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経営書院
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医療安全推進ハンドブック

産労総合研究所・編
B5判・392頁・定価 8,715円(税込)
ISBN 4-87913-888-6 C3047

医療の安全確保は質向上から

全日本病院協会 医療の質向上委員会 委員長 飯田 修平 <練馬総合病院院長>

医療の安全確保は,社会の強い要請である。『医療安全推進ハンドブック』は.その要請を受けて企画された。『医療経営最前線経営実践編』に2002年8月から2003年12月まで掲載された医療安全に関する報文を加筆・訂正し,新たな解説,事例を加えて再編集したものである。組織全体の取組みから,部署,職種あるいは診療科別の取組みを,幅広く紹介している。

近年,行政および医療機関は,事故報告収集と事故対策委員会設置を強く推進している。これらの活動は,事故発生後の対応や処理に追われているといわざるを得ない。すなわち,リスクマネジメントの一部としての,訴訟対策,刑事訴追免責を条件とするヒヤリ・ハット報告収集,事故防止対策委員会設置,賠償責任対策等が主であり,医療安全確保という視点での検討が少ないことを危倶する。

一般産業界,特に,電気・航空業界に学べという声が多い。しかし,原発事故・航空機事故はいまだになくならないのである。原子力研究者の高木仁三郎は,著書『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波書店刊)で,「技術が本来持っている公的な性格に立ち返り,安全はその中に当然に含まれるという視点から,システムとしても個人としても出発してほしい。」と最期の言葉を遺している。日本航空で事故防止に当たった佐久間秀武は,航空機事故も一定程度からは減らないということを学べといい,ジャンボ機機長の杉江弘は,著書『機長の告白生還へのマニュアル』(講談社刊)で,急いだり,焦って起きる「ハリーアップ症侯群」は事故防止の重要項目である。人的要因による事故はコックピット内の人間関係が大きな要因であり,解決方法として,CRM(Cockpit Resource Management)を紹介している。

To Err is Human というまでもなく,人間は,思いこみ・勘違い・物忘れをし,過誤を犯す。過誤や事故をなくすことはできないが,減少することはできる。一方,人間の犯した小さな過誤だけで大事故が起こらない仕組み(fail safe)を構築することが,真の安全対策である。

医療機関が事故防止・安全対策を実施しても,その実効が上がらない理由は,(1)医療事故防止対策委員会設置という形式主義,(2)個別の問題としての対応,(3)一部の職員あるいは一部の部署の努力に終始していること,(4)具体的な改善の手法を知らない等である。

組織的に医療の安全確保に取り組むためには,品質管理の考え方や手法が有効である。品質管理に,3現主義という用語がある。現場で,現実に,現物で行うことである。空理空論ではなく,実務として行うことが重要である。組織をあげた質重視の経営,すなわち,総合的質経(TQM: Total Quality Management)が有用である。その手順は,(1)組織の理念,目的,目標を明示して,(2)業務遂行能力のある職員に,(3)役割,責任を認識させ,(4)権限と必要な資源や場を提供し,(5)安全かつ効率的に実施できるような,作業の仕組みを準備し,(6)結果を評価し,(7)標準化し,(8)教育をすることである。

安全文化の醸成が必要であるが,他産業あるいは他病院の仕組みを借りても,効果は上がらない。文化とは組織の努力や経験の蓄積であり,その組織に特有のものである。安全文化はそれぞれの産業や各医療機関がつくり上げなければならない。医療の安全確保のためには,医療の質向上の観点からの取組みが必要である。医療機関が組織として,医療事故防止・安全確保に真剣に取り組むことと並行して,医療従事者個人の意識と能力を向上させることも必要である。

日本消化器外科学会特別企画(2001)の医療過誤に関するパネルデイスカッションで,不確実性や不可知論に逃げてはいけないと発言する演者がいた。筆者は,医療では,不確実性や非定型業務が常であること等を前提に議論することが必要と述べた。確実だ,分かりきっているという思い込みや奢りが問題である。さらに,医療事故の発生ではなく,むしろ,その背景に問題がある。不確実性とリスクの概念が医療者にも国民にも理解されていないことが問題である。元来,医療は,個別で,多様で,不具合のある患者に対して,即時に決断し,侵襲を与える行為の連続である。すなわち,対象の現状と真の要求を把握(診察・検査)をして,問題を発見(診断)し,対策を立案(治療方針決定)し,対策を実施(治療)し,その経過や結果を評価するのである。その経過においては,追加,中止,分岐,後戻り,変更や修正がある。

病院内での患者の死亡や急変は,過誤の有無,理由の如何にかかわらず,“異状"と判断する人がいる。リスクとは,危険な状況下で起こり得る障害または健康障害の可能性とその程度の組み合わせをいう。安全とは,受け入れ不可能なリスクがないことである。医療とは,元来,リスクを伴う行為であり,予測の範囲内の合併症,併発症,あるいは,死亡は異状とはいわない。事件のおそれがない場合に,警察に届け出るという考え方こそが“異状"であろう。隠蔽をなくすためには事故調査機関を第三者機関として設立し,被害者救済のためには,無過失賠償保険制度の創設と裁判外紛争処理機関(ADR)の設立が望まれる。