事例 No.126 日本アイ・ビー・エム 事例レポート(キャリア開発)
(企業と人材 2018年1月号)

キャリア開発

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

NPO 対象の PM ワークショップが
講師役の社員の気づきを生む

ポイント

(1)社会貢献活動の一環として、東北の復興支援NPOを対象に、プロジェクトマネジメント(PM)ワークショップを実施。同社の社員を講師として派遣する継続的な取り組み。

(2)1回あたり4〜7人のプロジェクト・マネジャーが参加し、演習を中心とした1日ワークショップを行う。団体ごとに自分たちの実課題を持ち込んでグループワーク。各グループに1人ずつアドバイザーを配置。

(3)参加した社員たちにとっては、自らの経験やスキルが社会課題の解決に役立つことを実感できる場となり、リピーターが続出。仕事に対する誇りやモチベーション、スキル向上への意識など、多くの気づきと学びが生まれる。

社会貢献活動がもたらす社員の学び

日本アイ・ビー・エム株式会社は、社会貢献活動の一環として、主に、東北で復興支援に携わるNPO法人を対象に、プロジェクトマネジメントの方法論について教えるワークショップ(以下、PMワークショップ)を実施している。この取り組みにより、プロジェクトマネジメント学会から2016年度PM実施賞奨励賞を受賞するなど、社外からも評価を得ている。
しかし、その成果は対外的なものだけではなく、この活動に参加した同社社員にとっても大きな意義があるという。ワークショップ全体の講師やNPOからの各参加グループをサポトするアドバイザーとして派遣されるのは、同社のプロジェクト・マネジャーたち。一定の経験を積んでからでないと担うことができないポジションであるため、年齢的には30代後半から50代が中心だ。
社会貢献担当部長の塚本亜紀さんは、この取り組みが「参加したミドル、シニア層の社員の気づきや学びにつながっている」と考えている。震災を1つのきっかけとして人材育成部門から社会貢献部門にキャリアチェンジしたという塚本さんは、とくにミドル・シニア層の社員にとって、PMワークショップ参加は、自己肯定感や会社へのロイヤリティを高める機会にもなっているとする。
以下では、同社のPMワークショップの取り組みと、その教育効果について取り上げてみたい。

PMワークショップを東北のNPOに提供

そもそも同社は、1911年の創業以来、社会貢献やダイバーシティ施策に力を入れてきた会社である。米国本社では、創立者兼会長のトーマス・J・ワトソン・シニアが「良き企業市民たれ(Beagoodcorporatecitizen.)」という言葉を残しており、1914年に障がいのある社員の雇用を開始し、1935年には人種や性別による格差のない給与制度を実現するなど、企業の社会的責任を果たす先進的な取り組みを進めてきた。
社会貢献活動については、現在は、金銭や物品の寄付よりも、同社がもつ技術やノウハウ、社員のスキルを有効活用して社会課題解決を支援することをグローバル共通の方針として、多彩なプログラムを実施している(図表1)。

図表1 IBM社の社会貢献活動の方針

図表1 IBM社の社会貢献活動の方針

PMワークショップは、同社が世界中で展開する「インパクト・グランツ」というプログラムの1つである。インパクト・グランツは、社会課題の解決に取り組む非営利組織・団体(以下、NPO)に対して、リーダーシップ開発の機会や戦略コンサルティング、各種ITツールなど、社内で実施している、あるいはビジネスとして顧客に提供しているサービスを、それぞれの専門性を有する社員が無償で提供するというものだ。主なプログラムは図表2のとおりである。

図表2 Impact Grants(インパクト・グランツ)

図表2 Impact Grants(インパクト・グランツ)

近年、NPOの社会的役割はますます大きくなり、日本でも一定の規模をもち、継続的に活動する団体が増えている。そこでは、課題解決の効果を高めていくためにも、効率的な組織運営が重要課題となっている。同社のPMワークショップは、NPOのメンバーが、プロジェクトを成功に導くためのマネジメント手法を、スペシャリストから直接学べる場として、世界各地で開催され、好評を博している。
日本においては、2013年12月に第1回のワークショップが開催され、2014年度から本格的に展開してきた。2017年4月末までに合計12回開催され、受講者は延べ36団体、220人にのぼっている。

プロジェクト・マネジャーがグループワークを支援

PMワークショップは、講義と演習を組み合わせた1日間の研修プログラムである(図表3)。世界標準の手法として浸透しているPMBOK(Project Management Body of Knowledge)をベースに、グループワーク中心のプログラムが組まれている。
講師役を務めるのは、同社の各部門で働く、現役のプロジェクト・マネジャーたちだ。さらにアドバイザーとして、別のプロジェクト・マネジャーが各グループに1人ずつ付き、グループワークをサポート。1回のワークショップで4〜7人の社員が参加する。

図表3 ワークショップで取り上げるプロセスと演習の成果物

図表3 ワークショップで取り上げるプロセスと演習の成果物

講義では、プロジェクトのプロセスに沿って基本的なマネジメント手法をわかりやすく解説する。
たとえば、プロジェクトの「立ち上げ」にあたっては、このプロジェクトの目的やゴールを明文化したプロジェクト憲章を作成する。「計画」の段階では、プロジェクト全体のマスター・スケジュールを作成し、ポイントとなる「マイルストーン」については、いつまでに何をすべきかを具体的に書き出していく、といった具合いだ。
「NPOは、目の前の課題にスピーディに対応しなければならない場面も多いですし、どちらかというと、『形を整える前にまず行動する』カルチャーがあります。そのため、大きなビジョンは共有していて、それに向けて情熱をもって取り組んでいるけれども、個々の活動のゴールについては十分にすり合わせができていない、といったことも少なくありません。
PMワークショップでカバーしているのはごく基本的な知識やスキルですが、『あらためて言われると考えていなかった、言語化できていなかった』ということも多いようです」(塚本さん)
その後は、グループに分かれての演習となる。
PMワークショップのもう1つの特徴は、受講者たちの団体が実際に取り組んでいるプロジェクトを題材にする点だ。ワークショップにはプロジェクトのメンバーで参加してもらい、グループごとに自分たちが日々取り組んでいるなかでの課題を考えてもらうのだ。受講する人たちからすると、リアルなテーマで専門家からアドバイスを受けられることは、身近で具体的な学びとなるだろう。
あるとき、こんなことがあったそうだ。「起業支援イベントの開催」プロジェクトをテーマとしてワークショップに参加した団体が、プロジェクトの「成功」について話し合っていた。よくよく話してみると、現場のメンバーは「イベントに人を集めることが成功」だと考えて奔走していたのに対し、リーダーは「イベントをきっかけに何人の人が起業するか」が成功の評価ポイントだと考えていたという。その後、プロジェクトの目的や「どんな状態が成功か」を徹底して話し合った結果、お互いのギャップが明らかになり、集客以上にイベント後のフォローアップに比重を置くなど、効率的な資源配分ができるようになったということだ。
受講した団体からの感想は総じて好評だ。全員で共有すべき目的やスケジュール、作業などを「可視化」することや、マイルストーン、ステークホルダーなどというPMの基本用語を「共通言語」として学び、それを用いて議論できるようになったことなどが、効率的な運営につながると喜ばれている。

NPOニーズを理解し徐々に実績を重ねる

PMワークショップはいままでにない取り組みで、当初は手探り状態だったという。
「プロジェクトマネジメントはIT業界では必須スキルですが、ソーシャルセクターにどれだけ適用できるのか、当初は確信がもてませんでした。このワークショップも、すでにグローバルでは多くの実績がありましたが、日本では前例がなく、まずはNPOのニーズを探ることから始めました」(塚本さん)
そこで最初は、以前からお付き合いのある中間支援NPO(企業の社会貢献部門等とNPOとを結びつけることを活動目的とするNPO)にパイロット的に実施したところ、評判はよく、手応えをつかむことができた。そして、その団体からのアドバイスもあり、東北で復興支援にかかわるNPOを対象にこのワークショップを実施していくという方向性もみえてきた。
「当時は東日本大震災から年が経ったところで、被災地からだんだんお金や人が引き上げられていく状況がありました。そうしたなかでNPOが成果を出し、持続的な活動につなげていくには、プロジェクトマネジメントのスキルが有効なのではないかとアドバイスを受けました。そこで、この中間支援NPOにコーディネートをお願いし、東北で活動している団体向けに実施しはじめたのです」(塚本さん)
2014年には宮城県仙台市で2回ほど開催。その後も、岩手県釜石市、宮城県石巻市など、東北を中心にワークショップを実施していった。回数を重ねるごとに新たな展開が開け、運営にもさまざまな工夫が加えられてきた。最初のうちは、単発の1日研修だったが、内容を理解するだけでなく、実際に自分たちの活動に活用し、定着させていくためには、継続的なサポートが必要ではないかということになり、2015年度からは、原則としてワークショップの数カ月後にフォローアップを行う形にした。ワークショップの実施から約半年間にわたって、メンタリングや報告会など継続的なサポトを行い、着実な浸透までを支援したケースもあったという。

参加した中堅層社員の気づきと学び

前述のとおり、この活動は、講師やアドバイザーとして参加する社員にも、さまざまな影響を与えている。多くの社員が自らの経験・スキルに対する認識を新たにし、仕事に対するモチベーションを向上させているという。
プロジェクト単位で業務が行われることが多い同社では、プロジェクト・マネジャーは特定の部門にだけ存在するわけではなく、さまざまな部門、事業所に散らばっている。そのため、部門を越えたバーチャルな組織として「PMコミュニティ」が形成されており、従来から情報交換・交流が盛んに行われている。日本では、グループ会社の社員を含め約3,000人が、このコミュニティに所属しているという。
PMワークショップへの参加募集は、このPMコミュニティを通じて、呼びかけが行われた。興味をもった人が自主的に手をあげ、説明会に参加して正式登録という流れになるが、初回の呼びかけで53人がエントリーしたという。
「社内では“GiveBack”といっていますが、PMコミュニティは自分たちの知識・スキルを社内外に還元することを奨励しており、日ごろからメンバーは、たとえば若手のメンターになったり、論文を発表したりしています。
今回のPMワークショップについても、コミュニティリーダーに協力要請に行ってみると、『社外で、しかもソーシャルセクターに対して講師として貢献できる機会はそうはないことで、ぜひやりましょう』ということになり、思いのほかスムーズに協力体制をつくることができました」(塚本さん)
現在、登録者は71人。案件が生じるたびに登録者に募集をかけているが、それぞれ多忙な業務を抱えながら、毎回10人ほども応募があり、「なるべく多くの人に参加してもらえるよう調整している」状態だという。
主にシステム開発の分野で、プロジェクト・マネジャーとして20年近いキャリアをもつ、グローバル・ビジネス・サービス部門アソシエイト・プロジェクト・マネジャーの石塚幸夫さんも、そのうちの一人だ。それまでボランティア活動などの経験はなかったが、興味を感じて応募した。きっかけは東日本大震災だったという。
「私も、あの災害に大きなショックを受けた一人です。当時、多くの人が支援のため東北に駆けつけましたが、私自身は何の役に立てるのかわからず、結局、募金くらいしかできませんでした。以来、心の片隅に何か自分にできることはないかという思いが残っていて、PMワークショップの話を聞いたときは、そういう場であれば自分のスキルが活かせるのではないかと思いました」(石塚さん)
最初に参加したのは2014年12月、宮城県仙台市でのワークショップだった。前日に仙台に入り、石巻市や南三陸町も見てまわった。ワークショップ当日は、地域で活躍する複数のNPOが受講するなか、アドバイザーとして1つのグループをサポト。担当したNPOは、代表をはじめメンバーにも子どもをもつ女性が多く、皆、熱心に取り組んでいた。
「パワフルなお母さんたちが多くて、いちばんにぎやかなグループでした。演習では、予定しているイベントの計画をつめていったのですが、とても真剣に取り組んでいました。自分たちがやらなくてはという使命感をもって、一生懸命がんばっている姿を見ていて、だんだん自分も一緒に参加している気持ちになりましたし、できるかぎりプロジェクトの成功を応援したいと思いました」(石塚さん)
自分としては、ふだん当たり前のように使っているプロジェクトマネジメントのスキルが、社会課題解決の現場で実際に役立つことを目の当たりにし、「自分にできること」を確信することができた。
その後も案件が発生したら、業務の事情が許す範囲で応募し、2回目に参加したときはワークショップ全体の講師役も務めた。
また、最初に参加したワークショップで出会ったNPOの受講者たちとはその後もやりとりが続き、NPOからの「学んだことを着実に実践するために、再度ワークショップを実施してほしい」との要望を受け、ボランティアで東北に赴いたりもしたという。交流はいまも続いているそうだ。
石塚さんはまた、PMワークショップ参加を機に、一般社団法人PMI(ProjectManage-mentInstitute)日本支部の自主的な研究会にも参加するようになった。現在は「社会的課題の解決を目的とする活動のマネジメントに適するプロジェクトマネジメント手法を開発し、普及することにより社会の発展に貢献する」ことをミッションに掲げるソーシャル・プロジェクトマネジメント研究会に所属し、副代表、ソーシャルPM実践ワークショップ講師なども務めている。
「研究会の活動を通じて、また新たなNPOとの接点も生まれています。こうした活動を通じて、業務上ではあまり接点のないソーシャルセクターの人たちと交流する機会も増えてきました。そうした人たちの考えに触れて刺激を受けることが多いですね」(石塚さん)

企業が社会貢献の機会を提供する意味

PMワークショップに参加した社員のアンケトでは、総じて満足度が高く、実際に再び参加する社員も多い(図表4)。PMスキルの有用性が理解できた、自分の仕事に誇りをもてるようになった、モチベーションが高まったといったコメントが多く寄せられ、また、受講者にわかりやすく説明することでPMの知識の整理・復習ができたという声もあがっている。

図表4 PM ワークショップに参加した社員へのアンケート結果

図表4 PM ワークショップに参加した社員へのアンケート結果

「プロジェクト・マネジャーという職種の特性上、比較的経験を積んだ社員が多く、これまでは仕事一筋で社会貢献に目を向ける機会がなかった人がほとんどなのですが、そういう社員が、業務とはまた違うところで、『自分たちも、これまで培ってきたスキルを活かして、社会に貢献できる』と実感できることは、非常に大きいと思います。
それに、彼らのような年齢層の社員がアドバイザーとして参加すると、やはり経験に裏打ちされた落ち着きや包容力があって、グループに寄り添ってサポートしてくれている感じがあります。一方で、彼らからすると、親子ほども離れたNPOの若者たちがひたむきに取り組んでいる様子から刺激を受けることも多いようです」(塚本さん)
「NPO支援の活動では、日常業務ではできないようなチャレンジが、あまり制約を感じることなくできることが魅力なのだと思います。いろいろな人に会えることも楽しいし、新鮮に感じます」(石塚さん)

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「ただそれは、テコになるスキルがきちんとあることが大事で、だからこそ会社として取り組む意味があると思っています。職種別の人事管理をしている当社は、軸になるスキルがはっきりしているという点で、取り組みやすいといえるかもしれません」(塚本さん)
社会貢献活動といっても一方的な支援ではなく、社員の満足度が高く、会社にとってもメリットがある双方向の活動になっているからこそ、継続的に運営でき、さらなる広がりも期待できるのだ。
純粋なボランティアであれば、個人の自主性に委ねてもよいのかもしれない。しかし、一人ひとりがキャリアを通じて培った専門的なスキルを活かせる場を、個人でみつけることは簡単ではないだろう。仕事とは異なるシチュエーションで個々の能力を発揮できる場を、会社が提供する意義はそこにある。スキルをベースにした活動を設計するからこそ、社会貢献と人材育成の両立が期待できるのだろう。

(取材・文/瀬戸友子)


 

▼ 会社概要

社名 日本アイ・ビー・エム株式会社
本社 東京都中央区
創立 1937年6月
資本金 1,053億円
売上高 8,875億円(2016年)
従業員数 (非公開)
事業案内 情報システムにかかわる製品、サービスの提供
URL https://www.ibm.com/jp-ja/

(左)
Global Business Services
Associate Project Manager
石塚幸夫さん

(右)
社会貢献
担当部長
塚本亜紀さん


 

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