事例 No.055 日本通信 特集 「ソト」での学びで視野を広げる
(企業と人材 2016年4月号)

キャリア開発

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

必要な業務に人材をアサインする「クルーシステム」で
複数の業務を経験させ、社員の成長を促す

ポイント

(1)柔軟性があり、リスクを取りながら行動できる人材を育成するためのシステムとして、部課にこだわらず、さまざまな業務を社員にアサインする「クルーシステム」を導入。

(2)ファンクショナル・オーナーが日々の業務に必要な人員をリクエストし、クルーチーフが調整を行う。クルーは当日の朝、その日の業務を確認する。

(3)さまざまなファンクションで業務に携わることで、幅広い内容を理解している人材が育つ。そのほか、多面的な評価ができる、社員間の交流も増えるといったメリットもある。

柔軟性がありリスクを取って行動できる人材を求める

1996年創業の日本通信株式会社。通信キャリアの無線通信基盤を利用してモバイル通信サービスを提供する、MVNO(仮想移動体通信業者)の先駆的な存在として知られている。同社は、現会長の三田聖二氏が、モバイル通信による次世代インターネットの可能性と、産業構造の変化に目を向け、創業した企業だ。
三田氏は、戦後間もない時期、大手商社の海外支店駐在員第一号となった父親から、「自分たちはアメリカの力を借りて日本の復興を実現していくが、やがて日本国内で力が蓄えられ、日本で社会貢献ができる時代になるはずだ」と聞いて育った。その言葉に大きな影響を受け、カナダ国鉄をはじめ、銀行、証券、アップルコンピュータなどのビジネスを経験した後、それらの蓄積をもとに、世界で日本がリーダーシップを発揮していけるビジネスとして移動体通信に着目し、日本通信を創業した。
その後、日本の移動体通信の技術力を活かすためには、設備事業者(キャリア)以外から人を呼び込み、新たなサービスを展開していくことがキーになると考え、そのための環境整備や新たなビジネスモデル事業を展開してきた。
たとえば、個人がスマートフォンを手にするには、基地局をもつキャリアと契約するしかなかった時代に、いわゆる“格安SIM”のサービス提供を開始。携帯ショップ以外で契約ができる仕組みをつくった。最近は、企業が自社の得意なサービスをモバイルで提供できるように支援する、法人向けソリューションに力をいれている。
このように、前例のないことに挑んできた同社。現在は20代が4割を占め、ベテランと若手が協働しながら業務にあたっている元気な会社である。
求める人材像は、柔軟性があり、かつ、リスクを取って行動できる人材だ。代表取締役常務の片山美紀さんは、次のように語る。
「社員には、これまでの前例や常識と思われてきたことを問い直し、『本当にそうなのか』、『それで筋はとおっているのか』といった視点で深く考え、自分たちなりの根拠をもって進めていける柔軟性を求めています。
ただ、そうやって深掘りしてものを考えていけばいくほど、今度はいろいろなことがわかって、結果的に身動きが取れなくなるおそれもあります。しかし、リスクがあるからといって動かないでいたのでは成長はありませんし、やってみないと次の手もわかってきません。社員にはしっかりと考えたうえで、リスクをとって行動できる勇気をもつことも求めています」

部署の壁を取り払い優先業務に人材を注力する「クルーシステム」

もともと同社はベンチャーとして出発したこともあり、社内に部や課といった組織体制はなかった。これは、セクションにこだわらずスピードをもって、そのときどきに重要な業務に注力していくためである。
さらに、ある時期からは、“organizationoftheday(オーガナイゼーション・オブ・ザ・デイ)”と称して、随時、組織変更や人事異動を発表するようになった。
「会社には、そのときどきで優先的に遂行していかなければならない業務があります。そこにベストの人材をあてるのが会社にとって最も大切なのですが、部署に人材を配属して固定化してしまうと、部署側からは『優秀な人材を取られる』という抵抗が起きたり、社員側からは『なぜ自分が担当しなければいけないのか』といったような、業務を遂行するうえでの支障がでてくることもあります。
そこで社員の頭から、『自分はどこに所属している』、『自分の仕事はこれで、それ以外は別の人の仕事』といった枠を取り払ってもらおうと考えたのです」
そこからできたのが、「クルーシステム(CrewSystem)」である。これは、社員(クルー)の意識を根本から変えるために、セクションそのものを廃止し、会社にとって優先度の高い仕事に社員を配置するというものだ。現在、同社の社員は、後述するファンクション責任者以外は全員、名刺の部署名は会社をあげて取り組む「MSPビジネスデベロップメント」となっている。
クルーシステムを簡単に説明すると、毎日決まった仕事を行うのではなく、さまざまな業務に時間単位で携わるというもの。どの業務につくかは、当日の朝までわからない。
「クルーシステムをはじめたのは2010年です。当時、会社が危機的な状況にあり、事業の再構築を行いながら、人的資源を優先業務に投入できる体制づくりをめざして変革するなかでできたものです。私たちの場合は、それ以外に選択肢が考えられなかったのですが、ほかの企業ではまず導入はできないでしょう。
社員も会社の状況を知っていたからこそ、日々違う業務にあたるという、これまでになかった働き方にもついてきてくれたと思うのです。クルーシステム導入後、業績がV字回復を果たしたことも、システムの継続に大きな影響を与えました。結果を出したことで、社員もこのシステムが間違っていないと実感してくれたのだと思います」

人材育成の視点も入れながら責任者のリクエストを基に多様な業務に人材を配置

では、クルーシステムについて、詳しくみていこう。
このシステムの対象となるのは、クルーと呼ばれる一般の社員(全従業員の約85%)である。クルーは毎朝出社すると、オフィス内にある大型モニターに映し出された各人の業務スケジュールを見て、それに沿って仕事につく。
1つの業務は通常、2時間単位の「スロット」で割られている。基本的には、9〜11時、11〜14時(12〜13時は昼食)、14〜16時、16〜18時の計4スロット(繁忙時は5〜6スロット)の時間割で業務を割りあてられる。
平均して、1人1日に2〜3の業務を担当するそうだが、場合によっては、1日〜数カ月間同じ業務に携わるケースもある。優先度の高い業務が出てくれば、当日に変更になることもあるそうだ。
会社が業務をアサインする仕組みは図表1のとおりだ。
前述したように、同社には部署はないが、Legal(法務)、Finance(会計)、System&Database(システムのデザイン・開発)、HumanResources(人事)など、業務ごとに20以上のファンクションを設けている。各ファンクションには、「ファンクショナル・オーナー」(以下、オーナー)と呼ばれる責任者がおり、オーナーは3日後の業務量をみて、必要なクルー数やだれに仕事を任せたいかを、自社開発した専用のシステムに入力する。これがクルーのリクエストとなる(図表1の①)。

図表1 クルーシステム

図表1 クルーシステム

もちろん、リクエストだけだと、指名が重複するクルーがいたり、人数の割り振りがうまくいかなかったりする。そこで調整を行うのが、「クルーチーフ」(以下、チーフ)だ。チーフは、会社にとってより優先度の高い業務を判断して、どのクルーをどのファンクションに配置するかを最終決定する(図表1の②)。これを務めているのが、片山さんである。
「ピラミッド型組織では、実際にどんな仕事をしているかは、直属の上司以外はわかりにくいものです。会社が業務の優先順位を決めても、いくつもの階層を経て伝えられるため、一人ひとりの業務にはなかなか反映されないということも起こります。その点、クルーシステムは、会社の方針が業務内容に反映されますから、かぎりあるリソースを、その時点でいちばん優先される業務に投入できるのです」
アサインされた内容は、当日の朝、モニターに表示される。クルーはそれを見て、決められたスロットの間、そのファンクションで業務にあたるというわけだ(図表1の③)。
クルーシステムでは、たとえば、午前中はコールセンター、午後は営業と出荷のファンクションといったように、ほとんど関連性のない業務を、1人のクルーがいくつも受けもつケースは珍しくない。これは、人材育成の点からみても効果が大きいという。
「当社の事業は新しい技術ではあるものの、すでに商用に耐えうるものを組み合わせて提供することがメインです。そうすると、1つのことに秀でているよりも、いろいろなことがわかる、引き出しの多い人材が必要になります。そういう人材を育成していくためにも、できるかぎり内容の異なる多様な業務に携わってもらうようにしています。似たような仕事をやってもらうほうが効率はいいのかもしれませんが、そうすると結果的に、ある箇所しかわからないクルーができてしまいます。それを意識的に排除しようとしているのです」
ずっと契約の仕事しかしていないクルーだけでは、新しい業務の進め方や契約書の作成方法がでてこないかもしれない。そんなとき、技術系のクルーに契約の仕事をしてもらうことで、本人の視野は広がり、また、ファンクションにとってもプラスになるというわけだ。
とはいえ、各オーナーはその業務に習熟した人材をリクエストしてくることが多い。そうしたなかチーフとしては、各クルーの今後のキャリアの方向性なども考慮しながら、あえて要求とは異なる人材を選んで配置するといった工夫もしているそうだ。

▲毎朝モニターで自分の仕事を確認するクルー

▲毎朝モニターで自分の仕事を確認するクルー

業務終了後に「スマイリーマーク」で評価・フィードバックを行う

クルーシステムでは、「スマイリーマーク」と呼ばれる、顔のアイコンを使った評価・フィードバックの仕組みも取り入れている。
各クルーは、原則としてアサインされた業務が終わるたびに、社内システム上で、業務の進捗状況や成果、業務上の提案などを報告する。あわせて、ファンクションの雰囲気など、その業務に対する「自分の気持ち」を5段階のスマイリーマークで評価・入力する(図表1の③)。

図表2 5段階の「スマイリーマーク」

図表2 5段階の「スマイリーマーク」

一方、オーナーは、クルーの仕事ぶりについて気づいたことがあれば、アドバイスなどをシステム上から送る。同時に、クルーのパフォーマンス評価を5段階のスマイリーマークでつけ、送信する(図表1の④)。オーナーがクルーの評価などを見られるのは、パフォーマンス評価をした後だ。
クルーのパフォーマンス評価がいつもと比べて下がっているときなどは、システム上で確認するだけでなく、オーナーが直接会って理由を聞くこともある。ときには、キャリアや仕事、職場への悩みに対して解決のアドバイスを送ったりしながら、オーナーとクルーはシステムをとおしてコミュニケーションを深めているそうだ。
コミュニケーション面以外にも、この評価方法のメリットはある。たとえば、直近の仕事に対してすぐに評価をもらえること。同社は四半期ごとに評価を行っているが、それだけだと、最近の評価に左右されるなど、バイアスがかかってしまうこともある。
しかし、このシステムを使えば、リアルタイムの評価と成果を蓄積しておくことができるため、四半期の評価に不満をもつクルーがいれば、データベースに残っている毎日の評価を見ながら振り返りを行い、納得性を高めていくことができるのだ。
また、1人のクルーに対し決まった人ではなく、多くのオーナーが評価にかかわることで、公平性が保たれるというのも、このシステムのメリットである。それに付随して、多くのオーナーがクルーの育成にかかわることになるため、社内に学び合い助け合う風土も醸成される。
それ以外に、じつはこの評価システムには、もう1つのねらいがある。それは、評価する側もされる側も、評価に慣れてもらうというものだ。
「オーナーは厳しい評価がつけづらいのですが、それがないとクルーの成長につながりませんし、場合によっては、ビジネス自体に悪影響を及ぼすかもしれません。とはいうものの、3カ月に1回の評価が思ったようなものでなければ、クルーは落ち込んでモチベーションが低下してしまうかもしれません。しかし、毎日評価する仕組みをつくっておけば、受ける側の評価に対する耐性ができますし、評価する側もあたり前のように厳しい評価をして、本人に注意を促すことができるようになります」
四半期ごとの人事評価のベースは、スマイリーマークによる評価だが、オーナーによる偏りなどをなくすため、最終的には統計処理をして調整を行っているそうだ。
導入の経緯などもあり、クルーシステムは既存の社員にはおおむね好評に受け止められている。同社は現在、中途採用は行っておらず、新しく入ってくるのは全員新卒入社だが、そちらについても、「クルーシステムがあることを知ったうえで、応募・入社してきているので、抵抗はまったくない」と片山さんは話す。
なお新卒入社者は、まず3カ月間は、事業の基礎となる4つのファンクションをローテーションで経験する。そのなかで、だんだん各人の個性もわかってくるため、オーナーはその間に新人の個性や仕事ぶりを見ながら、3カ月後からは、自分のファンクションに適性があると思われる新人クルーをリクエストしていく。3年ほど経つと、ある程度アサインされる仕事の内容や分量に差がでてくるそうだ。
そうやって、いくつかのファンクションをアサインされながら業務を覚えていき、やがて成長が著しいクルーには、1つの業務を1日担当する「イン・チャージ」を何度か経験してもらう。そして、安心して任せられると判断されれば、適性次第でオーナーに昇格となる。オーナーは年齢に関係なく、本人のやる気と適性で選ばれる。20代のオーナーも活躍中だ。
クルーの指導や育成もオーナーの重要な責務である。そのため、その役割に向かないと判断された場合は、オーナーからの降格もある。昇降格ともに、同社では珍しいことではないという。
なお、その業務に未経験のクルーをアサインする場合は、必ず業務に精通したクルーをペアにつけるようにしている。そうやって、指導を受けながら仕事を覚えていくことで、いろいろな業務を安心して学べる体制を整えているのだ。
クルーシステムには副次的な効果も出ている。たとえば、仕事を抱え込んで他人に教えないということがなくなった。これらにより、皆が横断的に情報を交換し、自然に助け合う風土も生まれてきている。

状況に合わせて変更を行いながら社員の向上心へ応える

導入当初は、厳しい面もあるシステムだけに、戸惑いもみられた。しかし5年以上が経ったいま、クルーは未知なことに対する度胸がつき、同社が求める柔軟でリスクを取りながら行動できる人材が育ちつつあるという。
社外からは、「企業規模が大きくなってもシステムは継続できるのか」、「会社から与えられた仕事しかできない、受け身の社員ができるのではないか」といった声もあった。それに対し、片山さんは「それは杞憂です」と話す。
「クルーシステムは応用が効くシステムです。たとえば、ある専門性に精通したクルーが必要になった場合には、そのファンクションの仕事を一定期間ずっと継続してアサインするといった運用も可能です。工夫さえすれば、規模に関係なくさまざまな事情にも対応できると確信しています。また、一見、与えられた仕事しかしていないように見えても、高度な業務のリクエストが多い社員は、過去の仕事が認められてそこにアサインされるようになっているといったように、日々の積み重ねが大事になります。
そのようなクルーは、社内の評価も高く、常に向上心をもち、仕事の幅を広げる努力をしています。そして、毎日さまざまな人とかかわるなかで、マネジメントやリーダーシップの力も身につけていきます。逆にいうと、毎日の仕事をきちんとこなしていない社員には、だんだん重要な仕事がアサインされなくなり、評価も低くなっていきます。社員にとっては、常に自分を高める姿勢が求められるシステムだと思います」

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このような点から、今後もクルーシステムは続けていく予定だ。ただし、細かい見直しは随時実施していきたいという。たとえば、スマイリーマークの数については、以前は4段階だったが、上から2番目の評価を受けても、統計処理をすると全体評価では真ん中より下ということがおきたため、5段階に変更したそうだ。あわせてマークの表情も変え、曖昧さをなくすようにした(図表2)。
また、2年ほど前からは、全社員に貸与しているスマートフォンで、報告やスマイリーマークの送信ができるアプリを開発。これまでは、会社に行かないとわからなかったアサインの内容も、スマートフォンで当日の朝に確認できるようにした。これは、本社以外の事業場や、外部の人に会う業務にアサインされた場合に、準備できるようにするためである。
今後は、クルーシステムのなかで学べる知識やスキルをどうやって広げていくかが課題だ。
「これまではSIM事業が中心で、社員に必要な知識も比較的限られた範囲ですみました。しかし、今後、ソリューション事業が中心になっていくと、より幅広く、深い知識が求められてきます。それをクルーシステムのなかで、どうやって社員に身につけてもらうかが大きなテーマです」
日々の仕事をアサインし、そこでさまざまな学びや気づきを社員に提供している日本通信。これからも社員のモチベーションを高めるための工夫をしながら、いまや不可欠な仕組みとなったクルーシステムの一層の充実に努めていく。

(取材・文/中田 正則)


 

▼ 会社概要

社名 日本通信株式会社
本社 東京都港区
設立 1996年5月
資本金 26億3,604万5,585円(2016年2月29日現在)
売上高 51億3,917万4,000円(2015年3月期)
従業員数 133人(2015年3月31日現在)
平均年齢 37.8歳(2015年3月31日現在)
事業案内 ワイヤレスデータ通信事業
URL http://www.j-com.co.jp/

代表取締役常務
片山美紀さん


 

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