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賃金事情 News & Report
労働審判制度解決率8割 順調に滑り出した労働審判制度の実効性を検証する

個別労働紛争の解決を目指した労働審判制度が、2006年4月のスタート以来1年半を経過した。増え続ける個別労働紛争を背景に、司法制度改革の目玉の1つとして誕生した労働審判制度は、全国50カ所の地方裁判所に労使2人の労働審判員と労働審判官(裁判官)1人の計3人で構成する労働審判委員会を設置。労働者個人と雇用者の調停による解決が原則だが、調停が成立しない場合は、権利義務関係を踏まえつつ事件の内容に即した解決案(労働審判)を出す仕組みだ。果たして、労働者にとって制度が使いやすいものであるのか、その実効性を検証した。

 申立て件数は9月末時点で1,939件、うち解雇等をめぐる紛争が53%

労働審判への申立て件数は、昨年4月のスタート以来、今年3月までの1年間で1,163件。4月以降も毎月120〜140件で推移しており、徐々に増えている。当初は、弁護士サイドでは年間3,000件、最高裁判所でも1,500件程度を予想していた。その数を下回るものの「若干少なめではあるが、順調な滑り出しといえるのではないか。2年目はこのまま推移すれば1,500件ぐらいはいくだろう」(最高裁判所)とみている。
2007年9月末までの件数は1,939件。その内訳をみると、解雇をめぐる紛争などの非金銭事件が1,035件、賃金・退職金の未払いなどの金銭事件が904件である。
具体的には、解雇による地位確認の事件が946件、未払い賃金事件などが572件、退職金事件が159件と解雇・賃金事件で86%を占める。
実は当初から、労働審判は解雇事件や賃金・退職金の支払いを求める紛争に適しているとされていた。ただし、3回以内の審判期日で終結するには、解雇事件であっても、争点がそれほど複雑ではなく、当事者も多数ではない事案がふさわしい。他方、たとえば、3回以内の期日では審理が困難な事件として、男女差別など昇進・昇格の差別や就業規則の不利益変更に係わる事件があげられていた。その意味では、予想どおりの結果といえる。
最高裁も、「当初から、複雑ではない解雇事件、未払い賃金や退職金関係が労働審判に適していると考えていたが、予想どおりの事件が一番多かった」と評価する。
ただし、複雑な事件が持ち込まれていないわけではない。たとえば、整理解雇などの事件が持ち込まれ、解決した事例もある。札幌地裁の労働審判に事業所閉鎖による整理解雇で申立人10人という複数当事者が申し立てたが、第1回期日においてかなりのレベルの解決をしたという例である。複数当事者でも、裁判所が気にするほどの問題は生じていないようだ。
「整理解雇でも、調停に持ち込まれて解決している事件もある。少なくとも当事者が労働審判手続きの調停で解決しようという意識があれば、複雑になりうる事件でも解決しているものもあるが、解決しようという意識がないと難しい。どうしてもまとまらなくて労働審判手続きにふさわしくないということで24条終了(複雑事案の終了)したものもある」(最高裁判所)なかには、想定していなかったセクハラ事件も持ち込まれている。また、日本労働弁護団の鴨田哲郎弁護士は「残業代の未払いなど正確に計算すると大変な事案についても、当初は労働審判になじまないという裁判官もいたが、今では受け付けているし、申し立ても多く、それなりに解決している」と指摘する。

 労働審判での解決率は80%、迅速な手続きが功を奏す
労働審判の実効性という点で最高裁が胸を張るのはその解決率だ。終局事由ごとの既済件数は1,566件(2007年9月末)あるが、うち調停成立が1,080件と約70%を占める。また労働審判が下されたのは310件だが、うち異議申立てなしが123件と全体の約8%になる。これらを加えると、労働審判に持ち込んだ場合の解決率は約80%と高い数字になる。
「審判に対する異議申立ては187件あるが、もともと調停が成立せずに審判に至っているわけであり、審判の内容と調停の内容が全然無関係ではありえない。権利関係を踏まえているので、調停、審判ともに同じ線で出てくると思うが、異議申立てがないというのが思ったより高い印象だ。加えて、第1回期日前の取り下げが67件あるが、この中には当事者間で解決したケースも想定されるし、これらを含めると労働審判での解決は8割ぐらいになり、高い数字だと思う」(最高裁判所)
その要因の1つが、3回以内の審理で解決するという迅速な手続きにある。通常の労働関係民事訴訟事件の平均審理期間は約11カ月だが、3回以内の審理で終結というのは、通常の民事訴訟では考えられない早さだ。民事訴訟では1カ月に1回の審理が慣行だが、労働審判に当てはめると、申立てから第1回の期日までが40日と決まっており、計100日程度で終結することになる。
ただし、3回の期日で審理を終結するには、申立人および相手方は相応の準備が要求される。申立書には予想される争点および争点に関する重要な事実や証拠書類、加えて労働局などであっせんを受けた事実を含む当事者間の交渉の経緯の概要も記載して提出する。
相手方の答弁書でも同様の記載が要求され、第1回期日までにすべての書類が出尽くすことが想定されている。2回目は、1回目で不足したと思われる追加の書類の提出や証人を呼んでの聞き取りが行われ、双方の主張がすべて終了し、場合によっては労働審判委員会で合議した調停案や審判の方向性を双方に伝え、3回目で最終的に審判を下す。
その点では、実際の審理は当初想定した形になっているようだ。既済件数1,566件中4回以上に及んだのはわずか42件(2.7%)にすぎない。3回がもっとも多く617件(39.4%)、次いで2回が573件(36.6%)である。
「4回以上かかった事件でも、大体3回目まででほぼ調停が成立している。どうしても相手方企業の内部での決裁手続きがあるために、もう一期日伸びたケースがほとんどのようであり、おおむね3回以内で解決している。やはり、審判委員会として第1回期日にいろいろなことを集中して調べて、2回目で調停案を出すなど、当初予想していた以上に前倒しして事件を解決しようという意識が強かった結果、2回で終了している事件もかなり多い。何回にも分けて聞くと、記憶が薄れたりしてもう1回読み直す必要もある。審判員や代理人をはじめ、いろいろな方の献身的な協力があって迅速かつ高い解決率を実現できたと考えている」(最高裁)
平均審理期間も3カ月以内が36.7%ともっとも多く、平均日数も74.5日という通常の民事事件では考えられない短さである。鴨田哲郎弁護士も、「当初実務的に懸念したのは、相手方企業ないし代理人が第1回期日に必要書類を準備しないで実のある審理ができずに流れてしまうのではと考えていたが、私が担当した事件や周囲の話などを聞くと、少数の例外はあるものの、使用者サイドも真面目に取り組んでいると思う。おそらく裁判所の書記官が相手方に対して十分な周知を図っているのではないか」と評価する。
また、鴨田哲郎弁護士は、スピード審理の実現は裁判所に思わぬ福音をもたらしたとも指摘する。
「最高裁が一番喜んでいる。たまたま労働審判という形であるが、複雑な面がないわけではない労働事件でもこんなに早くできるのに普通の民事事件できないはずはないということで、民事事件にも広げたいという期待があり、そのことを言い出す可能性もあるかもしれない」
 審判官の評価も高い労使の審判員、さらに審判員を活かす努力を

労働審判は、民間から選ばれた2人の審判員と裁判官である審判官の3人で審理し、合議により解決案となる審判を下す新しい方式である。審判員は、労働者側、使用者側を代表する組織である連合と日本経団連がそれぞれ推薦し、最高裁判所が任命した人。労働者側では組合の会長、執行委員長、執行委員やそのOBなどで構成され、使用者側は企業の人事担当役員や人事・労務担当者およびそのOBなどであるが、全体の平均年齢は約60歳と高い。
当初は、審判員の資質・能力を含めてうまく処理できるか懸念されていたが、杞憂だったようだ。最高裁も「審判員に対する審判官の評価も高い。実務慣行のことを説明してくれるので非常に勉強になるという声もある」と高い評価を下す。
一方、鴨田弁護士は、おおむね評価するとしつつも、なかには問題がなくはない審判官や審判員もいるという。
「事前に審判員と多少の評議をしているのかもしれないが、審理中に、私たちの目の前で審判員の意見をまったく聞かずに自分で勝手に進めてしまう審判官もいる。思わずせっかく審判員もいるのだから、労使の意見も聞いてくださいと言ったほどだ。また、東京地裁の審判員なら最低でも3〜4回の経験はあると思うが、審判官にものを言ったり、当事者にフランクに質問したりする人もいる一方で、ほとんど何も話さない審判員もいる。審判官は30〜40代が主流だが、審判員は60歳前後であり、審判官以上に経験も豊富なはずだ。審判官も審判員を活かす努力をしてほしいし、審判員も審判官に対する壁を乗り越えてほしいと思う」

 労働審判の新たな利用法、解雇事件も金銭解決を含め柔軟に対応
ところで、労働審判の新たな利用法も生まれている。通常裁判では、たとえば解雇事件の場合、解雇権の濫用かどうかを審理し、解雇権の濫用となれば、「従業員たる地位の確認」という判決、解雇相当となれば「原告の請求棄却」という判決、この2つに1つしかない。労働審判委員会には、こうした権利義務関係を踏まえて柔軟な解決を行うことができるという権能が付与されている。
鴨田弁護士は、「労働法規などには、民事的な効力は法律上ないが、会社側が配慮・努力しなさいという規定が数多くある。それらの規定を根拠に本裁判に訴えたら根拠なしを理由に却下されるが、労働審判ではそれらの規定を踏まえて解決案が提示される可能性が大いにある」と指摘する。
たとえば、有期雇用契約労働者が育児休暇を会社側に認めさせた事例もある。育児・介護休業法では、有期雇用労働者に育児休業を認めさせることは法律上かなりハードルが高いが、たまたま相手方企業の求人票には「育休取得の実績あり」と記入されていた。それを根拠に申し立てた結果、労働審判を通じて育休取得が認められたという。
また、育児・介護休業法には、会社が制度化すべき施策として短時間勤務制度など5つを上げている。しかし、労働者側から勝手に5つの中から選択する権利はなく「あくまで会社が自主的に選択して制度化し、就業規則に明記すれば、それに基づいて権利が請求できるものだ。しかし、労働審判ならば、制度化していない、あるいは制度化しても中身があいまいで利用しづらいということで、法律の趣旨をもっと活かせという申し立てもありえる。労働安全衛生法にしても、いろいろな規定はあっても、これはあくまで労基署が事業所に行政上命令できるもので、労働者個人が会社はこうすべきだということまではいえない。本裁判では負けるが、労働審判なら、法律を守ってくださいという説得を審判委員会がやってくれる可能性は大いにある」と指摘する。
労働審判の特徴として改めてクローズアップされたのは、金銭解決の多さである。統計はないが、解雇をめぐる事件でも金銭解決に至っているケースが圧倒的に多く、地位確認を求める申立書の段階から金銭解決を望むという申立人も少なくない。最高裁も、「労働審判は権利関係や審理の経過も踏まえて、調停案なり審判を下すという制度。本訴では、解雇が無効であれば労働者の地位を確認するという処分しかありえないが、労働審判では金銭解決はありうる選択肢の1つといってもいいだろう。調停だとなおさら、双方が譲歩しつつ当事者が納得していれば現実的な解決策であるとは思う」と語る。
また、経営サイドの法曹関係者の間には、解雇事件について、本裁判ではなく労働審判に訴えたということは、明らかに金銭解決を求めるサインだと言い切る人もいる。労働裁判における解雇の金銭解決の導入については、先の労働契約法をめぐる政府の審議会の議論において、現状では難しいとの理由により途中で引っ込められた経緯がある。経営サイドにおいては、労働審判で金銭解決が制度化されたとみなし、「再び議論をむしかえしてくる可能性は十分にある」(鴨田弁護士)など労働法制への影響も予想される。(ジャーナリスト 溝上憲文)

賃金事情 2007年12月20日号掲載
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