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【はじめに】看護が開花する世紀に
子供のころの物語で知った「宝さがし」は楽しい思い出に包まれています。価値のある宝物ほど、見つけにくいのが通り相場でした。
そして、大概、主人公が苦労した挙げ句に見つけ出した宝は、金銀財宝ではなく、身近にある「人の心」でした。価値あるものは、自分にできる限りの創意工夫を尽くして、それを探し求める過程で経験したいろんなことがもたらす、自分の心の成長だった、というのもありました。
現実の、ハツカネズミのように走り回る看護の現場では、どんな宝物か知らないがそんな面倒なことはゴメンですよ、というふうに考えてしまいそうです。ですが、看護師生活40年を迎えようとしている今、ふと考えると、最後に見つけられる宝物が「人の心」ならば、ナースほどそのチャンスに恵まれている人間はいないのではないか、ということに気づきます。
人の心とば、人が苦しんだり、悩んだり、喜んだり、楽しんだりする気持ちの動きでしょう。それなら、私たちはたくさん知っています。朝から晩まで、ほとんど毎日、患者さんやご家族のそうした姿に触れているのですから。今まで特に「自分にとって価値あるもの」を、意識して患者さんとの交流の中に探したことはないけれど、やってみるのは無駄じゃないと思いました。看護の仕事を通じて得られる宝物があるのなら、ナースならだれでも手に入れることができるはずだからです。
仕事に悩んで疲れ果てる若いナース仲間がいます。長い間、私は手をこまねいて見ているほかはありませんでした。看護の現実に幻滅して辞めていく新人ナースを、悔しく悲しい思いで見送ってきました。この「価値あるもの」を手に入れていたら、彼女たちもナースとして強く生きることができたかもしれない。そんな素晴らしいものがあるのか、ないのか、調べてみるだけの値打ちはある、と思うのです。探しものは、ナースならだれもが知っているのですが、知っていることに気づかないでいる、そういう性質のものだと思います。
ナースのだれもが気づきにくいものを探すのなら、ナースの常識を脱ぎ去って探す必要があるでしょう。平凡であるにしても、自分の人生が充実したものであることを確信したい。そんな願望を持った生身の人間として看護という仕事を調べてみることが必要だと思います。悩みもなければ迷いもないという「理想的なナース」には、人生の充実感を確かめるための「宝」も必要ないでしょう。探したいのは「私のようなナース」が見つけられる「価値あるもの」です0もし見つけることができれば、それはすべてのナースに、何らかの意味で役立つはずだからです。
医療を取り巻く環境が大きく変わりました。それどころか社会全体の質が変わろうとしているようです。21世紀は、癒しの世紀という「科学技術発展の成果を収穫する時代」かと思っていたら、とんでもない経済不況で始まりました。20世紀を通じて達成された科学技術の発展と、バブル経済に踊ってしまうような人間の意識の未成熟とのアンバランスの結果でしょうか。このギャップを打開するためには、意識の変革が否応なしに迫られているのだと思います。バブルの特徴は「難しいことを考えなくても」という無責任意識だったと思います。時代がその訂正を要求しているのでしょうか。こんな時代に生きていることはワクワクすることですね。
この21世紀には、看護の概念も役割も飛躍的に変化する、と思います。第2次大戦後のモノ不足に対決し、モノの充足を通じて「幸福」を追求しているうちに、社会は人間的な結びつきを失ってきました。市場原理が強くまた長く支配する中で、人の心は軽視され、能力の競争が奨励されて「良い意味の競争」などと言われてきました。友情や信頼が壊されるような過程であっても、結果として能力が向上していれば肯定されました。それが経済的繁栄をもたらしたからです。この競争原理が正しいものなら、今、世界中で、経済が危機的状況にあるのはなぜでしょう。結局のところ、人々の潜在化された願いを押しつぶす方向に、「競争」が強制されたせいではないのでしょうか。その挙げ句に、社会全体に人間的な意識の崩壊が蔓延し、利益になるなら理性的判断も放棄するという風潮がはびこり、おろかしいバブル経済が出現したのではないでしょうか。
デフレ不況からの脱出のために盛んにリストラが行われていますが、世論の期待感は希薄です。競争の結果として人間関係が一層豊かになる、そういう競争を実現しない限り、力強い社会は実現しそうに思えません。ところで、人間関係、それも最も人間的な関係に関しては、ナースこそ専門家です。新しい社会で実現を図るべき優しさを基調とする人間関係について、それを提示できるのはナースかもしれません。
人は人の中にあって、苦しみ、あるいは喜びを作り出します。社会が生み出す悲しみも喜びも、すべて人間関係のあり方にほかなりません。苦しみを安らぎへ、悲しみを喜びへ作り変える人間関係を提案するのも看護の役割です。
そんな思いから、看護の世界で幾らか年を重ねてきた私が、看護の世界を漂い歩く気になりました。何かが出てくるのかどうか、しばらくお付き合いください。
本書は平成13年5月からほぼ1年間にわたって、産労総合研究所附属医療経営情報研究所の「婦長主任新事情」(現「看護部マネジメント」誌)に連載されたものに、若干(第11章は大幅に)加筆・修正したものです。
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