事例 No.009
MSD
特集 シニア世代の人材開発とライフプラン教育

(企業と人材 2014年12月号)

キャリア開発

選択肢が広がっている時代だからこそ
自分の生き方を自分で考えることが重要

ポイント

(1)55歳前後の社員を対象に、どうしたら充実したシニアライフを送ることができるか、自分で考えて自分で決めるためのライフプランセミナーを実施。

(2)制度説明にとどまらず、将来自分がどういう姿でありたいかを明確にし、生涯収支のバランスを確認し、何をいつまでにやるべきかをプランニングする。

(3)シニア世代に多様な選択肢があるなか、充実・自立したシニアライフを送るためには、自分のキャリアを自分で築くという意識が重要。若い世代にもライフプランは必要。

新定年制の導入を機にライフプランセミナーを開始

MSD株式会社は米国に本社を置くグローバル製薬企業で、日本では2010年10月に万有製薬株式会社とシェリング・プラウ株式会社が統合して誕生した製薬会社である。「人々の生命を救い、生活を改善する革新的な製品とサービスを発見し、開発し、提供すること」をグローバル共通のミッションに掲げ、幅広い疾患領域における革新的な医薬品やワクチンを提供している。
人財戦略としては、リーダー育成、強い企業文化の構築などと並び、「ダイバーシティ&インクルージョン」を重視しており、多様な人財がそれぞれの強みを活かして、最大限の力を発揮できるような環境づくりを進めてきた。また、個人の成長が企業の成長につながるとの考えから、人財育成においては社員一人ひとりが自分の成長を考え、主体的に行動する「自律的キャリア開発」を推進し、その支援に力を入れている。
MSDがライフプランセミナーを開始したのは2013年秋。2014年10月までにのべ8回開催し、すでに200人以上が受講している。
1つのきっかけは、新定年制度の導入だ。旧万有製薬が60歳、旧シェリング・プラウが65歳と異なっていた定年制度を統合し、2014年1月から新制度の運用を開始した。改正高年齢者雇用安定法に則り、2025年にかけて段階的に定年年齢を65歳へと移行していくというものだ。
また、新定年制度とともに、50歳から適用となる転進支援制度も新たに導入した。
人事グループ・ディレクターの伊木哲朗さんは、ライフプランセミナーを立ち上げた目的について、こう説明する。
「制度への理解を深めるのはもちろんですが、最大の目的は、一人ひとりに自分のライフプランを積極的に考えてもらうことです。いわばマインドセットチェンジのきっかけになればと期待しています」
もともと同社では、転勤をせず地域限定で勤務できる販売子会社を設立するなど、多様なライフプランを実現する施策を実現してきた。前述した「自律的キャリア開発」の支援も、年齢にかかわらず、すべての社員が対象になる。
ただし、キャリアとは本来、個人の生き方そのものを表すものであるのに対して、一般的に、現在の中高年は仕事優先で生きてきた人が多い。
「社会の高齢化が進み、平均寿命も延びた現在、シニアライフが非常に長くなっています。80歳、90歳までの人生を考えると、一昔前のように、定年退職して、あとは余生を過ごすという時代ではありません。上の世代と比較すると選択肢も格段に増えており、どのようなシニアライフを送るのか、自分で考えて自分で決めることが重要になってくる。ライフプランセミナーは、そんなメッセージを込めて企画しました」

同世代の仲間とともにライフデザインを考えていく

では、ライフプランセミナーの概要をみてみよう。
対象者は55歳前後の正社員としているが、導入当初は、まず定年が間近に迫った年齢層に優先的に受講してもらった。2013年から2014年にかけて、59歳、58歳と段階的に年齢を引き下げて実施し、2015年から55歳前後となる見通しだ。
セミナー1回あたりの人数は25~30人程度で、職種や役職などは一切関係なく、年齢別に受講している。つまり、原則として、同じセミナーの受講生は全員同年齢となる。
「当社はビジネスに直結したトレーニングは充実していますが、定期的に同期入社組を集めて研修を行うということがありません。そのせいか、同年齢が集まる機会を新鮮に感じるようで、数年ぶりの再会を懐かしがるような光景もみられます」
年齢という共通項がある分、初対面同士であってもすぐに打ち解けるという。セミナー1日目の夜には懇親会も設けているが、まるで同窓会のような雰囲気になるそうだ。
2日間にわたるプログラムは、大きく2つの柱があり、1つは人事部門からの制度説明、もう1つは社外の専門家によるレクチャーである。レクチャーは、仕事とプライベートの両面から人生について考える「生きがい開発」を中心に、マネープランの基礎を学び、ライフデザインへと落とし込んでいく流れとなっている(図表1)。
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将来への不安を明らかにし生きがいを探していく

具体的なプログラム内容に沿ってみていこう。1日目はオリエンテーションの後、最初に人事部門による新定年制度の説明が行われる。社内制度の説明会は別途開催してきたものの、普段は日常業務に追われていたり、まだまだ先のことだと考えていたりと、意外に制度の詳細を知らない人もいるからだという。
制度説明のあとは、社外講師によるレクチャーに移る。現在、同セミナーの担当講師は83歳。自らも50代半ばで当時勤めていた会社を退職し、講師に転身した経験をもつという。いわば人生の大先輩がいきいきと人生を語る姿に、一気に魅了される受講生が多いという。同時に、自分のシニアライフについて、初めて具体的に思いを馳せるきっかけにもなっている。
「たとえば、これまで仕事に費やしてきた時間と、60歳から85歳まで食事や睡眠などを除く時間を計算してみると、実は退職後の自由時間のほうが長いことを講師から指摘される。『勤め上げたら数年でお迎えがくるような時代じゃないんですよ』と、名調子で語られると、皆ハッとするんですね。この先の人生はそんなに長いのかとわかると、生き方を考える重要性に思い至るのです」
導入段階では、チェックシートを用いて、現状を知るための簡単な自己診断を行う。自分の平均余命を知っているか、わが家の資産状況を把握しているか、健康診断を受けているかなど、25項目をチェックし、結果をマッピングすると、仕事、健康、経済面、家族や地域との関係など、いまの自分に何が足りなくて、何を考えていかなくてはいけないかが見えてくる。
そのうえで、今後の生き方を考えていく枠組みとして、「生きがいの構図」が示される。人生の3大不安として「貧困、孤独、病気」があることが説明される。そのなかで、貧困を富に、孤独を労働に、病気を健康に変えること、つまり代表的な不安をそれぞれプラスに変えていくことで、生きがいのある人生につなげていこうという考え方を伝えている。
定年後の時間の長さを一度実感すると、職場での仕事だけに生きがいを見出すのではなく、社会的な役割を果たしたり、自分の能力を発揮できるライフワークを探すことの重要性に気づく。
その第一歩となるのが、生きがい(キャリア)開発である。ここでのキーワードは「居場所」。職場であれ、家庭であれ、地域社会であれ、生きがいを実感するには自分の居場所を創造することがポイントになる。
もちろん、自分にとって居心地の良い場所をつくるには、周囲との調和が欠かせない。期待される役割は何かを理解し、異なる立場の相手にも配慮し、対応していくことが必要だ。
また、ライフステージによってもキャリア開発の課題は変わってくる。では、今後自分はどのような居場所を確立できるか、改めて周囲に目を向けたり、自分の振る舞いを見つめ直したりする。つまり、将来的に自分のありたい姿を明確にしていくのだ。
ここまでで、1日目のプログラムが終了。最後には、先に触れた懇親会が行われる。
2日目は、前日に描いた自分のゴールに向けて、今後何をしていく必要があるか、具体的なプランを描いていく。1つはマネープラン、そしてもう1つは総合的なライフプランだ。
最初に、人事部門による制度説明からスタート。まずは退職金・企業年金などの仕組みを理解してもらい、外部講師によるレクチャーへとつなげていく。マネープランの基本的な考え方を学んだうえで、子どもの進学や結婚、家のリフォームなど、ライフプランシートに今後のライフイベント推移を記入。生涯収入と生涯支出を予測し、収支バランスを確認する。
「経済的な問題は、やはり皆さん関心が高い。個別のマネープランにまで落とし込みたいという声もあがっています。ただ、そのためには詳細な個人情報を準備してもらわなければなりませんし、なによりセミナーの限られた時間内で作成するのは難しいのが現状です。希望者には、別途ファイナンシャルプランナーに相談してもらうようにしています」
昼食を挟んで、最後はライフプランデザインシートの作成に入る。2日間のまとめとして、職務キャリアから生活の仕方まで、ライフプランデザインシートをそれぞれ記入。グループで討議しながら、何をいつまでにどんな方法でやるべきかを明らかにしていく。

計画的な準備のためにはより若い世代への展開も必要

この2日間を経ると、それまでは漠たるものだった不安の内容が明確になり、不安を解消し、克服する道筋が開けてくる。
セミナー終了時と、1カ月後に受講者アンケートを行っているが、総じて好意的な意見が多いという。
「回数を重ねるごとに、口コミで評判が広がっているようで、最近では講師の先生が登場した瞬間に拍手が起こったこともありましたね」
今後の構想としては、30代から40代へと対象者を拡大していきたいという。第一次として30代前半、第二次として45歳前後、そして第三次として55歳前後を設定し、各年齢層に応じたプログラムを提供することを通じて、早くからライフプランを考える機会を作っていければ理想的だろう(図表2)。
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「シニアライフを充実させ、自立した人生を送るためには、早い段階から計画的に準備を進めていくことが極めて重要です。その点では、とくに第二次、45歳前後でライフプランを考える機会をもつことは大きな意味があると考えています。現場で最も忙しい時期ですから、集合研修を実施すること自体がなかなか難しい世代ではあるのですが、将来的には実現したいと思っています」
また、現在55歳に設定している第三次のセミナーについても、50代前半などに前倒しすることを検討している。たとえば、老親が心配なので故郷に戻りたい、薬剤師の資格を活かして開業したいなどの場合には、定年が差し迫ってから準備を始めるのでは遅いからだ。MSDでは、50代から転進支援制度が適用され、60歳で職務と処遇の見直しを行っている。早くから計画を立てれば、準備に時間をかけることができ、各種制度も効果的に活用できると考えている。

多様な選択肢のなかから何を選ぶかは自分次第

企業内でシニア人財のインパクトが高まるなかで、いかにシニア層のモチベーションを維持し、活性化していくかは大きな問題だ。
しかし、伊木さんは「年齢的な要素は関係ない」と言い切る。年齢にかかわらず、自分のパフォーマンスを高めて貢献してもらうことが唯一の基準であり、若くてもパフォーマンスを上げれば評価される、というのがMSDの基本的な考え方だという。同社は、一定年齢に達したら若手にポストを明け渡す役職定年制なども導入していない。
一方、個人の側に立ってみれば、「これからは自分のキャリアを自分で築いていく意識がますます重要になる」と、伊木さんは指摘する。それは、メルク/MSDがグローバルで能力開発の基本方針として掲げる「タレント・フィロソフィー」(Employee Own/Manager Support/Company Enable) にも合致するものだ(図表3)。
シニア世代を取り巻く環境は激変している。顧客の世代に近いシニア人財を積極的に登用している企業も出てきており、経験と能力を活かして自ら起業するシニアも増えている。会社の形態にとらわれず、NGOやNPOなどの組織で仲間たちと地域社会に貢献する方法もある。
「かつてないほど多様な選択肢が生まれています。これはシニア世代にとって、望ましい状況といえるのではないでしょうか。個々人にとっては、それだけ可能性が広がっているということですから」
自分の生き方は誰も教えてくれないし、用意してくれない。決めるのは自分自身。変化を前向きにとらえて、自分で動いた人には、むしろ大きなチャンスであるともいえるのだ。自分の居場所をどうつくっていくか。MSDのライフプランセミナーは、そのための一歩を踏み出すための場として、重要になっていくだろう。

(取材・文/瀬戸 友子)


 

▼ 会社概要

社名 MSD株式会社
本社 東京都千代田区
設立 1959年10月
資本金 263億4,900万円
従業員数 約4,000人
平均年齢 42.1歳
平均勤続年数 14.6年
事業案内 医療用医薬品、医療機器の開発・輸入・製造・販売
URL http://www.msd.co.jp/
人事部門 人事グループ
ディレクター
伊木 哲朗さん


 

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