ところで、労働審判の新たな利用法も生まれている。通常裁判では、たとえば解雇事件の場合、解雇権の濫用かどうかを審理し、解雇権の濫用となれば、「従業員たる地位の確認」という判決、解雇相当となれば「原告の請求棄却」という判決、この2つに1つしかない。労働審判委員会には、こうした権利義務関係を踏まえて柔軟な解決を行うことができるという権能が付与されている。
鴨田弁護士は、「労働法規などには、民事的な効力は法律上ないが、会社側が配慮・努力しなさいという規定が数多くある。それらの規定を根拠に本裁判に訴えたら根拠なしを理由に却下されるが、労働審判ではそれらの規定を踏まえて解決案が提示される可能性が大いにある」と指摘する。
たとえば、有期雇用契約労働者が育児休暇を会社側に認めさせた事例もある。育児・介護休業法では、有期雇用労働者に育児休業を認めさせることは法律上かなりハードルが高いが、たまたま相手方企業の求人票には「育休取得の実績あり」と記入されていた。それを根拠に申し立てた結果、労働審判を通じて育休取得が認められたという。
また、育児・介護休業法には、会社が制度化すべき施策として短時間勤務制度など5つを上げている。しかし、労働者側から勝手に5つの中から選択する権利はなく「あくまで会社が自主的に選択して制度化し、就業規則に明記すれば、それに基づいて権利が請求できるものだ。しかし、労働審判ならば、制度化していない、あるいは制度化しても中身があいまいで利用しづらいということで、法律の趣旨をもっと活かせという申し立てもありえる。労働安全衛生法にしても、いろいろな規定はあっても、これはあくまで労基署が事業所に行政上命令できるもので、労働者個人が会社はこうすべきだということまではいえない。本裁判では負けるが、労働審判なら、法律を守ってくださいという説得を審判委員会がやってくれる可能性は大いにある」と指摘する。
労働審判の特徴として改めてクローズアップされたのは、金銭解決の多さである。統計はないが、解雇をめぐる事件でも金銭解決に至っているケースが圧倒的に多く、地位確認を求める申立書の段階から金銭解決を望むという申立人も少なくない。最高裁も、「労働審判は権利関係や審理の経過も踏まえて、調停案なり審判を下すという制度。本訴では、解雇が無効であれば労働者の地位を確認するという処分しかありえないが、労働審判では金銭解決はありうる選択肢の1つといってもいいだろう。調停だとなおさら、双方が譲歩しつつ当事者が納得していれば現実的な解決策であるとは思う」と語る。
また、経営サイドの法曹関係者の間には、解雇事件について、本裁判ではなく労働審判に訴えたということは、明らかに金銭解決を求めるサインだと言い切る人もいる。労働裁判における解雇の金銭解決の導入については、先の労働契約法をめぐる政府の審議会の議論において、現状では難しいとの理由により途中で引っ込められた経緯がある。経営サイドにおいては、労働審判で金銭解決が制度化されたとみなし、「再び議論をむしかえしてくる可能性は十分にある」(鴨田弁護士)など労働法制への影響も予想される。(ジャーナリスト 溝上憲文)
賃金事情 2007年12月20日号掲載