「退職願」 の提出による労働契約の合意解約の申し出について, いまだ承諾の意思表示をしていないのであれば, 原則として撤回に応じなければなりません。
一般に, 労働契約の終了につき, 使用者からの一方的な契約終了の意思表示である 「解雇」 を除いたものが, 「退職」 と総称されています。
この退職には, 労働者の死亡や定年退職 (定年退職についてはQ67 の 「定年制」 参照), あるいは契約期間の満了などによる, いわゆる 「自動退職」 と, 労働者の意思表示によって労働契約を解約する 「任意退職」 があり, 任意退職にはさらに, 次の2つのものがあります。
その1つは, 労働者からの一方的な意思表示によって労働契約を解約する場合であり (民法 627 条1項, 628 条), 他の1つは, 労働者からの解約申し出に基づき, 労働者と使用者が合意によって労働契約を解約するケースです。 一般に前者を 「辞職」, 後者を 「合意解約」 といいますが, 多くの就業規則にみられる, 労働者からの申し出による労働契約の解約=任意退職に関する定めは, 後者の合意解約による退職の手続きについて定められているようです。
たとえば, 「@社員が, 自己の都合により退職しようとするときは, 退職希望日の○○日前までに所属長を経て 『退職願』 を会社に提出しなければならない。 A退職願を提出した者は, 会社の承認があるまでは従前の業務に従事しなければならない」 などの定めがその例であり, 質問の場合も, 「会社としてはまだ退職承諾の結論を出していない」 とあるところから推測すると, 合意解約による退職手続きの定めがなされているようです。
もっとも, 「辞職」 の意思表示にせよ 「合意解約」 の意思表示にせよ, 労働者の退職の意思表示は, 通常は書面をもってなされ, そのタイトルも 「辞職届」 「辞職願」 とか 「退職届」 「退職願」 などの文言をもってなされるので, その退職の意思が, 「辞職」 にあるのか 「合意解約」 にあるのかが判然としない場合がありますが, 一般には, 「労働者による退職又は辞職の表明は, 使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り, 辞職の意思表示と解すべきであって, そうでない場合には, 雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである」 とされています (株式会社大通事件・大阪地裁平 10.7.17 判決, 労働判例 750 号 79 頁, 同旨の裁判例として, 田辺鉄工所事件・大阪地裁昭 48.3.6 決定, 労働経済判例速報 819 号 22 頁)。
ところで質問は, 「退職願」 を提出した社員が, 退職願を撤回したいと申し出てきたが応じなければならないかというものですが, 会社が, 退職願の提出による労働契約の合意解約の申し出につき, いまだ承諾の意思表示をしていないのであれば, 原則として撤回に応じなければなりません。
前述したように, 任意退職には, 辞職の申し出による場合と合意解約による場合がありますが, 辞職の申し出の場合は, 労働契約の解約に関する意思表示が相手方 (使用者) に届いた時点で解約の意思表示の効力が生じますので, 辞職の意思表示が使用者に届いた以降は, 原則としてこれを撤回することはできず (民法 540 条1項, 2項, 前掲・株式会社大通事件), 撤回するためには使用者の承諾が必要です。
しかし, (退職願の提出による) 合意解約の申し出の場合は, 一般には, 使用者がこれについて承諾の意思表示をするまでは, 使用者に不測の損害を与えるなど, 信義則に反する事情がないかぎり, その申し出を撤回することができると解されています (広島記念病院事件・広島地裁昭 58.11.30 判決, 労働判例 425 号 46 頁, 岡山電気軌道 (バス運転者) 事件・岡山地裁平 3.11.19 判決, 労働判例 613 号 70 頁)。
最近の裁判例でも, 「(退職願を提出しての) 労働者による雇用契約の合意解約の申込は, これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し, 雇用契約終了の効果が発生するまでは, 使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り, 労働者においてこれを撤回できる」 としたものがあります (学校法人白頭学院事件・大阪地裁平 9.8.29 判決, 労働判例 725 号 40 頁)。
ただし, 合意解約の申し出の場合であっても, 退職願が, 合意解約に関する承認の決定権がある者に提出され, かつ, その者の慰留を聞き入れずに提出されたというような場合は, 決定権のある者が 「被上告人 (労働者) の退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対する上告人 (会社) の即時承諾の意思表示がされたものというべく, これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である」 として, 退職届の撤回を否定した裁判例がありますので留意する必要があります (大隈鐵工所事件・最高裁第3小法廷昭 62.9.18 判決, 労働判例 504 号6頁。 なお最近の同旨の裁判例として, ネスレ日本 〔合意退職・本訴〕 事件・東京高裁平 13.9.12 判決, 労働判例 817 号 46 頁, 水戸地裁龍ヶ崎支部平 13.3.16 判決, 労働判例 817 号 51 頁)。
なお, 辞職の場合であろうと合意解約の場合であろうと, その申し出の意思表示に瑕疵がある場合 (たとえば, 心裡留保, 詐欺・強迫, 錯誤など) は, その意思表示の瑕疵を理由に, 申し出の取り消しまたは無効を主張することができます (民法 93 条〜96 条参照。 心裡留保に関する裁判例として, 昭和女子大学事件・東京地裁平 4.2.6 決定, 労働判例 610 号 72 頁。 強迫に関する裁判例として, ニシムラ事件・大阪地裁昭 61.10.17 決定, 労働判例 486 号 83 頁など)。