分岐点
(私のターニングポイント)
田中みずき 銭湯ペンキ絵師


update:2014.03.19

この記事は「企業と人材」2013年12月号に掲載されました。

2003(平成15)年

 「何で、銭湯のペンキ絵なんだ」
 美術史を専攻していた大学生の頃、卒業論文の題材を銭湯のペンキ絵にすると父に報告した際に言われた言葉です。
 父も大学時代に美術史を専攻し、卒業後は新聞社に入り、美術の記事を長年書いていました。そんな父にとって、娘の私が決めた卒業論文の題材は美術史の流れから逸脱しており、思いつきで決めたように感じられたのでしょう。
 この父の反対に対する回答を考えることがきっかけになり、私は当時憧れていた、美術館の学芸員の仕事ではない別の職を目指すようになりました。
 私の人生を変えた「銭湯のペンキ絵」とは、銭湯の浴室の大きな壁面に描いてある、富士山などの風景画のことです。ペンキ絵を意識するようになったのは、卒業論文の題材に迷っていたときでした。好きな作品や美術家を書き出して、何について書こうかと迷っている際、福田美蘭や束芋といった美術家が銭湯を題材にした作品を生み出していることに気づいたのです。
 それまで私は一度も銭湯に行ったことがありませんでした。実際に行ってみると、一番印象的だったのがペンキ絵でした。大きな湯船につかり体がゆらゆらと揺れ、上がっていく白い湯気がペンキ絵のなかの雲に重なっていく様を眺めるうち、自分がペンキ絵に描かれた世界に入っていくように感じられたのです。
 こんなに面白い絵画の鑑賞方法があったのかと驚き、また、なぜペンキ絵が描かれるようになったのか、なぜ富士山が描かれているのか、誰のために描かれているのか…と、疑問が次々に湧いてきました。それは美術史を学ぶなかで考えてきた「作品は、それを求める鑑賞者が居てこそ成立するもの」という考えにつながるものでした。そこで、銭湯のペンキ絵も美術史的な視点から再考できると思ったのです。
 父は、私の話をじっくりと聞き、認めてくれました。
 その後、父も私自身も想像していなかったことですが、私は銭湯のペンキ絵を描く絵師のもとに弟子入りし、9年後のいまでは独立してペンキ絵を制作しています。別職ではインターネット上の美術展情報サイト「カロンズネット」にも関わっています。どちらの仕事をするときにも、父の問いに答えたときのことを思い出してしまうのです。

●プロフィール
田中みずき
銭湯ペンキ絵師
1983 年、大阪生まれ。幼少時から東京在住。筑波大学付属高等学校進学後、明治学院大学在学中に銭湯ペンキ絵師に弟子入り。現在は独立し、銭湯ペンキ絵師として活動するほか、現代美術展覧会・レビュー情報サイト「カロンズネット」編集長を務める。
ブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」 http://mizu111.blog40.fc2.com/
「カロンズネット」 http://www.kalons.net/

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