事例 No.149 東京ガス 特集 自己啓発支援制度を効果的に運用する
(企業と人材 2018年7月号)

キャリア開発

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

上司とのキャリア面談直後に自己啓発の講座申込みを開始
短時間講座や夏期講座を増やすなどして受講者増に努める

ポイント

(1)若手社員のベース能力育成として、入社後3年、または7年での一定の資格取得・通信研修終了が推奨されており、自己啓発も多く活用されている。

(2)自己啓発制度には、外部研修を受講するチャレンジプログラム、通信研修のほか、CDP研修、留学研修制度がある。前2者は、年2回、キャリア面談後のタイミングで募集し、修了条件を満たせば費用の5割を会社が負担。

(3)2018年度のチャレンジプログラムは、午前半休やフレックス利用で受講できるように「3時間で学べる」コースを導入した。また休暇が取りやすい7、8月の講座を増やして、受講率を高めようとしている。

安心・安全を維持しつつ、変革を担う人材を育てる

創業から130年に渡って社会を支えるエネルギーを提供してきた東京ガス株式会社。都市ガスを中心としたサービスを展開してきたが、現在、大きな変革のときを迎えている。
背景にあるのは事業環境の変化だ。東日本大震災の原発事故を契機に、日本のエネルギー政策のあり方があらためて議論になった。エネルギーシステムの改革、コスト削減、省エネの推進など、業界全体で取り組むべき課題は多く、エネルギーの自由化により競争も激しくなっている。
こうした環境の変化を見据え、同社では2011年11月、「チャレンジ2020ビジョン」を発表。従来は首都圏中心の都市ガス事業を柱とした「富士山型経営」だったところを、都市ガス事業に加えて、電力、リキッドガス、エンジニアリングサービス、暮らしサービス、地域開発サービスという国内5事業と海外事業という、7つの事業ドメインを編成し、「八ヶ岳型経営」の実現をめざすとしている。従来よりも幅広い領域で、より多様なサービスを生み出し、進化させていくことが求められているわけだ。
人材育成の面でも、それだけ大きく変化している。人事部人材開発室長の桑名朝子さんは、次のように述べる。
「新たに電力事業に参入する際、『あなたとずっと、今日よりもっと。』というコーポレートメッセージを策定しました。『安心・安全・信頼』の企業ブランド価値を守り、これからもずっとお客さまのことを第一に考えていくとともに、事業領域の拡大に応じて、いまよりももっと良いもの、新しいものを提供していこう、という思いを込めたものです。
人材育成についても、この『ずっと』と『もっと』の両方が必要だと考えています。引き続き、130年に渡って築いてきた『安心・安全・信頼』を高めるためのベース能力や専門性の向上など、『ずっと』の部分を大切にしながらも、挑戦や創造、変革などの『もっと』の部分で活躍できる人材を育成していかなくてはいけない。多様な価値観が共存し、多様な人材が活躍できる組織をめざしています」

入社数年で必要最低限の資格・知識修得を推奨

そのために同社では、「自らが考え、人を巻き込んで行動できる人材」、「事業環境の変化に柔軟に対応できる人材」の育成に力を入れている。
「さまざまな学習機会を用意していますが、あくまでも主体となるのは本人です。自ら意欲をもち、自発的に学ぶことによって人は成長するもの。会社主導で一律に学習機会を与えるのではなく、一人ひとりの自発的な能力開発をサポートすることこそ、私たちの役割だと考えています」
同社の能力開発の機会は、大きくOJT、OFF-JT、自己啓発の3本柱で構成されている。
まず、すべての基本となるのはOJTだ。「人は仕事を通じて成長する」という考えに基づき、職場での上司による仕事を通じた指導育成を重視している。
同社では、2013年度に貢献タイプ別人事制度が導入され、複数領域での業務経験を積み、全体最適を考えた組織のマネジメントを担う「ジェネラル」と、特定領域でのスペシャリストをめざす「エキスパート」、専門分野における高度な技能、技術貢献を担う「ビジネス・フェロー」の3タイプに分けて、採用、育成、配置、評価を実施している。その際、部下のキャリアをマネジメントするのは上司の役割だとして、新たにキャリア面談が導入され、今後の育成ポイントや、短期・長期的なキャリアを話し合う場となっている。
続いて、2つめの柱であるOFF-JTについてみると、同社の研修体系は図表1のとおりとなっている。

図表1 東京ガスの研修体系図(ベース・共通能力育成)

図表1 東京ガスの研修体系図(ベース・共通能力育成)

入社してすぐに始まるのが、ビジネスパーソンとして共通に求められる基礎能力を育成する「社員基礎」研修だ。
同社の事業の根幹を担うガス事業法、法務、経理、語学については、貢献タイプにかかわらず全社員に身につけてもらうべき共通の基礎知識と定めている。具体的には、ガス主任技術者試験、ビジネス実務法務検定3級、日商簿記検定3級の取得、TOEIC700点などの基準が設けられており、ジェネラル、ビジネス・フェローは入社3年目までに、エキスパート職は入社7年目までに資格取得などの課題をクリアすることが推奨されている。社内では、そのための研修や職場での勉強会なども多数開催されているという。
また、安心・安全をすべてのお客さまに届けるために必須の業務知識・スキルを習得する研修も、経験や役割に応じて盛んに行われている。
たとえばガス事業の現場では、ガス工事や機器の設置、修理、安全点検など専門知識が求められる。そのため、神奈川県にある人材育成センターにおいて年間100回を超える技術研修が開催されている。
他方、マネジメント力の強化に対しては、階層別研修に加え、次世代リーダー研修を2コース開設している。半年間にわたり異業種の企業数社と一緒に受講するものだという。対象者は、中級コースが35歳前後から、上級コースが40歳代となっている。

上司面談の時期に合わせ、自己啓発の受付を開始

そして、能力開発の3つ目の柱が、今回の特集テーマでもある「自己啓発」だ。前述のとおり、一大変革期にあって、同社は個人の自発的な学びの場としての自己啓発を重視しているのだという。
「個人の自律的な成長を支援するという点では、自ら手を挙げて学んでもらうことが望ましい。実際、参加者の様子をみていると、限られた時間のなかで吸収できるものは最大限吸収しようという意欲の高い人が集まりますし、学びの密度も濃くなっていると感じます」
自己啓発のメニューは、通信研修、チャレンジプログラム、CDP研修、留学研修制度と、大きく4つに分けられる。このうち、通信教育、e-ラーニングなどの「通信研修」と、外部研修である「チャレンジプログラム」が中心となっている。
募集は、完全な公募制となっている。自分が学びたい講座を自分で選んでエントリーする形だ。基本的には、通勤途中や終業後の時間を学習にあてたり、外部研修を受講する場合は、休暇を取るなどして自分で時間を調整する。
修了条件を満たせば、費用の50%を会社が負担するが、修了できなければ、全額個人負担となる。なお、資格対策講座の場合、費用負担の割合は合否によって変わることはない。仮に試験に不合格になっても、講座を修了していれば会社に半額を補助してもらえる。また、再受験をめざして、翌年同じ講座を受講することも可能だ。
募集は年に2回行われる。上期は3月から4月ごろ、下期は9月ごろとなる。
「年に2回のキャリア面談の時期に合わせています。面談は、上司が部下の配属希望を聞くと同時に、今後のキャリアイメージを話し合う場でもあります。本人の意向を踏まえて、上司から『こういう力を身につけてほしい』、『こういう勉強をしてみたらどうか』などのアドバイスをします。そして、次の半期にこの通信教育に取り組むといった能力開発目標を面談シートに記入します。そうした面談結果を受けて、各人がすぐに受講申込みができるよう、募集時期を設定しています」
講座の内容は多岐にわたっている。毎年講座を見直しており、2018年度上期の実績では、通信研修は99講座を提供。資格や語学検定の対策講座をはじめ、MBAやマネジメント、IT・パソコンスキルにかかわるものなど、実践的な講座が多い。
一方のチャレンジプログラムは、全76講座中、半数以上の45講座を新規開講した。ロジカルシンキングやプレゼンテーション、経営分析などの定番の人気講座に加え、時代の要請を反映して、イノベーションマネジメントやデザイン思考などの講座も新たに加わり、好評を博している(図表2)。

図表2 2018 年度上期チャレンジプログラム(外部研修)

図表2 2018 年度上期チャレンジプログラム(外部研修)

最近、人気が高いのが「3時間で学べる」コースだという。従来は1日、もしくは2日間のコースが主流だったが、マネジャー層や交代勤務などでスケジュールを調整しづらい社員から、参加しにくいという声があがっていた。
短時間の講座を増やしたことで、午前中だけ半休を取ったり、フレックスタイムを利用して午後3時からの講座を受講するなど、多くの人が申し込みやすくなった。短時間で概要が理解できるので、本格的な勉強に取り組むきっかけとして活用できるという。
受講者数は、通信研修が年間延べ1,300人ほど、チャレンジプログラムは年間延べ300人ほどだ。前述のとおり、ベース・共通能力として資格取得が奨励されていることもあり、受講者は20代、30代の若手が多い。
「熱心な人は継続して受講するのですが、どうしても特定の人が中心になってしまうのが悩ましいところではあります。受講機会が偏らないように配慮すると同時に、より多くの社員に自ら学ぶ意欲を高めてもらえるよう、取り組んでいきたいと考えています」
そのために、7月、8月など休暇が取りやすい時期に多くの講座を開催したり、海外赴任中や出向先でも勉強ができるようにeラーニングのコースを増やすなどの工夫をしている。
また、会社としてぜひ学んでもらいたい分野については、毎年「注目テーマ」として掲げ、自己負担の割合をさらに軽くして受講を促進している。ちなみに今年度は、以下の4つである。
・ダイバーシティの実現・生産性向上
・グランドキャリアの充実
・グローバル対応力の強化
・イノベーション
「グランドキャリア」とは、50代以上の社員を指している。社員数も多いミドル層の学びを促すために、部下の育成やコミュニケーションなど、関心の高いテーマの講座を開講するようにしている。

専門学校に留学し資格取得する制度も

通信研修、チャレンジプログラム以外の自己啓発として、キャリア開発をテーマにしたCDP研修がある。
同社では、従来から30歳、40歳、50歳、55歳の節目でCDP研修を実施している。これまでは全年齢到達時で受講を必修としていたが、2013年から30歳と40歳の研修を自己啓発に変更した。これも、上司とのキャリア面談導入に伴う変化で、当時は一律のCDP研修は廃止する案も出たが、上司の支援を補完するものとして公募式研修に切り替えたのだという。
現在は、それぞれ6、7月にかけて開催している。
「やりたい仕事といまの仕事にギャップを感じていたり、ライフも含めた今後のキャリアを改めて考えたいと参加する人が多いですね。職場を離れて1日じっくりと自分のキャリアを振り返るのは、良いきっかけになっているようです。また、当社だけでなく異業種の企業と合同で実施しているので、しがらみを気にすることなく、本音を話しやすい。他社で活躍する同世代の方の多様な価値観に触れ、さまざまな刺激を受けられると好評です」
そして、留学研修制度も、自己啓発制度の1つである。これには、大きく分けて2つある。
1つは、国内・海外の大学院への留学だ。世界の主要大学ランキングで20位以内の大学のなかから、自分で留学先を選択し、受験する。米国や欧米諸国へのMBA留学が中心だが、最近では法務留学も増えている。米国の大学で1年間法律を学び、2年目には現地の法律事務所でインターンを務め、その間に州が規定する弁護士資格を取得するというものだ。帰国後は、専門知識を活かして、法務や原料調達、海外事業などで活躍している。
毎年多数の応募があるが、社内選考が非常に厳しく、派遣されるのは年間2、3人だという。また、社内選考を通っても、大学の入学審査を通過しなければ留学できないので、語学力や試験対策の勉強は欠かせない。費用面でも、入学後の学費等の本人負担は2割ですむが、留学するまでの勉強や準備のコストを含めて考えると、経済的にも大きな挑戦となる。最近では、留学希望者にアドバイスや情報提供を行う留学経験者のネットワークも生まれている。
もう1つの留学制度が、高卒で入社し現場で活躍しているエキスパート職が、建築士や電験二種(第二種電気主任技術者)などの資格取得をめざし、専門学校に留学するというもの。こちらも応募者のうち、留学できるのは年間2、3人程度だという。
入社数年後の20代前半の応募者が多いそうだが、留学が決まれば、卒業までの2年間は完全に業務から離れ、「学生」として年下のクラスメートと一緒に学校生活を送る。その経験は、副次的にリーダーシップを身につける機会にもなっているようだ。

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同社では、事業の特性上、法律の知識や資格取得が求められる業務も多く、伝統的に学びを支援する空気がある。先輩社員が講師となって昼休みや空き時間に勉強会を開催したり、後輩の資格取得のために自発的に合宿を行う部所もあるという。最後に、今後の課題について、桑名さんに聞いてみた。
「人材開発室としては、事業構造が大きく変わるなかで、貢献し続けていける人材をどうやって育成していくかを考えていきたい。やはり人間は現状に満足してしまうと、さらに成長したいという欲求が起こりません。自発的に学ぶ意欲を喚起するため、いかに刺激を与えることができるかが重要だと考えています。また、当社も働き方改革に取り組んでいるところですが、研修についてもその視点を展開し、研修そのものの効率を上げることも考えていかないといけないと思っています」

(取材・文/瀬戸友子)


 

▼ 会社概要

社名 東京ガス株式会社
本社 東京都港区
創立 1885年10月
資本金 1,418億円
売上高 15,870億円(連結)
従業員数 8,219人(2017年3月末現在)
平均年齢 41.3歳(2017年3月末現在)
平均勤続年数 19.2年(2017年3月末現在)
事業案内 都市ガスおよび電気の製造・供給・販売、エンジニアリングソリューション事業など
URL http://www.tokyo-gas.co.jp/

人事部 人材開発室長
桑名朝子さん


 

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