「企業と人材」1000号記念インタビュー 人材開発部門は経営と現場をつなぐ「良き翻訳家」であれ
東京大学 大学総合教育研究センター 准教授 中原 淳さん


update:2014.01.30

この記事は「企業と人材」2013年2月号に掲載されました。

市場や社会の環境変化は、幅、スピードともに一企業の予測をはるかに超える時代になっている。
「従来のやりかた」が通用しない状況下で、人材開発部門には何が求められるのだろうか。
今後の人材開発部門の役割と、人材開発担当者の学びについて、東京大学の中原淳准教授に話を伺った。

マネジャー育成にはトランジショナルな生まれ変わり」の仕組みが求められる

最近、人材開発担当者から寄せられる相談はどのようなことが多いのですか。

中原 海外、グローバル化に関することでは、3つあります。1つは、海外での売上げ比率が国内より大きくなりつつある逆転現象のなか、海外で活躍できる若い人やマネジャーをどう育てるのか、日本から派遣する人の問題です。2つめは、現地法人(採用)スタッフの育成問題です。自社の理念・価値観などを理解、浸透させ、それらのマインドを持っていかにサービス展開するか。3つめは、外国人や留学生を国内で雇用したときに、それらの人材をどのように組織に適応させ、本人のキャリアをどのように保障していくかという問題です。
特に現地法人スタッフの育成は、いままで経験したことがなく、手本になるモデルがあまり存在しないなか、各社試行錯誤されているようですが、現地を回って、現場に合う施策を打ち出している企業もあります。

国内についてはどうでしょうか。

中原 大きく2つあります。
1つは、厳選して採用した少数の人たちを離脱させずにどう育てていくかという若手の人材育成の問題です。入社してからの育成という視点から、最近はもっと前倒しになっていて、採用をどう科学するか、具体的には大学時代にどういう経験、学習をした人材を採用すればいいのかという問題です。
企業に余裕がなくなり、人材育成にコストをかけられないなかで、他社と差別化するためには、そもそもどんな人材を採用するかということが重要になっています。スウィフト・オーガナイゼーション・ソシアライゼーション(Swift Organization Socialization)という考え方なのですが、いかに速く組織に適応させ、戦力化するかを採用場面から考え始める。ある意味、育成と採用の領域が重なってきている感覚があります。もう1つは、新たな事業を創造し、多様な人で構成さている職場を率いていかなければならないマネジャーの育成問題です。終身雇用を前提とした日本人男性社員だけをマネジメントしていればよい時代ではなく、外国人社員や非正規社員、年上の部下など、さまざまな人をどうやってマネジメントしていくのかが大きな課題になっています。

マネジャーの育成のどこに難しさがあるのでしょうか。

中原 私はマネジャーが、「プレーヤーからマネジャーに移行すること(トランジション)」が必要だと思っています。いまのマネジャーは、プレイングマネジャーであると同時にマネージングプレイヤーでもあります。本来マネジャーになるまでの過程では、プレイヤーとマネジャーの2つの役割を両立させながら、徐々にその役割のウエイトが変わっていき、最後はマネジャーに専念するのが理想だと考えられます。
マネジャーが若い頃、当時のマネジャーが率いていた職場は、いまほど多様化していませんでした。私の感覚では、ロールモデルがないからなのか、自分自身がマネジャーとプレイヤーの役割バランスをとるのに失敗したり、うまく部下に仕事を任せられないなど、つまずいているマネジャーが2割位いるのではないでしょうか。

また、マネジャー育成を阻害している要因の1つとして、組織のフラット化の影響も大きいと思います。フラットな組織では、プレイヤーかマネジャーの2つの役割しかありません。そうなると円滑な移行ができなくなるのです。

では、マネジャー育成に企業は手を打っていないのでしょうか。

中原 いいえ、そうではありません。いままでは、マネジャーになった人に、法律でやってはいけないこと、コンプライアンスや人事考課はどう行うのかといった最低限の教育しかやってきませんでした。最近はもう少しきめ細かく、メンタルヘルスや、多様な職場をどう率いていくかなど、担当者からマネジャーになるまでの期間にもう少し手厚く研修をしていこうという動きはあります。

マネジャー移行期のつまずきを避けることはできるのでしょうか。

中原 われわれの調査では、初期キャリアといわれる入社3年までに、(1)全社規模の仕事に関わる、(2)管理職の手伝いをする、(3)職場を調整する仕事をする、この3つにどの程度関与してきたかによって、マネジャーになった後の仕事に大きな影響があるという結果が出ています。つまり、マネジャーに必要なスキルの一部をなるべく早い段階で経験、体験することが、マネジャーになった後の仕事ぶりを決めるくらいに影響を及ぼしているのです。マネジャーとして成果を出すには、時間、段階が必要です。初期キャリア、もしくは担当者時代(3年目から9年目)に(1)~(3)の経験ができ、段階的にマネジャーに移行していく仕組みが必要なのです。

人材育成担当者のプロフェッショナル化が進む

人材育成担当者の仕事や学びに対する意識の変化を感じることはありますか。

中原 よい意味でなのですが、昔より理屈っぽくて、意識レベルは高くなっていると感じます。人材育成を場当たりではなく、理論やデータを踏まえて考えていこうという流れができつつあると思います。
その1つの要因としては、人材育成に関する情報や資料の入手、学びの環境が整ってきているのだと思います。例えば10年前は人材育成に関する学術書や理論書はいまより格段に少なかったですし、大学院で研究しながら仕事をする担当者もあまりいらっしゃらなかったのではないでしょうか。

海外の人事部長クラスであれば修士、博士号を持っていることが当たり前ですから、日本企業の人材育成担当者もだんだんプロフェッショナル化しているといえます。

理論を重視しすぎて現場との距離感は広がりませんか。

中原 旧来の日本の人事部のスタンスは、現場を監視する警察官的な立ち位置で、ルールづくりやジャッジをする部署で、現場からはもともと遠い存在だったと思います。海外の動向からみても、人事のあり方は、人と組織に関することだったら何でも支援するという立ち位置に少しずつ変化してきており、今後そういう方向に向かうと思われますが、日本企業ではまだまだ少ないようです。
人事の役割範囲は大きく3つに分かれます。(1)人材開発や人材活用といった側面に関する範囲だけの役割、(2)経営戦略にもっと関与し、環境変化に応じて人材戦略全体を考える、経営パートナーとしての役割、(3)企業理念・組織文化づくりやその浸透まで担う役割。日本企業は(1)のレベルが多いですが、(2)、(3)まで担っていくのが世界的な潮流です。

人事が経営の戦略パートナーとしての役割を担えていないという声を聞きますが、なぜでしょう。

中原 その企業の将来に大きな影響を及ぼす変化が訪れるかどうかで人事の戦略関与のレベルが決まります。例えばこれから5年間で、日本企業の海外売上げ比率は相当変わっていくでしょう。それに備えて、採用や職場、管理者の育成など、いままでとは異なる環境整備をしていかなければいけない状況が目に見えていれば、当然、戦略的な動きをするように変わらざるを得ないのです。

前例のない課題に踏み込むために、培ってきた暗黙知を形式知にする

欧米から輸入し、それをカスタマイズしてきた日本の人材育成の風潮をどう思われますか。

中原 企業内教育では、海外から輸入された理論が尊重されがちです。そもそもの企業内教育の成り立ち自体がGHQによる「官製米国輸入型」ですから。
アメリカの軍隊で使用されていたトレーニングプログラムの導入を出発点として、60年代にはOJTが注目され、80年代にはOJTからのゆり戻しでMBA教育が流行った。90年代になると反MBAの風潮が起こり再びOJTが見直されたのです。人材育成はもともと輸入系の圧力が起動しやすい領域なのですが、いま起こっている問題の解は、海外に手本となる範はありませんので、自分たちで考えていくしかありません。

成功モデルがないなか、これからは自社独自の育成モデル作りのチャンスと捉えることはできますか。

中原 そもそも、業種、業態、規模、風土・文化が異なる企業が、同じような教育プログラムを社内展開するということ自体が変だと思いませんか。
もともと企業の人材開発は競争優位をつくるためのものです。差別化ポイントを作り出すのが重要にもかかわらず、どこの企業も同じ研修を導入してきて、いまもその風潮が残っていることに違和感を覚えます。
さらにいえば「研修内製化」という言葉、考え方自体が「課題」であると認識されているのは、ナンセンスなのではないでしょうか。企業内研修は、そもそも自社の競争優位点、ノウハウを社内講師が研修を通じて伝えることで、ごく当たり前のことです。
「内製化」は英語に訳せない言葉で、無理やり言うなら「セルフマニュファクチュアリング」とか「ローカライゼーション」かもしれませんが、海外の人に、そのまま話しても通じません。
一方で海外進出をしている企業のなかには、輸入モデルに頼らない動きも生まれつつあります。海外にコーポレートユニバーシティを作る前に、何を自分たちの形式知として伝えればいいのか、いままでモヤモヤと曖昧にしてきたノウハウ、ナレッジを言葉にし、制度化したうえで、海外展開していこうという取り組みがその一例です。
形式知化、明文化するのは大変な作業ですが、土台をしっかり固めてから海外展開するほうが、結果として成果が得られるのではないでしょうか。

人材開発担当者の学習機会は仕事のなかにある

人材開発担当者の望ましい学び方は。

中原 やはり仕事に絡めての学びが最も効果的、効率的だと思います。例えば、国内、海外問わず現場で実施する研修の社内講師用インストラクションマニュアルを作るとします。それを作る過程で改めて、自社の人事として大切なことは何なのかをみんなで話し合って形式知化したり、本を読んで理論面を補強することを考えてみる。その際に、人材開発関連の専門用語をそのまま使うのではなく、自分の言葉に置き換えてみる。こういった一連の作業を通じてナレッジを高めていくことが、人材開発担当者の一番の学習機会なのではないでしょうか。
最近驚いたのですが、社内講師用のインストラクションマニュアルなどが、あまり作られていないように見受けられます。マニュアルが整っていないということは、つまり研修の品質管理をしていない、準備も不十分ということです。研修内製化によるコスト削減には目を向けても、競争優位の源泉である形式知づくりをあまりにもないがしろにしているように見えるのですが……。

研修内製化の流れが加速していますが。

中原 いいことだと思いますが、一方で提供する研修品質のバラツキを人材開発部門がリスクとして認識しているのか、少し不安になります。またすべての経営課題を十把一絡げに内製化可能であると考えるのは、無理があると思います。外部ベンダーの効果的な利用が必要になるでしょう。
企業研修は、競争優位を作り、他社と差別化を図ること、または組織内に絶対維持しなければいけないものを維持するために存在します。したがって、社内の人材が教育を担うのが当たり前なのですが、社内人材は本質的には事業を担うために雇用された人で、教えるための人ではありません。社会人に教えた経験を持たなかったり、ノウハウを持っていたとしても我流、属人化しやすいので要注意ですね。

経営と現場をつなぐ「良き翻訳家」として人材開発部門の役割は大きくなる

人材開発担当部門が、今後強化すべき点はどのようなことでしょうか。

中原 経営環境、職場環境は、ますます多様化され、激しい変化の時代を迎えます。変化が生まれるときには、必ず人間の学習が進みます。したがって、人材開発部門の役割はますます大きくなると思います。
それらの変化にどう対応していくかが課題になりますが、経営・現場の状況、問題を吸い上げる仕組みを持つことがいままで以上に重要になってきます。経営陣とのディスカッション、直接現場に出向く、キーになる階層の人たちと定期的にミーティングの場を持つ、人材開発委員会を組織するなど、実施形態はいろいろあると思います。

人材開発部門が経営と現場をつなぐコミュニケーションの核になるのですか。

中原 経営は戦略的な視点と短期的な収益、現場は目の前に起きている問題解決、人事は長期的にコアコンピタンスをどう維持していくか、それぞれ担っている役割、置かれている状況によって、取り組むべき課題の重要度、優先順位は異なります。
経営からのメッセージを現場に、現場からのメッセージを経営にそのまま伝えても、コミュニケーションギャップが生じるのは、当然なのです。要は、お互いの立場、意見を主張しても本質的にコンフリクト(衝突)が起きるものなのです。
よって、コンフリクトは避けられないものだと割り切り、現場と経営のコミュニケーションのギャップをどう調整するか、お互いの意見をどう翻訳し、それぞれに伝え、いかに双方の納得感を作るのかが、実は人事の腕の見せ所なのです。
「良き翻訳家」は、外国語をそのまま他の言語に翻訳する人ではありません。お互いの文脈・状況を理解、解釈して、時には意訳し、時には言い換える。そして、誰にでもわかる言葉で要点を相互に伝えうる人のことをいいます。これからの人事・人材開発部門には、経営と現場の「良き翻訳家」になることがより強く求められるでしょう。

ありがとうございました。

 

●プロフィール
中原 淳 なかはら じゅん
東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等をへて、2006年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は経営学習論(Management Learning)。

2012年12月18日 東京大学にて収録 聞き手・文責:編集部

  • この定期刊行誌について
  • 無料見本誌のご請求
  • お問い合わせ