事例 No.064 トヨタテクニカルディベロップメント 特集 混ざり交わる技術者教育
(企業と人材 2016年7月号)


update:2017.01.27

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

“機能のプロフェッショナル”をめざし
2010〜2015年に3つのプログラムで技術者を育成

ポイント

(1)トヨタ自動車の技術開発パートナーを育成するため、「技術・技能の伝承プログラム」、「現場実践プログラム」、「独自技術の創造プログラム」の3つのプログラムを導入。

(2)問題解決能力が高く、自分で自分の道を切り拓いていける“機能のプロフェッショナル”に育てる基盤として、早い段階で基礎能力と仮説検証力を身につけさせる。

(3)機能横断的にチームを編成し、先輩社員を講師にするなどの仕組みを設けて、「教え、教えられる関係」を構築。

各機能分野のプロとしての問題解決能力をめざす

トヨタテクニカルディベロップメント株式会社(以下、TTDC)は、トヨタテクノサービス、トヨタマックス、トヨタコミュニケーションシステムの3社が合併して、2006年4月に設立。エンジン、電子、電子制御、ボデー、IT・ソフトウェア、計測制御、知財関係など、多岐にわたる分野で開発関連業務を行ってきた。
事業の中心を占めていたのが、トヨタ自動車の車両開発だ。“トヨタの技術開発パートナー”として、世界を牽引する自動車メーカー、トヨタ自動車の車両開発の一翼を担ってきた。
持続的成長に向けた「もっといいクルマづくり」を推進するトヨタ自動車にとってTTDCの果たす役割は大きく、2016年1月には、TTDCの車両開発機能を約5,000人の従業員とともにトヨタ自動車へ統合。技術開発体制の強化に向けた組織再編を行った。
今回取り上げるのは、この再編が行われる前、TTDCの車両開発事業のうち、実験・材料分野(約1,000人が所属)で展開された人材育成プログラム。実験分野は環境、安全、快適さなどの品質、性能を予測し、実験で検証して車両性能の開発を行う分野であり、材料分野はより高品質、高機能な自動車を作るための材料の開発・設計等を行う分野である。
当時、TTDC常務取締役として実験・材料分野を管轄していた須崎俊吉さんは、こう語る。
「3社が合併し、将来の市場動向の変化に対応できる開発人材を育てなければならないという課題がありました。トヨタ自動車の委託を受けて開発を行いますので、仕事の進め方を含め、トヨタ自動車と同等レベルの問題解決能力、創造的な開発力を身につけさせる必要がありました」
開発スピードを優先しがちな実務のなかでのOJTでは、丁寧な育成が十分にできないと判断し、第3車両性能開発部部長(当時)の堀田博幸さんを中心とするタスクフォース的な「人材育成チーム」を設置。2010〜2012年にかけて、順次、育成プログラムを導入していった。
「前身の3社は事業内容からそれぞれ社風が異なり、保有する専門能力も異なる多様な人材が存在していました。また、従業員の多くが20代後半に集中し、開発経験が豊富なベテラン世代が少ない人員構成でした。そのようななか、トヨタ自動車の技術開発パートナーとしてふさわしい専門能力をもつ、各機能分野におけるプロフェッショナルを育てる取り組みを開始しました」(堀田さん)

入社から3年以内に基礎能力を習得

育成の基本方針は、“機能のプロフェッショナル”に育てること。
「大多数の技術者は、スペシャリストとして開発に携わっていきます。そのため、実験なら実験、材料なら材料、設計なら設計の分野で、その機能のプロフェッショナルに育成することに重きを置きました」(須崎さん)
同社がめざしたのは、自分で仮説を立て、自分で検証できる技術者だ。
「実験分野も材料分野も、実験をしながら知見を高め、性能や材料を開発していきます。自ら仮説を立てて検証することが基本になります」(堀田さん)
「技術者もある程度、技能的なことができたほうがいいし、技能者も技術的なことをわかっていたほうがいい。お互いに理解していないと、技術開発上のコミュニケーションが不十分になってしまいます。また、分野にもよりますが、最先端の開発を行う際には、理論をわかったうえで現場も知っている必要があります。とくに若手の技術者については、技術と技能の専門能力の保有比率として5:5、それを開発の現場で実践できる人材の育成をめざしました」(須崎さん)
育成のイメージは、図表1のとおり。まずめざすのは、「職場で技術的な意見交換、議論ができるレベル」。入社から3年で、このレベルにもっていく。

図表1 TTDC の人材育成の全体イメージ

図表1 TTDC の人材育成の全体イメージ

「入社すると、ゼロからのスタートではなく、実際は職場での専門的なコミュニケーションに必要な基礎能力がマイナスからのスタートです。会社には、それまでの歴史のなかで培ってきた技術的知見や仕事のやり方があります。その“言語”を理解し、現場で技術的にわかり合える会話ができるようになるのに、ふつう3〜5年はかかります。この間をどう埋めるかが重要です」(須崎さん)
トヨタ自動車の場合、社内に多くの先輩がいて、仕事のなかで部下・後輩を育てる風土や仕組みが根づいている。だから、技術開発に必要な専門性の“言語”を、職場のOJTで学ばせることができる。しかし、TTDCのような若い会社だと、OJTだけでは教え方にバラツキが出てしまう。いきなり実務のなかに放り出すと、仕事になじめないままで保有する能力が発揮できない恐れがある。
そのため、トヨタ自動車に3年ほど出向させ、出向期間中にOJTで指導してもらう取り組みも行っているが、TTDC内部でも、この期間に基礎能力を身につけさせる必要があった。つまり、入社から3年間かけて、学校教育で学んできた内容と開発業務の土台となっている知識、スキルとをしっかり結びつけ、3年後には先輩社員らが話す技術開発の深いところや前提とされている知識を理解できるようになることがねらいだ。
そして、3年でスタート地点に立たせた後は、入社5年で「一人立ち」、10年で「一人前」、20年で「一流」をめざす。
「若いうちはよいですが、30歳を過ぎるころから先輩の指導を受けるような場面は少なくなっていきます。そうなる前に、自分で自分を高められる人材に育てます。また、一人前になった後は、育成というより、本人の素養や適性に応じた仕事の付与が重要だと思います。そこで、最初の10年で、基礎能力を身につけさせるとともに、その道のプロとして自分で道を切り拓いていける問題解決能力を鍛えます」(須崎さん)

3世代がかかわり学ぶ技術・技能の伝承プログラム

それでは、具体的な育成プログラムをみていこう(図表2)。同社では、3つのプログラムを組み合わせ、相乗効果を図った。

図表2 TTDC の人材育成のプログラム(3本柱)

図表2 TTDC の人材育成のプログラム(3本柱)

「技術・技能の伝承プログラム」は、工学的な原理原則や基礎知識・技能を習得するプログラムである。入社1〜3年目の全員が対象で、4年目以降でも、希望すれば受講できる。2010年に基礎編をスタートし、その後、応用編、実践編を追加した。
「実験・材料分野には、空調、操縦安定性、振動など約20の機能があり、それぞれ必要な知識が違います。それをリストアップして整理しました」(堀田さん)
1年目の基礎編では、基礎的な原理原則を学ぶ。たとえば空調機能の開発には、流体力学の知識も伝熱工学の知識も必要だが、必ずしもそれらを専門に学んだ人が入社してくるとはかぎらない。そこで、「そもそも熱とは何か?」といった工学の基礎から教える。
2年目の応用編は、1年目に学んだ原理原則が自動車の開発業務においてどのように活かされているのか、業務に関連づけて学ぶ。
3年目の実践編では、自動車の技術開発の基礎を習得させる。「お客さまに安心し喜んで使用していただける、高品質で良い商品をお届けするために、どのような実験方法をとればよいか」など、仕事に直結する内容になる。
プログラムは、週1回の講義と相互研鑚形式。1回1時間で、講義20分、ディスカッション40分で構成する。講師が一方的に説明するのではなく、ディスカッションによって理解を深めるようにした。受講者数は機能や年度によって異なり、1機能1人の場合もあったが、だいたい、5〜6人のことが多かったという。
講師はすべて社内講師で、各機能の先輩社員が務める。講義ごとに、受講者より少し上の先輩を上司が指名。多くの先輩が数回ずつ担当し、職場全体で育てる方針をとった。先輩社員を講師にするのは、教える側の成長につなげるためでもある。
各講座の年間講義数は48回、各機能分野において何を基礎編で教え、何を応用編で教えるかについては担当部署がテーマ設定し、事務局が確認した。それをもとに、具体的な講義内容は、講師に指名された先輩社員が考え、A3用紙1枚の講義用資料を作成する。
さらに、その資料をその上の先輩がチェックし、「こんなことも入れてはどうか」とアドバイスする方法をとった。つまり、このプログラムによって、受講者、先輩(講師)、その上の先輩という3世代の能力向上を図る教育機会になるわけだ。
学習状況の確認には、「伝承プログラム振り返りシート」と呼ぶA4判の用紙を用いる。月1回、受講者と講師が学んだこと・気づいたことを記入して振り返り、上司に提出する。事務局では、3カ月ごとにシートを回収し、学習状況をチェックする。
受講者は、3年間で48回×3=144回の講義を受ける。A3版で144枚の講義用資料は各自でファイリングされ、あとから自分で勉強し直す際に活用されている。

実験の難しさを知る現場実践プログラム

「現場実践プログラム」は、仮説→検証を体験するプログラム。技術・技能の伝承プログラムと同じく、入社1〜3年目が対象である。1年目は年間2テーマ、2〜3年目は年間1テーマをもって、自分たちで仮説を立て、実験によってそれを検証する。
「実験の開発現場では高度な専門性が重視され、技術者と技能者に対する役割の与え方が時代とともに変化して、自分で手を汚して実験の準備からデータ取りを行う経験が少ない技術者が増えてきています。技術と技能をセットで身につけてもらうため、原理原則に基づいて仮説を立て、その仮説を自分たちで検証してもらいます」(堀田さん)
具体的には、2〜5人1組のチームを組み、先輩社員をアドバイザーにつけたうえで、課題に取り組む。チーム編成にあたっては、空気力学と伝熱工学、衝突安全と強度など、工学の専門性が近い機能を組み合わせるとともに、技術員と技能員を1つのチームにして、刺激し合えるようにした。
取り組むテーマは、受講者とアドバイザーが話し合って決める。
「仮説を立てて検証するステップを踏む能力開発の場ですので、テーマは基礎的なものでかまいません。明らかな結論を導くとしても、何か1つ条件が整わなかっただけで合わなくなります。そうした経験を通じて、実験装置を製作し、正確な計測データを取得することの難しさを体感してもらいます。うまくいかなかった場合に、何がいけなかったかを自分たちで考えることが重要だと思っています」(堀田さん)
「とくに1年目は、工学書に書かれている公式を、実験でデータを取って検証するといったレベルです。実際の車両開発では、それまでの知見に立脚して仮説・検証を積み上げていきますので、あとから違っていたとなったら大変です。また、創造性の高い技術開発をするには、自分自身で検証できないと先に進めません。仮説・検証を繰り返すなかで新しいものを生み出す創造性と、難題を解き明かし新たな発見をする楽しさを感じさせたいという思いがあります」(須崎さん)
実習には、1年目は1日2時間、2〜3年目は1週間に1時間をあてることができる。各人がA4判の用紙にまとめて上司に提出し、フィードバックを受ける。
技術・技能の伝承プログラムと現場実践プログラムを同じ入社1〜3年目に行うのは、2つのプログラムの相乗効果をねらっているためだ(図表3)。

図表3 2つのプログラムの相乗効果

図表3 2つのプログラムの相乗効果

「現場実践プログラムで仮説・検証がうまくいかないと、知識の必要性に気づき、伝承プログラムの基礎編に立ち返って能動的に学習するようになります。そして、そこで学んだことを再び現場実践プログラムのほうに持ち寄り、実験での仮説・検証に活かすようになります。修了後のアンケートでも、受講者、アドバイザーの双方から、有効なプログラムだと評価されました」(堀田さん)

4年目からは個人で課題解決に取り組む独自技術の創造プログラム

「独自技術の創造プログラム」は、問題解決能力の向上を目的とするプログラム。業務上の課題を年2テーマ、自分自身で設定し、PDCAサイクルを回しながら課題解決に取り組むというものだ。
入社4年目以降が対象で、一度受けたら終わりではなく、管理者になるまで毎年、全員(約700人)が参加する。上述の2つのプログラムで身につけた基礎能力と仮説検証力を用いて、実践のなかで問題解決能力を磨いていく。
個人の裁量度の高いプログラムであり、上司から指示するのは、「自分の業務の課題を設定し、A4判1枚のレポートを提出しなさい」ということだけ。提出するフォーマットも自由だ。
「クルマの開発は、日々、問題解決の連続です。問題にぶちあたったときに、早く正しい方向に解決する能力が必要になってきます。会社が期待する人物像にも『自ら考え実行する人』とあるように、課題を自律的に考え、解決への取り組みを実践することを重視しました」(堀田さん)
「独自技術を創造するには、自分で考え、自分で生み出すことが不可欠です。そのため、あえて取り組み方を本人に任せています。入社4年目から問題解決能力を鍛えるというのはかなり早いですが、自分で考えて行動する習慣を早く身につけさせたいと考えました」(須崎さん)
ただし、完全に個人任せにしてしまうのではなく、研鑽し合える仕掛けを設けた。同じくらいの職層の社員4〜5人をチームにし、週1回、互いに進捗状況を報告し、技術論を交わす場を設けたのだ。取り組むテーマは人それぞれだが、他者から意見をもらうことで、気づきや刺激を得る。各チームには、管理職層をアドバイザーにつけた。
チームは、異なる機能の社員を組み合わせて編成し、周辺技術のことを知る機会にもなるようにした。PDCAを回す基本はどの機能分野でも同じなので、機能が違ってもアドバイスし合うことはできる。毎年、事務局がチームを組み替え、社内ネットワークの拡大を図った。
このプログラムへの取り組み姿勢や成果は、直接的には考課に反映しない。「レポートは技術力向上を重視し、体裁や見栄えを整えるのに一生懸命になっては困る」と考え、レポートの公表もしなかったという。

プログラムの成果と今後の展望

各プログラムの導入にあたっては、「いままでのやり方で十分」、「甘やかしすぎ」といった反対もあったという。しかし、実際に始めてみると、講師役の社員からも「自分たちの専門能力や指導力を高める機会になり、勉強の場になる」という声があがり、積極的に育てようとする風土が生まれた。社長が各教室を回って声を掛けるなど、経営層の理解と協力も大きかった。
若年層の成長も進んでいる。
「このプログラムを受けた人の成長度合いと、それ以前に入社し、プログラムを受ける機会がなく実務を始めた人の成長度合いとを比較すると、技術的な問題解決への取り組み方に違いがみられます。ふだんはパーソナリティや運営力でカバーできても、技術的な課題を解決しようというときに、原理原則で考えることや、実験を行うまでの準備過程とその難しさを現場で経験し、理解していることで差が出ます」(堀田さん)
このように大きな効果をあげているが、冒頭で述べたように、TTDCの車両開発機能は2016年1月にトヨタ自動車へ統合され、このプログラムは終了した。
それに先立つ2015年度には、トヨタ自動車の育成システムと比較して、今後の方向を検討した。
「入社1〜3年目対象の2つのプログラムにあたる若手への能力開発機会が少ないことがわかりました。技術・技能の伝承プログラムは終了しましたが、少なくとも、機能ごとに何を伝承しなければいけないかを明らかにして、自分たちで勉強できるようにすることにしました。
現場実践プログラムも、いまのところプログラム化はしませんが、実験計画を立てる際に仮説を立てさせて、それを上司がチェックし、アウトプットをきちんと考察しようということになっています。また、私の所属する部署でプログラムを継続し、そこから広げていくことも検討したいと考えています」(堀田さん)
今回紹介した人材育成プログラムに加えて、技術・技能教育研究所・代表の森和夫氏の指導を仰ぎ「技術・技能伝承セミナー」を企画・運営し、さらには北海道大学の松尾睦教授の指導を仰ぎ、経験学習の研究も進めている。
「自分で経験したことをどう次の飛躍に結びつけるかという観点から、取り入れられる点は取り入れ、『もっといいクルマづくり』につながる人材育成を進めていく考えです」(須崎さん)

(取材・文/崎原 誠)


 

▼ 会社概要

社名 トヨタテクニカルディベロップメント株式会社
本社 愛知県豊田市
創業 2006年4月1日
資本金 5.5億円
売上高 689 億円(2014年度)
従業員数 933人(2016年1月1日現在)
※トヨタ自動車との組織再編前の2015年4月現在では5,938人
事業案内 知的財産事業、計測制御事業
URL http://www.toyota-td.jp/
(左)
スマートインプリメント 顧問
(元トヨタテクニカルディベ
ロップメント 常務取締役)
須崎俊吉さん
(右)
トヨタ自動車 車両実験部
熱流体・燃費開発室長
(元トヨタテクニカルディベ
ロップメント 第3車両
性能開発部 理事兼部長)
堀田博幸さん


 

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