財開発センターが後ろからサポートする。

偶然にも震災と重なった人財開発センターの新設

凸版印刷株式会社は、1900 年に旧大蔵省の技術者が当時の最先端印刷技術をもって創業。以来、幅広い分野に印刷の領域を拡大してきた。その過程で、高度な印刷技術を進化させると同時に、マーケティング、IT、クリエイティブなど多種多様な知識やノウハウを蓄積。それらを融合した独自の「印刷テクノロジー」により、顧客企業が抱える多様な課題解決をサポートしてきた。
その事業活動において、とくに力を注いでいるのが、社会的課題解決のためのトータルソリューションの開発・提供。寄付やボランティアといった社会貢献活動を行うだけでなく、事業自体が社会の役に立ち、社会に必要とされる“社会的価値創造企業”をめざしている。
その実現のカギとなるのが、人財の育成だ。人事労政本部では、「企業は人なり」という信念の下、高い志、品格、徳をもった人財を育成し、広く社会に貢献することをビジョンに掲げる。2011 年4月には、「トッパングループにおける経営の基軸は『人間尊重』であり、最も重要で貴重な経営資源は人財。あらためて、その人財の育成・開発を強化していく」という金子眞吾社長の命を受け、新たに人財開発センターを設置。人財開発体系の変革を進めてきた。
営業を 18 年、事業戦略を5年経験したあと、同センターの初代センター長に任命された巽庸一朗さんは、こう振り返る。
「人財開発センターの立ち上げは、東日本大震災が起きる前から決まっていました。これからはこれまで以上に人が重要になるという社長の考えから、人財の開発・育成をさらに強化するため、グループ全体のセンター機能をもつ組織として設置しました。当時、私が社長から言われたのは、『売り上げ・利益は、われわれが事業を継続するうえで必要不可欠ではあるが、目的ではない。目的は、社会から愛され、必要とされる会社になることだ』ということです」

「福島で考える」研修を現地の団体と共同開発

社長の思いを実現すべく、まず、2012 年9月に、リーダー育成研修の1つとして、「ソーシャルイノベーションプログラム」がスタートした。30 代から 40 代の主任クラスが対象で、研修全体としては4〜5カ月間のプログラム。1期は宿泊研修も含め、すべて研修センターで行うものとして企画された。「社会的課題解決と経済的利益を両立する新たな事業を創出すること」をテーマに、単なる社会貢献ではなく、事業として成り立つプランを考える。
ところが、実際に研修を行ってみると、巽さんの心に「研修センターでやっていても始まらない!」という思いが芽生えた。教室での机上の議論ではなく、社会的課題を実際に体感できるところに直接出向き、その場で考えることが必要と感じたのだ。
さまざまな人に相談し、前年の震災で社会的課題がクローズアップされている福島に何とか勉強に行けないかと各所にかけあい、2期の 2013 年7月、初めて福島でフィールドワークを実施した。社員の反応は、劇的に違ったという。
「1泊2日で、福島大学やいわき市などを回りました。福島には、いまでも相当な課題が残っていますが、当時は、研修などのために行かせていただいてよいのかと感じるほどの状況でした。しかし、現地の皆さんに賛同していただき、実現することができました。受講生たちの受けたインパクトは、強烈なものがありました」(巽さん)
被災地に赴く効果を強く感じた巽さんは、この研修を年2回、継続的に実施していくことを決めるとともに、「この貴重な学びをもっと多くの社員に提供したい」と、同プログラムにかかわった講師の紹介で、福島復興ソーラーアグリ体験交流の会(現・一般社団法人あすびと福島)代表理事の半谷栄寿氏を訪ね、一緒に研修をつくることを提案した。
半谷さんは、東京電力の元執行役員で、東電時代に環境 NPO やJヴィレッジの設立にもかかわった人物。その後、寄付や行政の支援を得て南相馬市に南相馬ソーラー・アグリパークを建設し、子どもたちに再生可能エネルギーの体験学習を行っていた。企業研修は専門外だったが、自ら福島で社会課題の解決に取り組んでおり、大企業で社内起業家的役割を果たした経験もあるため、協力を仰ぐには適任だった。
同社は、半谷さんのアドバイスを得ながら研修プログラムを企画。全 7 回の研修センターでの研修に、福島・南相馬での 1 泊 2 日の研修を加える形で、ソーシャルイノベーションプログラムをバージョンアップさせた。

社会課題解決と自社利益を両立させる事業をつくる

福島でのフィールドワークを組み入れた、新ソーシャルイノベーションプログラムは、実施する度に受講者に大きなインパクトを与えていったという。巽さんらは、「こうした活動をとおして、社会における自分たちの存在意義を見出し、高い志をもつようになった社員が、これからのトッパンを支える」と考えていた。そうして、より多くの社員に福島を経験させようと、2014 年6月にスタートしたのが、若手が対象の「トッパングループ未来創発プログラム・アドバンス(以下、アドバンス)」であった。
これは、従来から実施していた「トッパングループ未来創発プログラム」とセットになるもので、まず未来創発プログラムで、いわば事前学習的に同社グループのもつ強み、弱みを理解し、そのうえで、アドバンスで福島をフィールドワークし、リアルな課題と向き合う——という建てつけになっている。
アドバンスは、研修テーマも「社会から愛され必要とされる会社になるために、われわれに何ができるか」となっており、社会課題の解決と自社の利益を両立させる事業を考えさせる点は共通している。
定員は各回 18 人で、対象は入社4年目〜監督職。年齢的には、主として 20 代後半〜30 代前半の社員が参加する。
同社は、基本的な育成方針として、「一人ひとりが毎年成長することが大切」と考えている。そのため、本来であれば全員に受けさせたいところだが、参加できる人数には限りがあるため、会社が選抜している。職種などの制限はなく、グループ会社を含め、製造、企画、営業など、所属の異なる社員を集めるようにしているという。
プログラムは、大きくとらえると、視察→講義→ワークという流れ。まず、現地の実態を知り、問題の本質を掘り下げたうえで、グループの事業を組み合わせて何ができるかを考える(図表1)。

図表1 「トッパングループ未来創発プログラム・アドバンス」のスケジュール

「トッパングループ未来創発プログラム・アドバンス」のスケジュール

詳しくみていくと、まず、仙台からバスで移動する間に、アイスブレイクをしつつ、一人ひとりが意気込みを語る。
現地に到着すると、まず視察を行う。実際に街を歩いてみる。日々復興が進んでいるので、視察する場所は、半谷さんと相談しながら適宜見直しているという。現在は、南相馬市よりも原発に近い浪江町を視察している。
講義は全部で4つ。スピーカーはその都度変わるが、政治、行政、事業者という異なる立場の人に依頼し、多面的に復興の現実を学ぶ。
初日は、政治(南相馬市議など)と行政(市職員など)の立場で復興に携わる人たちの話を聞く。その後にグループ対話をするが、いきなり自社のソリューションをどう活かすかを検討させるわけではない。まずは、テレビなどで見聞きしていたことと現実とのギャップなど、各人の心の内を共有し、福島の抱える問題の本質について話し合う。
夜は、農家民宿に宿泊。講義のスピーカーも交えて車座になり、お酒を飲みながら遅くまで語り合う。
なお今秋に実施された第 27 期では、サッカーナショナルトレーニングセンターのJヴィレッジが再開したことから、そのホテル棟を研修・宿泊に使用した。
2日目は、福島で活動する事業者2人(1人は半谷さん)の話を聞き、そのうえでグループワークを行う。キーワードは「自分事化」だという。発表のための発表にならないよう、実際に自分が取り組むつもりで企画・発表してもらう。「福島で起きていることは福島だけの問題ではなく、日本、さらには世界共通の課題である」という認識を前提に、ここで気づいたことを自分の問題としてとらえること、そして職場に戻って自ら行動を起こすことを期待している。後述するが、その期待どおりに行動を起こし、企画を形にする社員もいる。
最後に、帰りのバスのなかで振り返りを行い研修は終わりとなるが、後日、事後レポートを提出することになっている。レポートは社長も目をとおすそうだ。図表2は、レポートと同様に、事後に社内に公開される受講者コメントの一部で、研修で受けたインパクトの大きさをうかがい知ることができる。

図表2 「トッパングループ未来創発プログラム・アドバンス」受講者コメント

「トッパングループ未来創発プログラム・アドバンス」受講者コメント

福島での現地視察の様子

▲福島での現地視察の様子

「アドバンス」の発表会の様子

▲「アドバンス」の発表会の様子

多くの社員に経験させたい 階層別に研修を整備

このほかにも同社は、社会課題の解決と経済的利益を両立できる人財の育成プログラムを展開している(図表3)。

図表3 社会的価値を創造する人財育成の体系

社会的価値を創造する人財育成の体系

まず、前述の「トッパングループ未来創発プログラム」がある。もともとは、グループ各社のコンピタンスを掘り下げ、それらを組み合わせた新しい価値提供を創発するプログラムとして、アドバンスより早い 2012 年に開始した。年8回、各回 30 人で実施している。こちらはすでに 52 期まで修了し、1,487 人が受講したという。
管理職層にも、あすびと福島と共同で企画したプログラムを設けた。課長クラス向けの「管理者研修アドバンスコース」と「新任本部長研修」に、福島での1泊2日のフィールドワークを組み入れた。課長クラスの「管理者研修アドバンスコース」は MBA の知識を学ぶ内容だが、身につけた知識を使って現実の課題にあたらせることで、知識を知識のまま終わらせず、価値創造につなげることができるようにする狙いがある。
さらに、2018 年には、異業種の他社(IT 系企業)との合同管理職研修も企画、実施した。全6回で、同社からは課長クラス約 100人が参加した。他社との合同研修は、考える事業や施策の幅がぐっと広がり、共創の意識も生まれて、学びに厚みが出たという。
このように、若手担当者から本部長クラスまで、さまざまな階層の社員がそれぞれの課題感で被災地と向き合い、多くの学びを得ている。福島・南相馬での研修受講者は、2018 年 9 月時点ですでに1,059 人にもなっている。受講した社員から「上司(部下)にも受けさせたい」と声があがり、それを受けて拡大してきた。
できるだけ多くの社員に体験させるという趣旨から、いまのところ同じ人を複数回参加させることはしていない。それでも、受講後にプライベートで現地に足を運ぶ社員も少なくないそうだ。あくまで自主的な活動であり、会社として推奨しているわけではないが、あすびと福島が行う子どもたちの環境学習活動の手伝いに行ったり、社会人や大学生とのコミュニティに参加したり、「家族にも見せたい」と自分の家族を連れていったりと、自らの意思で福島とかかわりをもっている。

自分事化した社員の事後の行動を人財開発部門が支援

前述のとおり、アドバンスでは、研修で各自が発表した企画の実現に向けて、職場に戻ってから行動を起こすことが期待されている。発表された企画案のどれを実現すべきかを会社が判断するわけではない。受講者一人ひとりがそれぞれの立場で独自に動き、周囲に働きかけるなどして実現をめざす。ただし、困難に直面して人財開発センターに相談に来た場合には、関連部門との交渉や社内外の有識者の紹介、役員の説得など、全力でフォローをするという。
「自分がやろうと思ったことが何らかの形で実現できた体験の記憶が、いちばんの学びになり、次の行動のエンジンになります。誤解を恐れずにいえば、研修よりも、そのプロセスのほうが重要です。
ただ、そこでわれわれが赤じゅうたんを敷いて導いてしまっては、意味がありません。特別な権限や予算がなくても、自らの思いを基点にリーダーシップを発揮し、共感者を得て実現していく。われわれの役割は、それを支援することです。人財開発センターのメンバーには、そこは、どんなにコミュニケーションコストがかかろうとも、精いっぱいサポートするよう伝えています。
日常業務もありますし、思うようにならない葛藤を抱えることもあるでしょう。それを共有し、乗り越えようという空気をつくろうとしています」(巽さん)
アドバンスの企画が実現したものとしては、たとえば「油菜(ゆな)ちゃん」という菜種油の小型ボトル開発がある。南相馬の土地の除染に寄与する菜の花を使い、地元の高校生がパッケージをデザインした復興商品だ。社内イベントや社員食堂での周知といった販促支援に始まり、お土産品として販売しやすいよう小型ボトルの商品を開発した。また、福島の森林保全に寄与するイージーオーダーカレンダーの作成サービスもその1つだ。社名などを入れ、企業のノベルティグッズなどとして活用できるもので、代金の一部が間伐費用などにあてられる。「あすびと福島」という名称やロゴマーク、ホームページも、同社が考案・作成したものだという。
重要なのは、これらがいずれもボランティアではなく、しかるべき対価を得て、同社のビジネスとして行われている点だ。
同社が福島で研修をすることも、ある意味で、社会課題解決と自社利益の両立といえる。あすびと福島に研修費用を支払う対価として、社員の学びの機会が得られ、そこでの気づきが場合によっては事業機会にもつながる。一方、あすびと福島は、同社の提案から企業研修事業を行うようになり、いまでは寄付に頼らずに運営できるまでになった。それによって、本来の志である子どもたちのための活動が継続できている。同社の取り組みは、企業の人材開発部門が「事業をつくる」という形で被災地の復興に寄与した、先進的な事例といえるだろう。
「われわれは受講者に対して、『自分たちに何ができるかを考える』ことを求めますが、私自身も自分の立場で何ができるかを考えました。そして、研修の発注という形で、事業として被災地に貢献することができると考えたのです。寄付だけだと永遠に続けることは難しいですが、研修であれば、当社としても継続していくことができます」(巽さん)
同社は、2016 年4月、被災地復興や地方創生など、社会課題の解決をターゲットに事業を行うソーシャルビジネスセンターを立ち上げ、2018 年1月にはこれをソーシャルイノベーションセンターに改組した。現在、約 300 人が所属する大きな組織だというが、まさに福島での学びを、日常の業務として行う組織といえるだろう。同センター立ち上げの際のメンバーの社内公募には、相当な数の応募があったという。

今後は科学的知見も加え、社内の共通言語化をめざす

ここまで福島でのフィールドワークを中心とした研修とその効果をみてきた。そこで得た気づきを自分事化し、事後の行動につなげる受講者がいる一方で、課題もある。
自分事化の度合いは人それぞれであり、福島に行けば、だれもが一様に動き出すというものではない。震災後の福島は、社会課題が極限的に立ち現れた場所なので、当然、刺激は受ける。けれども、「福島は大変だな」と思うだけで、自分の身のまわりにできることがあると思えなければ、行動変容は起こらない。
人財開発センターでは、研修中にも、繰り返し自分事としてとらえることの重要性を伝えるほか、ふだんから、受講者の体験レポートや研修で企画・発表された事業案、その結果として実現した取り組みなどの周知に努めている。この研修にかぎらず、社内のイントラネットには実施された研修の内容や結果を掲載しており、顔写真入りの受講レポートで、自分がどういうインパクトを受けたかを語ってもらっている。
新しい科学的アプローチも積極的に取り入れている。同社は、2017 年4月に、脳神経科学やコンディション・テクノロジーを活用した新たな人財育成プログラムの開発拠点として「人財開発ラボ」を設立した。従来の研修の枠組みにとらわれず、自社ならではの人財育成を開発、実践していこうとしている。
その一環として、「どういう状態だと自分事化されるか」を脳神経科学の観点から研究し、自分の記憶の痕跡との共通項が見出せないと自分事化されないことがわかったという。そのため、福島での研修では、過去に仕事上で経験したつらいことなど、個々人の記憶のなかで被災に近い経験の記憶を想起させるワークを組み込むなどして、他人事で終わらせないようにしている。

“失敗談”や“改善点”まで踏み込んだ記事を掲載。研修の立案に活用できる『企業と人材』

今後は、こうした最新の科学的な研究成果も活用しながら、研修プログラムを進化させ、継続的に取り組んでいく予定だ。すでに若手から本部長クラスまで各層の研修が整っているので、さらに研修を増やしていくというよりは、現在の体系を基本に、体験者を増やしていく方針だ。
国内のグループ社員は約2万7,000 人。そのうちの3割くらいが福島での研修を経験すると、「福島」が社内の共通言語になるとみている。体験者が増えることで、組織に対する影響力が増し、“自分事化”して行動を起こす社員も増えていくだろう。
人財開発ラボに作りつけられた本棚(「会社概要」欄の巽さんの写真を参照)は、同室の開設時に、研修が縁で知り合った福島の職人さんが製作したものだそうだ。そんな何気ないところにも、自分事化、共通言語化を想起させる仕掛けが仕込まれている。

(取材・文/崎原 誠)


 

▼ 会社概要

社名 凸版印刷株式会社
本社 東京都台東区
創業 1900年
資本金 1,049億8,600万円
売上高 1兆4,527億5,100万円(連結 2018年3月期)
従業員数 9,699人(連結 5万1,210人 2018年3月末現在)
平均年齢 42.0歳
平均勤続年数 14.2年
事業内容 ICカード関連などの情報コミュニケーション事業、パッケージングなどの生活・産業事業など
URL https://www.toppan.co.jp/

人事労政本部
人財開発センター
センター長
巽庸一朗さん


 

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