1 問題の所在
労働関係は企業 (使用者) と労働者 (従業員) の継続的な契約関係ですから, 就業規則に定められた当初の労働条件がいつまでも変わらずに維持・運営される例は少ないといえます。 使用者は, 社会環境や経営環境の変化に応じた経営をつづけていくためには, 就業規則の制定・改訂により労働条件を変更する必要が生じます。
問題は, その労働条件が, 従業員にとって不利に変更された場合, あるいは不利な条項が作成された場合, その不利に変更された就業規則に明確に反対している従業員をも拘束するのかということです。
そしてこの問題については, @就業規則それ自体が, 従業員および使用者を法的にも拘束するものであるので, 作成・変更された就業規則は従業員の同意の有無にかかわらず従業員を拘束するとする考え方や (「法規説」), A就業規則それ自体には法的な拘束力はなく, 従業員の同意があってはじめて拘束力が生じるとする考え方 (「契約説」) が示されてきましたが, 実務における問題の処理という観点からは, いずれにおいても一致した支持を得るにはいたっていません。
たとえば法規説においても, 従業員にとって不利益な変更の場合についてまで当然に拘束力を認めるわけではなく, 従業員あるいは従業員集団の同意が必要との考え方があります。 また契約説は, 労働条件は従業員と使用者の合意を通して労働契約の内容になると説いていますので, 不利益条項の新設や既存条項の不利益変更は, 従業員の明示または黙示の同意がなければ従業員を拘束しないということになり, 一部の従業員が反対している場合は, その従業員には新しい就業規則を適用できないということになります。
2 最高裁の合理性判断基準
そこで最高裁は, 秋北バス事件 (最高裁大法廷昭 43. 12. 25 判決, 最高裁判所民事裁判例集 22 巻 13 号 3459 頁―これまで主任以上の地位にある従業員には定年制が定められていなかった会社において, 就業規則を改正して 55 歳定年制を新設し, すでに定年年齢の 55 歳に達していた主任以上の地位にある2人の従業員を, 新・就業規則の定めに基づいて解雇したことの当否が争われた事件) の判決において, 就業規則の法的性質についての見解を説示した後, 以下のような独自の見解を示してこの問題に回答しました。
「おもうに, 新たな就業規則の作成又は変更によって, 既得の権利を奪い, 労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは, 原則として, 許されないと解すべきであるが, 労働条件の集合的処理, 特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって, 当該規則条項が合理的なものであるかぎり, 個々の労働者において, これに同意しないことを理由として, その適用を拒否することは許されないと解すべき」 である。
すなわち最高裁は, 使用者による就業規則の変更による労働条件の一方的な不利益変更は, 契約原理からいって, それに反対する従業員を拘束し得ないのが原則だが, 変更内容に十分な必要性が認められる 「合理性」 のある変更であれば, 例外的にその変更に反対する従業員に対しても拘束力を認めるべきであるというわけです。
そして, 最高裁が示した就業規則の合理的変更法理の基本的枠組みは, その後の最高裁判決にも踏襲され, 今日では判例法理として確立したものになっています。
では, その 「合理性」 の有無は, 具体的にどのような基準によって判断するのかですが, これについては, 秋北バス事件以後の最高裁判決に示された合理性の判断基準を集大成したとされている第四銀行事件 (最高裁第2小法廷平 9.2.28 判決, 労働判例 710 号 12 頁―定年を満 60 歳に延長するに際し, 55 歳以降の給与と賞与の削減をしたことの要否が争われた事件) において, 次のように判示され, 以後, 今日の裁判例では, この基準の総合判断により合理性の有無が判断されています。
@ 就業規則の 「当該規則条項が合理的なものであるとは, 当該就業規則の作成又は変更が, その必要性及び内容の両面からみて, それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても, なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい」,
A 「特に, 賃金, 退職金など労働者にとって重要な権利, 労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については, 当該条項が, そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において, その効力を生ずるものというべきで」 あり,
B 右の合理性の有無は, 具体的には, 「就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度, 使用者側の変更の必要性の内容・程度, 変更後の就業規則の内容自体の相当性, 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況, 労働組合等との交渉の経緯, 他の労働組合又は他の従業員の対応, 同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである」。
3 実務上の留意点
したがって実務においては, 就業規則の変更により労働条件を不利益に変更する場合は, その合理性の有無について上記の判断基準が満たされなければならないわけで, 最近の裁判例では (たとえば八王子信用金庫事件・東京高裁平 13.12.11 判決, 労働判例 821 号9頁), 賃金や退職金などの労働者にとって重要な労働条件の不利益変更ではとくに, 「経過措置」 「代償措置」 の有無が, 合理性判断において重要な位置を占めており, 経過措置や代償措置がない, もしくは不十分である場合は, 合理性を否定されていることに留意する必要がありましょう。
また最高裁判決 (たとえば前掲の第四銀行事件) では, 上記の基準のほかに, 従業員の多数によって組織されている労働組合との合意の有無も, 合理性判断の要素として重視されています。
もちろん, 労働条件の変更について, 事業経営上の必要性がなければならないことは当然であり, その法的手続きとして, Q72 で紹介した, 労基法上の 「意見聴取義務」 「届出義務」 「周知義務」 を履践しなければならないことはいうまでもありません。