まえがき
この著は、 現代の日本企業における、 キャリア支援を通じた人材開発
(Human Resource Development) の実情と含意を明らかにしようとしたものである。
20 世紀末の、 いわゆるバブル経済の崩壊、 平成長期不況のもとで、 疲弊した企業によるリストラという名の減量と雇用調整ブームの中で、
「終身雇用」 をあてにせず 「雇用される可能性」 (employability) を自ら努力して勝ち取る、
従業員自身によるキャリア自主管理の姿勢の涵養が言われるようになった。 しかしながら、 いきなり自立を言われた従業員のとまどいは大きかったし、
それを放置すれば士気の喪失を招きかねない。 そこで企業の中にも、 雇用調整のみを目的としたかのような
「自立」 論議にたったキャリア支援だけではなく、 新たな時代に対応した、 知的創造的組織のリーダーとしての資質としての自律性を求めるという発想からのキャリア支援を考えるものも出始めた。
後者のような企業は、 まだまだ少数であるとはいえ、 将来の経済成長と雇用機会開発を担うことができる企業類型の一つではないかとわれわれは考え、
事例調査を行い、 追加してアンケート調査も行い、 関連文献の検討も行ってまとめたものがこの著である。
この著は、 キャリアマネジメント研究会のメンバーの共著である。
研究会といっても、 著者三人だけの小さな集まりである。
研究を始めた 2004 年当時、 菊地達昭は劾EC ユニバーシティ取締役・経営研修所所長であり、
民間最大手企業の一角でエグゼクティブの教育を通じてマネジメント層のキャリア支援に取り組んでいた。 また同時に、
多忙なサラリーマン生活の閑暇を利用してフリーターの再就職支援にも取り組んでいた。 小玉小百合は法政大学キャリアデザイン学部のキャリアアドバイザーとして、
学生のキャリア教育プログラムの実施やキャリア相談にあずかり、 学生の指導のためにも将来かれらを受け入れる企業のキャリア管理を研究していた。
川喜多喬は同大学経営学部から移籍してキャリアデザイン学部で人材育成論を教える傍ら、 中堅企業の人材育成やサラリーマン・OL
のキャリア形成を研究していた。
三人が出会ったのは、 2004 年9月に設立された日本キャリアデザイン学会の準備作業の場であった。
この学会では、 キャリアデザインという言葉を刺激剤に、 個人の側からの積極的な職業生涯設計・職業能力の継続学習と、
組織側のキャリア支援・キャリアマネジメントを通じた個人と組織の協働作業というテーマは、 世代を超えた共通の課題になっているという問題意識で、
学校や企業、 行政、 NPO など様々な世界から人々が集まってきて論議をかわしていた。
当時、 メディアで注目されるキャリア支援といえば、 フリーター・ニートについての議論であった。 雇用調整期に着目された高齢者の再就職支援論議はやや陰に隠れ、
他方で女性を中心とした雇用継続のためにワークライフバランス論議も出始めていた。 これらがそれぞれ重要なテーマであることは言うまでもないが、
経営組織における多数の従業員を対象とした企業内キャリアマネジメントや、 それを重視し始めている人的資源管理の動向については、
充分な研究がないのではないかと、 われわれは考えた。
そこで三人は、 企業の事例研究を始めることにし、 その成果の発表の場を産労総合研究所、 「企業と人材」に求められないかと編集部に打診したところ、
快く連載を引き受けていただいたものである。 著者たちは人材関係の雑誌等から事例調査企業候補名を収集・整理し、
30 数社のリストを作成し、 そのうちから取材訪問の快諾を得たところから順に1年かけて連載を果たすことができた。
その連載のうちから選んだ事例を間に挟み、 前後にわれれれ三人の論文を収録した。
まず、 長年、 いろいろな企業の経営者・管理職と交流してきた経験に基づき、 序論を菊地が書いた。 事例の後には、
かつて川喜多などが行った大量アンケート調査の結果と比較して趨勢を確かめるため、 アンケート調査を実施することにした。
この調査は法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻の総合調査プロジェクトの一環として行うことにし、
調査票の設計から集計までを川喜多・小玉が行い、 その成果に基づいて小玉が研究報告を行った。 それをさらに精査して、
この著に向けて再編した。
事例調査及びアンケート調査の対象企業は日本の企業から見れば極めて数少ない。 事例調査とはそもそうしたものである。
またアンケート調査も性格上、 質問による制約がある。 結果をさらに日本企業のキャリアマネジメントの趨勢の中で解釈するために、
戦後の趨勢や現代における課題を整理しようとしたものが、 末尾につけた川喜多論文である。
われわれは、 それぞれの論文・調査報告に整合性をつけることよりも、 むしろ多様な現実に照らして多様な動向があり多様な解釈がありうるという指摘を優先させることにした。
新時代に向けて企業の現場も創意工夫によって時に未整理状況にあり、 また企業の環境からその環境の中での戦略選択までも多様である。
キャリア支援や人材マネジメントがどこに収斂していくのか、 いやむしろ逆にいっそう拡散していくのか、
読みがたい。 とはいえ、 その多少の混乱こそ、 多くの企業の人材マネジメント企画担当者はキャリア支援の適切な形を探して苦闘している証拠だとわれわれは考えている。
とすれば、 議論の矛盾は承知の上で、 いわば 「いいとこどり」 をこの著からしてもらうためにも、 あえて未整理のまま提示したのである。
これだけ企業のキャリア支援が変わってきていると言われながら実態に即した研究書が少ない中で、 学問上にもささやかな一石を投じたのではないかと自負しているが、
読者諸氏のご高評を待ちたい。 末尾ながら、 ご協力を頂いた企業の方々に感謝申し上げる。 私どものまとめや意見は、
企業の方々のものではなく、 誤解があればその責はわれわれが負う。
2005年10月15
共著者
川喜多 喬
菊地達昭
小玉小百合
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