あとがき
本書が対象にした大学のキャリア支援は,長く続いた「平成不況」の中で,創生・再生・強化・革新されたものが多い。ところで直近の数年間では,景気の回復や団塊の世代の退職開始に伴い,大学生の就職環境は売り手市場へと反転している。就職氷河期時代に卒業を迎えた方々に比べれば,現在の大学生は恵まれた状況にある。
しかし我々は本書において,就職すること・就職させることだけが自己目的化してはならないことを強調したつもりである。その後の社会人としての初期キャリアの質や,安定性をも考慮に入れる必要がある。日本経済新聞によると,今春に入社したものの既に転職を希望する新社会人も急増しているという(「『転職したい』新入社員急増人材各社への登録2―4倍に」日本経済新聞2007年8月3日朝刊)。
就職が比較的容易になったからと言って,入社後の仕事まで楽になるわけではない。大学生としての生活と社会人としての生活には大きなギャップがあり,そのギャップを乗り越えて社会人としての自己を確立していけるためには,若者の側にもそれなりの準備が必要である。そうであれば,売り手市場になったからといって,学生が就職を過度に楽観視するのもまちがいであるし,大学が「もうキャリア支援は必要ない」と考えるとしたら,それもまちがいであろう。
就職支援からキャリア支援へと支援の範囲を広げてきた各大学は,キャリア支援の組織体制づくり,プログラムづくりに困難を抱えていることも多いだろう。しかし,キャリア支援に乗り出して試行錯誤してきたことによって,みずからの大学の学生が抱えている課題,学生支援が抱えている課題,学部教育が抱えている課題も見えてきたものと思われる。その課題に向き合うために,各大学がなすべきことは多いはずだ。
我々は本書において,現在の大学におけるキャリア支援の動向を探ると共に,みずからの大学におけるキャリア支援の実践事例を紹介してきた。序章にも述べたように,本書は「大学におけるキャリア支援とはかくあるべし」という方向性を明確に示すものではない。我々は,教員,職員,キャリアアドバイザーと,それぞれの立場からキャリア支援に関わってきており,実践の内容も,実践から考えてきたことも,共通する部分はあるものの,必ずしも同じではない。関わってきた大学・学部の規模も異なる。我々としては,我々の実践事例をなにがしかのヒントや考察の素材としながら,各大学が,学生の個性や大学のおかれた状況,大学としての理念,学部・学科の構成,就職支援の歴史と深さ,キャリア支援に携わる担当者の専門性などに応じて,みずからの大学にふさわしいキャリア支援のあり方を追求していただきたいと願っている。また,大学全体のしくみは容易には変わらなくても,それぞれの教員・職員がみずからの裁量で工夫できることも数多くあるだろう。
本書は,共著者の一人である川喜多喬の「拙速を覚悟で出そう」という判断のもとに,出版に至った。他大学にも,よりすぐれた実践,よりすぐれた知見があるだろう。大学のキャリア支援はその大学の競争力の源泉でもあるが,学生を支援するという側面から考えれば,それぞれの大学がより積極的にみずからの実践を開示しあい,よりよいキャリア支援のあり方を共に探っていきたいと願っている。
また,本書では大学の取り組みに焦点を絞ったが,本来は企業の採用活動(採用の時期,選考方法,情報開示等),内定者への対応(内定者懇談会,事前研修等),新入社員の受け入れ(新入社員研修,新人の定着策,配置,育成,処遇等)のあり方も大学のキャリア支援と密接な関係をもっている。企業側における初期キャリアへの対応についても,もっと深く研究して,キャリア支援のありかたを開発しつづけるべきだろう。これらを今後の課題としたい。
共著者を代表して 上西充子
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