はじめに
労働基準法の活用
人間にとって1日は24時間です。これは総理大臣でもパートの従業員でも変わりません。日本人だけでなくアメリカ人でも中国人でも変わりません。では,この24時間はどのようにして過ぎて行くのでしょうか。日本人の場合に最も多いのは労働者ですが,それには民間の会社員や役所の公務員というように,いろいろな職場で働いている人がいます。職場によって働く時間は違いますが,その通勤時間まで含めますと,24時間の半分程度にはなる人が多いでしょう。そうすると残った時間は12時間程度です。ところがその中の7時間か8時間は意識のない睡眠時間です。残りの4時間か5時間は食事その他のことで終ってしまうことになります。
結局,生命が躍動している大事な時間はすべて職場と通勤途中にいることになります。そして主としているのは職場です。
これを労働者の一生で見てみましょう。生命が躍動しているのは,大半の人間にとっては20歳から60歳までの40年間でしょう。考えてみると,この40年間も職場にいることが多いはずです。
結局,人間の大半は労働者であり,その労働者は,1日のうちの元気な時間,一生のうちの元気な期間を職場で送るのです。
ですから,その職場が不愉快な職場であったら,その人の人生は間違いなく不幸です。そこで,その職場を少しでも明るいものにしようとしているものが労働基準法です。
そうすると,労働基準法は労働者にとってだけよいものでしょうか。労働基準法10条の使用者の中に入る経営者にとっては何もメリットはないのでしょうか。
ここで,読者の方が,いまではもういない奴隷を所有していたとします。奴隷は所有者の物で,基本的人権はありません。所有者がどう扱おうが自由です。そうしたら読者の方は,経費を減らし収益を上げるために,食事も与えず1日24時間働かせるでしょうか。そんなことをしたら奴隷はすぐ死んでしまい,逆に大損になります。そこで,労働時間を制限し,食事も与えるということになります。
非常にショッキングな例で説明しましたが,能率を上げるためには喜んで働ける状態にすることが必要です。このことは現在の労働法の中にもチラホラと見えることがあります。例えば,国家公務員の安全衛生対策は勤務能率を発揮増進させることが目的だと,国家公務員法の中に書かれています。さらに労働安全衛生法の中でも,衛生は労働衛生ですが,安全は「産業」安全です。専門官も「産業」安全専門官で「労働」安全専門官ではありません。つまり,事故の発生による労働災害を予防するためには,「産業」事故の発生を予防するということで,それは能率向上にもつながるということでしょう。
したがって,経営者にとっても労働基準法を遵守し,労働時間を適正なものにし,賃金もきちんと支払うということが勤務能率の向上にもつながるということです。ただ大事なことは,労働者も経営者と同じ人間ですから,勤務能率の向上と労働基準法1条の規定する「人たるに値する生活」とが矛盾するときには,人たるに値する生活の確保を優先させるべきだということです。労働基準法2条1項にあるように,労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものですから,人たるに値する生活を否定するような労働条件は決定されるはずがないと考えられますが,基準法の活用に際しては忘れてはならないことです。