「企業と人材」1000号記念インタビュー 教育スタッフの任務は 教育課題の設定で会社を蘇生させること
神奈川大学 特別招聘教授 桐村 晋次さん


update:2014.01.21

この記事は「企業と人材」2013年3月号に掲載されました。

戦後の企業内教育は、アメリカ生まれの定型訓練の導入から始まった。
その後、高度経済成長期、バブル経済の崩壊を経て、いまやグローバリゼーションの時代。
人材育成の歴史から学ぶべきこと、グローバル時代の人材開発のあり方について、人事の長いキャリアをもち、経験豊富な桐村晋次さんに話を伺った。

定型訓練の導入から上司による訓練へ

本誌創刊以降の約43 年間で、人材育成の考え方や方法には、さまざまな変遷があったと思います。まず、こうした歴史を、桐村さんなりに振り返っていただけますか。

桐村 人材育成の背景となる企業環境および経営戦略、人事・組織の部分まで含め、課題やトレンドの変遷をまとめたのが図表(ページ下参照)です。戦後全体を15 年刻みにしてありますが、これに沿って話をしていきたいと思います。

まず、1945 年から1960 年までの15 年間は、企業環境からいくと、敗戦後、GHQ の手によって、経済の民主化が行われました。農地解放や財閥解体が進み、また労働三法が設定されて、各地に労働組合が結成されたのです。1952 年4月には、サンフランシスコ講和条約(対日平和条約)が効力を発して、わが国は独立を回復しました。

経営戦略としては、この時期は、まず生産復旧が急務。当時は労働争議が盛んで、労使関係の安定も課題になっていました。それから生産性・能率の向上ということで日本生産性本部ができたのが、1955 年。企業の組織面では、当時、最初は職能別組織でしたが、55 年以降にはテイラーの科学的管理の思想が入ってきて、計画と実行部門を分離するライン&スタッフシステムが入ってきました。人材育成に関しては、生産復旧のためにも現場が管理組織をきちんとしなければいけないということで、アメリカから入ってきたのが、技能訓練や、TWI とかMTP といった管理監督者訓練です。言ってみれば、この時代は定型訓練の導入が中心でした。

次の1961 年からの15 年間は、ニクソン・ショックや石油ショックもありましたが、日本の高度成長の時代で企業業績は伸びていきました。

桐村 日本の経済は、1960 年までに一応の基礎固めができました。戦後の、明日はどうなるか分からないという状態を脱して、企業も中長期経営計画を立てられるようになったわけです。次第に事業規模が拡大していき、研究開発体制も整いました。事業が広がっていくと、事業部制やプロジェクトチーム等いろいろな組織が生まれ、マネジメントの重要性が認識されるようになってきます。

人事・組織面では、トップ層の機能がより複雑多岐となってきたのを受け、集団的な意思決定システムとして、常務会制度を普及させたり、常務会の上に経営会議を置いたりといったことが行われるようになりました。事業部制組織の本格的な導入が進んだのも、この時期です。また、トップを補佐するゼネラル・スタッフが必要となり、社長室とか総合企画部などが設置されるようになりました。

また、職能資格制度が普及しましたが、これは年功制がうまく機能しなくなってきたことの1つの表れですね。というのも、組織がどんどん広がっていけば、ポストも次々と生まれるので、年功制の下では、例えば、ある年齢になると多くの人が課長になれる仕組みだったのが、景気が悪くなったときなどは、新たなポストができないし、かといって昇格させないわけにいかない。そういうことで職能資格制度という、処遇と職位(ポスト)を分離するやり方が生まれ、肩書は管理職でも、部下のいない課長が出てきました。

こうした時代になって、人材育成のあり方も大きく変化します。それまでは、工場なども徒弟制度で、親方がやる仕事を見て覚えろ、そして親方は定型訓練をしっかりやるということでした。でも今度は、リーダーがちゃんと自分で部下の育成を考えて指導して覚えさせるように変わってきて、管理監督者の部下育成責任がはっきりしてきた。同時に社内教育が体系化されました。経営も安定し、終身雇用の下、計画的に人を育てられるようになったためです。新人教育に始まる階層別教育なども整備されていきます。

日本経済の躍進を背景に海外要員や新規事業開発要員を育成

1976 年からの15 年間も、日本経済が躍進した好調な時代でしたね。

桐村 70 年くらいから、多くの商品分野で、国内のマーケットが飽和状態に近づいてきたこともあって、この時期に経営は多角化し、海外事業や新規事業への進出も盛んになりました。

また、組織は非常に拡大してきたため、分権化と権限委譲が進みました。それから、“人事のライン化”が始まった。要するに、それまでは人事部門が採用、配属、評価、教育を一括して見ていたのに、組織が大きくなったので、採用していったん配属したら、後は教育も評価のしかたも異動も、すべて配属した部門に任せ出したのです。実は、これには大きな問題があります。

例えば、海外に雄飛したいと思って商社に入ったのに、たまたま人が足りないから国内の経理に配属されたといった社員の場合、もう一生海外に出られない人も出てくるわけです。私が人事課長のときにも、そういう実例があって、ある社員を動かしてくれと上司に頼んだのですが、できる人材を上司は離さないですね。「俺が利益責任を追っているのだから、俺が出せないと言ったら出せない」というわけです。

それから、事業の多角化や消費者ニーズの多様化等に伴い、皆で知恵を集めないといけないというので、QC や改善活動を目的とした小集団活動が普及し、トヨタ生産方式が一躍注目を浴びたりしました。

組織の肥大化に伴う硬直化を防ぐための組織開発が導入されます。個人を対象とした教育ではなく、部や課などの組織を対象として、組織全体の活性化を図っていこうという試みです。ファミリートレーニング、職場ぐるみ訓練という呼び方もありました。いずれにしても、これまでの育成の主体が、45 年からの第1期が定型訓練、61 年からの第2期が上司による訓練だったとすると、この第3期になって参画型の能力開発に入ったといえると思います。

海外要員や新規事業要員の養成も、この時期の課題で、私は古河電工時代の79 年から、教育課長として、これに携わりました。

海外要員や新規事業要員の育成では、具体的にどのようなことをされたのですか。

桐村 古河電工は当時、電線工事のプロジェクトや工場建設で、中東、アフリカ、南米など世界中に出ていました。海外要員に対して、最初は英語の教育をしましたが、英語を話せない国が圧倒的に多いので、そんなものは役に立たない。それで、進出先の国について教えようと思ったのですが、例えば、ナイジェリアとか中東の国々といっても、当時は情報がほとんどないわけです。そこで、各国の大使館を訪ねて探しまわった結果、少しだけ観光用の資料があったので、最初はそれを借りてきて、「どうもこういうところらしい」と。そのうち考えついたのが、日本からそうした国に進出している会社を調べ、実際に現地で勤務している人に話を聞くということです。その人たちが、休暇を取って帰国している時期に合わせて、研修をしたりしました。その際に、事前に受講生本人に聴きたいテーマを出させて、例えば現地の労務管理について知りたいということであれば、それについて話してもらうというやり方をしましたね。

新規事業も同様です。日本で初めて何かを開発したといった人を探り当て、本人と直接交渉して苦労話を聞く機会を設けたりしていました。

従業員が主導し、企業が支援する能力開発へ

話が戻りますが、1991 年からの15 年となると、バブル経済の崩壊などもあり、一転して暗い時代に入ってきた印象があります。

桐村 経営環境が悪化して、企業はリストラクチャリング、つまり事業構造の入れ替え、あるいは集中と分散、ダウンサイジングなどに取り組みました。そうしたなかで、成果主義、年俸制、あるいは、新卒一括採用と並んで社会人採用が流行り始めました。

ここでの企業教育における問題は、そうしたリストラ等に伴い、教育機能のアウトソーシングを始めたことです。教育部門を独立させて教育子会社を作った企業も多かった。従来、教育スタッフは、「わが社にはこういう問題があるから、これを改善しよう。そのためにこの教育が必要です」という提言をしていました。ところが今日では、新人教育や新任管理者教育でも、すぐに外注します。昨今の人材教育会社は、教材なども体裁がいいし、受講者へのアンケートも「分かりやすかった」とか「面白かった」ということで、皆、高い評価をつける。ただ、それで安心していると、数年経って、教育がまったく業績に反映されていないということになる。教育の目的がはっきりしない教育に、結果としてなってしまっているのです。

他方、雇用が流動し、不安定になっていく状況のなかで、何とか個人主導で能力を開発させようというので、エンプロイヤビリティの養成や自己啓発の時代に入ってきました。

そして2006 年から現在は、アジア諸国の台頭、日米欧経済の低迷、東日本大震災、財政再建と、企業環境的には、非常に厳しい状況が続いていますね。

桐村 経営戦略面では、国内外で企業の合併・提携が加速しています。また、国際化が進むと、世界標準への対応ということで、世界中が同じ規格で動き始める。どこかの国の企業が競争に勝ってその製品がスタンダードになると、全部そこに規格を揃えざるを得ないとか、特許料を支払わねばならないといった事態が生まれそうです。

また、国際化が進むと、世界標準への対応ということで、世界中が同じ規格で動き始める。どこかの国の企業が競争に勝ってその製品がスタンダードになると、全部そこに規格を揃えざるを得ないとか、特許料を支払わねばならないといった事態が生まれそうです。

職務拡大と職務充実で自立人材の育成を

図表の人材育成の課題にも入っていますが、最近、各種の調査でも今日の経営課題として多く挙げられるのが「グローバル人材の育成」です。このテーマについてお考えをお聞かせください。

桐村 これからは、どんどん海外勤務に出すべきでしょうね。1年とか2年とかの短期間で良いから海外に行くと、国内で教育するよりよっぽど成長が早いですから、そういう教育のしかたを考えたほうがいいと私は思います。私自身が古河電工で人事部長だったときも、そういうやり方をしてきました。

今の若い人は、与えられた仕事についてはがんばるけれども、自らチャンスをつかむために積極的に動こうとしない傾向があります。これは若者が悪いのではなくて、われわれを囲んでいる仕事のしかたとかモノの覚え方とか規範とかが、そういう仕組みをつくってしまっているわけです。

私は30 年ほど前に、指示をしないと動かない受身の若者が増えてくる可能性を感じて、“指示待ち族”という言葉をつくって、彼らが管理職になったときには、日本は困るぞなんてことをメディアに書いたりしていたのですが、まさにそれは現実になってしまいました。

そうしたなかでは、グローバル人材に限らず、自立した人間をいかに育てるかは教育担当の大きなテーマです。その方法として効果的だと思うのが、ジョブ・エンラージメント(職務拡大)と、ジョブ・エンリッチメント(職務充実)、すなわち、異種の仕事を体験させたり、大きな権限を与えたりすることです。実際に、私は工場の総務課長として、人事を担当したときから、そういう教育のしかたをしてきました。

具体例も教えてください。

桐村 工場の課長だったころ、若手社員が2人いました。その1人のA君は入社5年目で優秀ですが、ずっと同じような仕事をしており、もっと職務を広げてやらないと、どこかで行き詰まるなと感じていました。それで7年目を迎えたときに、会計課長に頼んで3カ月間だけ預かってもらいました。3カ月決算業務を学び、工場会計実務をマスターした彼は、後に海外駐在員になったとき、人事と会計の両方の業務を担当しました。そして後に、上場企業の総務・人事・財務・会計担当の常務に昇進しました。これは、ジョブ・エンラージメントの例ですね。

もう1人のB君は、そのときまだ入社3年目でしたが、A君が3カ月間会計課に行くので、労使交渉も含めて、先輩がやっていた仕事を全部任せました。もちろん私もフォローはしましたが、彼は背伸びしてやらねばならず、眠れない日が続いたと言っていましたね。その後、彼は伸びて古河電工の役員になりました。これは、ジョブ・エンリッチメントです。以上は、私自身の経験に基づく自立人材やグローバル人材の育成法ですが、やり方はいろいろあると思いますよ。任務(責任)と対価(賃金)が連動していない日本の企業だからこそできる人材育成法です。

課題解決型の教育に向けた5つのキーポイント

最後に、これからの人材育成部門および人材育成スタッフは、どうあるべきかについて、ご提言やアドバイスをお聞かせください。

桐村 先ほど企業内教育が年間行事的になって、課題解決型になっていないという話をしましたが、そうならないためには、教育部門が経営戦略をよく理解して、それに結びついた人を育てなければいけません。経営戦略も数年先を見据えたものだし、人材育成が実るのも数年先の話ですから、そこを結びつける。

まず第1は、わが社の従業員のどんな能力が不足しているか、それを改善すればどんな効果が出てくるか――課題を探り、重点と優先順位を決めることでしょう。現場の第一線の人たちが何に困っているか、何を求めているかをヒアリングすると、教育スタッフが気づかない問題が出てきますし、それを解決する知恵や教育方法のヒントも期待できます。

第2は、自社が伸びた時期のよい組織風土――若者が仕事にチャレンジできる仕組みがあったとか、上下関係にとらわれず自由に討議できる雰囲気があったなど、自社の強さの秘訣、忘れてはならないlegacy(遺産、受け継いだもの)を大切にするにはどうすればよいかを考えることです。

経団連の調査で、「企業が採用時にもっとも重視する能力」は、コミュニケーション能力です。コミュニケーションとは、プレゼンテーションでも、傾聴能力だけでもありません。話す、聞くだけでなく、お互いに情報、目的や思考方法を共有することです。相互理解と共有関係がポイントです。

IT 化によって、メールで上司から指示され、メールで返答し、メールで修正の指示が出されると議論の場がなくなり、コミュニケーション能力だけでなく知恵の集積ができなくなってきます。上から下への一方通行ではOJT の機会さえ失われるのです。非正規労働者や外国人従業員が増加している職場では、共有関係を強化するために、上司に指示されたことへの質問、復習、確認、アプローチの方法についての対話が欠かせないのです。これが第3の課題です。

第4は、従業員の自立性と自律性を高める教育です。上司が一方的に指導・指示するだけではなく、問題が発生したときに「君の考えは?」と聞くことで部下が育ちます。

第5は、個人の自主的な能力開発を支援するとともに、組織人であることを認識させることです。ある情報を入手した際に、自分だけにとどめず、上司に報告するのはもちろんですが、この問題については誰と相談すべきなのか(協議権)、誰の助言を受けるべきか(助言権)、誰に手伝ってもらうか(助力権)、誰に知っておいてもらいたいか(通報を受ける権限)などを考えながら行動することによって、職務遂行の質的レベルを向上させる方法を習得させることができます。

会社の業績向上のために、ともに重要な教育問題は何かを発見し、教育課題の設定によって会社を蘇生させるという素敵な任務を教育スタッフはもっているのです。

今日は、貴重なお話をありがとうございました。

 

●プロフィール
桐村 晋次 きりむら しんじ
東京大学法学部卒業後、古河電気工業㈱に入社。同社にて人材育成センター長、人事部長、取締役経営企画室長、常務取締役、古河物流㈱代表取締役社長、法政大学大学院教授を経て現職。主な著書に『人材育成の進め方』、『人事マン入門』(以上日本経済新聞社)ほか多数。日本産業カウンセリング学会名誉会長、人材育成学会理事等を歴任。

2012年12月21日 当社会議室にて収録 聞き手・文:中田正則

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