事例 No.028 ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン 特集 実践で磨くリーダーシップ
(企業と人材 2015年8月号)


update:2016.03.02

記事の内容およびデータは掲載当時のものです。

人の心を奮い立たせ、やる気を起こさせる
「インスピレーショナル・リーダーシップ」を開発・展開

ポイント

(1)心を奮い立たせるリーダーに重要な33の要素を調査・分析し、「インスピレーショナル・リーダーシップ」として体系化。

(2)社員に対してワークショップを行い、自分の考える強み・弱み、伸ばしていきたい項目、周囲からみた強み・弱みを知り、日常の仕事のなかで取り組んでいく。

(3)インスピレーショナル・スキルとパフォーマンス・スキルを明確に区別して運用。画一的な「あるべき姿」がないインスピレーショナル・スキルについては、人事評価体系に組み込まず、各人に合わせた育成を行う。

仕事の満足度調査から心を奮い立たせるリーダーシップに着目

1973 年に米国ボストンで創設され、現在、世界33 カ国51 拠点にネットワークを展開する世界有数の戦略コンサルティングファーム、ベイン・アンド・カンパニー。日本では1981 年に東京オフィス(ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッド)が設立され、国内およびグローバル企業の最重要経営課題の解決と成果の実現に取り組んでいる。
同社で働く社員の基本となるのは、オペレーティングバリュー(行動規範)である(図表1)。ここには、「コンサルタント一人一人が強い責任感を持ち」、「互いの意見に対して真摯に耳を傾け」、「お互いを信頼できるプロフェッショナルとして認め合い」といったことがあげられている。

図表1 ベイン・アンド・カンパニーのオペレーティングバリュー

図表1 ベイン・アンド・カンパニーのオペレーティングバリュー

これらを達成するために、またコンサルティング業という業態の特性から人が最大の資産との考えのもと、同社は人材の教育・育成に力を入れており、グローバル共通、および日本独自の教育体系のもとで、さまざまなトレーニングを実施している。同社の場合、それらのトレーニングについては、人事部門主導というよりも、現場のコンサルタントが主導するケースが多いのが1つの特徴だ。
現在、同社は新しいリーダーシップモデル「インスピレーショナル・リーダーシップ」を提唱し、そのトレーニングの開発、社員への展開などに取り組んでいる。これは、周りの人の心を奮い立たせるような(インスピレーショナルな)リーダーシップが、現代のビジネス社会においては必要という考え方・概念である。
この取り組みの背景や経緯について、マネージャーの池野章さんは次のように説明する。
「私たちはふだんプロジェクトを組んで仕事をしています。東京オフィスを例にとると、1プロジェクトのメンバーは、パートナー、マネージャーと4~5人のチームというのが多く、期間は3カ月程度というのが一般的です。そのようななか、グローバルすべての拠点を対象に、プロジェクトごとに仕事の満足度とそれに相関する要素についての調査を実施しました。その結果を分析したところ、プロジェクト期間中のインスピレーション(感銘)を受けるような出来事や人の存在の有無が、満足度と最も相関が高いということがわかったのです」
コンサルティング会社は労働時間が長くなりがちなため、労働時間に関する事柄が満足度と最も相関しているのではないかと予測していたそうだが、意外にも相関性はあまり高くなかったという。しかもインスピレーションは、2番目に満足度と相関が高かった要素と比べて、6倍もの高さになっていた。このことから、同社はインスピレーショナルな要素に着目し、調査結果を研究するグローバルのチームを立ち上げ、検証していくことにした。

フォロワー側からみたリーダーに必要な要素を洗い出していく

研究にあたっては、まず世の中にあるリーダーシップやインスピレーションにかかわるさまざまな文献にあたったそうだが、同社の結果と合致していて、すぐに使えるような既存のモデルはみつからなかったという。
「その理由としては、インスピレーションはあまりにも精神論に寄りすぎているということがあります。また、私たちは、コンサルタントがどういうときにインスピレーションを受けてやる気が出たかというような、受け手(フォロワー)側の視点に立った研究をしていたのですが、既存のモデルは『リーダーとはかくあるべき』といった、リーダー側の視点に立ったものがほとんどだったのです。そこで私たちは、フォロワーが人からインスピレーションを受けるときには、どういう要素が重要となっているのかを洗い出すことにしました」
そして、社内のコンサルタントを対象に、どの人のどのようなところにインスピレーションを受けているかというサーベイを実施した。その結果を分析したところ、インスピレーションに重要な33個の要素があることがわかったという。これらの結果をもとに、同社が独自に体系立てたのが、インスピレーショナル・リーダーシップである。

根幹となる要素は33 個各人が自分のスタイルで強みを伸ばす

インスピレーショナル・リーダーシップの根幹となる要素は、図表2のとおりである。『自身の平静を保つ』を中核として、大きく4つの領域(「自己の能力を伸ばす力」、「周囲と理解し合う力」、「チームの気風を打ち出す力」、「チームを率いる力」)のなかに、合計33 の要素が分けられている。

図表2 インスピレーショナル・リーダーシップの33 の要素

図表2 インスピレーショナル・リーダーシップの33 の要素

サーベイの分析などをとおしてわかったインスピレーショナル・リーダーシップの特性としては、以下のような点がある。
まず、33 個の要素のうち何か1つでも卓越したものがあれば、周囲の心を奮い立たせることができるということだ。また、インスピレーショナル・リーダーシップは生まれつきのものではなく、学んで伸ばすことができるということ、心を奮い立たせる人に共通する唯一絶対の特性というものはなく、それぞれの人が自分の強みを自分なりのスタイルで伸ばせばいいということもわかった。
「33 の要素すべてが必要というわけではなく、そのなかの1つの要素でも飛び抜けていればインスピレーショナルになるのです。複数の要素が該当していても、インスピレーショナルとされる確率は大きく躍進しないことがわかりました。つまり、1~4つくらいの自分の強みにフォーカスして、そこを伸ばしていけばいいのです。
そうすると、リーダーシップのスタイルも人それぞれということになります。たとえば、『共感する力』と『相手との共通点を見いだす力』が優れている人なら、あまり自分が表に出ていかないリーダーシップスタイルが合っていることになりますし、『進むべき方向を指し示す力』を自分の核に置くなら、自分が前に出て引っぱっていくスタイルになるわけです」
なお、『自身の平静を保つ』を中核に置いているのは、自分の心やいまの状況を知り、理性をもって対応できなければ、インスピレーショナルな能力をいくら伸ばそうとしても、その場の感情など短期的なものに左右されて、うまくいかないからである。
ここで注意したいのは、インスピレーショナル・リーダーシップの能力=インスピレーショナル・スキルを、業務を遂行する能力であるパフォーマンス・スキルとは明確に区別している点である。
「パフォーマンス・スキルは、目に見える成果物があるなど、定量的に点数を判定できるものです。それに対して、インスピレーショナル・スキルはマインド面を表したものであり、やや精神的で、点数をつけるのは難しい。ですから、この2つは明確に分けて活用しています。そのほうが、どちらを伸ばすうえでもよい結果となると考えますが、世の中のリーダーシップ・プログラムは2つが混在していてわかりにくくなっていたり、精神論に近くなってしまったりしているものが多いようです」
パフォーマンス・スキルの評価からは、点数化しにくいマインド面を省いたスキルと成果のみで評価し、インスピレーショナル・スキルに関しては、会社から『こうあるべし』とするよりも、自分なりのスタイルを確立していけばいいという考え方である。
そのため、インスピレーショナル・リーダーシップは、必ずしも部下のいる管理職だけに求められるものとはなっていない。新人や若手社員も含めて、誰もが周囲の人の心を震わせるような存在になることを志すべきだし、また、それができるはずだという哲学に基づいてつくられているのである。

ワークショップで自分が伸ばしたい強みを決め自ら取り組む

同社では2014 年から、社員に対してインスピレーショナル・リーダーシップを自分で身につけて伸ばしてもらうための取り組みをグローバルで展開している。東京オフィスでは、池野さんを含めた3人が担当となり、全社員を対象に取り組んでいる。
具体的には、まずは階層ごとにワークショップを開催。約3時間のワークショップでは、自分の強みとなる要素を認識し、どの強みをどうやって伸ばしていくかを自分で決める。
ワークショップの前には、アンケート調査を行う。これは、本人だけでなく、その人が答えてもらいたいと思う人を階層や部署に関係なく10 人程度あげてもらい、その人たちに対しても実施した。いわゆる、360 度評価のようなものである。その人の仕事のやり方や日常の事柄について客観的に評価してもらうことを目的としているため、ある程度本人を知っている人が対象となる。
アンケートでは、図表2の33個の要素について、対象者が強い、または弱いと思う項目を、それぞれ5つ程度まで選んでもらった。
このアンケート結果から各社員は、自分が認識しているいまの強みと弱み、自分が強くしたいと思う項目、そして、周囲のアンケート結果の得票からわかった周りが評価している自分の強みと弱みを知る。
ワークショップでは、これらをもとに周囲の人とディスカッションをし、最終的に自分で伸ばそうと思うインスピレーショナル・リーダーシップの要素を4つ選ぶ。さらに、それをどう伸ばしていくかというところまで、この場で本人に考えてもらう。
「ワークショップは、毎回盛り上がりました。自分が認識している強みと他の人から思われている強みが乖離していることも多く、『こんなふうに思われているのか』といった新しい発見があるのです。最終的にどの要素を選ぶかは本人次第ですが、傾向としては、他の人から評価された強みを伸ばそうとするケースが多いように見受けられます」
ワークショップ後は、各人が選んだ要素を伸ばすための取り組みを日常で行っていくわけだが、ここでもとくに会社が何かを強制するわけではない。周囲に伝えるかどうか、どういう取り組みを行うかも本人に任せている。ただ、会社として推奨しているのは、日々のコミュニケーションのなかに取り入れながら、プロジェクトチーム内でインスピレーショナル・リーダーシップを発揮できたかどうかを上司やチームメンバーと話し合いながら、伸ばしていくという方法である。
たとえば池野さんは、「主体性」、「オープンな姿勢」、「協調性」、「他人の自己実現を助ける姿勢」の4つを選択した。
「私は、この4点を伸ばしていくとチームメンバーに公表していて、1カ月ごとのプロジェクトの振り返りのなかで、前の月と比べて何かよくなった点はないか、メンバーに聞いたりしています」
会社としては、国内のトレーニングや、定期的に開催されるグローバルトレーニングのなかでも振り返りを行っているという。
池野さんのところには、ワークショップ中を含めて、選んだ強みをどういうふうに伸ばせばいいかといった相談がくることもある。その場合は、グローバルでの取り組みや例を参考にしながらアドバイスをしているそうだ。
このように、会社としてできるかぎりのサポートはするが、自主性に任せている部分がかなり大きいのも特徴だ。
このことにも関連するが、同社では、この取り組みは個人名を伏せて運用しており、給与と結びつく人事評価体系にもいっさい組み込んでいない。これは、インスピレーショナル・リーダーシップを運用していくうえでの1つの注意点にもなると池野さんは指摘する。
「インスピレーショナル・スキルを高めていくときに、最終的な結果として求めているのは、全社員が仕事に対して満足感をもって働けるようになることです。ですから、仕事をより効率的に早く正確に行うといったパフォーマンス・スキルとは、求める結果も違うわけです。いまは当社で実施・検証しているところですが、今後、他社で導入・展開していくときも、そこは分けて考えることが非常に重要ではないかと思っています」

社員の意識変化やダイバーシティ推進でこの概念の重要性が増す

いまのところ、導入からまだ間もないこともあり、インスピレーショナル・スキルの伸びなどの追跡調査などは行っていない。ただ、日本以外のオフィスも含めて、会社としてグローバルでインスピレーショナルになることを重視するといったメッセージは社内に浸透してきている。
社員にも、この取り組みは好意的にとらえられているようだ。それは、全社員が満足して働けるようになることを重視していること、インスピレーショナル・リーダーになってほしいという会社の考えをしっかりと打ち出していること、人事評価に連動させていないことが理由ではないかと池野さんは考えている。
さきほど、インスピレーショナル・スキルの追跡調査は行っていないとしたが、プロジェクトごとの社員の満足度と、そのなかでインスピレーションを受ける機会があったかどうかの推移については追跡調査を行っている。これは、インスピレーショナル・スキルが伸びれば、プロジェクトの満足度も上がるという考え方に基づいて行っているもので、結果として、満足度は全体的にやや上昇傾向にあるそうだ。
日本ではまだ社内だけの取り組みだが、海外では社外展開を行っており、日本でも需要があるようなら、社外の展開も考えるという。ちなみに、海外で社外展開した際は、基本的なやり方は社内と変わらないものの、会社特有の環境や企業文化を考慮して、その会社にあった社内サーベイを実施し、独自のインスピレーショナル・リーダーシップの要素を抽出するところからスタートしたという。
「社外で展開しても33 の要素はそれほど大きく変わるわけではないのですが、やはり若干の違いは出てくるでしょう。なお、社外展開するときには、組織改革や教育体系の一部としてインスピレーショナル・スキルのテーマを入れていくという形がいいのではないかと思っています」
とはいえ、これからの時代には、こうしたインスピレーショナル・リーダーシップのような考え方が、業種や規模を問わずどこの企業でも重要になってくるのは確実だと池野さんは話す。そして、その理由として次の3点をあげる。
1つ目は、若い世代の会社に対する意識の違いだ。いまの若い人たちは、社会貢献などへの関心が非常に高く、実際の仕事でも、単に上からいわれたとか給料がもらえるからではなく、精神的な達成感を求める人が増えている。そのような人たちを会社につなぎ止めるためには、インスピレーショナルな要素をもった社員が重要になってくると思われる。
2つ目は、企業の差別化や競争優位の源泉が、どんどんサービスや現場に移っていることである。そうしたなかでは、インスピレーショナルといったソフトな面を企業として強めていかないと、競争優位は失われていくだろう。
3つ目は、ダイバーシティの推進である。女性が社会に進出するなかで、在宅勤務や時短勤務といった多様な働き方が増えている。そうなると、単純に上司だからいうことを聞いてもらうというやり方では、仕事がスムーズに運びにくくなるだろう。そのため、インスピレーショナルな人だから周りが働いてくれるというモデルをつくっていく必要があるのだ。
これらのことから、同社は今後もさらに、インスピレーショナル・リーダーシップの取り組みを充実させていく方針だ。とくにポイントとなるのは、匿名性を守りながらも、各人がインスピレーショナル・スキルを伸ばしていく取り組みに対して、効果的なフィードバックをどのように行っていくかだという。
「私見では、それぞれが伸ばしたい要素をしっかり決めて、それに対してどうしたらより伸びるかというアドバイスやフィードバックができるようになればいいと思っています。フィードバックしていく側は大変ですが、それは必ずしも上司でなくてもいいでしょう。チームメンバーの誰もがお互いにフィードバックしあうような運用ができるはずです」
インスピレーショナル・リーダーシップの概念はまだ生まれたばかりである。しかし、時代が求めているリーダーシップのあり方として、これからどのように育っていくのか注目される。

(取材・文/中田正則)


 

▼ 会社概要

社名 ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッド
本社 東京都千代田区
設立 1981年
売上高 非公開
従業員数 非公開
事業案内 戦略コンサルティングファーム
URL http://www.bain.co.jp/
マネージャー
池野 章さん


 

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