事例 No.070 能美防災 特集 経営理念を土台に組織を強くする
(企業と人材 2016年8月号)

中堅社員教育

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

創業の精神に繰り返し触れさせるとともに
生き方、働き方を内省し、自社で働く意義に自ら気づかせる

ポイント

(1)2004年度以降に理念教育を強化。階層別・役割別研修を中心に、Nohmi Valuesの浸透を図るプログラムを組み入れる。

(2)創業者自伝の感想レポート、創業の原点の地の訪問など、現地・現物に触れさせるプログラムを繰り返し行う。

(3)自己理解を深める「情報交換ミーティング」をとおして、会社の存在意義を個人の人生の目的に重ね合わせ、自社で働く意義に自ら気づかせる。

人材開発室の開設を機に、理念教育の強化に取り組む

今年12月に創立100周年を迎える能美防災株式会社。その歴史は、1923年、関東大震災直後の東京の惨状を目にした創業者・能美輝一氏が火災予防の研究を開始したところから始まる。関東大震災から長い年月が経った現在の日本でも、1年間に4.4万件、およそ12分に1件の割合で火災が発生し、死傷者数は1万人近くに及ぶ。同社は「防災事業のパイオニアとしての使命に徹し、社会の安全に貢献する」を社是に掲げ、研究開発からメンテナンスまで一貫体制で、最新・最適な防災システムを提供している。事業のベースにあるのは、創業の精神と企業理念・文化、存在価値・意義、DNAなどの総称である“Nohmi Values”である。

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しかしながら、同社が創業以来ずっと理念重視の社風を保ってきたかというと、必ずしもそうではないという。人材開発室長の舘野幸雄さんは、次のように話す。
「私が入社したときには、もう創業者はおりませんでした。社員の多くは、会社ができた経緯は知っていても、理念に対する意識は希薄でした。当時も理念に共感して入社したという人はいましたが、『一部上場の会社だから』といった理由で入ってくる人も多かったと思います。その結果、当社で働く意義がなかなか見い出せずに伸び悩む人もいました」
そんななか、前人材開発室長(現嘱託)の佐藤栄時さんが主催した自主勉強会「能美平成維新塾」が契機となり、2004年度に現在の人材開発室が新設される。以来、室長に就任した佐藤さんを中心に、外部委託中心だったそれまでの研修体系を刷新し、理念教育を強化してきた。
同社の理念教育は、主には階層別・役割別研修に組み込まれる形で実施されている。階層別研修では新入社員研修、主任職研修、課長職研修のなかで、役割別研修ではリーダー研修やライン長の研修において、かなりの時間をあてているという。
育成方針としては、「防災のプロフェッショナル/自立型人材の育成を図る」をあげる。理念教育にもこれが反映されており、「Nohmi Valuesを理解する」プログラムと「自分自身を見つめ直し、今後のキャリアや生き方を考える」プログラムとをセットで提供している点が特徴的だ(図表1)。そのようにすることで、創業の精神や企業理念を自分の生き方、働き方に重ねて考えさせることをねらっているのだ。

図表1 能美防災の理念教育プログラム

図表1 能美防災の理念教育プログラム

創業理念の現地・現物に繰り返し触れさせる

まず「Nohmi Valuesを理解する」プログラムは、いわば「現地・現物」に触れることにこだわった内容となっている。以下、順番に説明しよう。
(1)創業者自伝の感想レポート作成
階層別・役割別研修では、事前課題として必ず創業者・能美輝一氏の自伝『自叙』の感想レポートが課される。1967年発刊の同書には、大正末期の創業当時、防災という発想自体がなかった日本においてはじめて防災事業を起こし、20年も赤字が続くなか熱意をもって事業を続けた創業者の姿が克明に記されている。発刊当時は全社員に配付されたものの、その後社内でも忘れられた存在となっていた同書を、前述の維新塾の取り組みのなかで簡易版を自作し、教材化したという(2014年には正式に復刻版を発刊し、全社員に配付)。
『自叙』レポートの作成は、自分が何のために働いているかを問い直し、自身の存在意義を考えるきっかけになるという。
「300ページを超える本ですし、当時は課題にすべきか迷いましたが、実際にやってみると、皆こちらが驚くほど熱心に取り組んでくれて、『入社した意義を見い出した』と大きな反響がありました」(佐藤さん)
各人のレポート内容については、研修のなかで参加者同士で共有するほか、研修ごとに全員分を冊子化して配付しているという。
(2)本所被服廠跡地の見学
関東大震災で最大の惨状を呈したのが、東京・本所の陸軍被服廠跡地だ。地震直後に大火事が発生し、避難し集まっていた約3万8,000人が亡くなった。創業者・能美輝一氏は、うず高く積み上げられた白骨のピラミッドをみて、防災の普及に取り組むことを決意したという。
研修のなかでは、この創業の原点の地を訪ね、参加者同士で意見交換するプログラムを実施している。
(3)顧問講話および経営トップとの懇談
まず1つは、同社顧問である木村敞一氏、石山松男氏による講話である。両氏は創業者在任中に直接薫陶を受けた最後の世代である。創業者の生の声を知る人の話は、若い社員の心にも響くという。
元社長・会長であり科学者でもある木村顧問の講話は、階層別・役割別研修のなかで実施される。「防災のパイオニアとしての歩みと能美の総合力」をテーマに、業界動向なども交えて約75分間の講義が行われる。
一方、今年で90歳になる元専務の石山顧問の講話は、新入社員研修と社内公開講座に組み入れられている。テーマは「能美の歴史考」で、自社の歴史と成り立ちが2時間半かけてじっくり語られる。
講話のテーマは、あえて毎回同じにしているという。創業者自伝レポートや本所被服廠跡地見学もそうだが、同社の理念教育では、同じプログラムを繰り返し行っている点も特徴である。
「新入社員22歳、主任30歳、課長40歳とすると、8〜10年ずつ間があいていますので、その間に本人の成長があります。自叙を読んでも講話を聴いても、そのたびに新たな気づきがあり、振り返りにもなります」(佐藤さん)
また、テーマとしては同じであっても、講話の内容は少しずつ変わると、同室の赤羽美紀子さんは次のようにいう。
「顧問は、創業者の功績を伝えるとともに、いまの状況を踏まえたメッセージも話してくれます。たとえば、業界のM&Aの話や最近起こった火災・震災の話なども織り交ぜつつ、現役社員に対し、今後の期待を語ってくれます」
さらに、階層別・役割別研修では、現経営トップ(会長、社長)が登壇し、参加者と懇談する場が毎回設定されている。
(4)自立型人材の講演
これらに加えて、継続的に実施されているのが「自立型人材(起業家精神)とは」と題された講演だ。講師は福島正伸氏(株式会社アントレプレナーセンター代表)。一見、異質なプログラムのようにも思えるが、創業者の考え方との親和性が高いという。
「創業者の生き様は自立型人材そのものです。ほかのプログラムは観念的なところがあったりしますが、福島先生の講演は一人ひとりにどう生きるかを問うものなので、創業者の思いや行動力を自分に置き換えて考えることができます」(佐藤さん)
なお、この講演会は主任職研修や課長職研修の1プログラムとして実施されると同時に、「社内公開講演」にもなっている。つまり、主任職、課長職を対象としたプレ研修を同じ日に実施し、この講演だけを共通プログラムとして組み入れるとともに、一般社員にも参加可能としているのだ。より多くの社員に参加してもらうための工夫である。このほかにも、自立型人材に関する通信教育や講演のビデオも用意し、いつでもだれでも「自立型人材」の考え方に触れられるようにしている。

生き方、働き方を省みる情報交換ミーティング

▲情報交換ミーティングの様子

▲情報交換ミーティングの様子

自己理解を促すプログラムとして、とくに力を入れて行われているのが、階層別研修に組み入れられている(5)情報交換ミーティングである。なぜ働いているのか、生きているのかを自身の考察や仲間との議論のなかで考え、ありたい姿(理想の自分)を描く。研修のなかで、じつに10時間以上を費やして行っているプログラムだ。
ここでは、新任主任職研修の情報交換ミーティングについて紹介する。以下の5つのステップからなっており、各ステップごとに個人ワークのシートが用意されている(図表2)。

図表2 「情報交換ミーティング」の構成

図表2 「情報交換ミーティング」の構成

●ステップ1:人生を俯瞰する
平均寿命から人生全体の時間を計算したうえで、これまでとこれからの人生の時間を算出し、ワークシート上の棒グラフにそれぞれの割合を記入する。それを見ながら、たとえばいまは人生全体の何%まできているか、定年後はどういう生き方があるかといったことを皆で考えていく。
●ステップ2:現在の自分を知る
社会に出てから現在までの時間を振り返り、観察する。入社時の意識、現在の価値観などを考えさせ、現状に満足しているかを問う。課題のワークシートには、たとえば次のような設問がある。
Q:あなたはここ数年、A〜Dのどのゾーンで働いてきましたか?
・Aゾーン我慢の努力・しんどい毎日(満たされないものがいつもどこかにある)
・Bゾーンバーン・アウト、やる気がしない
・Cゾーン自分快適ゾーン(でもなんだかつまらない)
・Dゾーン楽しい努力・充実した日々
このA〜Dについては、受講者全員分を集計し、各ゾーンの割合を4象限の図で表したものをステップ4で活用している。
●ステップ3:ライフ・ライン
まず事前課題として「ライフ・ライン」と呼ばれる図を描いてきてもらう(図表3)。これは、縦軸を「充実感・満足感」、横軸を小学校入学前から現在までの「年齢」および「学校・所属部署等」として、その時々の充実感・満足感の高低を1本の曲線で表したもの。印象に残っている出来事があればそれも記入する。参加者は、自然と自分の半生を振り返るようになる。研修では、ライフ・ラインを描く意味について考え、「自分軸」をもつことの重要性に気づかせる。

図表3 STEP3「ライフ・ライン」ワークシート(記入例)

図表3 STEP3「ライフ・ライン」ワークシート(記入例)

●ステップ4:働く目的
ここまでのステップで考えてきたこと、議論してきたことを踏まえ、あらためて働く目的について考える。ワークシート上には、ステップ2の「働き方の4ゾーン」の設問を新入社員研修で聞いた結果と、10歳程度年上となる課長職研修で聞いた結果が記されており、時とともにAの社員が増えるのはなぜか、Dの社員を増やすにはどうしたらいいかなどについて議論する(図表4)。

図表4 STEP4「働く目的」ワークシート

図表4 STEP4「働く目的」ワークシート

●ステップ5:ありたい姿をめざす
最終アウトプットとして、自分のありたい姿と行動計画を「チャレンジ・シート」にまとめる。働き方だけでなく、人生全体を意識して作成する。ありたい姿は、図、絵、キーワードなど、どう表現してもよい。

会社の存在意義を、個人の人生の目的に重ね合わせる

上述のとおり、情報交換ミーティングでは、直接的にNohmi Valuesをテーマにするのではなく、参加者一人ひとりに自身の人生を考えさせる。その理由について、情報交換ミーティングを担当する同室・斉藤実さんは、次のように説明する。
「創業者の名前が頻繁に出てくるわけではありませんが、個人が自立し、会社といかに共存するかを考えると、どこかで創業の理念とつながってくる。当社の場合、防災事業の推進そのものが社会貢献になるので、わかりやすい面があります。また、家庭や地域などの生活があったうえで仕事をしているわけですから、仕事だけを取り出して考えさせても、本質的なところに行き着きません。ステップを踏みながら、人生全体を振り返って考えてもらうようにしています」
プログラムの内容は、ほかの階層別研修のなかで行うときも、基本的に同じであるという。
「レベルは変えますが、中身は同じです。新入社員は学生から社会人になるタイミング、主任はいちばん忙しい年代、課長は人生の折り返し地点です。それぞれの時点で、何のために生きているかを考えてもらいます。一度気づきを得ても、時間が経つと意識が薄れますので、各層で実施しています」(斉藤さん)
図表5は、新任主任職研修全体のカリキュラムである。網かけ部分が理念教育にあたるプログラムだ。同社の階層別研修は、プレ研修1日と本研修3日の計4日間をプログラムの基本としているが、そのうちの約3日分を理念浸透にあてている。なかでも情報交換ミーティングにはかなりの時間を割いている。

図表5 2016年度新任主任職研修カリキュラム

図表5 2016年度新任主任職研修カリキュラム

課長職研修でも、マネジメントの知識やスキルを学ぶ以上に、理念浸透に力を入れているという。
「なぜ働くのかという根本のところができていないと、マネジメントにも必ず影響が出ます。結局、日々働くのが楽しいかどうかということです。会社の理念と自分のめざすものが心のなかで一致していなければ、リーダーシップを発揮しようという意欲はわきませんし、良いマネジメントはできません」(斉藤さん)
その一方で、Nohmi Valuesの理解度を昇進昇格と結びつけることはしていない。「理念を道具に使おうとすると、失敗に終わります。どういう生き方、働き方をするかを、自分で考え、気づくことが重要です」(舘野さん)

浸透はまだ2合目、軸をぶらさず続ける

こうした教育プログラムを2004年から繰り返し行ってきた結果、現在では社員の85パーセントがNohmi Valuesの教育を受けたことがあり、なかには2回、3回と受講している人も出始めている。この11月には、諸般の事情でまだ受けていない人への研修も開始するという。
「10年以上、これでもかというくらいに続けた結果、皆が自然とNohmi Valuesを口にする会社になりました。皆が同じ方向を向き、一致団結して力を発揮できる会社になってきたと感じます」(舘野さん)
「以前は、真面目だけれども目先の仕事に追われるばかりの依存型社員が多かったのですが、仕事に追われつつも自分たちの存在意義を理解した自立型社員が増えました。業績が好調なのも、このことが背景にあると思っています」(佐藤さん)
「不測の事態が起きたときに、Nohmi Valuesを1つの軸として判断できる人が増えたという実感があります。部署間の連携もよくなり、自分から『オレがやる』という人が増えてきました」(斉藤さん)
これまでの取り組みを評価する一方で、佐藤さんらは「山に例えるなら、まだ2合目」という。
「Nohmi Valuesの理解は進みましたが、それが行動に結びついている社員はまだ多くはありません。育成担当者が軸をぶらさずに続けていくことが大事だと思っています」(舘野さん)
「まだ2合目ですが、よく2合目まで来たなとも感じます。日々の仕事のなかで、この考え方を自分のものとして実践できるようになるのは、簡単ではありません。永遠に教育し続ける必要があります」(斉藤さん)
「新入社員研修、入社2年目フォローアップ研修を受けた後、主任にならないと次の機会が得られない点も課題かもしれません。課長以降も、選抜研修の対象にならないと機会がありません。公開講座はありますが、日々の仕事が忙しいなかで手をあげて参加するのは大変です。自分で振り返りまでできるようになるのが理想ですが、そうなるための支援についても検討していきたい」(赤羽さん)
今後も現在のプログラムを継続する予定だが、長期的な検討課題として、「Nohmi Valuesの明文化」と「顧問講話の継承」がある。
「Nohmi Valuesは理念、文化、DNAなどの総称ですが、明快な言葉にしたほうがわかりやすくなります。押しつけるものではないので、タイミングを考える必要はありますが、どこかの時点では明文化すべきだと思っています」(斉藤さん)
「顧問講話は、直接創業者の薫陶を受けた人が語り部となるので説得力があります。ただ、お2人の年齢を考えると、いずれは別の形で伝えていかねばなりません。録画はしていますが、生とは迫力が違いますので、難しい課題です」(赤羽さん)
また今後は、グループ会社だけでなく資本関係のない協力会社にも、この理念教育の研修参加を呼びかけるなどして、Nohmi Valuesを広げていきたいという。
「グループ会社には2008年から本格的に展開し、対象者の3割が受講済みというところまできました。徐々に理解が進んでいて、その結果、社員の定着率もよくなり、組織間の壁も低くなりました。今後は、国内600社の“チーム・ノーミ”に、同じ志をもつ仲間として理念の共有を図っていきます」(佐藤さん)

(取材・文/崎原 誠)


 

▼ 会社概要

社名 能美防災株式会社
本社 東京都千代田区
設立 1944年5月(創立1916年12月)
資本金 133億200万円
売上高 1,006億円(連結 2016年3月末現在)
従業員数 2,248人(連結 2016年3月末現在)
平均年齢 40.3歳
平均勤続年数 16.0年
事業案内 自動火災報知設備、消火設備など各種防災システムの製造、販売、取付工事、保守業務
URL https://www.nohmi.co.jp

人材開発室の皆さん
(左から)
    石澤鉄兵さん
    赤羽美紀子さん
    佐藤栄時さん
室長 舘野幸雄さん
    斉藤 実さん


 

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