「常時 10 人以上の労働者を使用する使用者」 は, 労基法 89 条に定められている事項 (Q71 参照) について就業規則を作成しなければなりませんが, 就業規則の作成および既存の就業規則を変更した場合は, @当該事業場の労働者の過半数で組織される労働組合がある場合はその労働組合の, 労働組合はあるが過半数で組織されていない場合, または労働組合そのものがない場合は, 労働者の過半数を代表する者の意見を聴取し (「意見聴取義務」 ―労基法 90 条1項), A作成・変更した就業規則に, 聴取した意見を記した書面を添付して, 所轄の労基署長に届け出るとともに (「届出義務」 ―同 89 条本文, 90 条2項), B当該就業規則を, @各作業場の見やすい場所に, 常時, 掲示または備え付ける, A書面 (印刷物など) にして交付する, もしくはB磁気テープや磁気ディスクなどに記録して, 各作業場に当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する, といった方法により, 労働者に周知 (「周知義務」 ―同 106 条1項, 同法施行規則 52 条の2) しなければなりません。
ところでこれら一連の手続き=義務は, 当該就業規則の効力発生についてどのような効果をもつのかということですが, 行政解釈および多くの裁判例は, 従業員の意見聴取や所轄の労基署長への届出義務は, 必ずしも就業規則の効力発生要件ではないとしています (厚生労働省労働基準局編著 『解釈通覧・労働基準法』 346 頁以下。 最近の裁判例として, 加藤建設事件・名古屋地裁平 14.9.27 判決, 労働判例 840 号 43 頁)。
しかし, 周知義務については, 「就業規則が法的規範としての性質を有するものとして, 拘束力を生ずるためには, その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する」 (フジ興産事件・最高裁第2小法廷平 15.10.10 判決, 労働判例 861 号5頁, レキオス航空事件・東京地裁平 15.11.28 判決, 労働経済判例速報 1860 号 25 頁など) と判断されており, 行政解釈および学説も, 従業員に対する就業規則の周知は, 就業規則の効力発生要件であると解しています。
したがって, 新たに作成, または変更された就業規則が, 労働契約の内容となって従業員に義務や不利益を課すなどの効力を有するためには, 従業員に対する就業規則の 「周知」 は不可欠の手続きということなります。
ではその 「周知」 は, どのような方法により, どの程度なされていればよいかということですが, この点について多くの裁判例は, 従業員に対する就業規則の周知は, 必ずしも労基法 106 条1項に定められている周知方法でなくともよいが, その内容が実質的に従業員に対して周知されている, あるいは周知されていると同視しうる状態に置かれていることを要するとしています。
たとえば, 60 歳定年制を導入した就業規則の効力が争われた角産事件 (東京高裁平 12.8.23 判決, 判例時報 1730 号 152 頁) では, 「少なくとも就業規則が周知性を備えるためには, その事業場の労働者の大半が就業規則の内容を知り, 又は知ることのできる状態に置かれていることを要する」 としたうえで, 本件の場合, 相当数の従業員が総務部長から口頭で就業規則の内容を説明されており, 説明を聞いた従業員のうち, 最古参の従業員Aが従業員代表として (改正された就業規則に) 賛同する旨の意見書に押印し, 従業員の全員が総務部長の机上にある就業規則の写しをいつでも見ることができる状態にあったこと, および (原告である) 当該従業員には小冊子も配布されていること, などを理由に, 「本件就業規則は周知性を備えている」 と判断されています。
また, 定年延長に伴う退職金規定の変更の効力が争われた前掲・加藤建設事件では, 従業員の意見を聴取し, 関連グループ各社の社員で構成される 「工友会」 の会長であったAが従業員代表として改正に同意し, その意見書を添付して所轄の労基署長に届け出たこと, 改正内容の周知については, 各担当役員, 各部門長で構成された 「支店長会議」 の席上で説明がなされ, 出席者が各職場にもち帰って従業員に伝達したことにより周知義務は履行されているとされています。
したがって, 多数の裁判例によれば, 新たに作成または変更された就業規則の周知は, 必ずしも労基法 106 条1項および同法施行規則 52 条の2に定められている方法により履行しなければならないというものではなく, 実質的に従業員に周知されている, もしくは周知されていると同視しうるような状態に置かれている周知方法でよいということになります。
ただし最近の有力学説では (たとえば, 菅野和夫著 『労働法』 第6版 129 頁), 就業規則に, 労働契約の最低基準としての効力 (最低基準効―労基法 93 条) を認めるためには実質的な周知義務が履践されていればよいが, 就業規則に (労働契約の) 定型契約として労使双方を拘束する効力を認めるためには, 単なる実質的な周知では足りず, 労基法に定められている, 届け出および意見聴取の義務の履践も, その効力の発生要件であると解されています。 したがって, 実務上は, 就業規則を作成・変更した場合は, 上記の 「意見聴取義務」 「届出義務」 「周知義務」 はすべて履践する必要があると理解しておくべきでしょう。